少年時代編 第一閉幕
俺は、村のいつもの丘で待ち人が来るのを待っている。秋空は空気が澄んでいるので、星空がいつもよりも綺麗に見える。夜空を見上げれば満天の星空がそこにあった。
一面にはススキの穂が波打つ壮観な景色。季節が移り変わり蝉に代わって秋の虫の音色が周囲に満ちている。辺りにはトンボが飛び交い、耳を澄ませば秋の虫の声が聞こえる。実に良い景観な場所だったが、冬の到来を予感させる風が吹きつけ、長居するには少し肌寒く、また、体のあちこちにできた傷に風が沁みる。
「まったく遅いですね~」
俺の肩の上では、すっかり小さくなってしまったお馴染みの妖精がいた。その妖精は退屈そうに足をバタバタさせながら座っている。今の体のサイズは豆粒台とは言わないが、それより少し大きいぐらい。最初に会った当初は20cmは体長があったのだが、随分様変わりしてしまったものだ。まあ、俺が悪いんだけどね。
「まあこちらはお願いする立場だからな。しょうがないさ」
むしろ、多少でも交渉が有利になるならいくらでも待ってもかまない。そうこう益体のない話をアニスとしたり、身を縮こませながら寒さと退屈を秋の景観を眺めて紛らわしたりしていると目当ての行商人がこちらの方にやって来た。
「お久しぶりです、カシミロさん」
「おう、なんかオークの族長を殺すとか大金星だったそうじゃねえか。
しかし、どうしたその頭のでっかいコブは」
「いやぁ、ちょっと父から大目玉を食らいまして」
俺はそう返事しながら頭の上にできた大きなコブを撫でた。
「最近は森への出入りを禁じられていて、時折、父に戦闘の訓練をしてもらってますよ」
あと、傭兵時代に覚えたらしい簡単な魔法もね。
「しっかしこの村の連中は本当に無茶するよな。いや正確には、あのごうつく爺とお前さんが無茶苦茶で、あとは巻き込まれてご愁傷様というところか」
「……あれと一緒にするのは止めてもらえません?」
「我が身も周りも省みず、我が道を進んでおいて何をいいやがる。
俺が認めてやる、お前等両方とも商人になっちまえ」
何か酷い嫌な事を言われた! いや、元から商人にはなるつもりですがね。
因みにあのごうつく爺は、あの戦いの時、背後から迫ってきたオーク達に驚ろき、一人恐慌状態になり他の村民を置いて無我夢中で逃げ出したらしい。その際に足を折ってしまったらしく現在寝たきりであるが、命に別状はないとの事。今後ベッドから出てこれるまで回復することができるか、とても心配です。(ボソッ)チッ、イキテイヤガッタカ。
村長の座はごうくつ爺から息子へと譲られた為、今後はうちへの風当たりも多少は緩くなるといいなと思う。何だかんだで、うちの家は今回、常に前線で戦っていたと村では認識されているだろうしね。
「商人にはいずれなりますよ。なにせ、俺が一人前の商人になる頃には商売の種が溢れ返っている世界になると思うんで、上手く波に乗ることができれば成功できると思いますから」
カシミロは俺の予言じみた言葉に半信半疑な顔を返すが、おそらく今言ったことは事実となる。今、転生した奴等がどれだけ生き残っているかは知らないが、その生き残った奴等は前世の知識を使っていずれ色々やらかし始めるだろう。
以前、アニスに聞いてみたことがあるのだが、転生する魂を集めるに際して、年齢性別は特に選んでいないそうだが、転生者の適正、知識に関してはちゃんと取捨選択して決めていたらしい。ならば転生者の多くに、俺のような小賢しい知恵や知識をもっている者が大勢いるということだ。
そして、その知識を使う際にネックになるのが、俺達の持っている同化能力だ。全部が全部、前世の同胞を殺そうとしてかかるとは限らないが、少しでも可能性があるというのなら、誰でも表に出る危険は避けようとするだろう。
となると皆がどういう選択をするであろうかというと、権力者や大商人に知識を売るということだ。そして、知識というのは一度売れば終わりということはない。知識を売ったところとは別の地域に移動して、また高値でその知識を売ればいいし、同じ地域でも商売敵に高値で売りつけて儲けるという選択肢もある。もっとも、折角別の地域に行っても、もう別の奴が知識を売った後という可能性もあるが。
これらが連鎖された場合、何が起こるかというと文明レベルの急激な発展だ。それも、よくある転生物みたいに一人の主人公が知識を独占するのではなく、全ての地域に遍く知識が伝播することになるだろう。
そうなると、古い考えに捉われた商人の中には没落するものも多く出ることになるだろう。今まで流通していたものが別の進んだ商品に取って代わられ、それをいち早く取り入れ商った商人が新しくのし上がる光景が多く見られるようになるだろう。そして、俺は前世で現代人として暮らしていたわけあって、その新時代の商品を自然と見分けることができるのだ。
以上の考察から考えるに、俺が商売を成功して成り上がる確立は他の一般人よりも非常に高いと思う。こう考えると、使い捨てにされかねん兵士などよりも、はるかに商人になる事の方が魅力的とは思わんかね?
俺達が魔王を倒せるかはわからんが、少なくとも俺達がこの世界に来たことで間違いなく人間たちの文明は強く巨大になるのは約束されていたというわけだ。なんとも同化能力というのは趣味が悪く、それでいて効果的な能力だよ。というか俺達の役目って八割方もう達成しかけてるんじゃないかね。
◆◆◆
それから世間話を間に挟みながら俺とカシミロは商売の話をしていたが、それもしばらくして商談が完全にまとまると終わりを迎え、カシミロは寝床に帰っていた。
なんとか、前に売りつける事ができた炭の残りとオークの洞窟から盗み出してきた金目の物を売ることができた。カシミロが村から売りつけられた物の中には俺がオークの巣で村の者用に残した品物もあったはずだ。当然、それらと今回、俺が売りつけたオークから奪った品物との関連はカシミロには一目瞭然だったろうが特に俺に何かを言ってくるということはなかった。
なお、俺がオークの巣から持ち帰ったのは金貨や銀貨、装飾品などだ。なるべくかさばらなくて価値があるものか、高く換金できる物を選んできたのだ。今回、装飾品をカシミロに売ろうとしたのだが、残念な事にこれは元々が盗品のようなものなので、安く買い叩かれてしまった。
まあ、あまり手元に長く置いといても百害あって一利ない物なのだから、早めに処分できただけよかったと思うしかないか。前回、頼んでおいた欲しいものも手に入ったし。
「使い魔の召喚用の触媒ですか」
「ああ、前回頼んだ時は直ぐに使えるようになるとは思っていなかったけれどな」
そうアニスに話しながら俺は、地面に魔方陣みたいなものを書いている。因みにスキルを持っているからなのか、どこにどう書けばいいのか何故か大体わかる。カシミロはもう村長の物置小屋に帰ったはずだし、この時間、ここは基本的に人など来ない。日時も空模様も儀式をするのにちょうど良い塩梅なのでやってしまおうとしているのだ。
夜空の頂上に月が昇ろうとしていた。俺は用意した孔雀石の粉末で魔方陣を書く。貴人に顔料としても使われる、その緑色の粉末を地面に塗る事で図形を描く。
まず円を描き、その中に星のシンボルを書き込んだ。示されたのは”不可能を可能とする七芒星”そして、その七つの頂点の位置に霊樹の枝の断片を置き、魔方陣を完成させる。
顔料や香木として使われるらしい霊樹など、それらは安物を用意したとはいえ下層民である俺には手痛い出費だった。これで失敗したら泣くに泣けない。いや、金銭なんてどうでもいい。何故ならもっと大事なものをこれから賭けようとしているのだから。
「というわけでアニス、ちょっち魔方陣の中心に来い」
「失敗したら私という保険を失うというのに扱い軽っ!」
やかましい。TPが消えるのって一人前になった時だそうだから、この世界の成人の時と考えると後三年か? まあ、アニスが消える危険性を考えれば、そのギリギリまで待っていたいところだが、問題はアニスの力を使うのを決めるのがアニス自身ということなんだよ。
俺は嫌だぞ、自分の失敗でアニスが力を使って消えるのは。今回はなんとか消えずにすんだが、もうかなりサイズ的に限界っぽいし。ならばアニスに何かさせる前に俺の使い魔として延命できるか試してやるわい。あと、何やらアニスの存在自体が触媒として超一級である可能性があるとのことで、なおさら問題ない。
それに、アニスは天界にいるオリジナルの天使だかのコピー、分霊みたいなものなので、どの道、今回の件が終わったら消えてなくなるらしいからな。分かり易く漫画でいうとNARUTOの影分身みたいな存在らしい。もっとも与えられた力は遥かに小さいらしいが。
「ちゃんと成功するんだよな?」
「まあ、基本的に私等の使う魔法って精神魔法ですからね。使い魔作成に女神の魔法の塊である私を触媒にして同調させれば、私の人格が投影された使い魔を作ることは可能かもしれません。まあ、試したことないので、やってみないと判りませんが」
不吉なことを言ってフラグを立てるな。ともかく準備はできた。始めるとしよう。
「ԳՒՃգգՒԳՑՐՒգդճփււցր……」
知らない言語が俺の口から勝手に紡がれていく。そのまま、呪文を唱え続けると徐々に魔方陣が煌々と光り始め、その光はだんだんと強くなっていく。いつしか、俺は呪文を唱え終えていた。そして、その瞬間、魔方陣から目も眩む光が放たれ、一瞬にして俺の視界は真っ白になった。
その後、光に眩まれ白く染まった視界が少しづつ色を取り戻し始めると……
「……猫?」
俺の視線の先には一匹の黒猫が存在していた。闇色のふさふさした体毛に翠緑の瞳を併せ持つ、何処に出しても恥ずかしくない黒猫だった。その黒猫はしばらくはしばらくぽかーんとしていたが、ようやくハッと我に返り、
黒猫が右の前足を動かした。――黒猫は唖然と右足を見ている。
黒猫が左の前足を動かした。――黒猫は唖然と左足を見ている、
――肉球の付いた手を開け閉めし始める。
お尻に付いてる尻尾を見る。――尻尾、パタパタ。
「なんですかこれーー!」
あ、尻尾がピンと立った。
「ひょっとして妖精って、使い魔として存在してないとか」
まあ、少なくとも前世のファンタジーじゃ使い魔としてメジャーではなかったわな。
しかし、黒猫とは縁起が良い。前世の日本では黒猫に道を横切られると縁起が悪いとか言われていたが、国によっては幸運の印だったり、黒猫を飼うと商売が巧くいくと言われる地域もあったんだよね、日本で言う招き猫的な感じで。
不吉だなんてとんでもない、黒猫は幸運を運び手だ。黒猫は他の人間の幸福を掠め取って主人に運んでくると言われ、むしろ飼い主には幸運を運ぶ猫ですよ。多分、日本に伝わる伝承はこれが変化したものじゃないかね。まあ、飼い主以外の人には、やっぱり不吉やもしれんけど。もっとも、運を掠め取る言ってもごく少量らしいので気にするほどのものじゃないらしいよ。 まあ、それはそれとして、
「いいから、一応ここから一度離れるぞ」
アニスを抱き上げ、この場を離れようとする俺。
魔方陣が光ったので、もしかすると誰か来るかもしれんからな。
しかし、アニスを抱き上げてみたが、なんとも癖になるモフモフ感……。アニスには悪いが俺的には当たりだったかもしれないと心の中でこっそりアニスにGJとサインを送った。その間、アニスは遠くを見つめて何かを歌っていた。ドナドナ?
◆◆◆
「よよよ、まさか獣に身をやつそうとは」
「実は案外平気になってきただろ、お前」
おどけた口調で喋りながら大げさな動作で嘆く一匹の黒猫。どうやらもう割り切れたらしい。割り切りの早い奴である。そして、今までみたいな半分幽霊みたいな体ではなく、黒猫とはいえちゃんとした肉体に変わったためか、不思議と今までより動作に躍動感を感じる。
それと、強化された使い魔であるとはいえ猫の声帯を使っている為か、今までとは少し声が変わってしまった。まあ、いずれ慣れるだろうが、今はちょっと違和感があるかな。
まあ、何にせよ成功して良かった。あれで失敗していたら、とても立ち直れるものではなかった。草むらの上に座りながら膝の上に抱いているアニスをキュと抱きしめる。下から「痛いですよ」とか言ってきているが構わない。
何故か雨も降っていないのにアニスの毛並みが濡れだした。
「まったく泣き虫だけはいつまでも直りませんね」
「目から汗を出すのはいいんだろ? 汗だよ、心の汗だ」
結局、俺の活動原理って”寂しい”という気持ちなんだろな。前世の孤児の境遇に加え、人に裏切られて人知れず殺されたせいか、隣に誰か親しい人が居ないと落ち着かない。そんな俺だから使い魔スキルなんかが発現したんだろうな。
「ずっと、俺と一緒にいてくれ」
そう俺が言うとアニスはキョトンとした顔をしていたが、次に突然、ドッと笑い始めた。
「何だか、プロポーズみたいですね☆」
こ、こいつ、地面に横たわり腹を抱えながら「ね、猫にプロポーズ」と笑い転げてやがる。俺は結構真面目に言ったというのに……。こっちを見てニタリと笑うな、猫が笑うと不気味なんだよ! 手前、なんちゅう邪悪な顔をこっちに向けてやがる! 貴様、このネタを今後ずっと使い続ける気だな!!
――夜が落ち、朝が抜け、草の上では、一人と一匹が言い争っていた。
昇り始めた朝日は空の星々をかき消し、日常の日々は止まらず続いていく。
これにて、少年時代編を終え、連続投稿終了とさせていただきます。
また、次章の準備の為、次回投稿は申し訳ございませんが、
しばらく後とさせていただきます。
※お気に入り登録や、感想、評価ポイントなどを頂ければ、作者が喜びます