少年時代の終わり 続々々
その後、村長は直ぐさま男衆を招集しオークの巣を襲撃するよう命じた。ウザイまでに大変にやる気に満ち溢れており、さっきまでとは逆に準備もそこそこに村の衆を強引にオーク退治に行かせかねない勢いになっている。そのため村人は、村長にきちんと準備を整えてから行くように皆で説得する羽目となった。
その後、オークを退治するために集まった男衆へ父さんが簡単な軍事訓練を行い、俺は狩人の皆さんと一緒に矢を量産したりオークの巣の観察などを行ったりした。俺が個人的に作っていた毒矢の作り方も狩人の皆に教えた。毒矢で仕留めた獲物は食べられないので、普通に狩りをしている狩人は特に毒矢など作ったりはしない。よって毒矢の作り方など知らないのだ。
前世では東南アジアのハンターが使う毒矢などは血液系の毒を持つ蛙から抽出した毒を塗った毒矢を使っていたりするのだが、その塗った蛙の毒は血管に入ることでのみ効果を発揮する毒なので胃に入れても毒で人が死んだりしないらしいんだけど、これがこの辺りには無いんだわ。
残念ながら色々試したけれども、この周辺の動植物からは、食べても大丈夫な性質を持つ血液系の毒は見つからなかったんだよな。今の毒は実験として野良犬に毒死させた鼠を与えると泡吹いて死んでしまう狩りに使えない駄目な毒なので、狩猟用には使えないのですよ。
まあ、これらの対応はオークの間引きも含めて普通の村人への”これから起こる事”への罪滅ぼしの前払いである。後は申し訳ないが自分で頑張ってもらいたい。別に富裕層以外の村人だって我が家への村八分の加害者じゃなかったわけではない。今回は今までの負債を幾らか返してもらおうじゃないか。そもそもオーク退治自体は村の安全の為でもあるわけだし。
そうこう俺達がオーク退治の準備を進めていると、痺れを切らした村長が肩を怒らせながらこちらに近づいてきた。
「いつまでグダグダしとる。オーク共に逃げ、……オーク共がこちらが悠長に手をこまねいている隙に村を襲うやもしれんのだ。それとあれだ、オーク共の退治の仕方だがちゃんと策を考えてあるのだろうな」
ほいほい、策ですか。 それならありますよ”表向き”の奴が。
では父さん説明おねがいします。
「まず見張りのオーク射殺する。その後、入口で若木を燃やして洞窟内部に煙を送りいぶす。そうして煙にいぶりだされたオーク達を弓矢で射殺すというのはどうだろうか。これだけの人数がいれば洞窟から出たら直ぐにオーク共を仕留めることができるだろう」
この策に関して村長はなんだかんだと文句を言っていたが、それは特に何か問題点を指摘するとか具体的に不満があるわけではなく単に素直に俺達の策に賛同したくなかっただけのようだった。散々文句を言っていたが結局、父さんが話した策で決行することとなった。
◆◆◆
「というわけで、今、オークの巣の近くまで来ているわけなのですよ~」
なにが”というわけ”なのかは知らないが、今、俺はオークの巣の近くまで来ている。
因みに俺は父さんや村の男衆といった皆々様とは別行動をしていたりします。
ここからほど近いオークの巣の正面の洞窟入り口側には村が組織したオーク襲撃隊がスタンバっているはずだ。陣形としては父さんや狩人の面々といったモンスターと戦った経験のあるものが前方に陣取り、最後方には偉そうにふんぞり返っている村長をはじめ召集された村で広い土地を持っている地主達がおり、それを守るように中衛には小作人や奴隷といった立場の弱い村人さん達が陣取る布陣となる予定です。もちろん中衛は壁として。
何、この村社会の権力の縮図。
狩人達はある意味、特殊技能者としての身分があるので権力構造からはある程度離れていたりしますが、地主とその被雇用者の立ち位置が少々露骨すぎやしませんか?
所詮、アニメや小説みたいな村一丸となって行動する長閑で牧歌的な村風景など幻想なのですね。もっとも、世知辛い村社会をもう散々経験させられた今となっては業界の裏側を知って幻滅するみたいな青臭い思いはしませんけれどもね。……転生前は結構してましたが。まあ昔は俺も若かったね、肉体的には今の方が若いけど。
「もうそろそろ動きがあってもよい頃だがな、アニスからも煙はまだ見えないか?」
「こちらからも煙はまだ見えませんね」
草むらで身を伏せ、オークの巣である洞窟の裏側にある抜け口を監視しながら俺は俺の頭上で浮いているアニスに問いかけるが展開が動くにはもう少し時間が掛かるようだ。
父さん以外には俺がここに来ていることは誰も知らない。何故なら皆がオークの巣を襲っている隙をついて金目の物を漁ろうと企んでいるからである!
作戦としては見張りのオークを排除した後、若木を燃やして出た煙でオークを燻し、洞窟の中のオーク達を全て抜け道から外に出させるよう仕向ける。当然、怒り狂ったオーク達は村長たちの方に向かってくる。オークと村長達が接触する段階に達したら父さんが若木を燃やしていた火を用意しておいた水と土(山火事を避けるために大量に準備してあります)で消し、煙が収まったところで俺が洞窟内を探索するという計画だ。
外道と言うなかれ。そもそも今回のような燻し作戦が通じない状況の場合、決行されるであろう作戦は父さん他、数名の強者を洞窟に決死の突撃をさせるという半捨て身な戦法だと俺は予想する。洞窟内は狭いので数人しか最前列に立てないので作戦としては間違っていないかもしれないが、幾ら父さんでも体力には限界があるしあの村長の性格を考えるにきちんと交代させてくれると信じるのはちょっと厳しい。
むしろ、父さんを捨石にして父さんを死なせた後、うちの土地を奪って俺達は売り払われるという可能性の方が俺は高いと思うね。ある意味今回の行動は自衛の為のものである。
それに、この作戦はある意味で公平に皆が皆を戦わせるものだ。この作戦が行われてオークがあっちに行くと当然、陣形的に最後方に陣取っている村長達が襲われるわけになる。そうなると村長たちを救うためには中衛の村民も前線に繰り上がることになり村民総出で戦闘をすることとなるとう筋書きだ。いい機会なのでいつも後ろでふんぞり返っている奴等も、偶には自ら額に汗して働くことで下の気持ちを理解するいい機会になると思うよ。
「お、煙が出てきましたね」
ついに始まったか。俺は今よりさらに身を低くして裏口を凝視し、オーク達が出てこないかと伺っていた。そうして待っていると裏口よりオーク達が煙で咳き込みながら外に出てきた。なんかここから出てきたオークの数が想定していたものよりもだいぶ少なく感じる。やはり他にも出口があったんだろな。おそらく他の出口から出て行ったオーク達も存在するのだろう。
出てきたオーク達はしばらく「ゲホ、ゲホ」と苦しそうに空気を求めもがいていた。そうしてしばらく腹一杯空気を吸い込んでいたオーク達だったが人心地つくと、至極当然の帰結で煙を送ってきた相手に対して腹わたが煮えくり返ったオーク達は煙の大本があるであろう場所へと勢い勇んで向かっていった。そして、オークが去った後、しばらく待っているとだんだん出てくる煙の量が減ってきた。
「………」
「………」
「もう大丈夫かな?」
「断言はできませんが長々としている時間もないから行くしかないですね」
ごもっとも。ではそろそろ行くか。
俺は潜んでいた草むらに置いていたズタ袋を背負い目の前の裏口へと駆け足で向かう。そうして入り口の前まで行きと、入り口を覆い隠していた筵を摘み上げ入り口の中に入った。
「薄暗いな」
オーク達は夜目が効くのだろうが人間の俺には、まったく見えないわけではないが薄暗くて見通しが悪い。これではもしオークが残っていたら奇襲を受けることは避けられまい。
「これは……、一応用意をしてきておいて良かったな」
ズタ袋の中に手を入れ、用意しておいた自作の松明を取り出す。自作といっても別にこの時代においては珍しいものではない。こんな松明など誰でも作ることができる。これはそれなりに工夫しているが、何も工夫しなくても松脂を多く含んだ松の根ならば火を付けただけで松明として使うことができるのだ。
俺は取り出した松明に火打石で火を付けた。松明の炎が洞窟の中を照らし、闇色に染まっていた土臭い壁は火の灯りを受け、全身に赤い色が添えられた。俺は辺りが明るくなり、ほっと一息つく。この松明の灯りを見てこちらの接近が気づかれるかもしれないが、この暗闇の中を進むよりはましだろう。さて、オークの巣を探索しよう。
深い闇の中を松明の灯りを頼りに進み続けると、途中で左右に分かれる三叉路があったがとりあえず左に曲がってみた。特に根拠というものは無いがあえていうならば、左の方が気持ち足跡が多いような気がしたというのが理由といえば理由だろう。そのまま左へと進んでいくと大きな広間のような場所へと出た。
この広間には他にも三つほど出入り口が存在するようだった。そして、あちらこちらに茣蓙が敷かれているところを見ると、ここがオークたちの生活の場だったのだろう。広間を調べていると、三つの出入り口のうちの他二つからは僅かながら空気の流れがあることに気づいた。
空気の流れが無いということは外に繋がっていないということ。つまり洞窟の奥側ということだ。目当ての物があるとすればそこかもしれない、そう期待して風の流れが無いほうの出入り口に入ると目の前に立ち塞がる存在があった。
俺の目の前に一匹のオークが立ち塞がっていた。松明に照らされたそのオークの表情からは決死の覚悟が見える。俺を血走った目で睨みつけるそのオークは手に持った剣を構え、こちらの動きを伺っていた。見れば胴体にはオークにしては立派な皮鎧を着込んでおり、ひょっとしたらオークの中でも地位の高いものであるのかもしれない。
俺は松明を捨て手持ちの槍を構える。戦闘は避けられない。相手のオークもやるきだろう。思えば俺は今まで、先制を取るか奇襲をするかをして勝ちを収めてきた。なのでのっけから相対というのは初めての経験であり、この命を賭けた一騎打ちという状況に思わず胃が熱くなる。戦意高くこちらに立ち向うオークと相対していると自然に俺は持っている槍の柄を力一杯に握っていた。手のひらが圧迫され、ドクンドクンと手に流れる脈をはっきりと感じる。
「グギャギャ、ギギ、ヴァラ、エオガ!!」
「あ~、何言ってるか分からねえよ」
どうやら、何か気に障ってしまったらしい、まあ当然か。煙で燻されたらそりゃあ怒るってもんだろう。そう思っていると目の前のオークが俺に向かって剣を構えそのまま突進してきた。
「グアアァァア!」
俺は持っている槍をオークに突き出し迎撃する。だが、オークは俺の槍をかわしそのまま俺に突進してきた。そして、オークはそのまま俺に接近し剣を振るう。俺はそれに対して持っている槍の柄を引き寄せながらぐるりと柄を回転させて返した。そして回転して持ち替えた柄を両手で剣の方に突き出し、目の前へと迫り来る剣を防ぐ。
危ねぇ、同じ事をもう一度やれって言われてもできんぞ。
槍の柄を返すのがあと少し遅かったら俺は確実に切られていただろう。また、俺が子供で槍の背が低くなかったら、洞窟がもっと狭かったら、槍は壁にぶつかり振り回すことはできなかっただろう。そして俺は死んでいただろう。
――死ぬ!
そう思った瞬間、背筋にぞくりとし冷たい汗が吹き出てくるのを感じた。……怖い、俺の瞳に映っているオークがとてつもなく恐ろしい。胃が収縮しきって吐きそうだ。それはまるで恐怖の針に胃の腑を突かれているかのようだった。
「うおおおおぉぉぉーーー」
俺は沸いて出る恐怖に打ち勝つべく雄叫びを上げつつ槍をオークに向けて左右に振り回す。だが当のオークは俺の槍を避けるし、振るわれた槍はところどころ壁に当たりその勢いを削ぐ。くそ、小剣に持ち替えておけばよかった!
だが獲物を持ち替える余裕などない、そんな隙など見せれば一太刀で切られかねないし、何より俺の手はガチガチに固まっており槍を離そうにも離すことなどできない状況だった。
オークはところどころ槍で切られ血を流しながらも俺を殺すべく剣をしっかりと握り締め、俺が繰り出す槍を弾き続ける、俺を殺す機会を伺っている。
埒が明かない状況の中、俺の頭に恐慌からの無謀な思い付きとも冴えた閃きとも言い難いアイディアが湧き出た。俺はそれに従って一旦ここから引き上げるべく広間へと後退する。
俺の視界は松明から遠ざかることでどんどん闇に染まり暗くなっていく、背後からはオークの金切り声が迫りくる。そんな状況の中で俺は広間に出た。今ちょうど後ろには俺を追ってきたオークが狭い出入り口から出ようとしている。
その瞬間、漆黒に染まりつつある世界に、闇を切り裂く光が瞬いた。
その光とは俺が無我夢中で振るった槍の刃だった。広間へ出た俺は直ぐさま振り返り槍を横に振り回したのだ。壁に邪魔されること無く振り回された槍は、出入り口から出ようとしていたオークの腹を抉り、奴の口から苦悶の声が漏れた。
腹からは血飛沫が吹き上げ、臓物が見え隠れしており、傷が胃まで達しているのかオークの口からも血が吐き出されている。間違いなく致命傷だ。
だが、それでもオークは俺へと近づいてこようとしたが、やがてオークは力尽き、どさりと仰向けに倒れた。死顔を覗けば、その形相には無念という感情が張り付いていた……。
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