少年時代の終わり 続
翌日、森の洞窟へと俺は父さんと一緒に向かっていた。なお、うちの子達は森に入る前にアシルの家に預けてきたので問題ない。因みに、今の俺の格好はというと父さんが昔使っていた鉄の胸当てをサイズ合わせして身につけており、さらに腰に小剣をさしている。勿論これも父さんのお下がりだ。まあもっとも、基本的に野外では槍を使うことになるので小剣は必要ないだろうが、念の為ということらしい。
俺達は俺の記憶を頼りに件の洞窟へと向かっているのだが、なにぶん見つけた状況が状況であるので、再び訪れるのは少々手間がかかった。まあ、先日の帰る際に、一応には再び来ようとなるべく道を記憶しようとしたり、木に目印を付けたりしていたのだが、所詮は変わり映えのしない野生の森、目的地に辿り着くにはかなりの時間が掛かりそうだった。
なお、その間に、先日の大鷹に再び遭遇したのだが……。
――ザシュ
そんな音と共に、目の前には見事に羽を切られて地に落ちている大鷹が二体いたりする。なお、他の大鷹達はもう逃げ去っております。いやいや判ってはいたけど、やっぱり父さん強いわ。伊達に何年も戦場で生き残ってきたわけではないってことだね。因みに地に落ちた大鷹は俺が責任をもって”美味しく”いただきました。
「もっと早く一緒にきてモンスターとかを御裾分けしてもらえばよかったかも」
「……前から言っている事だが、俺はお前が一人で森に入ることを認めていないし、
そもそも、そんなふうに横着した奴は最終的には長生きはできん」
「……それは、傭兵時代の経験?」
「先人から伝わる教訓と元いた隊の掟だ」
などというやり取りがあったりした訳なのですが、やっとのことで、ついに今やっと目の前のオークが居る洞窟までたどり着いたわけであります。
「オークだな」
「やっぱり、オークなんだね」
「やっぱりオークなのですね」
洞窟近くの草むらの中、俺達は洞窟の前に立つ見張りの二匹のオークを観察している。そこには豚のような鼻をした毛むくじゃらの顔をした亜人が立っていた。麻のパンツを履き、棘々とした突起の付いたメイスと大きなお鍋の蓋のような木製の盾を持っている者と、槍のようなものを持っている者の二匹がいる。背丈は人間より気持ち小さいぐらいでゴブリンよりはずっと体格が良かった。
その二匹は退屈そうに時折欠伸をしながら見張りを勤めているが、まったくこちらに気づく気配はない。
「こちらに巣を移して間もないようだな」
「え、何で判るの?」
「洞窟周りの土の踏み均され方がそれほど古くない。まだ比較的軟らかい」
なるほど、言われてみれば確かにまだ土が軟らかいような気がする。まだ踏み固められておらず、ところどころ草が生えている所が残っているし。でも、それじゃあ何でこいつらは、こっちまで移動してきたんだろうか?
ひょっとしてどっかの村が討伐隊でも送ってきたので逃げてきたのかね。そうだとすれば、もしかしたら、まだまだ後続がここに来る可能性もあるのかもしれない。
その後、洞窟の周りをぐるっと観察しながら調べていると、オークが見張りを立てている場所より後方の方にもう一つ小さな入り口を見つけた。その場所は表たって見張りを立てているわけではなく、草を編んで作った筵の様な物を掛けて見つからないように隠してあるようだった。俺達も偶々そこから出入りしていたオークを見つけなければ気づかなかっただろう。
その後も相手に見つからないようにこっそりと調査を続けると、何やら他にも怪しいところがあった。もっとも先ほど発見された裏口の存在を知っていなければ遠方からは判らないだろうが。まあ、だいたいオークの巣の周囲については遠方からさらっと調べる分は終わったのかな?
「とりあえず、洞窟の入り口から続く真新しい獣道を辿ってみよう」
◆◆◆
獣道は西へ西へと続いているようだ。俺と父さんが獣道を辿り始めて数時間が経っていた。父さんは獣道の先に常に厳しい目を向け、警戒に余念がない。
俺はというと突然こちらにオーク共が襲いかかって来るのではないかという不安が常に自身に襲い掛かっており、気が気じゃなく精神的に疲れていた。周りの草陰や、視界を塞ぐ木々から俺に襲いかかるオーク達を幻視してしまい、俺はいつも以上に疲労感に襲われていた。
「はぁ~」
思わず溜め息が出る。父さんは傭兵生活が長かったから慣れっこなんだろうけども俺は所詮、森の中で狩りをしている程度の素人にすぎない。こんなことで今後やっていけるのかな。いずれきたる村を出る時のことを考えると大いに不安を感じてしまうよ。
そんな感じに俺が益体もないことを考えていると、突然、父さんは俺の口を手でふさぎ、そのまま俺を草むらに連れていった。どうやら何かがこっちに近づいてきているらしい。草むらの中で身を低くして何が来るのかと待ち構えていると、昨日と同じようにオーク達が物資を持ってこちらに向かってきているのが見えた。
昨日同様、物資を大急ぎで運んでいるところを見ると、やはりオーク達は何かに追われて拠点を変更しようとしていると考えて違いないのだろうか?
その後、父さんに誘導されてオーク達に見つからないようにオーク達と距離をとりつつ、こっそりと見晴らしの良い場所まで移動した。何故かというと、それは目の前のオーク達の群れの全容を高い所から確認する為である。
全体を上から俯瞰して見てみたところ、オーク達の数は十六匹おり、そこにさらに奴隷化されているゴブリン八匹が連れられている。オークの半数は完全武装した者と、半武装し荷物を担ぐ者に分かれており、ゴブリンは奴隷らしく見るからに重そうな荷物を二人掛かりで運んでいるようだ。
そして、八匹いる奴隷ゴブリンのうちの一組がもう限界に達してきているのか集団から離れた位置におり、その一組に対して監督役のような役についている者なのか、一匹のオークが二匹に怒鳴り散らしている。
「ふむ、チャンスだな」
「え、何が?」
「いいから黙ってついて来い」
「ほら、一々口答えせずに黙っていくですよー」
体育会系のノリで無駄口を止められてしまった。……ひょっとして父さんが普段、無口気味な原因って傭兵時代の環境と教育が原因なのではなかろうか。殺伐とした戦場や作戦行動中って無駄口叩くと殴られそうな印象があるし。まあ、俺の勝手なイメージなんだけどね。
あとアニスよ、父さんが傍にいるから反論できないと思って言いたい放題しているようだがあとで締めるからな、絶対に。
父さんに連れられるがままにオーク達と距離をとりながら獣道の先へ先回りをする。その先回りをした場所は岩が点在し地面が盛り上がった小さな丘が連なっている場所で、獣道は大岩を基点に横に曲がっている。簡単にいうと視界の悪い曲り角な地点だった。
どうやら、ここで先ほどの手段から離れ気味になっている奴等を襲撃するようだ。奴等の戦力を減らすついでに物資をゲット、なんとも一石二鳥な作戦である。ただ下手打った場合は、もれなくオーク達の集団と追いかけっこする展開が付いてくるだろう。
俺はゴブリンを一匹、父さんはオークとゴブリンを一匹ずつ担当することとなった。俺の場合は弓矢があれば確実だったのだろうが、残念ながら昨日無くしてしまったままである。そんでもって前に使っていたクロスボウは、前回の弓矢を作る際にクロスボウの部品のうちで弓矢に流用できそうなパーツを取り外して使ってしまっていたので現在は骨組みしかなかったりする。
因みに、父さんは弓矢を持ってきておりません。そして、今回の件につきましては、例え弓矢があったとしても、矢を二発撃って相手を殺すより接近戦の方が確実に相手に騒がれず殺す自信があるとのこと。さらに俺に対して「しっかり見て覚えとけ」という頼もしいお言葉もいただだくなど、今回はいたせりつくせりである。
目の前のオーク達の集団が曲がり角を曲がり視界から消えてゆく。その集団のひときわ離れてしまっている件のゴブリンとオークを除いた最後尾が曲がりきったのを確認すると、俺達は奴等と距離を置くのを止め、ばれない様にゆっくりと取り残された間抜けな獲物に近づいていく。
俺達は曲り角近くに身を潜め、襲撃の時を待った。奴等はまったく俺達に気づいていない。奴等はだんだんと曲がり角近くに、俺達が身を潜めている辺りに近づいてきている。こっそりと奴等の様子を覗き込むと、監督のオークは疲れきったゴブリン共を怒鳴りつけており、こちらにまったく気づく気配はなく、もちろんゴブリンも同様だった。
襲撃の機会を伺っていたその時、怒鳴り散らしていたオークがゴブリンを蹴り飛ばそうと完全にこちらに対して背を向けた。
父さんは体中がバネになったかの様に、一瞬でオークの背まで体を踏み込むと、オークの口を手で押さえながら持っていた大型のナイフで心臓を一突きした。オークから小さくくぐもった声が漏れ、オークはそのまま力なく地面に倒れこもうとする。その間、ゴブリン達はというと、突然の事態に思考が追いついていないのか唖然としたまま動かない。
父さんはゴブリンに行動する余裕を与えずに次の行動に移った。オークに刺したナイフを引き抜かず、そのままゴブリン達の前に出ると腰に差したもう一本のナイフを取り出し手前のゴブリンへと投擲した。
投擲されたナイフは回転しながらゴブリンに向かい飛んでゆき刃がゴブリンの喉を抉る。
――グゲェ
そのゴブリンは一連の行動の移り変わりに対応できず棒立ちのまま攻撃を受け、喉を押さえながら崩れ落ちた。喉からはぱっくりと裂かれた傷口から漏れでた呼吸音がヒュー、ヒューと鳴っている。そのゴブリンは、まるで金魚のように口をパクパクと動かすが何か喋ろうにも声帯まで空気がいかない。ゴブリンはそのまま顔を青くしたまま死んでいった。
「ちゃんと見ていたか」
「……見てたけど、凄すぎて参考になりません」
こちらはゴブリンをオークが殺られたことに注意がいった隙に後ろから槍で一突きして、退治できたので極めて楽だったです。なので、色々そちらに注意を向ける余裕はありましたがレベルが違いすぎで参考にならないです。
「そういえば、ナイフ投げって真直ぐ飛ぶものだと思っていたよ」
「こんな重心が投げ用に作ってない普通のナイフを専用の投げナイフと一緒にするな」
どこの吟遊詩人のサーガに影響されたんだと呆れ顔をする父さん。まあ確かに切る為に作ったナイフで投げても投げ武器みたいに飛ばないよね。うんでもって投げ用に重心を調整したナイフとかだと今度は切るのに向かなそうだし。その場合は日常生活では使い道がないとはいわないが使い難いだろうね。
「ではとりあえず、ささっとやっちゃいますか」
倒れたゴブリンの死体を草むらに隠す。そしてオークの死体には、改めてオークが使っていた武器をオークの死体に突き刺して捨て置く。最後に、奴等が持っていた物資はこちらでありがたく頂いていく。
「これでゴブリンがオークを殺したように見えるだろう」
これでオークがこいつらを探しに来ても問題ない。さて、物資をぱくって今日は帰るとするかな。とりあえずオーク達の引越しは終わってないことも分かったしね。奴等の物資を横取りするならば、もう少し待つ必要がありそうだ。
その後、俺と父さんはしばらくの間、麦の収穫の合間に同様の方法でオーク達を襲い物資を奪っていった。時には警戒が厳しく手が出せないときもあった。というよりも、段々とオーク達の警戒が厳しくなっていった。このままでは奴等がまた拠点を移動するかもしれない。
そろそろ、切り出すべきだな。なるべく合いたくない相手だが、村長のところに行って、話をつけてくるか……
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