少年時代の終わり
体を動かせるまで回復した俺はほうほうの体で村に戻った。森の中で見た謎の人型モンスター達のことが頭から離れない。あれは本当に奥の村を襲ったオーク達だったのだろうか?
少なくとも人型モンスターが農耕技術を持っているはずもなく、あの時、奴等が運んでいた物資は他所から奪ってきた物であることは違いないのだが。
「もう一度、あそこに行って確認する必要があるな」
最低でもあれがオークかどうかだけでも確認する必要はあるだろう。それでなくとも、比較的村近くに巣を張られた事自体、厄介なことであるが、その存在が以前に村を襲った前科があるかどうかという情報はいずれ、この情報を使う時に役に立つだろう。
まあ、何にしてもまずは父さんに相談するとしよう。この問題は流石に俺一人で抱えるには荷が重い。父さんに相談した方がいいだろう。
◆◆◆
森から帰った俺は畑仕事を手伝った後、夕食を作り、それを食べた。辺りには煤の匂いがこびり付いている。煙突のある暖炉などはよっほど裕福な家庭でなくてはない。なので、炉を使うたびに辺りは煙で一杯になる。その為、炉の薪を燃やす際の煙を逃すべく天井には穴が開いているのだが、その程度では全ての煙を屋外に逃すことはできない、五十歩百歩だ。必然的に調理するたびに家中は煤だらけだ。
夕食を終えた後、うちの子達を寝かしつける。藁の山にシーツを被せた寝台の上に寝かし、羊毛で毛織した掛け布団と兎だか何だかの毛皮を重ねてかける。チビ達が寝付いた後、俺は居間の中央にある石を積み上げて作った炉の前に居る父さんの元に行った。炉の火がまだ赤々とゆらぎ、時折パチパチと薪のハゼる音がする。
炉の火をそろそろ消そうとしている父さんを止め、俺は今日見たことを父さんに話した。
「というわけで、どうしたもんかと思って」
「そうか」
いや、そうかじゃなくて、こう如何したらいいかを聞きたいのですが。
「……で、お前はどうしたいんだ?」
「え?」
「選択肢は大きく分けて二つ、
領主に退治してもらうか、村で何とかするかだ。
まあ様子見とか言い出すかもしれんがそれも大別すれば村で何とかするに入るだろう」
「で、お前はどうしいんだ?」
「…………」
「ただ解決するのを傍観するのか? それともそれに関わりたいのか?」
……俺はどうしたいのだろう。傍観するだけで良しとすべきか?
その選択をとった場合は何のことはない、現状維持ということに他ならない。
だが、この件に関わるとすれば?
もしかすると、この件から何らかの利益を得ることができるかもしれない。
「俺が関わった結果、村に不利益がもたらされたとしてもいいの?」
「お前がそんな事を気にするような玉か?」
「……確かにね」
まったくその通りで。そんな事を気にするのは俺らしくない。どうやら俺は自分の行動の結果、起こるかもしれない出来事からの罪悪感から逃げようとしていたようだ。まったく、本当に俺らしくもない。あいつ等が俺達にしてきた事を思い出せ、人死にが出るというのなら罪悪感も沸くだろうが、そこまでいかない範囲であれば特に問題あるまい。
「うん、ではなるべくこちらに得になるように動く方向で」
そもそも、奥の村への対応を見るに領主が実際に行動してくれる見込みは低そうだ。そして、その場合に矢面に立たされるのは、おそらく父さんになるだろうしね。最終的にはどの道と、こちらは貧乏籤を引かされるわけなのならオークのことが発覚するまでに、なるべく発生する負債を減らす、いやむしろ利益を得る方向でいったほうがいいよね。
「そうか、だが本当に割り切れているのか?」
「割り切れていないかもしれない。いざとなったら後悔するかもしれない。だけど」
俺の中の甘い日本人感覚、現代人感覚は、この世界のジャンと同化し何年もここで過ごしたおかげで、かなり磨り減っている。だが、完全に死んだわけではない。時折、この村に買われてくる奴隷を見ても間違っていると強く主張するような思いはほとんどないが、その奴隷が無下に扱われているのを見ると心の奥底の前世の価値観が疼き割り切れない思いが浮かんでくる。
思えば俺は今まで現代的に見て、正しい行動を心がけてきたような気がする。現代とあまりに乖離した制度、風習にはなるべく関わらず、なるべく現代の価値観を通せる状況に至るように逃げてきた。
しかし、現代での悪い事は、必ずしもここでは悪ではない。例えば奴隷法に関しては、そもそも、ここには奴隷が悪いことだという価値観自体がないのだ。
日本では置引きは犯罪だ。被害者は哀れまれるべきだ。だが、海外旅行の際に同じような犯罪が行われた場合、非難されるのは無防備な被害者に代わる。同じ時代でも地域によってこれだけ違うのだから世界や時代が変われば如何せん事もない。
甘えるな。中世の幾つかの正しき行為が現代の倫理観で受け入れられないものだったとしても、中世のその時代で正しかった行為が間違ったことになるわけではない。事後法など認められない。観光客気分で外から訳知り顔で否定するな、どうしても気に入らなければ中から変えろ。この世界の一員として、今の価値観を受け入れた後に変えてやれ。
弱者は、強者に貶められ、
貴きものは、卑しきものより常に正しく、
貧しきものは、富めるものに搾取され、
死者は、生者の礎になる。
ここは、そんな時代だ。
間違っていない、全然間違っていない。弱く、卑しく、貧しいものとしては、本当に、本当に、腹立たしいが間違っていない。
ならば、残った生にしがみつくがいい。歴史とは常に生者が作り出すものだ。生きて、生きて成り上がれ。俺を上から踏みつける奴等を引き摺り下ろし上へと登れ。
「だけど、優先順位を間違えて、本当に大事なものを疎かにするような馬鹿な事はしない。 恨みつらみを受ける覚悟はできている」
家族の為なら、俺は他の誰かを犠牲にしてもかまわない。
だからさ、前世の社長、あんたのことは怨んではいるが、あれが家族の為だというなら軽蔑はしてないぜ。流石に同じ状況になった場合、他の手段を探しただろうが、あれが家族の為なら軽蔑はしない。もっとも、実際はどういうつもりだったかは今となっては知るよしもないが。
「覚悟がきまったのならかまわない」
「では次に勝手に森の奥まで行ったお説教をしなくてはいけないな」
――マジですか
それから、俺は勝手に森の奥まで行ったことに対する事から、最近の暴走行為、竹炭を作る為の森での泊り込み、さらにはカシミロに一人で交渉しにいったことなどについてお説教をされた。
父さんも俺が村から出ようとしていることには気づいており、自分も村から飛び出して行ったものなので、村から出て行くこと自体は特に怒りはしなかったが、何でもかんでも一人で決めすぎだとお怒りを受けた。まあ、確かに竹炭に関しては父さんまで泊り込むとうちの子達を放置することになってしまうから駄目だったが、カシミロに対しての交渉は父さんに来てもらってもよかったよね。
というか父さん、俺が生まれてから今まで一緒に暮らしてきたけど、今晩だけで通常の一月分ぐらいの会話量が発生したような気がするんだけど……。それだけ今まで心配を掛けていたということか。
でも、ゆくゆくは商売に手を染めようとしている者としては、一人で立ち向って経験を積みたかったのだ。勿論、反論はしなかった、そんな事しても燃料を更に加えるだけだ。まったくもって、こんなに心配を掛けさせておいて、まったく懲りていないのは我ながら親不孝だとは思う。
だが、俺一人の危険で家族の未来が良くなるならむしろ本望というものだ。親の心、子知らずというが親心を判った上で無視しようとしている俺はどれだけ罪深いのだろうか……。
でもさ、父さん。俺、前世では他人の為に犠牲になった最後だったんだ。
だからさ、今世では他人の為に犠牲になどなる気はないし、
自分の命の捨て時は自分で決めたいんだ。
遅くなりまして申し訳ありません。
活動報告にも書いてありますが、現在、一斉投下を目指して書き貯め中です。
次話投下は、もう少々お待ちいただけますようお願い申し上げます。
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