明日への下準備 続々
竹炭の明渡しはカシミロが、この村に帰ってきた時に行うこととなった。もっとも、この数ヶ月で作った竹炭は6袋分もあり、かなりの重量になるので一度に運びきれるものではないだろう。持っていけなかった分は、おそらく次回、この村に麦を買付けに来たときに運ぶことになるだろう。
竹炭の販売に関してカシミロにはしっかり販売先を確保して欲しいものである。少なくとも俺が村を飛び出すまでは、じゃんじゃん売り出して旅道具を仕入れる資金や当面の生活費を稼がせてもらいたいのだから。なんとか中流家庭とかに売り込んでいただきたい。お互いの儲けの為にね。
まあ何にせよ、一応交渉は成功といったところか。今のところは順調に進んでいるな。
いやはや、今後も上手く運べればいいんだがなー。
◆◆◆
俺は一人森の中を走る、走る!
すでに慣れしんだ森の中、ときおり俺を転ばそうと狙って生えてきたんではないかと思わざるをえない木の根を掻い潜り、獲物を追いかける。
目の前には俺から逃げ出そうとしている兎。まさしく、文字通りの脱兎だ。俺は新たに自作した弓矢を持ち、兎を追う。左右に動き回り俺から逃げていた兎だが周りの地形の関係から真直ぐに動かざるをえないところに追い詰められた。俺はチャンスとばかりに張っていた弦を離し兎に矢を放つ。
だがしかし放たれた矢は兎を捕らえられずに虚しく地に埋まる。忌々しい事に兎は俺から逃げ切ってしまった。
「ちっ、逃したか」
カシミロがこの村に戻ってくるまでの間、売りつける毛皮を増やそうと今、俺は森の中で狩りに励んでいる。残念ながら近場の小さな竹林は親竹や若竹を残し、だいたい切り倒してしまった。新たな竹炭の作成には来年まで待たなければならないだろう。竹の成長は早い。肥料がわりに腐葉土や、除草した周辺の草の灰などを撒いておいたので、今年取らなかった分は来年の夏には新たに収穫できるだろう。
今後は竹の子を取るのは自粛したほうがいいかな。竹の子も三ヶ月もすれば数メートルの竹まで成長するようだし。今にして思えば、竹の子を食材として食べたのは失敗だったかもしれんな。つうか、こんだけ凄い速さで成長するってことは竹の成長に土の養分が馬鹿みたいに喰われてるんじゃなかろうか?
……今やった肥料以上に今後肥料をもっと増やしたほうがいいかもしんない。
「今日は獲物が取れないな」
「秋ですからね。こんな人里近くまで来なくても食料が足りているのかもしれないです」
「う~ん、せっかく作った弓矢を試したいんだがなー」
ある程度、力も付いてきたのでクロスボウから弓矢に切り替えようとしてるんだよね。
クロスボウはなかなか強力な武器だが熟練すれば連射できる弓矢の方が使い勝手がいいしクロスボウほど荷物にならない。あと、矢が特殊だから基本自作なんだよね。後々の事を考えるとステータスUPや体の成長でなんとか弓を引くのも様になってきた今、弓矢に移行した方がいいかと思ったのだ。
「少し奥まで行ってみようか?」
「大丈夫ですか?」
「まあ、危なく感じたら直ぐ逃げるさ」
それに、奥の村を襲ったオークの事も気になるしな。森の奥に帰ったそうだが、奥の村とこっちの村は森を繋いで地続きだ。可能性がないわけじゃないからな。
「実力の割にはステータスが高いモンスターが出ますように」
俺達は普段行かない森の奥へと足を踏み入れていった。
森の奥深くまで踏み入り続けると獣道も途切れてしまった。俺は太陽の位置から自分の進んでいる方角を見誤らないように北に、北にと進んでいる。
茂みをかき分けながら進めば、時折、「パキリ」と小枝を踏む音が鳴り響き、傾斜を登れば、不安定でぬめりとした感じの悪い土や苔の感触を足裏で感じた。辺りは周辺の巨木の木陰のせいでじめっと湿った落ち葉と土の匂いが鼻腔をくすぐっている。
俺は、道なき道を額に汗し、ずいぶん長い時間を掛け森を突き進んできたものだと思ったものだが、実際は空を見上げると木々に囲まれた小さな隙間から差し込む日差しの角度は思っていたよりずっと角度が高かった。
「ん、あれぇ?」
今、一瞬、陽射しが何かに遮られたような?
「アニス、何か頭上にいなかっ」
「頭を下げろです!!」
「!!」
アニスの声に訳も判らず従い、頭を低くした瞬間、俺の頭上を何かが通り過ぎていった。
何だ! 何が通り過ぎていったんだ!!
混乱したまま、未知の敵対者に対し恐怖していると、頭上を再び何かが通り過ぎていった。何か、黒い大きなものが複数にわたって羽ばたいている。身を低くしていると、その羽ばたく何かは再び俺に向かって飛び掛って来た。
それは、漆黒の羽を纏った大鷹のような奴だった。羽を広げた大きさは人間一人軽々収まるくらい大きい。血のような紅い瞳でこちらを見つめるそれの見方はだんだんと大きくなってゆき、こちらに向かってくる。
「このぉ!!」
俺は持っている槍を振り回して、襲いいかかってきた大鷹をいなした。だが、その隙を突くかのように後ろからまた別の大鷹が襲い掛かってくる。畜生、こんなデカイ猛禽類の癖しやがって集団で狩りをするとかありかよ!!
「アニス、どっちに逃げたらいい!!」
今まできた方向に逃げても開けたところじゃ逃げ切れない。また、俺は大鷹から気を逸らす余裕はない。ここはアニスを信じて誘導してもらうしかない!
「左に曲がって真直ぐ走るです!!」
俺は言われたとおりに左へ曲がると目の前の草むらを突っ切った。その先には背の低い木々が密集しており、その中を突っ切り続ける。走っている中、木の枝で腕や頬に傷が無数にできる。しかし、そんなことは構わず俺は走り続ける事で、ひたすら大鷹から逃げる、走り続ける。そんな遮蔽物ばかりの所を走り続けていた時、
「あ、そっちは駄目です!!」
どうやら、多数の枝から目を守っていたせいでアニスの誘導にちゃんと従えてなかったようだ。踏みしめた力を受け止めきれず土が崩れ、俺は体勢をくずし転がり落ちていく。
――崖っ!?
斜面に生えている幾つかの木の枝を体で叩き折りながら俺は崖から転げ落ち、そして意識を失ってしまった。
◆◆◆
「ジャン! ジャン!! しっかりするです!!!」
……なんだ気絶してたのか。俺は今、崖の中腹辺りの部分に横たわっている。地面には落ち葉が何層にも積み重なって詰まっており、俺はその上に落ちたらしい。見上げれば、転げ落ちた時はもっと傾斜が急だと思っていたが下からみると案外そこまでの角度でもなかった。幾つかの木の枝は折れ、俺の周りに転がっている。俺が落ちたときに折ってしまった物だろう。
「あー、今気づいたけどとっくに逃げ切っていたんだな」
「心配掛けさせないでください。心臓が止まったかと思ったです」
「あー、悪い悪い、心配掛けさせたな」
体中が痛くてしばらくここから動けん……。
とりあえず、傷や荷物の確認をしてみると奇跡的に体は打ち身以外は目立った外傷はないようだが、せっかく新調した弓矢を無くしてしまったらしい。
……軽くショックだ。
「畜生、今回は踏んだり蹴ったりだ」
「命あっての物種ですよ。だから今後は少し自重しろです」
「そうは言ってもだな、多少無茶しないと今の生活を抜け出せないだろ?」
「それはそうですが、もう少し慎重に……おや、何か来ますね」
崖下に何者かがいるようだ。今の体調、しかも弓矢を失った今の状況では戦いようがない。俺は地面に身を伏せながら、その何者かを観察する。どうやら人型をしているようであり、その体躯は人間ほどのサイズ。容姿等の細かい部分は見えない。それが二体、崖下にいる。
そいつ等は何かに警戒するかのように左右にしきりに首を動かしている。もっとも残念ながら上を見るという頭はないようだが。そいつ等はひとしき警戒を続けると納得がいったのか、二体の内の一体が奥に再び戻っていった。何やってんだあいつ等は。
その後、奥にいった一体は再び崖下に戻ってきた。仲間を連れて。
「あいつ等は……ひょっとして」
合流したやつ等は大量の物資を持っていた。その物資をやつ等は崖下の方に運び込む。どうやら崖下に洞窟か何かがあるようで、そこに物資を運び込んでいるようだった。
「奥の村を襲ったというオークなのか?」
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