小市民に成り上がれ【壱】 続々々
背負子一杯に積まれた黒々とした竹炭を持ち、ふらふらと家路に向かう影一つ。その影は覚束ない足取りでふらふらになりながら家の敷居を阻む戸口を最後の力を振り絞りこじ開けた。
「おかえり~~」
「あ、また竹の子? もうこれも食べ慣れたね」
「た、ただいま~」
家の中には、うちの弟、妹達が飯の仕度をしていた。家の裏のほうでザクザクと鍬が土を耕す音がする。どうやら父さんはまだ家に帰らず農作業を続けているらしい。俺は戸口の傍に背負子を下ろし、ほっと一息いれる。
しかし、重たかった、本当に重かった。 炭窯に竹を運ぶときは森の竹林から炭窯へ、何度か短い距離を往復して運べばよかったから楽だった。だがしかし、今回は距離があるので何度も往復するのは面倒と一度に大量の竹炭を運ぼうとしたのが拙かった。意地になって量を減らさずに何度も往復したので、もう足が棒になって歩けません。だがしかし!!
――くっくく、くふふ、はははははははっ!!
背負子に積んであった竹炭を手にし、ニヤニヤと笑うことを止められない俺。
駄目だ、頬が緩むのを止められねぇ。
見よ、この黒々とした竹炭達を! やったよ! やっちまったよ!! 一発で成功だよ!!
これまでに、何度か新しいことに挑戦してみたことがあったけど、どれも成功までに試行錯誤の長い時間が掛かったけど、今回は炭窯の修理にこそ時間を費やしたけど、炭作りはなんと一発で成功したよ!
これは、忘れないうちにもう一度、炭を作りにいかねばならないな。時間開きすぎて次に炭を作ってもやり方を思い出せずに失敗なんて展開になっては困る。だがしかし、今日はこの喜びを思う存分堪能するとしよう。
「はっはははっははは!!」
「……兄ちゃんが壊れたよセシル」
「お兄ちゃんは疲れているのよ、先週も何かぶつぶつ独り言をいってたし」
「ジャン、あなた疲れてるのよなのです」
はっ、弟妹達に変な方向に心配された。というかアニス、スカリーの声色を真似て言うんじゃない、アンパンマンの人の声お上手ですね。しまった、ハイになりすぎたな。だがしかし、炭窯の修理に一月、炭作りに十日。それだけの時間を費やしての成果である、そりゃ有頂天になっても仕方がないのではなかろうか。
「あ、それが炭? 変な臭いがするね」
「そういうもんだ。あと畑の肥やしにもなる。
とりあえずここに一山置いとくが、後日、細かく砕いて畑に撒くぞ。
二人とも後で手伝ってくれるかな?」
「「りょ~かい♪」」
二つ返事で了承する我が家の天使達。まだ小さいのに特にぐずりもしない。前世の子供とは大違いである。いい子に育った兄弟を愛しむと同時に我が侭を言える余裕を与えられない自分への不甲斐なさに苛まれる瞬間だ。これがこの世界では当たり前だとは判ってはいるんだけどね。
先程言った、炭が畑の肥やしになるっていうのは正確な意味では違うが、まあ結果的には似たようなもんだがかまわんだろう。説明してもこっちの技術レベルでは理解しがたいだろうし、俺も効能だけ知っているだけで詳しくは説明できんし。
それと除湿用に竹炭を幾つか、ライ麦などを入れた麻袋の中とか周辺とかに置いとこう。特にライ麦は湿気厳禁だからな。ライ麦を初めとした麦類は麦角菌というカビのような菌に感染した場合、毒性をもつ毒麦なる。そのため中世では、しばし麦角中毒がおこり運が悪ければ死に至った。
これは、アニスにも最初忠告されていたので、かなり前に湿気対策にすのこを作ってその上に麦類やその他の食物を置いていたのだが今回、竹炭を作ったことでさらに補強することができるだろう。麦角菌とか関係なしに湿気は食料保存の大敵だしな。
「で、二人共、今日は特に問題とかなかったか?」
「特に何もなかったよ、いつも通り」
「アシルのお母さんにアガットへお乳あげてもらったり、父さんと畑仕事したり、
ユーグをいじめた子を私が懲らしめたりといつも通りだよ~」
いっひひ、とばかりにユーグをからかうセシルとむきになるユーグ。お~い、家狭いんだから、こんなところで追いかけっこするな。
「余計なこと言うなよ」と半泣きになりながらセシルを追うユーグだが、普段から体の弱いユーグより頻繁に飛び回っているセシルには体力的にかなわない。そもそも、子供の時期では女の子は男の子よりも成長が早いので女の子のセシルの方が体格いいしな。もっとも、性差が逆転する時期とは関係なしに性格的に今後もユーグはこの先もセシルに敵わん気がするが……。
しかし、元気に動きまわるのは結構なのだが、このままユーグが動き回り続けると熱をだすかもしれないな。まったく仕方がない、
「うりゃ!」
「「うにぃ?」」
走り回る二人を脇に挟んで持ち上げる。さあ、この悪ガキ共ドウシテクレヨウカ。
「とりあえず愛でる!」
「きゃははっは、やめれー、くすぐったい」
「やめれー、兄ちゃん、降参するからゆるして~」
「楽しんでいるところ申し訳ありませんが、
いい加減にそろそろ止めないと料理が駄目になりますよー」
むむむ、俺の至福の時間を。世のお父様方が子煩悩になるのがよくわかります。もっとも、まだ俺は十二歳児なのですが。それはそれとして今日はごちそうなようだな。
鍋にかかる牛乳とバターの甘く濃厚な匂い、そして、そこに粗挽きの麦粉が加わり出来上がった粥がとろとろになっている。鍋の中で粥がグツグツと気泡を噴出しながら煮だっており美味そうだった。
どうやら今朝、アシルの家に、アガットが何時もお乳を分けてもらっているお礼に森で取れた肉を持って行かせたところ、バターと、そして牛乳をいつもより多めに貰ってきたらしい。
母さんが死んでしまったのでまだ、乳飲み子のアガットはアシルの母さんにお乳を分けてもらうか、もらった牛乳を飲ませるしかないからな。その牛乳がどうしても手に入らない場合は、穀物を細かく潰して煮込んだ煮汁をなんとか飲ませるしかなくなってしまう。
前世では気にもしなかったが粉ミルクって素晴らしい発明だ。誰が発明したのかは知らないがノーベル賞を幾ら渡しても足りないぐらいだね。
「さて、ではここはもう一品つくるか」
俺は、暖めたフライパンの上に干し肉を乗せ、さらに少量の水を注ぎこむことでフライパンの上の干し肉を蒸す。フライパンの中の水が無くなった所に獣脂を入れ、追加に切った竹の子と玉ねぎを入れ、先に入れた干し肉と一緒にジュウジュウと炒める。味付けは塩、唐辛子、ニンニクと前世からみてもまともなもの。これだけの料理は年に何度も食えるものではない。そうこうやっているうちに父さんも帰ってきた。
「お、何か今日はごちそうだな」
『おかえり~~』
それから家族みんなで食事をし、今日あった事を話し合った。じつに今日は良い日だった。歳を経て、いずれ昔を懐かしんだとき思い出すとしたら、今日のような日だろう。たわいない何気ない普通の幸福な日。だが、そんな日は前世だろうと貴重であったに違いない。俺はそんな良き日に感謝し噛み締めながら、この日をあじわっていた。
願わくば再びこのような日が訪れんことを。
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