戦士への道 (上)
猪が立ち去った後、木から下りた時にはもう、日差しがだいぶかげっていた。
俺は地面に投げ捨てたクロスボウや矢筒などを拾った。因みに、猪が食べていた辺りを調べてみると山芋を見つけることができた。山芋を掘っていると上から、ポタポタと水滴が降ってくる。顔から汗とは別の水滴が零れ落ちる。
――なめていた、なめていた、なめていた。
この期に及んで、まだ甘えが抜けきれてなかった。
異世界から転生した背景がなんだ!
成人に達する知性と、異世界の知識がなんだ。
自分の事を特別だと思っているのか、お前などただの十歳の餓鬼にすぎない。
矢が狙った場所から逸れた、それは仕方がない。狩猟は運が大きく影響する。
たとえ、熟練した狩り手でも、突然のイレギュラーはまぬがれまい。
だが、失敗した後の俺の行動はなんだ。なぜ、直ぐに二発目を撃たなかったのか、そう怖かったのだ、二発目を外す事が、装填することに要した時間を無駄に費やすことで、逃げ遅れることに臆したのだ。
クロスボウは、扱いやすく、威力も高い武器である。だがしかし、弓と違い、再装填まで時間が掛かるため、一分あたり二発までしか撃てないし、あくまでも今使っているのは俺、十歳の少年なため、肝心の矢の威力も大人が使う弓矢と大差ない。
ならば考えるべきだったのだ、用意しておくべきだったのだ、心構えをしておくべきだったのだ。少なくともそうすれば、土壇場で動転するという無様な醜態を晒すことはなかった。
「くそっ……」
俺は目元を腕で拭うと、ひたすら黙々と山芋を取るべく地面を掘り続けた。無様な自分を心の中で叱咤して。
◆
「お兄ちゃん、だいじゅぶ?」
「兄ちゃー、お水もってきたよー」
翌日の朝、少し寝込んでしまった俺を、セシルとユーグがまだ舌足らずな口調で心配してきた。
俺は大丈夫だよと言いながら二人の頭を撫でると、腕を上げ背を伸ばしおきあがった。
この程度の疲労で休んでいられるほど、農民生活は楽ではない。なにせ、農作業をさぼって森にいりびったっておりますからね。あまり休んでもおれないのですよ。両親は、俺がいままで病知らずだったのに急に体調を崩したことに心配しているようだが、実際には俺は本当の意味で病知らずな体なので、単なる疲労と筋肉痛である。特に問題はない。
父さんがまた森に狩りに行くらしい。村へ送るノルマにはまだ達成していないようだ。
「あの寄生虫共め」とぼやいたら、父さんが無言で俺の頭をぐりぐりと撫でてくれた。
その日は、畑仕事をしながら、教えをこい、考え、そして準備を整えた。クロスボウを使ってすら確実に仕留められるわけではない。そして、仕留められなかった時、まともに戦っては勝てない。つまりまともに戦ってはいけないのだ。
あの日、遭遇したのがモンスターでなくてよかった。もしもモンスターだったら俺は運しだいでは死んでいてもおかしくはなかったと思う。改めて昨日までの自分の浅はかさに自嘲しながら、準備を整える。まともに戦わずに勝つための準備を。そう絶対に勝つ、そして家族で笑いあうのだ。
だがしかし、翌日は雨が降ってしまったので、森に入ったのは更に二日後となった。
俺は再び、猪と会った場所まで戻ってきた。そして、山芋を掘った穴を更に掘り進める。落とし穴、いやこの場合はイノシシ落としというべきか。古典も古典な罠だが、あまり複雑な罠は俺には荷が重いし、他に簡単な罠は考えてはきたが、やはりこれが一番成功する可能性が高いと感じだ。
「シンプル イズ ザ ベスト」ってな。複雑なものより構造が単純なものの方が信用できるもんだ。
その日は、落としにする穴を、ここの他にも複数作った。まだ穴を掘った状態なだけで隠してはいない。まだまだ、準備の段階なのだ。
次の日、俺は他の場所に、落とし穴以外の罠を設置しようとしていた。
輪っか状の縄で獲物を拘束する罠だ。とりあえず、前世でもバイト時代に、紐を引けば引くほど縛った輪っかが縮まる縛り方を教わっていたのでそこは問題なかった。西部劇でカウボーイ達がブンブン振り回しながら相手の首に投げつけていたあの投げ縄のようなものだ。
古本とか、荷物を縛るのに便利な縛り方だったのだがこんなところで役立つとは思わなかったね。
俺は地面に木の杭を打つとそこに投げ縄を縛りつけ、杭のそばに縦穴を掘り、穴の上に踏み板を置き、その上に輪っかを置いた。獲物が縦穴に足を捕られたら落ちたら、その時の動作で輪っかが締まり獲物は拘束されるだろうというアイディアだ。
俺は何度か試行錯誤の末、いろいろ工夫しこの罠を完成させた。まあ、正直、ちゃんと動くかはちょっと不安だったりするんだがな。一応縄を三重にして、杭から外れないように溝も掘ったんだが大丈夫だろうか?
まあ、駄目だったら、駄目だったでいいか。この罠の場合は失敗しても俺に危険はないしな。次にまた工夫して作り直せばいいか。
その日は他にも収穫があった。縄を作るための蔓を集めいた際に森の中で竹を発見したのだ。たしか、日本では昔は竹は結構大切な資源として扱われていたような事をどこかで読んだ気がする。竹などという加工がしやすく、使いやすいものを勝手にとってもいいのかとも思ったのだが、帰って父さんに聞いてみると竹を加工する文化がそもそもないらしい。
正確には、この地の原住民にはあったようなのだが、侵略者、つまり俺たちのご先祖様がこの地を占領してしまった。そして、侵略者は元々の土地での流儀を通したので、竹は奥地に逃げた原住民しかつかわないそうだ。
……もしかしたら、この地があまり豊かでないのは、故郷でのやり方に固執して土地にあった作物を作ってないからかもしれないな。まあ、文化ってのはそう簡単に変えられないが。前世でも麦から米に主食を変えれば飢餓が収まる地域があったが、文化的な問題で麦を食い続けていた地域とかあったしな。
◆
後日、竹を竹やりを作るがごとく斜め切りにして落とし穴の下に設置しておいた。そして、落とし穴の四方に余った竹を刺しておく。獲物に警戒されるかもしれないが、この森に入る人間は俺だけではない。この程度の配慮は仕方がないだろう。
次の日も、次の日も、罠の設置や改造に万進した。そして、ある程度、形になってからは、定期的に罠を確認に回った。雨の日も風の日も山を歩いて、罠にかかった獲物がないか確認した。なにせ、それを怠ると、せっかく掛かった獲物が腹を空かせた他の獣や虫に台無しにされてしまうかもしれないからだ。
そして、ついにその日がやってきた。
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