くぅ~、くぅ~、お腹が空きました 続
古代、森は崇め、畏怖された存在だった。暮らしていく上で必要なものでもあった。
森は、例えば、木材などの建築材料として、あるいは燃料として、必要とされた。
ドングリなどの木の実は家畜の餌となり、栗などは農民たちの食事にも添えられる。
だがしかし、あくまでもそれは”人間”の森の話である。
国の中央部などの騎士団やギルド、大商会などに管理された森、植林などと違い、国境、辺境部、または高位のモンスターなどが出没する森の奥はとても普通の村人が立ち寄れるものではない。
そのため、辺境部の村々では、専門の狩猟班というべき技術職が存在する。狩猟班が森には入る理由で最も多いのは、木材を伐採することと、鹿や猪などの獲物を狩にいくためだ。
村近くの森の入り口辺りは、普通の村人が薪などを拾ったりする為、木々を伐採するわけにはいかないし、森の中にはモンスターも出没するので、戦の心得を持っているものでないと危険だからだ。
このような辺境の民にとって不幸中の幸いな事は、国の中心部と違い、辺境部では森への立ち入り、狩猟が無税だということだろう。まあ、正確には狩猟の方は領主の権利なのだが、森でモンスターを退治することは認められているため、狩人は狩ってきた獲物をばらして、モンスターの肉として持ち帰るのが一般的である。
いわゆる、公然の秘密・隠語って奴だわな。猪肉を山鯨といったり、鹿肉をもみじとしたり、兎肉は「四つ足でない」ため食べてもいいとか日本でもこじつけていたし。いやはや、モンスターの肉なら仕方がないね。俺としてはボタン鍋を般若湯でキューとしたいところだが。 あ~~、違いますよ、お酒ではなく仏さまの智慧のお湯ですよ。ああ日本酒飲みて~。
こんな感じに、つらつらと益体もないことを考えながら森へ向かっているとアシルの馬鹿面が見えた。
「お? どこに行くんだ、そんなもん持って」
俺はお手製のクロスボウを押し付けるように見せびらかし、当然の事実を告げた。
「そんなもん狩にきまってんだろ」
クロスボウは、現代人的には複雑な印象をもってしまいがちだが、実は紀元前からある武器であり意外と構造は単純である。どのくらい単純化というと、原理的には子供の作った割り箸の輪ゴム銃とさほど変わらないといえば納得していただけるだろう。
通常の弓矢ではこの小さい体では大した威力がでないが、クロスボウなら両手で弦を引っ張ってセットすることができる。元の世界では、クロスボウは、素人にも扱いやすく、威力も高いので、下賎な者達でも簡単に騎士達を屠ってしまったので、騎士たちが時の法王に嘆願し、「異教徒以外に使ってはならない」と教令が出されたほどなのだ。
今の状況としては、クロスボウこそが最適といえるだろう。
そして、腰には去年、父さんから貰った大柄なナイフをさしてある。去年は凶作であったというのに、何故か買い与えてくれたものだ。それ以降、護身術にと多少は武器の使い方を教わっている。ナイフを貰ってから前より行くことが許された場所が広くなったんだが、そんなに危険が多いのだろうか?
「そんなことしなくても親父さんが狩ってきてくれるだろ」
「狩ってきた獲物が家の食卓に並ぶならな」
父さんは以前、傭兵家業をしていただけあって、間違いなく村一番の猛者だ。
森で狩をするに十分なステータスがある。
だがしかし、考えて欲しい。
時は、口減らしを行わねばならぬほどの飢饉。
寒々しい丘陵地帯に、コケのごとくへばり付く農村。
まともな衣服も売り払い、貫頭衣のような粗末なものを着ている人々。
その顔は垢でテカテカと光り、栄養も不足しどんな顔つきかもイマイチわからない。
そこに、森での狩りで豊かな暮らしをしている一家がいたとしたらどうなるだろう?
しかも、その一家の主は一度村を捨てた男で、妻は人種も違う余所者である。
まあ、ここまで言えば、もう皆さんお解かりだろう。
”生贄の羊”にならない為には、村の皆さんのご機嫌をとらねばならないのだ。特に村長の。つうか、あちらさん図々しく数量指定で注文してきやがったし。
この状況を打破するためには俺が稼がねばならないのだ!!
別に贅沢がしたいわけじゃない。
ただ、家族五人お腹いっぱい食べられて、今回のことで、自分のせいだと塞ぎ込んでいる母さんが笑ってくれればそれでいい。
できれば、運よくモンスターを倒してステータスUPという下心も少しあるが。
「うちの親には秘密だからな」
せめて、俺が森の中でやっていけると証明するまでは。
アシルはそんな俺を見て溜め息をつくと、俺に向かって、ある物を投げて寄越した。
「唐辛子と匂い草を卵の殻に詰め込んだ獣避けだ
危なくなったらこれを投げつけて逃げてこいよ」
お前は結構そそっかしいからなと言いながら、俺の胸に裏拳を当ててくる。
俺は、「おいおいおい、お前のキャラじゃねーだろ」と軽口を返してしまったが、内心、胸の中に込み上げてくるものがある。
俺は照れ隠しに大きく腕を振ってアシルに別れを告げると、村の境界を示す柵をひらりと飛び越え森の奥へと下り坂を降りていった。
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