第5話 軍の訓練場
「ん……ぅむ……ぐ……ふぐ………どはぁっ!? 息できないっ!?」
朝目を覚ますと、なぜか顔の上にあーくんが乗っていた。
口と鼻が塞がれていて、息ができない。
そういえば、私は呼吸しているけど……もし呼吸が止まったらどうなるんだろう。
「ん……んにゅ」
「……博士…………」
毛布の中がもぞもぞ動いていたので、そっとめくってみる。
そこには、ナイトキャップを被ったパジャマ姿のハナハナ博士が潜り込んでいた。
いつの間に入ってきたんだろう。
でもそのおかげか、体がぽかぽかしていてあたたかい。
「なんだ、起きたのか」
「なんだってなにさー。朝はおはようでしょ?」
「ん、ああ。おはよう」
「挨拶はできるんだ」
顔からどかしたあーくんが、私の胸の上で目をこすりながら毛づくろいを始める。
相変わらず上から目線だけど、挨拶くらいの礼儀は持っているらしい。
「なんで、二人ともここにいるの?」
「博士が一緒に寝たいと言い出してな。しょうがなくついてきてやった」
「寂しがりやさんなのかな?」
「この歳で親もいないからな。前まではリィゼルがいたが、これからは新入り――お前の役割だ」
本当に、何から何まで私に押し付けるつもりなのだろうか。
でも、悪い気はしない。
だってきっと、私だって一人だったら寂しかったと思うから。
◇◇◇
まだ眠たそうにしている博士を残し、私は一人でリビングへ向かった。
「おはようございます、アリー様」
「あれ……リィゼルさん。おはようございます」
キッチンで朝食を作っていたリィゼルさんと出くわす。
白衣は脱いでいて、代わりにエプロンをつけていた。
この人、本当に何を着ても似合うな……。
「あと数分で朝食ができますので、しばらくテーブルでお待ちください。コーヒーは飲めますか?」
「コーヒー! 飲みたいです!」
よく見ると、キッチン近くの棚にコーヒーメーカーが置かれていた。
私がそう答えると、リィゼルさんはボタンをポチッと押すだけでカップへコーヒーが注がれていく。
「こちらを飲んでお待ちください。お砂糖はこちらの容器から」
「ありがとうございます」
はえ〜。
リィゼルさんは気が利くし、優しいし、本当に何でもできる人だ。
ご飯もこれからずっと作ってくれるのだろうか。
私の皮膚を剥がしたことについて思うところはあるけれど……そこを除けば、まるでお母さんみたいで、とても安心する。
「……美味しい。このコーヒーメーカーも魔道具なんですか?」
「そうです。こちらは私が作った魔道具ですね」
「えっ、リィゼルさんが!?」
思わず声が出た。
電気量販店に置いてあってもおかしくないほどの見た目のクオリティ。それにコーヒーだってちゃんと美味しい。
それを、リィゼルさんが作ったというのか。
「ハナハナ博士の研究所に所属する研究員は、それぞれ得意分野が違います。その中でも一番多いのが、錬金魔法の使い手なのです」
「錬金魔法……?」
聞き慣れない言葉だった。
「錬金魔法とは、一言で言えば複数の物質を組み合わせたり、掛け合わせたりして別の物質を作り出す魔法です。特に魔道具は錬金魔法でなければ作れません」
「……魔宝石を組み込んでいるから?」
「アリー様は聡いお方ですね。その通りです。魔道具は魔宝石を動力源とした道具。その魔宝石を組み込む工程で、必ず錬金魔法が必要になるのです」
どうやら、ただ手作業で組み立てるだけでは魔道具にはならないらしい。
でも、そうなると――私の体にも錬金魔法が使われているはずだ。
だけどアレキサンドライトは、魔法を吸い取ってしまうはずなのに。
「アリー様のお体には、非常に特殊な装甲と高度な錬金魔法が使われています。ですから通常なら組み込めないはずのアレキサンドライトも、組み込むことができているのです。もちろん、それを成し遂げたのはハナハナ博士になります」
思考を読まれたのか、聞きたかったことを先に説明してくれた。
仕組みはよくわからないけれど、とにかく博士がすごいということだけは理解できた。
「うにゃ〜」
するとその時、私の部屋の方からトコトコと歩いてくる博士の姿が見えた。
三角のナイトキャップを頭から垂らし、眠たそうな目をこすっている。足元には、あーくんが並んで歩いていた。
「ハナハナ博士、おはようございます」
「おふぁよ〜。良い匂いがする……」
リィゼルさんが挨拶すると、博士は私の隣の椅子にちょこんと腰掛けた。
「博士、おはよう。眠たそうだね?」
「うむ……ねむい……」
「わっ……」
博士はそのまま私の肩にもたれかかってくる。
どうやら朝食ができるまで、このまま目を閉じているつもりらしい。
そして数分後、リィゼルさんが作った朝食がテーブルの上に並べられた。
出てきたのはフレンチトーストにサラダ、そして生ハム。
リビングに漂っていたいい香りは、どうやらフレンチトーストを焼く匂いだったらしい。朝食らしい朝食に、私の食欲も一気に刺激された。
◇◇◇
朝食を食べ終えたあと、身だしなみを整えると、私はリィゼルさんから着替えを手渡された。
それは魔法使い風のローブで、まさにファンタジーを思わせる装いだったため、私は少し興奮してしまう。
「似合っていますよ、アリー様」
「ありがとうございます」
少し気恥ずかしい気持ちになるけれど、この世界ではきっと当たり前の服装なのだろう。
「よし! これから軍にアリーを紹介した後、いろいろな実験をしていくのだ!」
「……覚悟を決めるしかないかぁ」
どうやら、私がこの世界で生きていくためには、ハナハナ博士が所属している王国軍に、私も所属して戦っていくらしい。
まだまだ実感は湧かないけれど、もうなるようになれだ。
◇◇◇
「わ、わああああっ!」
私はこの世界に来てから初めて外へ出た。
最初は地下の研究所、そしてエレベーターを上った先にあった博士の家。
その玄関から一歩外へ出ると、目の前にはまさに城下町と呼ぶにふさわしい巨大な街が広がっていた。
「ここが、アルセニカ王国の王都アルセニカになります。ただ、見てお分かりの通り、この家は中心街から離れ、王都の端にございます。その理由は、地下に研究所があることと関係しています」
私がビームをぶっ放したくらいだ。地下の研究所で爆発なんて起きれば、地震でも起きたのかと勘違いされかねない。
「これから向かうのは軍の訓練場です。王都を囲む外壁のさらに外にございますので、少々歩きます」
そう言われ、私はリィゼルさんの後をついていくことになった。
ちなみに、あーくんはお留守番である。
◇◇◇
王都の外には、どこまでも続く緑の草原が広がっていた。
空気も澄んでいて、すぅっと息を吸い込むと、とても気持ちがいい。
私も、この草原のどこかに倒れていたのだろうか。
「着いたのだ!」
やがて辿り着いた訓練場は草原ではなく、草が刈り取られ、平らに整えられた土の地面だった。
自衛隊の駐屯地ではないかと思うほど広く、その敷地には複数の建物も並んでいる。
「こちらで少々お待ち下さい」
そう言ってリィゼルさんは、訓練場の前で私と博士を待たせると建物の中へと入っていった。
そしてしばらくすると、五人の人物を引き連れて戻ってくる。
少しドキドキする……。
「お待たせしました。まずは、アリー様のご紹介からいたしましょう」
一斉に視線が私へと集まり、思わず目をきょろきょろと泳がせてしまう。
「こちら、アリー・サンドレイ様です。お聞きの通り、彼女がハナハナ博士の叡智の結晶になります」
「ア、ア……アリー・サンドレイです。よ、よろしくお願いします〜」
「にゃっはっは! アリーは最強なのだ! お前達がいくら強くても、アリーには勝てないぞ!」
ちょおお!?
初対面の人相手に喧嘩売らないでぇ!?
ほら、この人達、私に向かってすごい目を向けてる!
ねえ、私の立場ぁ!
「ほう、君が……」
「へえ。可愛らしい子じゃないか」
「ふふ、楽しみね」
「コイツがぁ?」
「ふむ。見た目だけではまだ何も分かりませんね」
それぞれが思い思いの反応を返す。
私は「あはは……」と苦笑いすることしかできなかった。
そうして次は、五人の紹介をしてもらうことになった。
「では、皆様の紹介も。まずはこちら、王国軍軍隊長のマクシミリアン・アームストロング様です。王国軍のすべての指揮を執っていらっしゃる方です」
「マクシミリアンだ。これから協力していくことになると思うが、よろしくな、アリー」
「は、はいっ……よろしくお願いします」
右手を差し出されたので、私も慌てて右手を出し、握手を交わした。
軍隊長らしいマクシミリアンさんは、鎧にマント、腰には剣という騎士スタイルだ。見た目は四十歳くらいだろうか。
ただ立っているだけなのに、この人は強いのだろうな……というオーラを感じた。
「む……」
「マクシミリアン、わかったか?」
「ああ、大体な」
「近づけば近づくほど、強く接触するほどに魔力を吸い取られるぞ」
「え……」
握手をしたマクシミリアンさんは、私の身体から何かを感じ取ったらしい。
それを補足するように、博士が説明を加えた。
もしかして、握手しただけでアレキサンドライトがマクシミリアンさんの魔力を吸い取った!?
私の身体、結構ヤバいやつじゃん!?
「でも安心するのだ。それくらい、これからコントロールできるようになるのだ」
「そ、そうなんだ……」
どうやら今は使い方を知らないため、オートで魔力吸収をしてしまっているらしい。
その後も、他の四人をリィゼルさんに紹介してもらった。
「騎士隊長のレオンハルト・クイニッチ様」
王子様のような爽やかな笑顔が眩しいイケメンで、腰には剣を携えている人。
「魔女隊長のシルヴィス・レッドフィール様」
薄青の髪に赤のインナーカラーが入った、小柄な女性。
「魔法使いのノート・ティアレンス様」
オスガキ。態度が悪いのでシルヴィス様に頭をぶっ叩かれていた。
「軍からの連絡係となるグレアム・エルレイン様」
モノクルをかけた、いかにも頭が良さそうな人。
私は一人一人と握手を交わしていったが、その中で一人だけ――ノートさんだが、露骨に私を下に見ていて、実力を疑っている様子だった。
まあ、私だって自分の実力を疑ってるんだけど。
聞けば王国軍というのは主に騎士隊と魔女隊に分かれており、騎士隊は武具を用いた戦闘を中心に行い、魔女隊は魔法を主体とした戦闘を行う部隊らしい。
ちなみに女性は魔女、男性は魔法使いと呼び分けられているそうで、魔女隊の下に魔法使いも所属しているらしい。
軍からの連絡は、今後グレアムさんを通して私に入るとのことだった。
「じゃあ挨拶も済ませたことだし、とりあえず訓練場を借りるのだー!」
そう言って、私はハナハナ博士と共に訓練場の中へと足を踏み入れていったのだった。
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