第4話 千の機能
焼き肉の味は、めちゃくちゃ美味しかった。
多分、ハナハナ博士は相当なお金持ちなのだろう。
出てきたのは、見た目からして美味しそうな霜降りの高級肉。何の肉なのかはあえて聞かなかったけれど、美味しいならヨシと思ってそのまま食べた。
私が作った世界だからだろうか。白米も焼き肉のタレもあって、すごく日本を感じる。案外この世界は食のバリエーションに関しては申し分ないのかもしれない。
「――では、私は帰宅しますが、後はよろしいでしょうか?」
「あ、あの! 化粧品とか美容品ってありますかっ?」
夕食を終え、外も暗くなった頃。
リィゼルさんが自分の家に帰る時間になった。
というか、この人絶対時間外労働してるよなぁ。
その中で一つ気になったことがあった。
人間と変わらない欲求を持つということは、体質だって人間に近いのではないか。絶対に必要というわけではないけれど、入浴していいならその後のケアだってできるのではないだろうかと。
「アリー様は、美容に関心があるのですね」
「はい……と言っても、とりあえずつけてるだけ、みたいな感じでしたけど」
私がこの世界に来る前、高校一年生だったあの頃。
特に仲の良かった柏田寧々《かしわだねね》と乙城遥香という二人の友人がいた。
通称ねねっちとぱるるんは、私よりずっと女子高生らしくて、見た目も可愛かった。
私はどちらかといえば見た目に無頓着な方だったけれど、二人は美容やお洒落が大好きで、ことあるごとに私へ化粧品や美容品を勧めてきた。だから使うようになったんだけど、すっかりルーティンになってしまっていたので、この世界でもできれば続けたいと思ったのだった。
「かしこまりました。人工皮膚ではありますが、一応は生きていますからね。本日は用意できませんが、明日には準備しておきましょう。一応、ハナハナ博士の部屋にもございますので、聞いてみてはいかがでしょうか」
「あるんだ……ありがとうございます。博士にも聞いてみますね」
「はい。それではまた明日――」
丁寧にお辞儀をしたリィゼルさんは、エレベーターではなく玄関の方から外へと出ていった。
◇◇◇
「お風呂なのだー!」
「わっ……一緒に入るの?」
「入るのだー!」
リビングへ戻ると、ハナハナ博士がいきなり私に飛びついてきて、お風呂をせがんできた。私の背丈の半分ちょっとしかない博士に抱きつかれると、本当に子供にしか見えない。まあ、実際七歳の子供なんだけど。
「じゃあ、一緒に入ろっか」
「なのだっ!」
リィゼルさんに一度案内された浴室。
日本のお風呂の一般的な造りで、少し広めだ。三畳くらいはあるだろうか。
「って、あーくんも入るの?」
「んあ? そうだが、悪いか?」
「いや、悪くはないけど……オスだし、口調も男の子だから……なんとなく、ね……」
浴室前の脱衣所に来ると、トコトコと当然のようにやって来たあーくん。
どうやらハナハナ博士とは、いつも一緒に入っているらしい。
「アリー、そこは大丈夫なのだ! あーくんには大好きなメス猫がいるのだ!」
「ちょっ、お前勝手に言うんじゃねえ!」
「にゃははなのだー!」
「へえ〜、好きな子がいるんだ〜。いいこと聞いた」
「クソ……余計なこと覚えやがって」
黒猫なので、もちろん顔も体も毛で真っ黒なのだが、どこか顔が赤くなっているように見えた。口は悪いけど、案外可愛いのかもしれない。
今の話で、人間の女の子には興味がないとわかり一安心だ。こういう世界ではたまにおっさんが転生し動物になったとか、男性が呪いで猫になったとかもあるからね。
私達は服を脱いで浴室に入った。
リィゼルさんがすでに溜めてくれていたのか、湯船にはお湯が張られている。まずは髪と体を洗ってから、湯船に浸かることになった。
「アリー、やるのだ!」
「……私が?」
「そうなのだ! 今日から我を洗うの係はアリーなのだ!」
「……もしかして毎日リィゼルさんに洗ってもらってたの?」
「そうなのだ!」
なんだか、同居するのをいいことに子育てを押し付けられた気がする……!
「まあ、しょうがないか」
猪みたいな性格を除けば、天真爛漫で可愛いし、天使みたいな顔もしている。
私は仕方ないと息を吐き、博士の髪と体を洗っていくことにした。
「って、博士はあーくんを洗うんだ?」
「そうなのだ! 我の仕事はあーくんの洗浄なのだ!」
「洗浄って……」
よく見ると、猫用なのか、私たちが使うものとは別のシャンプーが用意されていて、あーくんはそれをつけて博士に洗われていった。
「んー、違う。もっと右だ。……そこだ! いいぞハナ。今日はうまいじゃないか」
「にゃっはっは! 我も腕を上げているのだ!」
気持ちよさそうに全身をシャンプーされているあーくん。
上から目線でちょっとウザいけど、博士も楽しそうで何よりだ。
「流しますよー」
髪を洗い、体も洗ってあげたあと、私を残して博士とあーくんは湯船にダイブした。
「やっふぅ〜〜っ!」
二人が湯船で遊んでいる間、私は自分の髪と体を洗っていく。
備え付けられていたシャンプーは花のような香りがして、とてもいい匂いだった。
それにしてもこの銀髪。自分の髪とは思えないほどサラサラだ。髪色が変わったと言っていたけれど、この髪は元々私の髪だったのだろうか。
「ほらー、どけてどけてー」
「わぁ、なのだ!」
「どわっ!?」
体を洗い終えたあと、二人を押しのけて無理やり湯船に入った。
ざぶんとお湯が浴槽の外に溢れ、その勢いであーくんが流されそうになる。
「猫ってこんなにお風呂入っていいんだ」
「俺の体は特殊だからな。人間の生活に慣れたってところだ」
「へえ……」
ぷかぷかと湯船に浮かんでいるあーくんの毛並みに触れながら、そんな話を聞く。
体を洗うまではわかるけど、湯船に浸かる猫なんて、それなりに珍しいんじゃないだろうか。
「そういえば、私ってこれから何をするの? ここで暮らすってことしか聞いてないけど」
正直、ふんわりと想像はついている。なんていったって、ビーム兵器が使えるんだからね、私は。
「アリーはこれから軍に所属して、魔獣やアポフィス教団、国の敵になる相手と戦っていくのだ」
「なんとなくわかってたけど……魔獣……?」
剣と魔法の世界にはいると思っていたけど、魔獣か……。
絶対ヤバい生き物じゃん。
「魔獣は、濃密な魔素に触れた動物が生態変化して生まれる、角のある生物なのだ」
「全部に角が生えてるの?」
「そうなのだ! だから一般的な動物との違いは、角が生えているかどうかでわかるのだ」
「角が生えてる動物もいると思うけど……」
「その辺はなんとなくわかるのだ! 目つきも凶暴なのだ!」
「へえ……」
野生のライオンだって十分危険だと思うけどな。
でも、それ以上に強力な生き物なんだろう。
「私って、素粒子魔導砲だっけ? あれ以外に何ができたりするの?」
戦うと言われても、どう戦えばいいのかわからない。
右腕のビーム一つだけで戦う、なんてことはないだろう。
「アリーには千を超える機能を搭載しているのだ!」
「せ、せんっ!? なにそれ!?」
せめて十個くらいだと思っていた。
なのに千って、機能過多じゃんっ。絶対全部使い切れない……。
「使い方は覚えていく必要があるが、例えば〈光学迷彩〉〈雷撃放出〉〈加速装置〉〈浮遊機構〉〈自爆装置〉のようなものもあるのだ。戦闘用以外にも〈ライター〉〈スクリーン〉〈ライト〉〈炭酸生成〉……あっ、〈クラッカー〉もあるのだ! 今日は三月九日だから、アリーの誕生日は今日なのだ! 誕生日会をする時は〈クラッカー〉がとても役立つのだ!」
「……何から聞けばいいのか……。でも、〈自爆装置〉だけは聞き捨てならないんだけど!?」
とんでもない機能がたくさんあるのはわかった。
でも、自爆って何!? 私、死亡前提なの!?
「アリーの体はすべてにおいて完璧に造ったのだ。でも、アリー自身がヘマをするかもしれないのだ。その時は〈自爆装置〉を起動させて超爆発を起こし、その衝撃で心臓部だけ遠くへ飛ばして逃がす仕組みなのだ!」
「心臓部!? なにそれ、私死んじゃうじゃん!?」
すると博士は大笑いし始め、しばらく私は彼女を睨みつけていた。
ぷかぷか浮いているあーくんは我関せずといった様子で、というか背泳ぎを始めていた。器用だな。
「にゃっはっは! 死ぬわけないのだ! アレキサンドライトは絶対に傷つかないし、心臓部の装甲はアダマンタイトで覆っているのだ! 他にもロンズデーライト、カルメルタザイト、ウルツァイトなどを合わせた魔宝石を合成した素材も使っているのだ。そもそも魔力を持った攻撃が効かないのに、生身の武器で破壊できるわけがないのだ!」
ラノベではよく聞く鉱物名が出てきたけど、まったく知らない名前も混ざっていた。
私にとっては意味不明だけれど、ともかく私の核であるアレキサンドライトは安全だ、と言いたいのだろう。
でも、重要なのはそこじゃない。
「の、脳みそ! 頭やられたら終わりじゃないの!?」
「ああ、アリーの脳みそも心臓部に移してあるのだ。首が取れても記憶は保持されるし、心臓部以外のパーツを作り直すことは我にとってそれほど難しくないのだ!」
「えええ……私の脳みそって心臓にあるのぉ……」
「逆に言えば心臓はないのだ。アレキサンドライトが全部補っているのだ。でも――」
「あっ」
博士がふにょっと私の左胸に触れる。
すると、心臓の鼓動のようなものがドクドクと鳴った気がした。
「血液の代わりに魔力を循環させているのだ。心臓ではないが、擬似的な心臓が動いているのだ。だから、アリーはちゃんと生きているのだ」
「博士…………って、自爆自体は否定しないじゃん!?」
「にゃはははっ! 保険なのだ。緊急脱出装置みたいなものだと思えばいい」
「絶対に使いたくない……」
一瞬ちょっと絆されそうになったけど、結局〈自爆装置〉があること自体は否定されなかった。
それが発動してしまえば、私は木っ端微塵。心臓部しか残らない、ただのサッカーボールみたいな存在になってしまうのだ。
◇◇◇
お風呂を済ませたあと、私は自分の着替えがないことに気づいた。
博士に聞くと、リィゼルさんが使っている部屋にいくつか服が置いてあるとのことなので、私はタオルで体を拭いてから、その部屋へ向かった。
「タンスって言ってたよね……」
リィゼルさんが寝泊まりしている部屋は、とても綺麗で、悪く言えば簡素だった。
壁際にタンスを見つけた私は引き出しを開け、着られそうなものはないかと手に取っていく。
「……これって…………」
ほぼ紐。これではどうやって大事な部分を隠すのかと思うくらい、紐しかない下着の上下セットを発見してしまった。
「これが、大人……っ」
私はそっとそのえっちな下着をしまい、別の普通の下着を見つけたあと、ショーツとパジャマらしきものを借りることにした。
その後、ドライヤーとほぼ同じ温風が出る魔道具で博士とあーくんを乾かし、続いて自分の髪も乾かす。博士の部屋にあった化粧品で肌を整えた後、ようやく就寝の時間になった。
なんだか、今日目覚めたばかりなのに、目まぐるしい一日だった。
精神的な疲労はあるらしく、自室のベッドに横になると、一気に疲れが押し寄せてきた気がする。
とはいえ、体は機械だからなのか、肉体的な疲れはあまり感じていない。
「また明日から、新しい一日が始まるんだ…………」
私は目を閉じた。
人間と同じような機能を持っているからか、すぐに眠りへと落ちていった。
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