第4話:フェルゼンの夜は獰猛につき
アレクシーという優秀な社員(護衛)を雇い、私の配信業は順風満帆――かと思われた矢先のことだった。
夕食後、リラックスしてハーブティーを飲んでいた私の端末に、不吉な赤い通知が届いたのだ。
『通知:あなたのアカウントは、規約違反の疑いにより一時停止されました』
画面には無慈悲な「BAN」の文字。
理由の欄には、「公序良俗に反する態度」「ギルドの品位を損なう行為」など、身に覚えのない言いがかりが並んでいる。
間違いなく、リヴリー夫人の差し金だ。彼女がパトロンであるギルドマスター(国王)に泣きつき、裏から手を回したに違いない。
普通ならパニックになるところだ。
しかし、私は元社畜。
「アカウント停止」という文字を見て、真っ先に思ったことは「絶望」ではなく――
(……え、これって『業務命令による強制休暇』じゃない?)
配信しなくていい。コメント返信もしなくていい。
つまり、完全オフ。
私は天蓋付きのベッドにダイブした。
ふかふかの羽毛布団に顔を埋める。なんて素晴らしい響きだろう、強制休暇。リヴリー夫人、ありがとう。私はこの隙に溜まっていた睡眠負債を返済させてもらうわ。
と、思ったのだが。
私の足元で寝ていた「彼」は、そう捉えなかったらしい。
ボロン、という可愛らしい効果音と共に、フェンリルの姿がかき消える。
代わりに現れたのは、月光のような銀髪と、獰猛な黄金の瞳を持つ美青年――人型になったフェルゼンだった。
彼はベッドに沈む私を心配そうに覗き込み、勘違いをした。
「マリー様……? 泣いておられるのですか?」
泣いてない。二度寝への歓喜で震えていただけだ。
けれど、ここで「喜んでる」と言うのも角が立つ。私はとっさに、ハンカチを目元に当てて嘘泣きを演じることにした。
「しくしく……アカウント停止なんて……ひどいわ……(棒読み)」
私の演技は三流だったはずだ。
しかし、全肯定溺愛彼氏であるフェルゼンには、それが真実として映ってしまったらしい。
ドサッ。
重厚な音がして、私はベッドに押し倒されていた。
見上げると、そこには怒りに燃えるフェルゼンの顔があった。
普段の忠犬のような愛らしさは微塵もない。そこにあるのは、獲物を狙う捕食者の、あるいは愛する者を傷つけられた雄の顔だった。
背景には、私の目には見えないはずの赤黒いオーラ(殺意)が渦巻いている。
「許さない……マリー様を悲しませるなんて……」
彼は私の腰を強く抱き寄せ、耳元で低く、甘く、そして危険な声で囁いた。
「あんな雑魚、僕が喰い殺してきましょうか?」
物理的な提案だった。
比喩ではない。「喰い殺す」。フェンリルである彼にとって、城の結界も近衛兵も紙切れ同然だ。今すぐにでも王城に乗り込み、リヴリー夫人とギルドマスターを咀嚼してくる気満々である。
独占欲むき出しの瞳が、至近距離で私を射抜く。
「マリー様の邪魔をする者は、僕がすべて排除します。だから……泣かないで」
……正直、ちょっとときめいた。
前世では「君のために残業を代わってあげるよ」くらいしか言われたことがない。国を滅ぼしてでも守るなんて言われたら、乙女心が疼くというものだ。
だが。
私は扇子をスッと彼の唇に当て、その暴走を止めた。
「駄目よ、フェルゼン。コンプライアンス違反になるわ」
フェルゼンが、キョトンとした顔で動きを止める。
「……え?」
「暴力による解決は、企業(私たち)のブランドイメージを損なうわ。それに、殺人はリスクが高すぎる。賠償責任、指名手配、逃亡生活……スローライフから一番遠い選択肢よ」
私は彼を優しく押し返し、冷静に諭した。
「……しかし」
不満げに唇を尖らせるフェルゼン。まだ殺る気満々だ。
私はため息をつき、彼の手を握った。
「大丈夫。暴力なんて野蛮な手段を使わなくても、もっとスマートな解決法があるの。……『メリットのない契約は解除される』。これはビジネスの鉄則よ」
◇
翌朝。
王都のギルド本部、リヴリー夫人の執務室。
彼女は勝利の美酒に酔いしれていたはずだった。目障りなマリーのアカウントを停止させ、これでまた自分が1位に返り咲く。そう信じて疑わなかった。
しかし。
彼女が確認したモニターに映し出されていたのは、昨日と変わらず配信を続けているマリーの姿と――
『アカウント状況:正常』
という、無慈悲な緑色の文字だった。
「キーッ! なぜ停止されないの!?」
夫人の絶叫が響く。頭上の帆船模型から、小さな救命ボートがポロリと落ちた。
彼女は知らない。
マリーのアカウント停止が、昨夜のうちに「ギルド運営委員会」によって即時撤回されたことを。
理由は単純だ。
マリーの配信は、今や世界中で莫大な広告収入を生み出している。
ギルドマスター(国王)が愛人の頼みでBANしようとした瞬間、財政を握る財務大臣やスポンサー企業から猛抗議が殺到したのだ。
『稼ぎ頭を潰す気か!』『マリー様を見られない国民が暴動を起こすぞ!』と。
金と数字。それがマリーの武器だった。
しかし、そんな大人の事情を知らないリヴリー夫人は、震える手で画面を指差し、もっとも安直で、もっとも下世話な結論に達した。
「昨日の今日で復活するなんてありえないわ! ギルドマスターは私の言うことを聞くはずよ! それなのに……まさか!」
夫人の顔が、嫉妬と妄想で歪む。
彼女の中では、「女がのし上がる手段」=「枕営業」という図式しかなかったのだ。
彼女はモニターに向かって、涙ながらに吠えた。
「なぜあの女、運営と寝たのね!?」
とんだ濡れ衣である。
確かに私は昨夜、男と同じベッドで寝た。
抱きしめられもしたし、甘い言葉も囁かれた。
けれど、私が寝た相手は、ハゲかけたギルドマスターなんかじゃない。
世界最強の神獣にして、絶世の美青年だ。
画面の向こうで私が優雅に紅茶をすする映像を見ながら、リヴリー夫人はハンカチを引き裂いた。
勘違いと嫉妬の炎は、消えるどころか、ますます燃え盛っていくのだった。
【次回予告】
武力行使は最終手段よ、フェルゼン。私には私の戦い方がある。そう、社畜流「コンプライアンス遵守」という名の、徹底的な無視でね。
第5話:招待状という名の召喚命令




