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土塊の聖女は辺境でグルメ無双する~妹の引き立て役と捨てられましたが絶品ご飯で氷属性の公爵様を餌付け完了しました!没落した家族の末路はジャガイモだけの生活みたいですね~

作者: リーシャ
掲載日:2026/06/13

「シフル、お前には失望した。即刻家を出ていけ」


 父である伯爵の冷たい声が豪華な応接間に響いた。隣ではふわふわとした金髪を揺らす妹のエチューカが、扇子で口元を隠しながら勝ち誇ったような笑みを浮かべている。


「お父様ぁ、あまりお姉様を責めないであげてくださいな。生まれつき地味なんですもの。ねっ?聖女の力が土いじりだなんて、貴族として恥ずかしいのも無理はありませんでしょう?」


「ああ、エチューカ。お前はなんと慈悲深いのだ。それに比べて」


 父はシフルを一瞥する。髪は土のような焦げ茶色。着ているドレスはエチューカのお下がりで、何度も継ぎ接ぎがされている。

 国には聖女の伝説がある。数ヶ月前の鑑定の儀で、妹のエチューカは稀代の光の聖女と判定された。傷を癒やし、人に希望を与える力を。


 一方の姉は土の聖女。判明した能力は土壌改良と植物の育成促進。地味だ。

 あまりにも地味すぎて、父も母も婚約者だった第二王子でさえもエチューカの引き立て役として扱った。


「シフル、婚約も破棄された。殿下はエチューカを選ばれたのだ。お前のような薄汚い女が王族に嫁げるはずもなかろう?」


「はぁ……わかりました」


 頭を下げた。涙?出ない。ないない。だけども、心の奥底でガッツポーズをする。


 (やった……!やっと、やっと家から出られる!!)


 前世の記憶があるので開放感でいっぱい。日本の定食屋の娘として生まれ、料理をこよなく愛していた記憶がある。

 転生してからというもの、貴族の娘として料理など下賎な者のすることと厨房への立ち入りを禁じられ、味気ない冷めたスープと硬いパンを食べる日々。ウンザリ。


 土の聖女の力は植物を育てるだけじゃない。前世の知識と組み合わせることで極上の食材を生み出す力なのだ。

 家ではそれを隠していた。エチューカのために美味しい野菜を作ってやる義理などないから。


「二度とわたしの前に顔を見せるな」


「はいはいさようなら、お父様。エチューカもお元気で」


 最低限の荷物と隠し持っていた種子を持って、屋敷を後にした。

 目指すは北の辺境。魔獣が出ると恐れられ、人が寄り付かない極寒の地ノウルト領だ。


 そこなら誰も追ってこないし思う存分、美味しいご飯が作れる。

 北の辺境にあるノウルト領。万年雪に閉ざされたその地を治めるのは氷属性の公爵と恐れられるヴァルド・ノウルト公爵が住む土地。

 魔獣討伐の最前線に立つ彼は呪いを受け、味覚を失っているという噂があった。


 そんなノウルト領の端っこ、森の近くにあるボロ小屋を借りることに成功していた。到着して一週間になるけれど、土の聖女の力は爆発している。


 凍てつく大地に手を触れ、魔力を流し込むと、そこだけ春のように温かい黒土に変わっていき、種を撒けば数時間で瑞々しい野菜が実る。


「よし収穫完了、今夜はこれでお祝いしようっと」


 育てたのは記憶にある大根やネギ、異世界のコカトリスの鶏ガラに似た魔獣肉。

 今日のメニューは寒空の下で冷え切った体に染み渡る極上鶏塩鍋。土鍋。土魔法で焼いた自作を簡易カマドにかける。

 ごま油でネギの青い部分と生姜を炒め、香りが立ったところで鶏ガラを長時間煮込んで抽出した白濁スープを一気に注ぐ。


 ジュワアアァァ……心地よい音と共に、湯気が立ち上る。


「うーんいい匂い!採れたての白菜、水菜、主役の鶏団子を投入!とう!」


 鶏団子には刻んだ軟骨と、隠し味の味噌を練り込んである。

 グツグツ、コトコト。スープが踊り、野菜がしんなりとスープを吸っていく。仕上げに、柚子によく似た柑橘の皮を散らして完成。食べようとしたその時。


「いただきまーす!」


 ドサッ。小屋の扉が開き、雪まみれの大男が倒れ込んできたのは。


「く……いい、匂いだ……いい」


「ひえっ!だれぇ!?うわあ!」


 銀色の髪に血走った青い目。ボロボロの軍服。噂の氷属性の公爵、ヴァルドその人だ。魔獣討伐の帰りで遭難しかけていたらしい。意識が朦朧としている彼をなんとか引きずって暖炉のそばへ寝かせた。


「み、水を」


「水より温かいスープの方がいいですよ。起きてください」


 椀に鶏塩鍋をよそい、口元へ運んでいるのを虚ろな目でゆっくり見た。


「む……無駄だ。呪いで何を食っても砂の味しか……しない」


「いいから一口だけ!」


 強引にスプーンを口に突っ込んだ。スープが彼の舌の上に乗る瞬間、ヴァルドの目がカッと見開かれた。


「だから無駄……じゃないっ!?」


 濃厚な鶏の旨味。野菜の甘み。生姜の爽やかな刺激が複雑に絡み合い、冷え切った内臓を熱く駆け巡る。砂じゃない生命の味だ。


「う、う、うまい……!?なんだこれは、うまいッ!うまい!うまいい!」


 椀を奪い取り、一気に飲み干した。ハフハフと熱い鶏団子を頬張る。プリッとした弾力。噛めば中からジュワッと溢れ出す肉汁とスープ。

 軟骨のコリコリとした食感がアクセントになり、止まらない。


「おかわりだ!あるだけ全部くれ!おかわりを!」


「ふぇあ!?あ、あの、落ち着いてください!待ってください!」


 鍋一杯にあった四人前の具材は瞬く間に胃袋に消えて、食べ終え憑き物が落ちたような顔で見つめた。


「舌が戻った。いや?これはそれ以上の力が湧いてくる?」


「育てた野菜に魔力回復効果があるからかも……」


「貴様何者だ?」


 言い方をどうにかして欲しいと思いながら、正直に話した。実家を追い出されたことや土の聖女であること。

 話を聞き終えたヴァルドは手を取り、真剣な眼差しで。


「シフル。おれの城に来い。専属料理人……いや、おれの食の管理者になってくれ」


「えっ、でもわたしはもう平民ですし、他にも近くにいるには身分などが」


「馬鹿を言え。スープはどんな宝石よりも輝いていた。身分なんて無味覚を貫通することに比べたらどうでもいい。なにか言うやつが現れたらそいつの鼻に綿を詰めて味覚を一生得られない罰を与えてやる」


「え、ええ?」


 ノウルト公爵城の厨房を任されることになったあとは、公爵城での生活は天国である。


 ヴァルドは料理のためなら予算を惜しまない。

 夕食に騎士団の士気が下がっていると聞いたから、スタミナ満点のメニューを用意した。


 厚切り豚ロースの生姜焼きタワーの特製マヨネーズ添え。

 食堂に漂う、醤油と生姜が焦げる香ばしい匂い。これだけで白米が三杯はいける破壊力。

 大皿に盛られたのは、魔法で育てた柔らかく甘いキャベツの千切り。上に分厚いのに箸で切れるほど柔らかい豚肉が山のように積まれている。


 タレはすりおろした玉ねぎと林檎をたっぷり使い、甘辛く濃厚に仕上げた。


「なんだこの匂いは!?腹が鳴って剣が振れん!」


「食わせろ、それを食わせろぉぉ!」


 食堂に雪崩れ込んできた騎士たちが、次々と皿に食らいつく。


「うおぉぉ!肉が溶ける!脂が甘い!」


「タレが染みたキャベツだけで酒が飲めるぞ!」


「マヨネーズをつけると悪魔的だ!味がまろやかになって止まらない!」


 白米だって田んぼを作ったところから採取して得たもの。おかわりする行列が絶えない。

 騎士団長のヴァルドも上座で無言で肉を頬張っている。口元にタレがついているのも気にせず、幸せそうだ。


「シフルの料理を食べると魔力の巡りが良くなる。傷の治りも早い」


「野菜に高濃度の回復魔力を込めてますから」


「お前は本物の聖女ではないのか?」


 ヴァルドの言葉に首を振る。料理好きの土属性ですから。ノウルト領は料理によって劇的に変わった。

 兵士は強くなり、領民は作った畑の作物を食べて健康になり、笑顔が溢れた。辺境はいつしか、美食の都と呼ばれるように。


 一方、意気揚々と本物を追放した実家と王都は地獄のような状況に陥っていた。

 長女が去ってから数ヶ月で王国の作物が次々と枯れ始めたのだ。


 屋敷にいた頃、無意識に屋敷だけでなく王都周辺の土地にも土の聖女の力を流していたらしい。それが途絶えた今、痩せた土地は本来の姿に戻ってしまっただけ。


「エチューカどうにかしろ!お前は光の聖女だろう!?早くなんとかしないか!」


 元婚約者の第二王子が叫ぶ。エチューカは必死に祈りを捧げるが、光魔法は起きた事象を癒やすものであり、無から有を生むものではない。枯れた大地に光を当てても土は肥えないのだ。


「で、できません……無理です!お腹が空いて、力が……出ない」


「はあ?ええい、役立たずめ!やれ!国民は飢えているんだぞ!」


 輸入に頼ろうにも周辺国は既にノウルト領の美食の噂を聞きつけ、そちらとの交易を優先していた。

 食料価格は高騰し、美味しい食事を知っていた貴族たちも味気ない保存食に不満を募らせる。


 そんな中、彼らは知ってしまった。北の辺境で追放したはずのシフルが料理と作物を生み出していることを。


「シフル?あ、あんな地味な女が?ありえん」


「間違いありません。ノウルト公爵は彼女の料理で呪いを克服し、今や大陸最強の軍事力を誇っています」


 愚父と愚王子は顔を見合わせた。


「連れ戻せばいい!貴族の娘は国の財産だ!国に戻る義務がある!」


「そうだ、シフルはわたしの婚約者だったのだ。説得すれば戻ってくるはずだ!使い倒してやる!」


 そんな思考で父と母、妹のエチューカ、第二王子の一行はノウルト領へと向かった。無駄な時間を使うとも知らずに。


 ノウルト城の大広間。招かれざる客たちがずらりと並んでいた。一様に頬がこけ、豪華な衣装もどこか薄汚れている。汚い。


「シフル!会いたかったぞ!帰ろう。お前を正妃として迎える準備はできている。嬉しいだろう?」


 第二王子が両手を広げて近寄ろうとするその前に立ちはだかったのは、抜身の剣を持ったヴァルド。背後から殺気が立ち上っている。


「わたしの料理人に、気安く触れるなッ」


「ひっ……!ヴ、ヴァルド公爵、こ、これは王家の命令だ!いくらあなたでも逆らえまい!?」


 父が震える声で言う。


「シフル、お前も家族が恋しいだろう?エチューカも反省している。な?」


 エチューカは悔しそうに唇を噛みながら、それでも猫なで声を出した。


「お姉様ぁ、わたしお姉様の野菜スティックが食べたいわぁ。戻ってきてわたしのために作って?」


 ええ?……呆れた。この期に及んで、まだ自分のために奉仕すると思っているのかと背中から一歩前に出た。


「お断りします」


「なっ!?」


「わたしはここで、大切な人たちのために料理を作るのが幸せなんです。あなたたちのために作る料理は一皿たりともありません」


 きっぱりと告げるとわかりきってはいたが、彼らは当然のごとく逆上した。


「恩知らずが!誰が育ててやったと思っている!?恥を知れぇ!親不孝ものめが!」


「お前ごときの料理など王都のシェフに比べれば豚の餌だ!捨てるのは勿体無いから食べてやると言ってる!感謝して寄越せ!」


 ヴァルドがカチンと音を立てて剣を構え直した時にそれを手で制した。待って欲しい。


「わかりました。そこまで言うなら、比較していただきましょう。ちょうどお昼の時間ですし……ね」


 メイドに合図を送る。運ばれてきたのは二つのテーブル。一つはヴァルドとのためのテーブル。

 そこにはデミグラスソースたっぷりの特製オムライスが置かれている。


 黄色い宝石のような卵の山。ナイフを入れると、とろりと半熟卵が雪崩れ落ち、チキンライスの赤と混じり合う。

 数日間煮込んだ濃厚なデミグラスソースの香りが、爆発的に広がる。


 もう一つは王族一行のためのテーブル。

 そこには、素のままの茹でジャガイモで皮付きとただの、普通のどこにでもある水。


「は?な、なんだこれは!」


「あなたたちがいつもわたしに食べさせていたものと同じですよ?素材はいいので感謝してくださいね。それだけでも身に余られるような素材なんですから」


 ヴァルドに向き直り、オムライスを差し出したら彼はスプーンですくい、口に運ぶ。幸せそうに口元を綻ばせる。


「おお……ん。最高だ。卵の甘みと、ソースの苦味が絶妙で。チキンライスの中のバターの風味がまた……ん〜」


 見せつけるように咀嚼音を立てる。


 フワッ、トロッ。


 濃厚な香りが空腹の王族たちを襲う。グゥゥゥゥ……エチューカのお腹が間の抜けた音を立てた。


「い、いやぁぁ!食べたい!わたしもあれが食べたいのぉぉ!食べさせてぇえ!」


 エチューカが半狂乱でオムライスに飛びかかろうとする。しかし、床に描かれた魔法陣が発動してしまい、見えない壁に弾き飛ばされた。


「ごば!?」


 どちゃりと潰れた声が地面でくぐもる。


「はぁ、帰りたまえ。これ以上騒ぐならノウルト領への侵略行為とみなして切り捨てるが?」


 ヴァルドの冷え冷えとした声。そして、元長女の冷ややかな視線。


「光の聖女様なんでしょう?霞でも食べていれば、生きていけるんじゃないですか?羨ましくないけれどがんばってね」


「う、うわあああん!」


 元家族たちは泣き叫びながら騎士たちにつまみ出されていった。後に残ったのはオムライスの良い香りだけ。

 その後、王国は食糧難により国力が低下してしまったことにより、王家は責任を問われてエチューカも聖女の称号を剥奪されて修道院へ送られたという。


 一方、ノウルト領は独立を宣言し、新たな国となった。

 公爵城のテラスでヴァルド様の隣で、温かい紅茶を飲んでいる。


「シフル、今日の夕食は何だ?」


「今日は新鮮な魚が入ったのでお寿司にしようかと」


「寿司か!酢飯の準備はおれが手伝おう」


 昔の氷属性の公爵は現在では、立派な食いしん坊公爵。左手薬指には贈ってくれた指輪が光っている。土のような色ではなく、透き通ったアメジストの指輪だ。


「愛しているよシフル。君と君の料理を」


「ふふ、料理がオマケみたいに聞こえますけど?」


「同じくらい大事だからな」


 彼は頬にキスをしてくれた。土の聖女は今、世界で一番暖かい場所で最高のご飯を作っている。


 *


 北の国が美食で繁栄を極めている頃、王国の辺境にある古い修道院では鐘の音が寒々しく鳴り響いていた。


「ああ……お腹が空いた……なぁ」


 ボロボロの修道服に身を包み、冷たい石床を雑巾掛けしているのは元が付く、光の聖女エチューカ。輝くようだった金髪は手入れもされずボサボサで肌はカサカサに荒れている。

 朝食は具のない薄い塩スープと、石のように硬い黒パンが一つだけ。


 家にいた頃に姉のシフルが作っていた、野菜の甘みが溶け出したポトフや、焼きたてのふわふわのパンが恋しくてたまらない。


「どうしてわたしがこんな目に……お父様とお母様は借金取りに追われてスラム街に消えたっていうし。なんでっ、なんでこうなるの?」


 王家はシフルを逃した責任を伯爵家に押し付け、家は取り潰しとなった。エチューカは聖女詐欺の罪で一生ここから出ることは許されない。


「あの時、お姉様のオムライスを食べていれば……謝っていれば一口くらい貰えたのかしら」


 妄想の中でデミグラスソースの香りを思い出そうとするが、現実はカビ臭い修道院の空気だけ。

 ポロポロと涙を流しながら、冷たい床を擦り続けるしかなかった。これが姉を虐げ続けた彼女への永遠の罰なのだから。


 一方、独立国家となったノウルト公国は新たな試練を迎えていた。

 南の大国、ガレリア帝国から外交使節団が訪れていたのだ。美食家で知られる皇帝の代理であり、非常に鼻持ちならない態度で。


「ふん。美食の都?雪ばかりで何もないではないか」


 なんて言う使節団の長、丸々と太った男爵が鼻を鳴らし、ノウルト公国との通商条約を結ぶ条件として「我々を唸らせる料理を出せ。できなければ、関税を倍にする」という無理難題を吹っかけてきたのだ。


 迎賓館の厨房で腕まくりをしたら、ヴァルドが心配そうに覗き込んでくる。心配みたいだ。杞憂だと言うのに。


「シフル大丈夫か?南の連中は香辛料の扱いにうるさいんだ。すまないな」


「任せてくださいヴァルド様。香辛料なら畑に最高のものがありますから」


 土の聖女の力を使い、温室で育てていた植物たちを収穫してきた。

 クミン、コリアンダー、ターメリック、カルダモン……そう、今回の武器はスパイス。


 メニューは寒さを吹き飛ばし、中毒性を引き起こす魔性の料理、特製カツカレー。これぞ外さない布陣。胸を張り口元が持ち上がる。

 晩餐会が始まったのだが、使節団たちはテーブルに何も並んでいないのを見て嘲笑う。


「おや?料理はまだかね。我々は待つのが嫌いなんだがね」


「間もなく参ります……香りが、届くころです、よ」


 直後。フワァァァ……厨房の扉が開いた瞬間、大広間の空気が一変。


「な、なんだこの暴力的な香りは!?腹がっ」


 彼が言うほどの暴力的なまでの食欲の刺激。数十種類のスパイスを油で炒め、じっくりと火を通した玉ねぎの甘みと融合させた抗い難い香り。

 鼻腔をくすぐる刺激臭に使節団たちの喉が勝手にゴクリと鳴る。


 運ばれてきたのは深皿に盛られた白銀のライス。横には黄金色に輝くドロリとしたソースの海。中央に鎮座するのは、揚げたてサクサクの巨大な豚カツ。


「カレーと言います」


「これが……カレーというもの?」


「はい。ノウルト特産の雪解け豚を使ったカツを乗せてあります。どうぞ熱いうちに」


 男爵が疑わしそうにスプーンを手に取る。まずはルーだけを一口。


「……っ!?」


 目がカッと見開いた。最初はフルーティーな甘み。次に野菜と肉が溶け込んだ濃厚な旨味。最後に鮮烈な辛さが舌を駆け抜ける。


「辛い!……が、止まらん!なんだ、なんなんだこのような奥行きのある味は!ああ、美味い!」


 次にカツにスプーンを入れた。サクッという軽快な音。スプーンの縁で切れるほど柔らかい肉。とろみのあるルーをたっぷり絡め、ライスと一緒に口へ放り込む。


 カリッ、ジュワッ、トロッ。


 衣の香ばしさ、脂の甘み、スパイスの刺激、ライスの包容力。口の中で渾然一体となり、脳髄を痺れさせる。


「うっう、うまいぞぉぉぉ!辛いのにスプーンが止まらん!水だ!いや、水を飲む暇があったら次の一口を食べる!」


 周囲の使節団員たちもマナーなど忘れていた。額に汗を浮かべ、ハフハフと息を吐きながら無心でカレーをかきこむ。

 皿に残ったルーをパンで拭って食べる者までいる始末。


 付け合わせの福神漬け、赤カブのマリネのポリポリとした食感が口の中をリセットし、さらに食欲を加速させる。


「完敗だ!このような料理は帝国の皇帝ですら食べたことがない」


「通商条約でも何でも結ぼう!その代わり、スパイスの種を譲ってくれ!」


 男爵は涙目で懇願し、公国は外交でも完全勝利を収めたのだ。


 騒動が去った後の厨房。ヴァルドのためにもう一皿のカツカレーを用意していた。


「モグモグ!……あいつらが美味そうに食うのを見ていて、気が狂うかと思ったぞ。ガツガツ」


 ヴァルドは不機嫌そうに猛烈な勢いでカレーを食べている。あっという間に平らげると後ろから抱きすくめた。首筋に熱い吐息がかかる。


「シフル。あんな美味いものを他の男に食わせるのはこれで最後にしてくれないか?」


「いやいや、外交のためでしたから。それに、ヴァルド様には特別なデザートがありますので機嫌をなおしてください」


 氷属性魔法石で作った冷蔵庫から、冷やしておいた特濃ミルクプリンを取り出した。

 辛いカレーの後の、冷たくて甘いプリン。これ以上の組み合わせはない。


「ふふ……お前は本当におれの胃袋と心を掴んで離さない魔女だな」


「一応聖女ですよヴァルド様」


 男はプリンを一口食べ、とろけそうな笑顔を見せると甘い味のするキスを落とす。

 外は吹雪。けれど、城の中は美味しい香りと温かい愛で満ち溢れていた。

最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
「シフル。おれの城に来い。専属料理人……いや、おれの食の管理者になってくれ」 「えっ、でもわたしは地味ですし、他にも」 この地味って作る料理が地味って意味ですか 主人公の容姿の事ですか?職に地味関係…
古いけど『ミスター◯っ子』や『美味◯んぼ』を思い出しました。 グルメ系って、読者や視聴者に匂いや音、温度や味などを直接伝えられないからか、物凄い過剰表現しますよね。 私だって美味しい物はもちろん大好き…
美食まで行くとあんまりいい印象はないけど 食を疎かにして繁栄なし
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