光る板と承認欲求
夜になると、人間たちは一斉に座り込む。
箱の中でも、道の途中でも、布団の上でも。
まるで見えない合図が出たかのように、同じ姿勢で光る板を見つめ始める。
屋根の上からそれを眺めるのが、老猫の日課だった。
若い猫は最初、狩りの前の集中だと思ったらしい。
「獲物はいないのに、あんなに真剣だね」
「彼らは獲らない」
老猫は静かに言った。
「獲られるのを待っている」
若い猫は首をかしげる。
老猫は続けた。
人間は、板の中に自分の姿を放り込む。
笑顔、食べ物、風景、誰かと一緒にいる証拠。
それを見た別の人間が、指で軽く触れる。
その回数が増えるほど、彼らは安心する。
「撫でてもらってるみたいだね」
「撫でられている“気”になっているだけだ」
老猫は尻尾を揺らした。
「本当に触れられているわけじゃない」
若い猫は、ある人間を見つけた。
昼間、猫に餌をくれた人間だ。
その人間は今、部屋で一人、板を見つめている。
肩は丸まり、呼吸が浅い。
光る板に何度も触れるが、何も起こらない。
やがて、人間は自分の写真を消した。
「消したよ」
若い猫が言う。
「見せるの、やめたのかな」
老猫は目を細めた。
「違う。見せても、返ってこなかっただけだ」
沈黙が落ちた。
街には無数の光が瞬いている。
どの光の下にも、人間がいる。
だが誰一人、空を見ていない。
「ねえ」
若い猫が小さく言った。
「人間は、どうしてあんなものを作ったの?」
老猫はしばらく考えてから答えた。
「孤独の形を、数字にしたかったんだろう」
そのとき、下の部屋から声がした。
昼間の人間が、誰かと話している。
板に映るのは——猫の動画だった。
画面の中で、別の猫が転び、鳴き、眠る。
人間は笑った。
久しぶりに、ちゃんと笑った。
老猫は静かに言った。
「気づいたか」
「彼らは猫を見ているときだけ、数字を忘れる」
若い猫ははっとして、老猫を見た。
「じゃあ……」
「ああ」
老猫は夜風の匂いを吸い込む。
「彼らは自由になりたいとき、無意識に猫を見る」
屋根の下で、人間は板を置いた。
そして、窓の外の闇に気づき、こちらを見上げる。
目が合った。
ほんの一瞬。
老猫はゆっくりと背を向けた。
——猫は、見られなくても存在する。
——だが人間は、見られなければ消えた気になる。
それが、彼らが最後まで学べなかったことだった。
人間が最も恐れることは、無視されることだ
〜オスカー・ワイルド〜




