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運命を紡ぐ

西日の差す喫茶店にて15-秋の空に-

作者: 蓮見庸

 最近、朝晩めっきり冷え込むようになってきた。

 日中は晴れて太陽が出ると暖かいけれど、北風は涼しいを通り越してもう肌に冷たい。夏はいつまでも暑かったけれど、そろそろマフラーが恋しくなってきた。

「西高東低の冬型の気圧配置になり、またこの時期としてはめずらしく強い寒気が南下するでしょう。高い山では雪となり……」

 天気予報を見ると、毛先の粗い刷毛はけではいたように、大陸から日本海を渡って筋状の白い雲が伸びていた。そして、そのまま日本列島を越えて太平洋へ抜けようとするのを高い山脈が遮り、雲は雪となって山の形を白く浮かび上がらせていた。

 マフラーだけじゃなく、もう手袋も必要かもしれない。


 わたしは、この週末もいつもの喫茶店へ向かっていた。

 今日は久しぶりにランチを食べようと、お昼より少し前に着くように時間を見計らって家を出てきた。

 喫茶店への道は乾いた北風が強く吹き、おでこが全開になって、首筋から冷たい空気が服の中に入り込んできた。家を出る時は暖かい気がしたから薄手のコートを羽織ってきたけれど、冬用のコートでもよかったかもしれない。

 空には雲がひとつもなく、瓦屋根の家の庭にある柿の木は、葉が落ちて枝ばかりとなり、いくつか残った鮮やかなだいだい色の実が青空に映えていた。


 わたしはいつもの角を曲がり、日の光でまぶしいくらいに明るく照らされた喫茶店の扉を開け店に入った。

 外が明るすぎたのですぐには目が慣れず、店内は薄暗く感じられた。

 その時、閉じかけた扉が風に押されバタンと強く閉まる音と、ドアベルの大きな音がわたしの背後で重なった。

「あ、すみません」

 わたしはその音に驚いて、また、店内にいる人がいっせいにこちらを見たような気がして誰にともなく謝った。


 店内はコーヒーの香りが漂い、穏やかな音楽が流れていたが、なんだかいつもと違う雰囲気が漂っているような気がした。

 わたしが抱いたそんなかすかな違和感を打ち消すように、カウンターにいたマスターがこちらを見て「いらっしゃいませ」と声を掛けてくれた。そして続けて「今日は風が強いですね」と微笑みながら言い、カウンター越しにどうぞと手で席へ案内してくれた。

 店内を見回すと、すでに数人がテーブルに着いていた。

 わたしはマスターに会釈しながら、空いていた窓際の席へ向かった。


 コートを椅子にかけて外を見てみると、枯葉が道路の上を踊るように舞い、窓ガラスが時おりカタカタと小さくふるえた。

「ご注文はお決まりですか?」

 注文を取りに来たマスターに、サンドイッチとブレンドコーヒーのランチセットを注文した。

「ご注文承りました。少々お待ちください」

 お盆を脇にかかえてカウンターへ戻っていく見慣れたマスターの後ろ姿を見送り、カバンの中から本を出しひと息つくと、奥の方から男の声が聞こえてきた。

「あ、はい……はい……そうです……いえ、そんなことは……はい……申し訳ありません……」

 声のトーンを抑えているが、それがかえって気になってしまった。

 男は電話をしながらこちらを見ているような気がしたが、目が合うことはなく、視線をあちらこちらへ泳がせていた。

 店内をチラリと見回すと、その男の席を中心に重い空気が漂っていた。

 わたしが店に入ってきた時に感じた違和感はこれだったのかもしれない。

「ええ……もちろんです……はい……有難うございます……」

 男は30代くらいだろうか。週末なのにスーツを着て電話をし、手帳を広げてペンを持ってはいるが、メモを取っている様子はなかった。テーブルにある飲み物にはまったく手を付けていないようだった。

 わたしが気にする必要なんてまったくないのだけれど、男の話が耳に入ってくるとやっぱり気になるし、なんだか聞いているこっちが気まずくなる。

 男は周りを気にしないのか、しばらく電話を続けていた。


「ランチセットです」

 わたしのテーブルにはホットコーヒーと、たまごサンドとハムとレタスとトマトのサンドイッチが並べられた。

 久しぶりに頼んだけれど、具だくさんでやっぱりとてもおいしそうだった。

「ごゆっくりどうぞ。あ、ちょっと風を通しましょうね」

 マスターはそう言いながら窓を少しだけ開けて回った。風が入るか入らないかくらいの、ほんの少しだけ。

 そしてカウンターに戻ったかと思うと、突然、店内にトランペットの明るい音がこだました。

 秋の澄み渡った青空に高らかに響き渡るような旋律。

 子供の頃に学校で聴いたことがあるような気がするが、何の曲なんだかはまったく憶えていない。学校で聴いたからたぶんクラシックか何かなのだろうとは思うが……。

 曲を耳にしながらコーヒーをひと口飲むと、わたしの頭の中にひとつのイメージが浮かんできた。それは、秋の空の下で砂煙を上げながら隊列を組んで行進しているブラスバンド部の生徒たちの姿だった。これは中学生の記憶だ。ひょっとしたら彼女らが演奏していた曲だったかもしれない。

 そのトランペットの曲が変わると、今度は一転して穏やかな音楽になった。ムードがあるという表現であっているのかわからないが、そんな感じの曲だった。


 気が付くと男は電話をやめて、テーブルの上の手帳やスマートフォンをカバンにしまっていた。

 そして乱暴にカップを持ち上げ、あおるように飲み干し、カシャンと音を立ててソーサーに置いた。

「はぁ……」

 店内に響き渡るような男のため息。

 そこへマスターがやってきて「おかわりはいかがですか?」と声を掛けた。

 男はびっくりしたようにマスターをしばらく見つめ、何かを考えているように固まっていたが、「大丈夫です」と愛想笑いを浮かべて立ち上がった。


「有難うございました。またお越しください」

 マスターの言葉を聞き終える前に、男はバタバタと慌てて立ち去っていった。

 いろんな音を立てる人もいるもんだなと感心してしまうほどで、その様子はどこかで目にした昔のコメディ映画を見ているようだった。

 手元が冷たくなってはじめて気が付いたが、男が扉を開けてからずっと、窓の隙間からぴゅうと音を立てて風が吹き込んでいた。外はまだ強い風が吹いているようだった。

「ちょっと冷えてきましたね」

 マスターは今度は窓を閉めて回り、肩をすくめる格好をしながらわたしに言った。

「今日は風も強いですしね」

 わたしがそう返すと、マスターは「乾いた北風が吹くと季節を感じます。早いもので、もう年末ですね」と言いカウンターへと戻っていった。


 それからは何人かの客が入れ替わり、カウンターでマスターと話をする客もいたが、店の中はずっと穏やかな時間が続いていた。

 わたしはコーヒーのおかわりを頼み、しばらく本を読んでいたが、少し混んできたのでコートを羽織りカウンターへ向かった。

 レジの横には小さなクリスマスツリーが飾ってあった。靴や星の形をしたオーナメントもいくつか飾られていた。

「ちょうどいただきます。有難うございました」

 会計を済ませふと目に入った貼り紙に、25日は貸し切りのため午後から店を閉めると書いてあった。

「クリスマスは午後からお休みなんですね」

「ええ、そうなんです。知り合いが主催の内々のクリスマスパーティーがありまして、場所を提供しているものでして……ご迷惑をおかけします」

 マスターは申し訳なさそうに言った。

「いえいえ、楽しそうですね」

「ええ、ちょっとしたものですけれどね。毎年恒例になりつつあります」

 そう言って今度ははにかむように笑った。


『クリスマスパーティーか……』

 どんなパーティーなんだろう。

 きっとおしゃれなパーティーなんだろう。

 ジャズの演奏を聴きながら、チキンの丸焼きを囲んでオードブルや赤ワインを口にして、食後には手作りのケーキとマスターのコーヒー。

 いつもの通りを駅へ向かいながらそんな想像をしてみた。

 これがわたしの想像するおしゃれなクリスマスパーティー。我ながら想像力が乏しいと苦笑してしまった。


 街には相変わらず冷たい風が吹き、高く澄んだ空には、形の崩れたひとすじの飛行機雲があった。

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