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八話


 背中の傷から伝わる念が、私の身体が激しく燃やしていた

 熱くて痛い。

 いや、熱くはないかもしれない。

 度を超えた痛みが、ただ身体中を蝕んでいく。


「恨めしい……」


 誰の呪いなんだろう。

 恐らくあの魔物が殺した人間の怨念だ。

 それが私に移った。

 そして今、この呪いは私の恨みも吸って大きくなっている。

 殺意が、身体の節々に絡みついてくる。

 怒りが、骨の髄に染み込んでくる。

 痛い。

 背中だけに感じていた痛みが、全身を蝕んでいた。

 身体中の神経にナイフを差し込まれるような鋭敏な痛みが、あちこちから襲ってくる。


「が、ぁぁぁぁっ……!」


 喉が焼ける。

 叫び過ぎて、血の味がする。

 それでも痛みはおさまらない。


「リィル、どうした!?」


 しばらくすると、クロス達が私を発見した。

 四人とも燃え盛る呪いを前に、言葉を失っている。


「ブルム、氷で消せないのか!?」


「……呪いは無理……これは魔力とは扱いが違う」


 ブルムが私の片手を覆うように氷を作ったが、まるで貫通するように黒い炎が揺らめいている。


「じゃあどうすんだ!?」


 あまりに慌てふためくクロスを見て、逆に私の方が落ち着いてくる。

 クロスはリーダーぶっているが、こういう時一番に慌てるのもクロスだ。

 そういう時、補佐をするのが私の役目。


 だから私は、はっきりと告げた。


「く、ろす……みんなを連れて、遠くに……」


「見捨てろって言うのか……お前を……!?」


 その通りだと頷くと、クロスは頭を掻きむしって唸った。

 いつかは別れが来る。

 あの神父の元、五人組の暗殺者となったあの日から、私達はいずれ一人一人死別していくと覚悟していた。

 それでもやるしかなかったから、ここまで来た。

 神父をこの手で始末出来なかったのは業腹だが、私達は無事生き延びた。

 あの日々を生き延びた。


 なら、もう、良いのかもしれない。


「クロス……後は頼んだわ……」


「ばか、何言ってんだ……諦めんなよ……」


 絶望に満ちたクロスの声を聞くと胸が痛む。


「ぶ、ブルム、な、何とか出来ないの!?」


「……無理だよ兄さん、呪いは、僕達にはどうしようも出来ない」


 相変わらず弟におんぶに抱っこのクリムとブルムも、今は二人で慌てふためいているだけだ。

 モモイより一つ年上とはいえ、二人はまだ私やクロスより幼い。

 出来る事なら、もう少し魔力の使い方を教えてあげたかった。


「……リィル」


 最年少のモモイは、何かを決めたように魔力を行使している。

 彼女は一番幼いながらに、この中で一番聡い子だった。

 彼女がいるなら、彼らはこれからも何処かで生きていけると信じられる。

 

 いつか、皆で楽しく暮らして欲しい。


 そこに私がいないのは寂しいが、明日食べるご飯にも困らず、四人で仲良く、生きて欲しい。


 ああ、それすらも見れないんだな。


 炎の勢いが益々膨れ上がっていく。

 時折視界が真っ白になって、その後黒く塗り潰される。


 意識がはっきりしない。


 みんなの声が遠ざかっていく。


 身体の臓器全てを、丁寧に焼かれるような痛みが、徐々に薄れていく。


 痛みを感じる感覚が、鈍くなっていく。


「はぁ……はぁ……」


 呼吸が億劫になる。

 荒い息が、面倒くさくなる。

 喉が痛い。息をするのも一苦労だ。

 死に向かうとはこういうことなんだろう。


 私はどうなるんだろう。


 これから、一生暗闇の中に閉じ込められるのだろうか。


 誰とも会話することもなく、食事もなく、ただ眠り続けるだけなのか。


 怖いなとは思うが。


 逆らう術はない。


 だから死に際に出来ることは、彼らの無事を祈ることだけだった。


「見せて」


「――」


 意識が焼き切れそうになった時。

 あの女の声がした。

 不思議と、耳によく残る声だった。


 何とか目を開けると、やはりあのリリシアとかいう聖女が立っていた。

 何やらクロス達と話しているが、ぼんやりとしていてよく分からない。

 ただ、ペタペタとあの女は無警戒に私の身体に触れている。


「……放って、おいて」


 何とか離れさせようとするが、彼女はどこ吹く風だ。


「まだ喋れるのね、なら大丈夫かしら」


 何を言っているのか。

 この女、呪いを知らないのか。呪いは感染るという事を。

 それも際限なく、まるで消えない火事のようにどこまでも広がるという事を。


「呪いの影響が……みんなに移る前に……逃げて……」


 何とか押し除けようとするが、彼女は頑なに譲らなかった。


「大丈夫、私に任せて」

 

 そう言うと、リリシアは私に抱きついた。

 慌てて押し返そうとするが、私の肉体にすでにそんな力はなかった。


 呪いが燃える。

 呪いは当たり前のようにリリシアを覆った。

 火が膨れ上がる。

 まるで彼女が触れた事で、何十倍の燃料を注がれたかのように大きくなった。


 このままでは彼女も死ぬ。

 何をしているんだこの女は。


「……?」


 そう思った時、私の身体に痛みが戻ってきた事に気がつく。

 痛い。

 痛いがしかし、これは身体が感覚を取り戻してきている痛みだ。

 何故。

 さっきまであんなにも苦しかったのに、まるで時計を巻き戻すように、身体が呪いから回復に向かっている。

 奇妙な変化だった。

 痛みが戻るたびに、私の身体は徐々に活性化していった。

 まるでこの女が、私の呪いを吸ってくれているかのようだ。


「――大丈夫?」


 至近距離に、聖女と名乗る女の笑顔があった。

 身体は呪いで燃え盛っているのに、その痛みを一切感じさせない笑顔だった。私は声を出すのすら一苦労だったのに、この女は私より更に倍以上の大きさの呪いを抱えながら平然としている。


 ――これが聖女なのか。


 私は初めて人に畏敬の念を抱いた。

 聖女はどんな時でも笑顔を絶やさず、信仰心を広めるために存在すると聞く。

 どんな時でも笑顔を絶やさずなんて、そんなのはあり得ない。人間ではない、別の何かに違いない。

 そう思っていた。


「もうすぐ終わるから」


 私を不安にさせまいと、笑顔を続ける聖女に、私はいつの間にか涙を流していた。

 黒い呪いに蝕まれながら、太陽の下で私に微笑みかける彼女の――なんと神々しいことか。


 神なんていない。

 救いの神なんていたら、私達のような存在は生まれない。

 そう思っていた。

 でも、違った。今目の前に、神は存在していた。

 呪いの痛みの代わりに、柔らかな太陽に包まれているような感覚が私を包む。


「痛かったわね、苦しかったわね。でももう大丈夫。私が貴方の痛みの全てを受け入れるから」


 呪いの炎が小さくなっていく。

 まるでリリシアの腹の中に、折りたたまれて収納されていくかのように、徐々にその大きさを変化させていった。

 私はその時、やっと彼女が何なのか理解した。

 彼女は救いなんだ。

 彼女こそが、救いの神。

 神は存在していて、私を助けてくれている。


 ああ、神よ――いや、違うな。願いを捧げるのは、神ではない。

 私を救ってくれたのは――リリシア様だ。


 この人が、私を救う神なんだ。


「こんなものかしらね」


 気がつくと、リリシア様は何事もなかったかのように立ち上がっていた。

 呪いの炎も、何もかも、綺麗になくなっている。


「大丈夫? 痛いところはない?」


「は、はい……」


 手を差し伸べられて、微笑まれる。

 私はそんな彼女の手を、ゆっくりと握り返した。



 その日、私は自分が生まれた意味を見出した。


 私は、この人のために生まれてきたんだ。



 

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