七話
「――居ないわ、あの子達」
「……逃げられましたね」
宿に戻ると、寝室はもぬけの殻だった。
私は思わずすまし顔のケイルを睨んだ。
「こうなるの、分かってたんじゃないの?」
「……あの子達は十分逞しく生き残れるはずです。リリシア様が目を掛ける必要はないかと」
目を合わせず、彼らが逃げたであろう窓から外を眺めるケイル。
ははーん、何か隠していますね。
私には分かります。
なんたって十年以上の付き合いですからね。
が、ここで問いただしても彼女は結構頑固なので答えてはくれないだろう。
私を思っての事なのだろうし、この場は不問にします。
それより子供達だ。
「探しに行かないと」
「……何故?」
「何故って……だってあの子達、ガリガリでまともなご飯も食べさせてもらえてなかったんだろうし、それに能力の事だって王都に連れかえれば何か分かるかもしれないし……だから、私が……」
話しているうちに自分の本音はどこか違う気がした。
自分で言っていてわかる、言葉が上滑りしている。
間違いなく理由の一つであるはずなのに、本当のところはそうじゃないと心の中で言い訳をしている自分がいた。
一体私は何を偽っているのだろう。
「――可哀想だからですか?」
ケイルが挑発してくる。
あまり言われたくない言葉だった。
「そんな訳ない」
慌てて否定しつつも、私の中にその感情があることを否定できなかった。
私はそんなに聖人じゃない。
そんなに出来た人間じゃない。
だから、本音はもっと別のところ。
しかしどれだけ考えても、ケイルが求めていそうな答えは出てこない。
「あなたの気まぐれで傷つくのは子供達です。考えなしにそうしたいからとするのであれば、野良犬に餌をやるのと大差ない」
「何が言いたいのよ」
「――責任を取れますかと聞いています」
責任。
そう言われても腑に落ちなかった。
だって私は、彼等に対してちゃんと責任を負おうとしている。
彼らがあんな身体になってしまって、あんな扱いを受けてきて。
その全てを私は、助けたいと思っている。
その何がいけないのか。
「やはり他人の言葉では理解出来ないでしょうね、だから口にしても無駄だと思ったんです」
やけに冷めた目の相棒を前にして、私は何も言い返せなかった。
むかつく。
非常に腹が立つ。
分かってしまった。
今この時、私よりもケイルの方が、あの子達のことを考えている事に。
何故だか直感で、そう思ってしまった。
「ここが分岐点です。彼らを追うなら、貴方は責任を負わなければならない」
「……」
私はおそらく答えを貰っている。
それなのに分からない。分からないふりをしている。
問題なのは、無意識に目を逸らしていて、問題が見えない事だ。
私はこんなにあの子達を想っている。想っているはずだ。
その気持ちは嘘じゃない。嘘じゃないはずだ。
だからあの子達への想いではない。
問題は、私にある……?
『――助けて!』
「……え?」
不意に、頭の中で声がした。
脳内に直接語りかけるような、少女の声。
今のは……モモイ?
『大変なの、リィルが……!!』
頭の中の声は、随分と焦っている。今にも泣き出しそうな声音だ。
ああ、子供が泣いている。
悲しい事だ。
いけない。
なんとかしないと。
「ケイル、ついてきて」
「……どちらに?」
行き先も告げずに宿を出ると、血相を変えた私にケイルは首を傾げていた。
私はモモイに導かれるまま、街を出ると森の中を直進する。
急げ急げ。
「リリシア様……?」
「分からない。分からないけど、リィルが危ないの」
そう返すのが精一杯だった。
頭の中はケイルと同様にはてなマークでいっぱいだ。
それでも、子供達に何かあってからでは遅い。
私は走った。
「ケイル! あの子達は『見える』?」
「いや、見当たりません。方角はあっていますか?」
「多分」
モモイの声がする方に走っているだけなので、正確な位置は分からない。
けれどこの先に、あの子達が居るんだと、不思議にも確信する。
「急ぎますか?」
「ええ、お願い!」
ケイルは頷くと、私をお姫様のように抱き抱えた。
そして、私が走るなんかよりも遥かに速いスピードで森の中を駆けていく。相変わらず凄い身体能力だ。人ひとり抱えてこの速度とは。
けれど今はそれどころではない。
私はモモイの気配がする方向に、意識を向け続けた。
「モモイ……何があったの……」
思わず口をついて出た疑問。
当然、答えはない。
私の脳内に、一方的に送られ続けているモモイの声は、会話というよりメッセージだ。うまく感覚を掴めば返答出来そうな気がするのに、まるでラジオのようにこちらが受信することしか出来ない。
もどかしい。
「……近くなってきました」
ケイルの片目が限界まで見開く。
リィル達の位置を捕捉したようだ。
「急いで」
「了解」
土を蹴る速度が更に上がる。
街からだいぶ離れている。子供達の足ではここまでくるのも一苦労だろう。
私たちから逃げるにしても、普通に街道沿いに行けばよかったのに。
もちろん私と鉢合わせすることを避けての事だろうが。
……そこまで私に付き合うのが嫌だったんだろうか。
それならそうと、一言言ってくれれば彼らを解放しただろう。
しかしこれではまるで、私があの神父に変わってあの子達をいじめているような立場になってしまう。
そんなことはしたくはない。
彼らをこれ以上虐げたくはないのに。
「居た」
ケイルが私を降ろす。
目の前には仰向けになって倒れるリィルの姿。そしてそれを取り囲む四人の子ども達。
「来てくれた!」
「――何しに来た!?」
モモイが私を見て跳ねると、クロスが敵意剥き出して私を睨みつけるのは同時だった。
どうやら私を呼んだのは、モモイの独断のようだ。
まぁ良い。今はそれどころじゃない。
「見せて」
「近づくな」
リィルに近づこうとすると、クロスが私に刃を向けた。黒い鋼の刀身が、手のひらからずずずと伸びてくる。
クリムもブリムも、まるでリィルを守るように立ち塞がっている。
私は、構わず直進した。
ぶすりと腹の辺りを冷たい金属が刺し貫いてくる感覚。
「なっ――」
クロスが呆気に取られている。
他の子供達も、ぽかんとしていた。
私は構わず前に進む。
ずぶずぶと内臓を傷つけて、刀に似た刀身が身体の中を進む。そのまま背中に突き抜けると、ダラダラと血が垂れてきた。
流石に痛いが、痛みには慣れている。
「な、にを……」
クロスが尻餅をついていた。そのまま後ずさっていく。怯えるように刃を引き抜いた。
私は込み上げてくる血をぺっと吐き出すと、それから苦しそうに眠るリィルを見下ろした。
「はぁ……はぁ……!」
身体が燃えている。
黒い炎に、その身を焼かれている。
身に纏った衣服には着火せず、身体だけがごうごうと燃えている。
「――呪いね」
まず間違いない。
私は聖女なのだから、見間違うはずもない。
「多分……魔物にやられた」
モモイがそう言うと、背中の辺りを指差す。
試しにリィルの身体をひっくり返してみると、確かに三本爪で切り裂かれたような痕がある。
「……放って、おいて」
「まだ喋れるのね、なら大丈夫かしら」
睨みつけるように、リィルが私を見上げる。
「呪いの影響が……みんなに移る前に……逃げて……」
呪いは伝染する。
呪いで彼女が死ねば、その呪いはより強固になり、辺り一帯に伝播するだろう。生物だけを殺す山火事のように広がっていくはずだ。
もうすぐ死ぬであろうリィルにとってみれば、お友達のみんなには早く逃げろと言いたくなる訳だ。
優しい子だ。
「大丈夫、私に任せて」
私は微笑みながら、彼女に抱きついた。
「ひっ――」
誰かが息を呑んだ。
私の身体に、勢いよく呪いの炎が燃え移る。
リィルが目を見開いていた。外から見れば火事に薪を焚べるようなものだろう。
「……な、何をして……」
「私が助けるから、安心して」
黒い炎が私諸共包み込む。
ああ、痛い。
呪いって、どうしてこんなに痛いのか。
いつも味わっている痛みだが、他所の呪いはまた格別に痛い。
それともこれが、この子の味わってきた痛みなのだろうか。
そうであれば、少しはリィルの事を理解出来ると良いのだけれど。
私はまるで焚き火のように、身体中を呪いで燃やした。




