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六話


 リィルの破壊力抜群の一言にメソメソと泣き出したリリシアを連れて、ケイルが部屋から出ていった。ケイルが言うには落ち着かせるついでに食料を買ってくるとのことだった。

 馬鹿らしいことこの上ないが、『私』は黙って彼女達を見送った。

 

 そして、うるさい大人が出ていったので部屋の中が静まり返る。私達はベッドに腰掛けながら、目を合わせた。


『逃げるぞ。反対する奴はいないよな?』


 頭の中に、クロスの声が響く。

 聴覚からではなく、頭蓋の中に声だけ送り込まれたような奇妙な感覚。

 見れば、モモイから魔力の残滓が漂っている。


『賛成』


『『異議なし』』


 クロスの提案に私は一も二もなく飛びつき、クリムとブルムが後に続いた。

 私達を縛り付けるあの首輪はなくなった。なら、私達が誰かに従う必要もなくなったのだ。

 誰が大人なんかに従うか。


『……モモイは?』


 最後の一人に一斉に目を向ける。

 この中で最年少のモモイは、難しい顔で頷いた。


『みんながそうしたいなら。アタシは一言告げてから別れてもいいと思うけど』


『何故?』


 思わず身を乗り出して聞き返す。

 どう考えても得体の知れない人間から離れるべき現状で、どうしてその考えが出てくるのか不思議だった。


『あの人多分何も考えてないから、危険はないかなって』


 何の根拠もない言葉が返ってきた。

 確かに、聖女と名乗るあの女は何も考えていないだろう。まるで子供のように一喜一憂している様は、とても私たちより歳を重ねている人とは思えない。

 だが、問題はそちらではない。


 クロスが首を振った。


『騎士の方が問題だ。あいつ一人で俺たちは全滅しかけた』


 その通りだ。

 あの女騎士は普通ではない。

 私達は曲がりなりにも暗殺者として戦闘訓練まで受けている。

 騎士の相手をした事もある。

 王国騎士など、勝てない相手ではない。

 だが、あのケイルと呼ばれていた騎士は異常だ。

 私達は文字通り一蹴されてしまった。

 しかも首輪を外して回るという余裕すら見せて。

 規格外だ。何故あんな聖女に付き従っているのか、理解出来ない。


『あっちはアタシもお手上げ。心も読めないし』


『なら尚の事信用できないだろ』

 

『アイツ、俺達二人をあっさり受け流しやがった』


『……本当に強い。逃げるべき』


 ケイルに関しては、全員が同様に危険視しているようだった。


『……うん。逃げようか』


 ようやく思い直した我らが妹分に頷き返すと、ひとまず部屋から逃げ出す事にした。

 正面から出ていって鉢合わせするのは御免だ。

 寝室の窓から各々飛び出していく。


「……スカートは動きにくい」


 私はあの聖女に無理やり買い与えられたスカートの裾を破ると、幾分走りやすくなって満足する。

 私達は自由になったんだ。

 もう私達を縛り付けるものは何もない。

 これからは好き勝手させてもらう。




 ――――――



 

 数時間後。


「腹減った……」


「……兄さん、ほら頑張って歩いて」


 私達は森の中を彷徨っていた。

 とりあえずは私達が住んでいた教会に向かい、僅かながらの私物を回収して大きめの街に向かうという計画だったが……

 私達はその第一歩で躓いた。

 街であの聖女達を避けるように動いていたのが、結果として方角を見失うに至った。

 こんな筈ではなかったのだが。


「クロス、今からでも戻るべきです」


「それで聖女と鉢合わせたらどうする。このまま行けばいずれどこかの街に着くはずだ」


 クロスは背後で虚ろな目をしながら腹減ったと呟くクリムを見て、「そこまで行けば食糧も調達出来る」と自信ありげに言い放った。

 本当にそうだろうか。この先に街がある保証なんてどこにもない。やはり一度戻るべきだ。


「どっちでも良いけど、食いもの……」


「……」


 クリムは今にも倒れそうだ。ブリムも口には出さないが、限界が近い。

 モモイはというと、意外となんでもないような顔で最後尾をテクテク歩いている。しかし彼女も疲労を隠しているだけかもしれない。

 あの子は分かりやすいようでその実、すごく分かりづらい子なのだ。

 ……とりあえず立ち止まるべきだ。


「クロス、行くにせよ戻るにせよ、一度休憩にしましょう」


「……そうだな」


 今度は私の言葉に頷いたクロス。

 とりあえず森の中で手に入りそうな食料を探して、私とクロスは手分けする事になった。クリム、ブルム、モモイはその場で待機だ。こういうのは大体年長者である私とクロスの仕事だった。

 手っ取り早いのは果実があれば一番ありがたいが、そんなもの教会近くの森の中では見たことがない。キノコなどもあるにはあるが、食用かどうか判別はつかない。

 川でもあれば魚という選択肢もある。クリムがいれば火には困らないし、現実的な線だ。

 最悪は木の根でも齧ってもらうしかないが……


「?」


 四人と離れて少し経った頃。

 私は視線を感じて、身を固まらせた。

 この感じ……


「魔物か」


 先手を取られまいと、木を背にして構えを取る。

 魔物はどこにでも出現する。発生条件や正体は知らない。

 魔力によってどうたらという話を、雑用がてら教会近くの魔物退治をやらされていた時にあのクソ親父から聞いた程度だ。

 私だけでもそれなりの魔物までは対抗できる。相手がどれくらいの魔物かは分かっていないが、たとえ敵わない強さの物だとしても隙をついて逃げるくらいは出来るはずだ。


「……まだ来ない」


 こちらの油断をうかがっているのか、魔物からの動きはない。

 あまり悠長にしていては、クリムが餓死するかもしれない。いっそこちらから出向くか。

 そう考えた矢先、背後から物音がした。


「……っ!?」


 振り向く時間すら惜しいと前に跳躍する。

 ざくりと、背中に熱い塊が押しつけられたような感覚があった。


「ひ、ぐ……ぁぁぁっ……」


 斬られた箇所が燃えるように熱い。

 私はろくに相手の確認もせず、風の刃を手元に作り出すと、ぶん投げる。

 空気を切り裂く音と共に、私が背中を預けていた大木にぶつかった。


「くそ……」


 上手く盾にされた。

 というか、木の中腹辺りまで長い爪が引っ掛かっている。木ごと私を斬ろうとして、結果爪が抜けなくなったような有り様だ。

 私は背中から垂れる血を無視しながら、右手側に回り込む。爪が刺さっているならこちらから攻めれば相手は何も出来ないはずだ。


「ガウゥゥッ……!」


 一見すると狼。長い爪と、棘のような体毛で、私よりもかなり大きい魔物だった。

 珍しい魔物ではない。見た事もある。大した脅威ではない。

 ちょうど良い、こいつを食べよう。


「……!」


 首を切り落とすように、風の刃を射出する。

 魔力を纏った不可視の斬撃が、首筋に直撃して綺麗に首をはね飛ばした。

 片腕を木に突き刺すような形で、どさりとその場に倒れる魔物。上手くいった。


『モモイ、聞こえる?』


『うん、ご飯見つかった?』


『魔物の肉が手に入った』


『おー! クロスと合流出来たらそっちに向かうね』


 モモイの言葉に了解と返すと、火の準備でもするかと思い、焚き木を集め始める。

 肉なんて久々だ。ここのところまともに食い物すら与えられなかった。

 これからは自由に飲み食いして良いのだと考えるとワクワクしてくる。街で食べるには金がいるが、私達が自力で手に入れる分には無料だ。

 最悪、盗んでもいい。

 悪くない暮らしかも。

 思わず鼻歌を歌いそうになるが、ふと背中の痛みが治まらない事に気がつく。


「止血しないと」


 首を捻ってどうにか背中を見下ろすと、三本の赤い線がじわじわと血を流していて、服に染み込んでいた。

 せっかく買ってもらって悪いが、これはもうダメだな。

 そんなことを考えながら服を脱ごうとして、


「ぐ、ぁ……?」


 私はその場に膝をついた。

 熱い熱い。

 燃えるように背中が熱い。

 そんな背中の傷から、おぞましい何かが入り込んでくる。


「恨めしい……」


 その何かは、身体全身に流れ込んでくる。

 熱さと共に、真っ黒い何かが体内を巡る。

 

「恨めしい、恨めしい……」


 口からは意識していない言葉が延々と続く。

 意識が混濁して、私は倒れ込んだ。

 

 しまった。

 

 これは呪いだ。



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