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五話


 翌朝。

 ケイルはベッドの上で静かに目を瞑る少年を見下ろしていた。

 その表情には、子供を愛玩する様子はない。油断なく、敵を睨みつける兵士そのものだ。

 腕を組みつつも、指先は剣にすぐ届くようにしていた。


「一応言っておく、やめておけ」


 果たして何を思った忠告だったのか。独り言というよりも、誰かに言い聞かせるつもりの言葉のようだった。

 呆れているように見えた。


「……!」

 

 次の瞬間、少年が寝る毛布の中から鋼の刃が突き出てくる。

 不意打ちだ。ベッドに寝かせるその時まで刃物なんて持たせてはいない。手品のような攻撃だ。

 だが、何をするかまで予測されていた攻撃は果たして不意打ちと表現するのは正しいのか。

 ケイルは何食わぬ顔でその刺突を剣で防ぐと、そのまま押し倒す。大人の圧倒的な膂力と体重に、ベッドに押し付けられる少年。胸板をひざで押し付けられて、肺から空気が漏れ出た。


「クロスと言ったか? まぁまずは話を聞け」


「か、はっ……く、クリムッ、ブルムッ!!」


 隣で寝転んでいた二人の少年が、示し合わせたかのように跳ね起きる。


「やぁっ!」


「……っ!」


 彼らの手から放たれるのは、もちろん焔と氷雪。相反する二色が、ケイルの喉元まで迫ってくる。

 これが何なのか、ケイルは理解していない。

 理解はしていないが、対応策はすぐに用意できた。

 

「やめろ」


「「……!?」」


 その攻撃は、衝突する寸前で霧散した。ケイルが、押さえ込んでいた少年を身代わりにするかのように突き出したからだ。

 文字通りの肉盾。

 少年達が親の仇のようにケイルを睨みつける。


「落ち着け。別にお前達を殺そうとは思っていない。少なくともあの人はな」


「騙されるな! 俺達はこいつらを殺そうとしたんだぞ! ならこの女が俺達を殺す理由には十分だ!」


「……はぁ。子供は人の話を聞かないから面倒だ」


「俺ごとやれ!」


 クロスの言葉を受けて、二人の目に殺意が籠る。

 人を殺すためにどうすれば良いのか。

 手順や凶器の話ではない。単純に心持ちの問題。

 それは怒りだ。怒りのみが人を殺すに足る感情だ。

 彼らはそれを理解していた。

 まだ十歳にも満たない、子供達の殺意がそこにはあった。


「――いい加減腹が立ってきたな」


 ケイルが眉根を寄せ、剣を放る。

 不愉快極まりないと言った様子で手に持った少年を投げ飛ばすと、攻撃の準備すら満足に出来ていない二人の首根っこを掴んだ。


「ぐ……」


「……!」


 気管を押さえ付けられて、少年達は目を剥いた。

 動きの速度が違い過ぎる。明らかな練度の差に、三人とも死を悟ったような顔をしていた。

 沈黙が部屋の中を満たした。

 より強い者の存在に、殺意が弱まっていく。

 殺される。

 言葉にはしないものの、子供達はそう思ったようだった。


「――ケイルー! みてみて、二人のお洋服買っちゃったー!」


 静寂を蹴り破ったのは、場違いに明るい声で部屋に入ってきた聖女だった。

 黄金の絹糸のような髪を揺らし、聖母と見間違うばかりの柔らかな美貌を備えている。女性とはかくあるべしと体現するような容姿だ。

 その両手には何とも言えない表情の二人の少女を連れている。


「リィルもモモイも普通の服を着るだけでこんなに可愛くなるのよ! ここから更にお化粧しておしゃれしたらそれはもうさぞかし――ん?」


 少女達を左右に抱えて歌うように笑うリリシアだったが、部屋の惨状を見て首を傾げる。

 それから、ピタッとケイルの方を見て動きを止めた。


「ケイル。何故可愛い子供達の首を絞めているの?」


「人の話を聞かない奴は面倒だ……」


「ケイル、答えて」


「答えても貴方はキーキー怒るだけです」

 

 言葉の端々から説明しても無駄という雰囲気を出しながら、ケイルは剣を拾って収めると部屋の端で腕を組んで口をつぐんだ。

 そんなケイルをじっと見つめるリリシア。まるで宝物を傷つけられた顔をしていた。




 ――――――



 

 部屋の窓から、いつの間にやら昼時の太陽が差し込んでいた。

 気まずい雰囲気が部屋の中を包み込む。

 ホクホク顔で子供達を見つめているのはただ一人だけだ。


「さて、改めまして。私はユリウス王国第三聖女のリリシアです」


 光に目を細めながら、リリシアが満面の笑みで挨拶すると、横並びに座った五人の子供達は訳が分からないと疑問符を頭に浮かべていた。

 殺し合った者達が、何故こうして顔を突き合わせているのかと。言葉にはしないものの子供達は皆同様のことを考えているようだった。


「……何で俺たちを殺さない?」


 代表して口を開いたのはやはりと言うべきかクロスだった。何処となく彼がリーダーといった雰囲気があった。

 リリシアは「子供を殺すなんてとんでもない」と首を左右にブンブン振り回す。それから心外だとばかりに唇を尖らせた。


「……でも、俺たちはお前を殺そうとした」


「まぁそれは貴方達に拒否権がなかったもの、しょうがないわ。それに私達は傷一つついてないし、問題なし!」


「……手が一本吹っ飛んでますけどね」


 茶々を入れるケイルを無視して、リリシアは子供達の頭を撫でた。

 撫でられた子供は、薄気味悪いものを見るような目で身じろぎする。


「さぁ、貴方達の名前も教えてちょうだい?」


 リリシアの言葉に、少年少女達は互いに目配せする。


「……言ったでしょう、リィルよ」


「ふふ、ありがとうリィル」


「私もさっき答えたけど、モモイです!」


「ええ、覚えているわモモイ」


 先に名乗ったのは、つい先ほどまでリリシアと三人で服を買いに行っていたリィルとモモイだ。少年たちに比べると幾分か心を開いた様子でリリシアを見上げる。

 ぶすっと黙り込むリィルを連れていくのはそれなりに大変だったのだが、人懐っこいモモイが一緒だと話は早かった。

 だからリリシアは大変にモモイには感謝していた。頭を撫でてやると、くすぐったそうに笑っている。


「……クロスだ」


「……クリム」


「……ブルムです」


 対照的に、残った男三人組はリリシアから目を逸らしながらぼそっと呟く。まだ敵対的な様子だ。本当なら名前すら教えたくないと態度では言っているが、ケイルの事を考えて逆らえないと考えているらしい。

 リリシアは微笑むと、可愛らしい少年達を抱きしめた。


「クロス。それにクリムとブルムね。覚えたわ」


「やめろ……離せ!」


 気恥ずかしそうにジタバタと暴れるクロス。すぽんとリリシアの腕の中から脱出すると、部屋の隅に退避する。


「うおっ……!?」


 そしてすぐ近くにいたケイルを見てのけ反ると、更に真反対の隅っこに飛び退いた。

 思いの外コミカルな動きにリリシアは大笑いしながら、腕の中の二人を精一杯抱きしめる。

 思ったより分かりやすい子達なのかもしれない。


「うわぷ……」


「……く、苦しい」


 乳房に顔を埋められて迷惑そうな顔をするクリムとブルム。

 二人は顔立ちもそっくりだ。


「二人は兄弟なの?」


「その通り!」


 気になったことをそのまま口にすると、傍にいた桃色の少女が即座に答えをくれる。本当に素直で可愛らしい子だ。


「「モモイ……!」」


「ふふふ、そっくりね!」


 何とも癒される子らではないか。

 リリシアはニマニマと口角を釣り上げながら、改めて二人を抱きしめて、それからモモイの頭を撫でた。

 子供と触れ合うことこそが幸せだと、言葉にせず態度で表していた。

 リリシアだけが、この部屋の中で楽しそうに笑っていた。


「――答えを貰っていません。私たちを殺さないのは何故ですか?」


 そんな笑顔に水を刺すように、リィルが冷たい視線を向ける。

 この子は少し頑固そうだ。自分の中で納得しない限り、同じ質問を繰り返してくる気がした。

 リリシアは頷いて、答えてやることにした。


「殺す理由がないから。それに、私が子供を殺すなんてあり得ないわ」


 まじめ腐った顔で、リィルが首を振った。


「答えになっていません。それに、もしこの時も貴方の命を狙っているかもしれないのですよ?」


「素直にそんな事言ってくる時点であんまり心配はしていないけれど……」


 リリシアはリィルに近づくと、優しく首元に指先を置いた。


「貴方達の首輪は壊したわ。それでもあの神父の命令通りリィルが私を殺す理由は何?」


「……貴方が、気に食わないから」


「あらま」


 随分と直球な返しに、リリシアは口元を抑えた。ショックを受けている様子だった。

 それから、部屋の隅でくすくす笑っている相棒を睨みつける。


「ケイル、何を笑っているの」


「ふ、ふふ……はは……ははは……っ!」


「もう! 笑い事じゃないわよ!」


 手近にあった枕を投げつけると、その一方でリィルに向けて頷き返す。


「何故気に食わないのか教えて貰っていいかしら? 直せるところなら直したいわ」


 リリシアとしては子供に嫌われる仕草や言動などあれば是非とも気をつけたいところだ。

 なので後学のために、と心のメモ帳を用意してリィルの次の言葉を待ったのだが、帰ってきたのはどうしようもない返答だった。


「――貴方の笑顔が嫌いです。死ねばいい」


「……ぇ」

 

 残酷な現実を突きつけられたリリシア。その傷ついた顔を見て笑うケイルの声だけが部屋の中に響いた。

 


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