四話
「リリシア様」
小屋の方から声が聞こえる。
私は安心したように眠ってしまったリィルをその場に寝かし……ついでに子供達を集めて仲良く仰向けで寝かせてやると、声の方向に向かった。
小屋の中では、血飛沫の跡が一つ。
血を辿ると、先ほどまで生きていたであろう神父の死体が大の字で転がっていた。
「貴方ねぇ、生け捕りって言ったでしょう?」
全く、お使い一つ出来ないんだから。
そう思って嫌味ったらしくケイルを見ると、首を左右に振られた。
「敵ながら、お見事と言わざるを得ないスピード自決でした」
「……何処の戦国時代よ」
言われてみれば、確かに彼の手にはナイフが握られている。首元を思いっきり掻き切ったようだ。
……あんな情けない逃げ方の男が、何故ここまで度胸のある死に方を選べるのか、不思議で仕方ない。
人というのは、そう簡単に自らの命を諦められない。
ましてや銃などという便利なものもなく、刺して引く動作のいるナイフでは、常人ならばまず耐えられない。
自分の首に刺すという時点で、何処か感覚が壊れている。そこから痛みを堪えながら、死に向かって肉を切り裂いていくなんて、並々ならぬ意思力だ。
そんなことが可能だろうか。この男に。
「……いえ、やはり自分の意思の力では無理ね。特にあの逃げっぷりを見た後では信じられません」
「呪いですか?」
「さぁて、何とも。とは言え現状から出来る妄想としては、彼の背後にいる誰かに、拷問されそうになったら自殺しろと洗脳されていた、としか考えられないわね」
「ふーむ……なるほど」
ケイルは聞いているのかいないのか判別付かない態度で男の懐を弄る。
恐らく何か証拠になるようなものは残していないだろう。
この男はどうだか知らないが、彼の後ろの組織はそんなヘマはしない。確信に近い何かがあった。
私もケイルにならって小屋の中を漁る。
案の定、大した資料は残っていない。
唯一分かったのは、『魔化兵士』と名のつく計画があるらしいことだけ。管理が杜撰な資料が混ざっているのは、予想だが神父の独断で作られたものだろう。
資料には『兵士達』の詳細が記載されていた。
内容は至極シンプル。
そして、私からしてみれば真正面から喧嘩を売られているような内容だ。
薬物を始めとした、魔術、呪術的なアプローチによる人間の兵器化。
人間を、魔物と同等にする、狂気の実験過程。
察するに、悪趣味な人体実験の結果が、あの子達なのだろう。
「ああもう!」
腹が立ったので死んだ禿頭を蹴り飛ばそうとすると、ケイルが諌めるような目を向けてきた。
「聖女様のやることではないですよ」
「だって、これ酷いわ!」
「それに関しては同意はしますが……」
私は行き場のない怒りを覚えながら、資料を読み漁る。涙が出そうになるが、何とか堪えた。
何だって神父がこんなことをしているのか。理解できない。
「リリシア様、これ、どうしますか」
何か親玉につながる情報はないものかと鬼の顔で紙束を捲り続けていると、ケイルから神父の持っていた短杖を向けられる。いつの間にか拾っていたらしい。
首輪を解析しているから何となく把握しているが……それでも念のため調べてみると、やはり大した道具ではない。
捨てておきなさいと命令して、それから私達はしばらく手掛かりを探した。しかし、結局、それ以上有益な情報を得る事は出来なかった。
「うーん、残念。しかし、王都からちょっと出るだけでこれとはね……」
「……」
「ケイル?」
「……その通りですね」
ケイルも同意見なのか、少し落ち込んだ様子で小屋を出ていった。さもありなん。
「ケイルー、ちょっと手伝って!」
「……はい」
私達は結局その小屋を燃やすことにした。こんな胸糞悪い隠れ家は消えてしまった方がいい。
中にはお酒が大量に隠されていたし、火種くらいなら私でも出せる。
何もかもぼわーっと燃えていった。
「燃えろ燃えろー!」
私はくすねた酒をラッパのみしながら、目の前の大きな焚き火を見て叫んだ。
ケイルは私の手から酒をひったくると、自分でもガブガブ飲み下して、それから燃え盛る小屋にぶん投げた。
「あー! まだあったのに!」
「聖女が酒なんて飲まないでください」
「せっかくマリアが居ないから好き放題出来るのに!」
「マリア……様に言いつけますよ」
「いいもん! もう一本取っといたから!」
「こら」
ケイルはそれ以上は特に私を咎める事はせず、気絶した子供達の方に向かった。
そうか、私もこんな燃える小屋なんか見てる暇あったら、可愛い子達の寝顔でもみよう。
……いやでも、目が覚めて、酔っ払いが目の前にいたら嫌われちゃうかも。
「せっかくのおしゃけだが、お別れ!!」
私もケイルみたいに酒をぶん投げると、子供達の方に向かった。
嫌な事は忘れて、子供を愛でよう! 愛しい天使ちゃん達!!
「なんて可愛いの!」
五人の子供達は、静かに眠っていた。眠って……気絶って寝てるというのだろうか。
まぁつまり、横になっているという意味で寝ていた。
茶髪の子はリィル。私たちに一番槍で突っ込んできた勇気ある女の子だ。ちょっと目つきが鋭いが、そんなところも可愛らしい。
そんなリィルを守るようにして動いていたのが、確か他の子にクロスと呼ばれていた子だ。黒い髪で、日本人っぽい見た目をしている。ちょっと将来グレそうな雰囲気だが、可愛い。
他の子の名前は分からない。仲良さそうな二人の男の子達や、桃色の髪の女の子。見てくれだけでもかなり個性的だが、恐らく人体改造の結果こうなっているのだろう。元々はもっと……色々こう、大人しめだったに違いない。
元に戻してあげられるのだろうか。少なくとも私では分からない次元の問題な気がする。
マリア様に聞けば分かるだろうか。偉大な先輩聖女なので、魔術や呪術をよく知っているだろうし、聖女としてそれらと長年向き合ってきたはずだ。
……よし、そうしよう。一度王都に連れ帰って聞いてみる事にした。
「ケイル、この子達を王都に連れて行くわ」
「……」
ケイルは無言で私を見つめた後、口も開かず頷いた。
てっきり反対されるかと思っていたので、肩透かしを食らった気分になる。
「いつもみたいなツッコミは?」
「いや、何を言っても無駄だと思ったので」
私の事をよく理解している相棒に、思わず笑顔になる。
その通り、私は子供に関しては何も譲るつもりはない。それ以外のことはどうでも良いが、子供のことであれば、私はたとえ火の中水の中である。
「ひとまず宿に運びましょう。リリシア様、一人くらいなら背負えますか?」
「一人なら……って貴方、四人背負うつもり!?」
ケイルは頷くと、とくに無理をしている様子もなく両腕に丸太でも担ぐようにして少年少女四人を抱え上げてしまった。
何ともたくましい女性である。凄い腕力と握力だ。私ではどれだけトレーニングを積んでも不可能だろう。
私は残ったリィルを背負うと、ケイルと共に街の宿に向かった。




