三十話
『了解よ――さぁ子供達、これから私の指示ををよく聞いてね。大丈夫、貴方達は強いわ。それを私が今から証明してあげる』
リリシア様の声が、優しく頭の中に響きます。モモイの術がきちんと動作しているようです。
あの子がどういう状態なのか、私には分かりかねますがリリシア様は大変心を痛めている様子でした。
お優しいリリシア様の事です。コレが終わればきっとどうにかしてくれる筈です。
幸い、術の発動が出来るということはモモイも現状の把握は出来ているはずです。
もう少しの辛抱、と彼女に念を送りながら私はもう目前まで迫った敵を見る。
絢爛な鎧を身につけた騎士達。金銀に輝くその鎧に、底知れぬ憎悪を覚えるのは私だけではないでしょう。
「……」
横を見れば普段は口数の多いクリムですら殺意の眼差しで奴らを睨みつけています。
それほど私達にとって、教会という組織は許せない存在なのです。
『リィル、クリム。伝えた通り、まずはご挨拶をしっかりね』
『はい』
私は返事をすると、クリムと頷き合います。
「ぶっつけ本番ですが、リリシア様の言う事です。間違いはないでしょう」
「あの人の事はぶっちゃけあんまり分かってないんだけど、それはそうとよく考えてみると俺たちが組む事って今までなかったからな」
「……言われてみればそうですね」
私達の動き、組み合わせは常に一定のものでしたが、その結果ケイルのように全てに対応されると手も足も出ないということも分かりました。今後は組み合わせを変えて臨機応変に対応するということも必要なのでしょう。
今回のこれはいわば試金石。これまでよりももっと強大な力を扱えるようになれば、リリシア様もお喜びになってくれるはずです。
私は掌に魔力をかき集めました。しゅるしゅると空気を切り裂くような音が小さく鳴り出します。
同じくクリムも手を掲げる。すると大気が焼け焦げるような音と匂いが発生し、それと小さな火の粉を生み出します。
「――行きます」
「おう!」
私達は木陰から姿を表すと、同時にそれを真正面に放出した。
「何……っ!?」
騎士の数人が慌てて剣を構えます。
リリシア様からは、敵はあのマリアとかいう女の手の者で油断するなというお達しでしたが、これを見てしまうとそれは無理というものです。
彼らは何も分かっていない。
我々の使う術が、ただの魔術とは違う事を。
魔術であれば、魔法陣を見てからの対応で十分。
しかし、我らの術は、その魔法陣という過程を無視して行使される。
つまり、この時点で向こうの出番を消費した事を意味していた。
「――死ね」
私の声と共に、炎風がその両翼を広げた。
草木を焼き尽くす灼熱が、木々を避けながら横並びになっている騎士達をまとめて食らい尽くす。
「……うぉぉぉぉっ!?」
「くそっ、魔術か……!?」
「魔法陣は見えなかったぞ!!」
騎士達は口々に叫びながら、炎から身を引こうとする。
そうはさせない。
『これ』はお前達が作ったのだ。知らぬ存ぜぬではいかない。
「クリム、貴方は炎を作るだけで良いわ。私が風に乗せる!」
「分かった!」
方向を操り、彼ら全体を円で囲うように大きく引き伸ばしていく。炎を孕んだ突風が森の中を疾走し、瞬く間に火の海へと変えていく。
周囲が熱気と共に赤く染まった。
流石に彼らの鎧を瞬時に溶かすとまでは及ばないものの、あの重装備ではとても長時間は耐えられまい。
炎は矢が大きな壁となり、敵を包み込む。阻むどころか食い尽くす勢いだ。
「……俺の炎、こんなに伸びるんだな」
「ええ、驚きです」
クリムと似たような感想を抱く。
モモイという特例を除き、私たちの術には威力とは別に強度と柔軟性が存在する。
強度という点では、ちょっとやそっとでは折れたり曲がったりすることのないクロスが一人勝ちであり、逆に柔軟性という点では私が群を抜いていた。そしてクリムやブルムなんかはその二点で考えるのであればどっちつかずな印象だ。無論威力の面では逆にこの兄弟たちに部があるので、総じてどちらが優れているかなどとはあまり気にしたことはなかった。
だが、こうして組み合わせることでそれらの短所を補うことが出来るのなら、使い方次第では短所になり得ないという事にもなるのだろう。
流石はリリシア様だ。
私は炎の勢いを更に加速させるように、風の操り方を調整する。
「――ぎ、ぎゃぁぁぁぁっ!!?」
伸び縮みする灼熱が、やがて騎士達の身体にその手を伸ばすと、その中身まで焼き溶かすように全身に燃え移らせる。
鎧の中では熱に溶かされた身体がそのままぐずぐずに変質して、二度と戻らなくなっているのだろう。何名かは倒れ込み、顔の辺りから血液と溶けた皮膚やら目玉やらをこぼして黙り込んでいた。
凄まじい威力だ。
自分たちがやったことながら、あまりの事に驚いてしまう。
これがあれば、もはや敵はいないのではないか。そう思ってしまうほどの威力だった。
「――マリア様のために」
しかし、その甘い錯覚は長くは続かなかった。
「……抜けてきたな」
「そう簡単ではないようですね」
視線の先で、何処か恍惚とした表情を浮かべた騎士達が、燃え盛る炎を踏み締めて進軍してくる。
「――マリア様のために」
ああ、あの文言。聞き覚えがある。
私はつい先ほど行われた拷問を思い出して顔を顰める。
私達を痛めつけていた騎士達もまた、何処か遠くを見ながら同様の言葉を口にしていた。
あの言葉自体に意味などないのだろう。というか興味はない。
今この瞬間、私たちの敵である事に変わりはないのだから。
「マリア様のためにッ!」
悲鳴を上げて焼けていく仲間達を突き飛ばしながら、様子の異なる数十人がこちらに掛けてくる。
私は風の制御を切り離すと、即座に近接戦に意識を切り替えた。
クロスが居ないとなると、何処までやれるか。
一人ではない事自体は喜ばしい事ですが、隣にいるのがクリムというのもまた厄介です。
彼の扱う火は、つまりは人であれば当然焼き尽くす危険なもの。産み出している自身や温度を下げて対応出来るブルムならまだしも、私では気を抜けば黒焦げになる。
いくら風を操れるとはいえ、注意する部分は多いです。
「来るんじゃねぇ!!」
そんな事を考えた側から、クリムが前方に大きな火球を作り出しました。
四、五人なら難なく飲み込むような大きさ。息をするのも躊躇うくらいの熱が、肌の表面を炙ってきます。
慌てて飛び下がりながら、騎士達の様子を確認します。
「マリア様の――!!?」
ちょうど真正面に位置していた幾人かが、足首だけを残してじゅっと気化する。私と組み合わせた時のように『伸ばさず』、『固めて』扱えば火力が上がるとの事でしたが、確かに言うだけのことはあるようです。
「うおおぉっ……!」
「……!」
ぼーっとしている時間はありません。
脇を抜けてきた一人が、私に斬りかかってきました。
「このっ……!」
鎧の継ぎ目や首元目掛けて風を放ちますが、そうそううまく当たるはずもなく、私は横っ飛びしてなんとか斬撃を避けます。
……くそ、やはり、私の術は武装している者には弱い!
「リィル! ――このっ、野郎っ!!」
「ぬぉぉぉっ……!?」
私を援護するようにすかさずクリムが火球を騎士相手に飛ばします。それは胴体を焼き尽くすように貫通して、容易く一人の命を奪います。
「……っ」
私は口に入った土をぺっと吐き出しながら立ち上がる。
「――クリムっ」
視界には、今まさにクリムの背後を取っていた別の騎士――間に合うか!?
「う、ああああぁぁぁっ……!!」
咄嗟に背中側に風を爆発させる。
風圧に身体を軋ませながら、風の道を作るようにして空中を滑る。
「やぁぁぁっ!」
「……ぬおっ、なんだこいつッ!?」
肩から押し倒すようにぶつかる。硬い鎧に骨ごと激突する衝撃に目を剥きながら、なんとか岸の体勢を崩す事には成功した。
即座に立ち上がると、私はクリムと背中合わせになる。二人だけだと手数が少ない、お互いにいつ隙を突かれても援護出来るようにする必要があった。
周りにはざっと二十人以上、私達を囲むようにしてこちらに剣を構えていた。
……思ったよりも距離を積められている。
何人か殺すことは出来ても、全滅まではいかない。
その前にこちらの首を刎ねられる。
「……くそ」
さっき鎧にぶつけた肩を撫でながら、脱出口の見えない現状に焦燥感が募る。
「はぁぁぁぁぁっ!」
そんな不安を見透かされないように、私は突風を強く固めて、付近の騎士に投げ飛ばした。
兎にも角にも距離を取らなければならない。もう一度クリムとあの攻撃が出来れば、こんな奴らまとめて焼き殺せるはずだ。
しかし、ここまで距離を詰められるとそう簡単にはいかなかった。
「マリア様のっ、ためにっ!!」
吹き飛ばした騎士とは別の奴が券を振りかぶって駆け寄ってくる。
逃げるのは無理だ。クリムも向こうの相手で手一杯に感じる。
慌てるように武器になる風を作り出そうとするが、間に合わないっ……!
騎士の振りかぶった一撃が、目前に迫っていた。
「マリア様のためにぃぃぃっ!!」
「……っ!?」
空を切り裂く斬撃が、私目掛けて振り下ろされた。
思わず身をすくめるが、そんな私に届く前に騎士の刃は黒い剣によって弾かれた。
気がつけば隣にいつもの相棒がいた。
「悪い、待たせた」
肩で息をしながら、クロスは油断なく辺りを見回している。
間一髪というところだった。
「――ある程度目星はついた。一旦引くぞ」
そしてケイルもまた、クリムを守るように騎士達の前に立ち塞がっていた。あれだけ恐ろしかった女騎士が、今だけはとても頼もしい。
これなら距離を詰められても戦える。
『リィル、間に合ったかしら?』
『ええ、大丈夫です』
私はリリシア様に感謝しながら、再び戦闘態勢に移る。
前衛がいるなら、戦える。
例え四人しか居なくとも、こんなクズどもに負けるはずがない。
「お前ら全員殺してやる」
クロスのドス黒い言葉を皮切りに、私たちは付近の騎士を手当たり次第に攻撃した。
撤退するにも、まずは道を作らねば。
「はぁぁぁぁっ……!」
魔力の限りを尽くして、敵に攻撃を繰り返す。
いつの間にやら、私とクリムで撒き散らした炎が辺り一帯に広がっていた。この広がり方は、下手をすればこの森全てが焼け落ちてしまいそうな勢いだ。
額に浮かぶ汗を拭いながら、包囲の抜け穴を探す。
私達が来た方向は既に多くの騎士達が塞いでいた。当然正面にも続々と鎧姿の男達が増えている。こうしてみると先ほどの攻撃で削れたのはせいぜい二、三十人ほどのようだ。
リリシア様曰く、私とクリムは陽動が主な目的との事で、今多くの騎士に囲われているのはその成果とも言える。
リリシア様の元に向かうには、迂回するしかないが、どちらにしても彼等を巻く必要があった。
幸いにして手はある。敵が至近距離なら隙を突かれるのではないかと選択肢から除外していたが、今なら使える。
「クロス、ケイル、私達を守ってください! ――クリム、またあれをやります!」
「わかった!」
意図を理解したクリムが、肩を並べるように隣り合いになってきます。
そんな私達二人を守るように、騎士達に睨みを効かせるのがクロスとケイルです。
「リィルに近づくんじゃねぇ、クソ野郎どもが!」
「……最近の騎士は腑抜けている者が多いな」
クロスが必死に騎士達からの剣撃を受ける一方で、ケイルの方容易く複数人を相手取っていました。
相手と比べると身軽そうな鎧であるにも関わらず、踊るように舞い、サクリサクリと処理するように騎士を片付けていきます。その姿は伝承にもあるような死神そのものです。
人の命をなんとも思わないような無表情で殺戮を続ける彼女に、畏怖に似た感情が湧いてきます。
……リリシア様の隣に立つには、あの境地に立つ必要がある。
あれは人ではない。
人の形をした、防衛機構。
たった一人を守るため、その生命を刃に注ぎ込んだ剣鬼。
悔しいですが、リリシア様を守る者として今の私では役不足のようです。
しかし、いつかこの女も殺せるくらいに強くなれば良いだけです。
全てを殺して、リリシア様を守る。
手始めに、この一帯を焼け野原にしてしまいましょう。
「クリム、火を。盛大に燃えるやつをください――真っ赤に染めて見せます」
知らずと魔力を込める手に力が籠る。
もっと力が欲しい。
一人で他を圧倒するような、強大な力が。
「おい、私が行くまでもう少し耐えろ」
「王国騎士の助けなんかいるかよ!! 引っ込んでろ!」
「この期に及んで騎士を名乗ろうとは思っていないが……一人でどうにかなるというのなら、手出しはせん」




