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二十九話


「リリシア様」


「ケイル」


 見晴らしの良い場所まで行っていたケイルが、なんとも言えない表情で帰ってくる。彼女の右目は大きく見開かれて、爛々と黄金色に輝いている。

 王国騎士の中でも実力者として認められ、聖女付きとなったものだけに与えられる魔眼だ。彼女の場合は敵の位置を大まかに『見る』事が出来る上に、精神そのものに干渉してくるような魔術や呪術を払いのける力がある。

 頼みの綱の一つだった。


「やはり王国騎士が数百人単位でこちらに向かっています。東に向かうには大きく迂回するしか無いですが……向こうも魔眼でこちらを捕捉していると思われます」


 そうでしょうねと私は頷いた。

 マリア子飼いの王国騎士となれば、それ相応に力を持つものだってちゃんといるはずだ。

 であればまず私たちの位置はバレていると考えて良い。

 だから、その上で戦う。

 私達はたった五人の子供と二人の大人で、三百人以上の騎士と戦う。


 私は付近の森に目を向けた。

 ユリナス王国に広がる巨大な森を。


 頼みの綱の、その二だ。


 向こうは数が多く、こちらと比べると動きが遅い。

 そこを地形を利用して狙う。

 視認性の悪さは両者にとって不利と働くが、小柄な子供達を使うには悪くない環境だ。


「……モモイ、頼めるかしら?」


 そして頼みの綱の最後。

 私はこんなに傷ついた少女を戦いに巻き込む事に心を滅多うちにされながら、それでもと手を握った。

 モモイはピクリと動くと、静かに魔力を纏わり付かせてうっすらと髪の毛と瞳を輝かせた。


『全員、聞こえるわね』


 私の脳内連絡に、その場にいた子供達が頷いた。

 ケイルだけは魔側の力で弾いてしまうので聞こえてはいないと思うが、それでも何をするかは伝えているので特段不振がるような素振りもない。

 今から私は、子供達を指揮する。

 彼らを使って、戦争の真似事をする。

 そんな経験も知識もない。

 あるのは、子供達が持つ強大な力だ。


 でも、それだけあれば十分だと思う。


 マリアはまだ自分が何を作り上げたのか知らない。


 いや、こうなるだろうという予測はあった筈だが。

 それを用兵するとどうなるかまでは思考が行っていないように思える。

 だから彼等を暗殺者なんてものに育てた。

 そこは明確な誤りだとはっきり分かる。

 彼らの真価を、何も分かっていない。


 もし私が、マリアと同じ立場だったら。


 大きな力を求めて、この子達を作り出したとしたのなら。


 ――私は彼らを、迷う事なく大量破壊兵器として運用する。


 それは爆弾のない世界に空爆を落とすようなものだ。


 戦場の価値観が変わる。


 大勢で槍だの弓だのを使って、小数を減らし続ける戦争は終わる。


 これからは、個が群を薙ぎ倒す。


 それを証明する。

 しなければ子供達が死ぬ。

 だから私は死に物狂いで、頭を働かせて戦う事に決めた。


「……」


 私は子供達に目を向けた。

 リィル、クロス、モモイ、クリム、ブルム。

 産みの親に見放され、神からも、運命からも見放された少年少女達。

 私はこれから、彼らに更なる罪を与える。救いでも罰でもない、罪だ。

 この子達は、大いなる力を持っている。もしかすると、今目の前にしている敵を全て薙ぎ倒せるのかもしれない。

 しかし、それは喜ぶべきことではない。

 善に転ぶにしても、悪に転ぶとしても。その力は恐らく大きな枷になる。この世界は彼らの自由を許さない。

 

 ならば、世界の代わりに私がこの子達に自由をもたらそう。この子達の罪を背負い、この子達を守り、育むのだ。

 いつか憎まれて、恨まれて、この子達に背後から刺されるその日まで。


「リリシア、私達は貴方に従います。これは誰に選ばされた訳でもない、私たちの選択です」


 私を見上げるリィルは、当然だとばかりに頷いた。

 それを受けて、私の心が奮い立つ。

 ああ、子供達に戦わせるなどあってはならない。

 なのに今子供達を連れて、まさに避けられない戦いへと向かおうとしていた。

 彼らを矢面に立たせて、私は影から指示に回る。

 最低だ。

 私は、最低だ。

 それでも、私は責任を取らねばならない。

 この子達が受ける、希望も絶望も。怒りも悲しみも憎しみも痛みも。

 全ての結果を受け入れ、そして幸せな結末を用意する。


 その結果、私とケイルが死ぬ事になっても。

 それは仕方のない事だ。


 相棒である彼女に目をやると、似たような事を思っていたのか静かに頷いてくれる。

 私も頷き返しながら、一息つく。


「――行きましょう。彼らに愛を教えに」


 ケイルの「それ気に入ってたんだ」という視線を無視しながら、私は子供達を連れて森の中へと足を踏み入れた。

 目指すは東の先。王国の領土を越えたその先。つまり国境越えだ。

 道を阻むと言うのなら、その全てを殺す。

 マリア。

 例え貴方であろうとも、一切を殺す。

 私はこの子達以外の全てを捨てる覚悟だ。


 私はもう、子供以外の全てを手放すのだ。


 今日この日を持って、第三聖女リリシアは、ただのリリシアと成り下がる。


 理解できないとマリアは言うかしら。


 母は愚かと嘆くかしら。


 答えは誰にも分からない筈だけれど、私は不思議と。

 今の自分は、自分にとって正解だと言う気がしていた。

 これこそが私だと、確かに実感していたのだ。


 子供達よ、愛しています。


 そして可愛い子供達に地獄を与えるこの世界よ。

 貴方を呪います。


 呪って呪って呪って。

 いつか全てを壊して見せると。何者でもない誰かに宣言する。



 ――――――



「そう言えばブルムはどうして私に着いてくる気になったの?」


 森の中を歩きながら私とモモイの護衛として連れたブルムに尋ねる。

 まだ敵との戦闘は起こらない距離だ。少しくらい会話する余裕があった。

 それにもし仮に敵に遭遇するとしたら、それは後ろに位置する私達よりも先に先行するリィルとクリム、クロスとケイルの二組が鉢合わせする事になるだろう。

 そちらから声が届かない以上、敵とはまだ距離があると考えられた。


「……本当は兄さんに着いていくつもりだったんです」


 ブルムは目を逸らしながら話してくれた。


「……でもモモイに僕から先に言えって言われて、その時思ったのが……もっと、リリシアさんと居たい、でした」


「ふふふ」


 思わずニマニマしてしまう。

 なんで可愛い子なんだろう。こんな状況じゃなかったら抱きしめてうりうりしていた。

 代わりに繋いだ手の方をにぎにぎすると、ちょっぴり顔を赤くしたブルムが握り返してくれた。可愛い。

 それにしても、リリシアさん、か。ブルムに名前を呼ばれるのはこれが初めてのような気がする。なかなか新鮮だ。これからはみんなにももっと私の事を名前で呼ぶようにお願いしようかな。

 思い返せばリィルが私を呼んでいる記憶しかない。それはそれで可愛いのだけれども、他の子にも私を呼んで欲しい。それくらいのわがままは聞いてくれるだろうか。

 ……うーん、クロスはどうかな。あの子だけは最後まで私の事を名前で呼んでくれなそうだ。

 ちょっと悲しくなってきた。

 時間をかけて、ゆっくり仲良くなっていこう。


「ブルム、私も貴方と同じ気持ちよ。貴方の事をずっと間近で愛したいわ」


「愛したい……」


 何やら顔を紅潮させ始めたブルムに微笑みながら、私は同時にクリムの事を考える。


「クリムは何と言っていたの?」


「……兄さんは僕に着いてくるって。どちらを選んでもそうするつもりだったって言ってました」


「そう。流石はお兄ちゃんね」


 ブルムは今度も照れくさそうにしながら、小さく頷いた。

 クリムの弟想いには頭が下がる。これが終わったら、あの子ともたくさんおしゃべりしたい。

 いや、あの頃だけじゃない。

 私は彼ら全員と心ゆくまでおしゃべりしたい。

 それが今の私にとって、どれだけ楽しみな事か。


「……」


「――」


 チラリと、傍らを歩く物言わぬモモイを見つめながら、私は木々の間を歩いていく。


『……こちらリィル。敵を見つけました』


 ……楽しい時間は長くは続かないわね。

 私は両脇の二人に頷くと、意識を切り替えた。


 

『了解よ――さぁ子供達、これから私の指示ををよく聞いてね。大丈夫、貴方達は強いわ。それを私が今から証明してあげる』


 

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