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二十八話


 監獄の外に出る頃には、明け方近くになっていた。白み始めた空に照らされながら、背後にいる子供達に振り返る。


「……大丈夫か、リィル」


「はい? ええ、特に問題は……少し歩きにくいくらいですかね」


「……そうか」


 片やリィルの隣に寄り添い、彼女を心配そうに見つめるクロス。


「……」


「……兄さん」


「大丈夫だって、そのうち機嫌なおすさ」


 片やモモイとブルムの手を握りながら二人を元気づけるクリム。

 正直言うと、今すぐにでもベッドで休ませてあげたいような状態だ。状況は芳しくはない。


「……ふふ」


 なのに何故だか、微笑ましかった。

 子供らの行動や言動には、確かな愛が伝わるからだ。それが、私にとって唯一と言っていいほどの救いだ。

 

 こうして見ると、クロスとクリムはこの子達にとって不可欠な存在と見える。普段はリィルやモモイの主張が激しいように思うが、主柱となっているのは長男次男の二人だ。

 あえて言葉にするなら、彼らは内政担当というところか。

 やはりこの子達は五人で一つなのだ。そうやってここまで生き抜いてきたのだ。

 であればそれをここで断ち切らせる訳には行かない。


 私は子供達に問うた。


「今から王国騎士達と戦いながら、王国の東に向かうわ。マリアはこのまま機密まみれの私達を放置はしないでしょう……さっきの今で私を信用出来ないとは思うけれど、私についてきてくれる?」


「ふざけるな……お前のせいでこうなったんだぞ! 誰がお前に従うか!!」


 即座に荒々しく拒否したのはやはりクロスだ。彼からしてみればそもそも信用ならなかった相手に裏切られ、自由を奪われ、挙句好きな女の子を傷つけられた訳だ。この子の痛々しい心情はありありと伝わってきた。


 私はそうだろうなと頷きながら、それでもクロスを見放すつもりはなかった。

 この子達を守り続けると誓ったのだから。


「クロス、あなたの言うことはもっともだわ。だからこそ聞くわ、あなた一人で生きていくその先に、求めているものはあるの?」


 チラリと目線をリィルに向ける。

 我ながらずるい手だと思う。リィルという子の好意を悪用するような手だ。


「私はリリシア様について行きます。クロスは別れるという事でしたね?」


 案の定リィルは私に頷いてくれた。

 リィルもリィルで私の考えを理解しているのかいないのか。そんな事を口にする。


「……」


 クロスが苦い顔をした。意図は伝わったようで、流石だと褒めたくなる。子供に聡さを求めるなんてあり得ないとは思うが……状況的にはクロスに感謝するべきところだ。


「……人質って訳かよ」


 数秒時間を置いて、彼の口から出た言葉はそれだった。

 人質。

 そうとってもらっても構わない。

 クロスが想いを寄せるリィルは、今から私と共に三百人は越えるであろう騎士達と戦うことになる。多勢に無勢だ。加えて身体だって先ほどの事もあるし万全じゃない。はっきり言って、無謀だ。

 それを見ないふりをして一人だけ逃げれるのかと、案に問うているのだ。

 ……まぁクロスが一人になったところで逃げ切れるかは怪しいが。


「……クソ女」


 絞り出すような声音で、クロスが睨みつけてくる。

 憎たらしいだろうとは自分でも思う。

 けれどこうして彼に恨まれるとしても。

 私はこの子を守りたかった。

 この子達五人を、守りたかったのだ。


「――いつかアンタを殺す」


 最終的にはクロスはそんな捨て台詞を吐いて、隅の方に距離を取って離れてしまった。

 今はそれでいい。

 というか、この先も私を恨み続けてくれても構わない。私はそれだけのことをした。

 だから私は、彼らに取って私が必要なくなったと判断出来たら。

 潔くこの身を捧げようと思っている。

 何に捧げるかは未定だけど。

 クロスがもし、何かしらの手段で私を殺せる準備が整ったのなら、それでもいい。

 とにかく私は、私の覚悟でもってして、あの五人を守りたいだけなのだ。

 嫌われ役になる覚悟も、私はやっと出来た。

 全ての事に、私は責任を持つ。

 あの子達の親として。


「……リリシア様、モモイは大丈夫でしょうか」


「……分からないわ」


 リィルとしてはクロスの事よりもモモイのことが心配なのかしきりに視線を向けていた。その視線の先では、どこか生気のないモモイが、ぼやっと遠くを見て立ち尽くしている。

 クリムもブルムも、傍にはついてやっているが、それ以上どしたらいいのかわからないという様子だった。

 私だって、正直どんな言葉をかけてあげて、何をしてあげたらいいのかまるで分からない。

 彼女は紛れもなく、『私』の被害者だ。

 そして、私の目の前にいるリィルも同様に、被害者だ。

 これを忘れてはならない。

 彼女達をこれ以上傷つけないようにするのも、私の誓いだ。

 もちろん、二人のケアも含めて。


 私はついリィルの頭を撫でる。


「どうかしましたか?」


「……どうもしないわ。リィルは大丈夫?」


「はい。まだ足の間に違和感がありますが、特に支障はないです」


「……そう」


 彼女が現状を理解できていない様子なのも気にはなる。

 彼女だって傷ついていないはずがない。それでも普段通りに振る舞っているのは、本当にその手の知識がないのか。

 或いは、辛い記憶故に無意識に封印してしまったのか。

 精神科医でもない私に分かるところはない。少なくともモモイほどショックを受けていない様子なのは事実だ。まずはそれを認識しておこう。


「……モモイ」


 であればモモイの方はどうだろうか。

 私は隣に立つクリムとブルムに目配せしながらモモイの前で目を合わせるようにしゃがみ込む。

 この子は賢い子だ。何が起こったかを理解しているだろう。

 そして、実際に被害に遭った嫌悪や怒りや恐怖や得体の知れない感情に身を焼かれているのかも知れない。

 彼女は人の感情が読める力を持っている。或いはそれは才能とも呼べるものだったのか。

 私には判断つかないが、大事なのはそんな繊細な子に、暴力的な性を剥き出しでぶつけられてしまったであろうという事。

 それにモモイは耐えきれなかったのだ。


「モモイ……私の声が聞こえる?」


 尋ねてみるが彼女はうんともすんとも返事をしてくれない。

 

 こうして目を開き、呼吸をしている以上生きているし意識もあるのだろう。現に監獄から出るまで、クリムに手を引かれながらも梯子を登ったりしている訳で知能としても何か掛けたとは思えない。

 それでも、私が問いかけた所で返事をしてくれないのは、やはりそれだけショックが大きかったのだろう。

 精神的外傷とも言うべき、大きなダメージを負ってしまったのだ

 ……どうにか彼女を救う術はあるのだろうか。

 仮にあるとして、今この場で魔法のようにたちまち治るものなのだろうか。

 私には判断がつかない。


「……」

 


 せめて会話だけでも出来るようにならないだろうか。

 そう思い彼女の顔を見つめると、ふと魔力の残滓が立ち昇っているのが目に入った。


『……モモイ、聞こえる』


『――』


 ダメで元々と脳内で話し掛けると、微かな反応が返ってきた。

 それは「はい」とも「いいえ」とも聞こえない、本当に微弱な声。しかし確かに返事だった。

 モモイがピクリと身体を跳ねさせる。


『――リリシア』


『……ええ、そうよ、私よ。分かる?』


『――聞か、せて』


『何を答えて欲しいの?』


 『……』


『モモイ? おーい、モモイ、聞こえているかしら?


 やっとコミュニケーションが取れると喜んだのも束の間、彼女は聞かせてと一言告げるだけで再び無反応になってしまった。

 一応話しかけている相手を認識するくらいの事は出来るようだけれど……


「モモイは、お前に質問してから付いていくか決めるって言ってた」


 思わず途方に暮れると、モモイの隣にいたクリムが私を見て口を開く。

 隣のブルムも私の方を見つめていた。

 当然彼らにも痛々しい傷跡や青あざが顔や身体に残されている。男の子達も、酷い扱いを受けていたのは一目で分かった。

 私は目を細めて、「その質問が何か分かる?」と返事をする。

 聞いた瞬間に何故モモイとのやり取りが彼らに筒抜けなのかと疑問に思ったりもしたが、もしかしてモモイの術って個人通話というより会議通話みたいなイメージなのかしら……

 

「……質問については詳しい事は言ってなかったけど、なんかの覚悟を聞くって言ってた」


「そう……覚悟ね」


 ブルムの補足に、なるほどと大きく頷いた。

 覚悟。

 それは彼らをマリアに預けるまでの私に足りていなかったものだ。

 それがなかったがために、私は彼らを傷つけた。一生残る傷を、その身に刻んでしまった。

 私の覚悟が遅かったから。

 これからは違う。

 私は、彼らのすべての結末に、責任を負う。

 たとえどれだけ不幸な目に遭い、命を投げ出しそうになっても。

 私が生きている限り、無理矢理にでも生きてもらう。

 そして、限りある中で最大限の幸せになってもらう。

 そのためになら。

 私は私の持つ全てを投げ捨てる。

 家族も、地位も、この身すらも。

 とことんまで行く。

 その覚悟がようやく出来た。

 モモイがどこまで考えているのかは分からないが、もし私の覚悟の甘さを感じてそんな事を言っていたのなら、本当に凄い子である。

 全く……人の心が読めると言うのは、そこまで人間を進化させてしまうのだろうか。

 私は末恐ろしいものを感じながら、モモイの頭を撫でた。


『モモイ。大丈夫、ちゃんと私覚悟してきたの。貴方達を守るための覚悟を』


『――』


『貴方達を騙したばっかりだし、貴方がお見通しだった通り、私は覚悟が足りなかった。これからは、責任から逃げたりしない。私が全てを背負うわ。だから、私を信じてくれる?』


『――』


 モモイは結局答えてはくれなかった。

 しかし、代わりに少しだけ首を縦に振ってくれたように見えた。

 いつか彼女の口から本当の答えが聞けると信じて、私は彼女を抱きしめた。


 少女の温もりを感じながら。

 彼女の体内に渦巻く呪いを感じながら。

 私は目を伏せて、そっと抱きしめ続けた。


 このどこにもぶちまけられない感情こそが、私に与えられた罰なのだろう。


 良いだろう。どんなに苦しかったって耐えて見せる。

 だから、その代わりに。

 この子達を救わせろ。


 もし本当に神様なんているなら。

 それだけは絶対に従ってもらう。


 それを聞き入れてくれないのであれば。


 私は神すら殺す必要がある。


 

 

 

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