二十七話
頚椎を捻じ切られて、胴体と分割された死体が八つ。
私達は言葉も交わさずにそれらを退けながら、中心にいたリィルとモモイを抱き抱える。
「り、リリシア様……!」
リィルは頬を打たれたのか、青あざを作っていた。しかし私が抱え起こすと、目に光を宿らせて子犬のように抱き返してくる。
私はなんと言葉を掛けて良いのか分からず、ただじっとそんな彼女を抱きしめた。
「リリシア様……来てくださると信じていました……!」
「……遅くなって、ごめんなさい」
私はその純粋な瞳に耐えきれず目を逸らしながら、彼女の首につけられた首輪を解呪する。
それから、モモイの方も首輪を外そうとして、
「――」
「……モモイ?」
彼女が光のない目で何処か遠くを見つめているだけなのに気がついた。
咄嗟にケイルを見るが、彼女もなんとなく察しがついたようで首を左右に振るばかりだ。
「……モモイ、もう大丈夫よ」
私は首輪を引きちぎると、彼女を安心させるように強く強く抱きしめる。
男達に汚された顔や身体を拭ってやり、少しでも私の温もりが届けばと思い、必死にモモイに呼びかけた。
「――」
しかし、モモイが返事をすることはなかった。
生きている。
それはわかる。
呼吸も脈も正常だ。
だが、彼女の精神はどうだ。
いつも一緒にいた五人の少年少女達。
そんな彼らを引き裂くようにして、大の大人が寄って集って。
少女達をレイプした。
私はそんなモモイの気持ちを、全く分かってあげられない。
その恐怖を、その苦しみを、その怒りを、その悲しみを。
私は半分も、分けてもらうことができない。
深い絶望が。
果てのない苦しみが。
世界を憎むほどの怒りが。
そんな凄まじい感情が、彼女の心を壊してしまったのかもしれない。
私は、何も言えなくなった。
ただ、この世界に対する怒りだけが、噴火したように沸き続けていた。
「……モモイは相当嫌がっていましたからね。私は少し痛かったり苦しかったりするだけでしたが、彼女にとってはそれが苦痛だったのでしょう」
「……そうね」
あまりよく分かっていなさそうなリィルを見て、私は更に複雑になる。
教育の必要性を実感するとともに、果たしてこんな目にあった彼女に、今この場で起きた事を正確に伝えるのは大人として正しいのかと究極の葛藤に駆られる。
正解は、あるのだろうか。
「……今更、何しに来たんだ」
少し離れたところから、手錠で壁に繋がれ、動けなくされていたクロスがいた。
その隣には全てから守り抜こうと、繋がれた手足で弟をなんとか抱えようとする兄クリムと、それに守られるようにして震える弟ブルムの姿があった。
「ケイル、手錠を」
「……はい」
ケイルが言われるがまま、彼らの手枷を斬撃で叩き割る。
「――お前がァァァァッ!!!」
即座にクロスが私に飛び掛かってきた。
「ケイルッ、手を出さないで!!」
反射でその首を刎ねそうになるケイルを抑えると、私はそのまま少年に馬乗りにされた。
そのまま、ざくりと私の首元に鈍色の刃が刺し貫かれた。
「お前が……お前が、お前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がぁぉぉぁぁぁっ!! リィルをあんな目に合わせた!!! お前がリィルを奪ったんだ!!!!!!!! お前が、おまえがぁぁぁぁっ……!!!!」
ざくりざくり。
クロスが容赦なく、私の胴体や顔面を切り裂く。
「やめなさい、クロスッ……だめ、やめてっ……!」
慌てて駆け寄ってくるリィルをケイルに任せて、私は抵抗する事なくクロスにひたすら切り刻まれた。
痛い。
全身が裂ける痛みだ。
切り裂かれて、刺し貫かれて。
痛くて痛くて、苦しい。
この死にそうになる痛みは。
果たしてリィルやモモイが味わったそれと比べて。
どれだけ生優しいものなのだろうか。
彼女達が受けた痛みに、少しは近づけているのだろうか。
あまりにも斬られすぎて、血が足りなくなる。
喉元から血が噴出し、それで気道が潰されて窒息しそうになる。
ごぽごぽと血液を噴き出しながら、それでも私は抵抗しなかった。
贖罪のつもりかと聞かれれば、いいえ全く。
これはただ、痛みで意識を紛らわせていたにすぎない。
世界を怒りで滅ぼさないように。
必死に悲しみと苦しみと痛みに変換していたにすぎない。
わずかでもこの痛み以外に意識を向けたら。
世界の全てを呪い殺しそうになっていたから。
「……お前が、こんなところにオレ達を連れて来なかったら……リィルは、リィルは、こんな目に、合わなかったんだぞ……」
クロスが泣いていた。
リィルもモモイも。そしてクリムもブルムも。
誰もここまで感情露わに涙を流していなかった。
ただクロスだけが。
全てを理解して、怒って、苦しんで、悲しんで。
そのどうしようもない真っ黒い感情を私にぶつけていた。
もはや呪いとも呼べるそれを、私はただ受け止める。
受け止めることしかできなかった。
私の罪が軽くなることはないが。
それでクロスの気が晴れるなら。
これは必要だと思った。
私は、みんなの前で、クロスにひたすら殺された。
誰しもが。
怒りと苦しみと悲しみに支配されていた。
私は愚かだ。
覚悟を決めるのが遅すぎた。
マリアに任せる前に少しでも考えるべきだった。
例えどうなっても、自らの手で子供達を救えないのかと。
覚悟がなかった。
子供達の痛みや死に対して、責任が持てないと、無意識にそう思っていたのだ。
馬鹿だった。
ありえないほど馬鹿だった。
あんなに子供を愛していると言っておきながら、その癖何処かで責任から逃げていた。
楽になりたいから、マリアを頼った。
教会にリィル達を作った組織の人間がいると分かっていたのに。
何も警戒しなかった。
付き合いが長いからと。
疑問にも思わなかった。
その結果がこれか。
その結果が、これなのか。
「……死ねっ、死ね、化け物ぉっ!! リィルの分まで、苦しんで苦しんで、死ねぇぇっ!!!」
「……」
激しく、顔面に刃物を突き立てられる。
私はそれを望むまま受け入れた。
もっともっと。
もっと痛みを。
何もかも考えられないくらいの痛みを。
死ねない私に、死ぬほどの痛みを与えて。
そうでもしないと、笑ってしまいそうだった。
こんなにも馬鹿みたいな世界に対して、笑い転げてしまいそうだった。
許せないとか、憎らしいとか、そういう感情がどんどんと変質していって。
ただ世界に対して。不条理に対して。
狂ったように笑いたくなっていた。
笑わずにはいられないほどの。
強い感情が。
私の奥に渦巻いていたからだ。
まるで人の悪意を煮詰めて煮詰めて、ヘドロになったような黒い渦巻き。
それが私の中にも確かに生まれていた。
黒い痛み。
呪いだ。
「……ふ」
口角が釣り上がる。
「何笑ってんだよぉぉっ……!!」
その頬に、刃が突き立てられる。
だが、笑いは収まらない。
「なんで、死なねぇんだよぉ……!」
聖女は呪いを打ち消すための存在だ。
その身に呪いを受け、そして国民の平和の暮らしのために、人知れず呪いとともに精神をすり減らし、それでも人々のためにと呪いと戦う存在。
だというのに。
私は。
私の意思で。
自らの心に呪いを生み、そして宿していた。
黒くて燃えるような血が、全身に回る。
ぐるぐるぐるぐると。血管の中を引火したガソリンが、そのまま炎上しながら駆け巡る。
気がつくと私の身体が燃えていた。
怒りと憎しみたっぷりの真っ黒な炎に包まれて。
ごうごうと燃え上がっていた。
「っ、離れろクロス!」
ケイルが、無理やり私からクロスを引き離す。
私は身体から垂れ流しすぎた血を保管するように、呪いを全身に走らせる。
黒い焔が、そうして顔や身体や手足に行き渡る。
私は今、聖女ではなくなった。
それがはっきりと分かった。
悲しいけれど。
そんな事は、どうでもいい。
私は決めた。
この子達を守ると。
例えこの先、彼らに深い苦しみと痛みを与えることになっても。
生きて生きて生きて。
いつか私に復讐するようになるまで。
生かし抜いて。
そして、彼らを愛し続けると。
私は今、確かにここに誓った。




