二十六話
「なるほど、規模は大きくないわね」
夜更け過ぎ。
なんとか目的地に着いた私たちは、森の茂みからリィル達が連れ込まれたであろう監獄跡地を観察していた。
跡地というか……ほとんどそのまま残っている。要塞というほどゴテゴテはしていないが、しかしただ人が寝泊まりするにしては随分と不格好で人を拒むような外観。石造りで、見張りをするためのような高い櫓が二つほど建てられている。
肝心の牢屋自体は外からは眺めることは出来ないが、なんとなく地下にも空間が広がっているように感じた。というか地下空間を利用するために建てられたのだろう。魔物が掘ったんだかなんだか知らないが、時折大きな穴が開いてたりするのがこの世界である。恐らく読みは当たっているはずだ。
月と星の光を頼りに見張りの数を確認する。
「……おかしいわね、一人も見当たらないわ」
「居ませんね。どういうことでしょう」
何度見ても、兵士の一人も立っていない。
おかしな話だ。
ここに収監するやいなや、王国騎士達は仲良く王都に戻ったとでも言うのだろうか。
そんな訳はない。
マリアは私達がここに来ることも想定済みだ。
本隊は今頃王都で準備しているかこちらに向かってきている頃合いかと思うが、それにしたって一人も配置していないというのはおかしな話だ。
……不安が鎌首をもたげる。
私達ではなく、リィル達に対しての不安が。
何か良くない事が起こっている。そんな気がする。
しかしそうはいっても、このまま無策で突撃するのはいかがなものか。まさか見つかったからといって無警告で攻撃してくるとは思えないが、国の最大権力に敵対すると決めてしまった私としては多少慎重にならざるのも無理はなかった。
十秒ほどゆっくり時間を使って考える。
「中に行きましょう」
「……わかりました。灯りがないですから、私の後ろについてきてください」
言われずともそのつもりだ。
私は甲冑姿のケイルを先頭に、ゆっくりと監獄に進んだ。
近づけば近づくほどに、人の気配がないことに気がつく。というか、どこにも王国騎士の姿はない。
私達はあっさりと入り口まで辿り着いた。
扉すらなく、覗く内装はまともな家具すら見当たらなかった。
「……本当にここに?」
「外に馬車があったでしょう。少なくとも近く誰かがここに来たはずです」
訝しむ私に、ケイルも微妙な顔で答えた。彼女自身も罠かも知れないと疑っているわけだ。
なるほど。
罠という考えもなくはないが、ちょっと回りくどい。そんな事までして、私に何がしたいのかわからない。
違うとは断言出来ないが、何を判断するにしても情報が足りなかった。
「まぁこうなったら堂々と中を探しましょうか。見つかってもすぐには敵対しないでしょうし」
「剣は抜いたままで良いですね」
「ええ、良いわ。ケイルの判断に任せます」
お互いに頷きあうと、中へと足を進める。
中は本当に質素というか、簡素な作りで。牢屋が左右に立ち並び、中には映画なんかで良く見る鎖付きの手錠がゴロゴロしていた。
人の気配はまだない。
「……」
しかし壁には火のついた松明が掛けられていた。
私たちは目配せしあって人がいる事を伝え合うと、そのまま更に奥へと向かう。
廊下はほとんど一本道。突き当たりまで向かえば、恐らく櫓にそのまま登れるような構造だ。
普通であれば見張りを始末したいところだが、櫓には誰もいなかった。そして今建物内を歩いていても、人に出会うこともない。
つまり、ここにいる騎士達はどこかに集まっているのではないだろうか。
……まぁそれかみんなまとめてご飯でも食べに行ってるか。近くにファミレスでもあったら十分に考えられる。
もちろん、そんな便利で安くて美味しいお店はこの世界にはない。
しかし、休憩しているかも知れないというのはあり得なくない話だ。素人でも全員いっぺんに休憩するなよと突っ込みたくなるが、十分に納得出来る話だ。
それか、この建物の何処かで仕事をしているのか。
それもあり得る。
うん、そっちの方がシンプルだし、正直マリア側からすれば私の戦力なんてケイルしかないと把握しているわけで。ビビる必要なんてないわけだ。
余裕こいてリィル達の世話をしているとかの方がよっぽど――
『――ぁ、ぁぁ』
「……!?」
不意に頭の中に声が響いた。
今のは……モモイ?
正直はっきりした声ではなかったので、気のせいかと思う程だった。それでも何か違和感を感じた気がする。
何かの声を、確かに感じた。
「ケイル、急ぐわ」
「急ぐといっても、どちらに?」
「……多分下よ」
変わり映えのしない牢屋群を抜けていくと、落とし蓋のように地面に造られた地下への入り口が目に入った。
開きっぱなしになっていたので、遠目でもすぐ分かった。
ケイルは即座に近くの松明を手に取ると、四角い穴の中を光と共に覗いた。
私もそれに倣ってゆっくり下を覗く。
ハシゴが続いていた。そんなに長いものではなく、距離としては建物一、二階分といったところだ。五メートルないくらいか。
飛び降りるにしても、ギリギリ怪我をしなそう。いや、どうでも良いけれど。
「……」
私達は再び目を合わせると、二人で降りることに決めた。
先頭はもちろんケイルなので、私は彼女が良いというまで、上で待機だ。
「……」
特に何事もなく降り切ったケイルは、油断なく周囲を見渡すと、私の方を見上げて頷いた。
後に続いて梯子を降りていくと、地下の構造も大して変わらず、牢屋が並んでいるようだった。
だが、廊下の突き当たりには扉が建て付けてある。ぱっと見であそこから光が漏れているようで、人がいるとしたらそこだろうということは分かった。
私は梯子を降り切ると、険しい顔のケイルの隣に立った。
彼女の視線の先には、異様に大人しくなった魔物達が大仰な鎖を巻きつけられて牢の中に収監されていた。
人よりも大きな狼もいれば人間の半分程もない緑色をした小鬼もいる。羽根の曲がれた獅子もどきなんかは、見るからに禍々しく痛々しい。
それらがまるで魂でも抜かれた様子でじっと暗闇を見つめて静止していた。魂でも抜かれたように、微動だにしていない。
「薬漬けにされているようですね」
「……リィル達がこうなっていなくてホッとしているわ」
「ここまでの物を使えば人として機能しなくなるでしょう。あくまでも魔物だからこその処置かと」
「……そうね」
なんとも言えない解説を聞きながら、奥の部屋に向かう。
もちろんリィル達がそこにいれば助け出す。王国騎士しかいない場合は丁重にお願いして子供達の居場所を話してもらう。
それだけだ。
――ここまで来て、不安が更に加速する。
騎士達は一体なぜ、こんな監獄の奥深くに集まっているのか。
胸騒ぎがした。
気がつけば隠密行動を忘れて、早足で牢屋の間を駆けていく。
「リリシア様?」
「……」
返事をしている余裕はなかった。
早くこの不安を取り除こうと、その元凶たる部屋へと急ぐ。
「――や、めろぉ……ぉぉぉっ……!」
「……!」
少年の、慟哭が聞こえた。
クロスの声だと気がついた途端に、心臓が跳ね上がった。
今やこの部屋に居てくれる、再会できるという喜びも、ここで出会いたくないという気持ちの方が膨らんでいた最中だった。
慌てて扉に手を掛ける。ケイルが身振りで静止するが、無視した。
どうせ死にはしないのだから。
そして、扉を開ける途中で、
「はぁっ、はぁっ……!!」
「……はぁっ、ぁっ、ぅ……こっちは、随分と、キツいな……!」
「それが良いんだろうが、分かってねえな」
男達の荒い息遣いと、肉を叩きつけ合うような鈍い音が耳に入った。
そして、泣きすするような子供の声。
――カチンと。
――私の中の大事な何かが。
――音を立てて崩れた。
「リリシア様っ……呪いがッ……!」
ぶわりと、私の杖から、真っ黒い炎が立ち昇る。
私は無意識にそれを大きく燃え盛らせながら、ケイルを払いのけるようにして、扉を開けた。
そこには、半裸の男達と、手錠をして全身傷だらけにさせられた三人の少年の姿。
そして、上下左右から男達に囲まれるようにして男性器に刺し貫かれる、リィルとモモイの姿だった。
口に男根を頬張らせながら、或いは股座に下腹部を捩じ込んで。まだ未発達の肉体に男達は下卑た笑いを浮かべながら腰を振っていた。
まだ二次成長の終わり切らぬ肢体を貪る兵士達の目は、濁りきっている。
「……」
――頭の中に、キーンと無機質な音が響いた。
それが果たしてなんなのか。
わからないまま、私は感情の昂りを抑えずに、爆発させた。
自分が怒っているんだと気がついた時には、私のうちから溢れ出た怒りが、部屋中を真っ黒く塗りつぶしていた。
こんな世界、滅びてしまえ。
こんな大人達は、消えてなくなってしまえばいい。
滅びろ。
滅びろ。
滅びろ。
「――死ね」
私の怒りが、男達に手を伸ばした。
漆黒のそれは形をなして、音もなく彼らの首筋に這うと。
ぱきりと、大きな音を鳴らして。
首が捻じ曲がり。
どさどさと倒れていった。




