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二十五話


 子供子供と馬鹿の一つ覚えのように口に出す私を見て、母は半分正解と言った事がある。

 その当時は、「何が半分なものか、それだけが唯一の正解に決まっているーと憤ったものだ。


 だが、その後さらにもう一つ奇妙な事を言った。思えばそれが母の信頼度を大きく下げた言葉だった。

 曰く、「お前よりも更に不正解の女が今の第一聖女だ。あれを手本にするな」と。

 それを聞いた途端、お前にマリアの何がわかるのかと反抗心にも似た思いが湧き出た。マリアは立派な人で、私もその時かなり助けてもらっていたからか、とても悪く言う気にはなれなかった。

 だが、今なら。

 今なら、母の言わんとしていることがわかるし、母と同意見でもある。

 マリア。

 貴方は許されない事をしている。

 子供を。

 子供を不幸に陥れることなど。

 あってはならない。


 それにしても残念だ。

 まさか教会の一部の物がリィル達のような被験者を作って実験していたのではなく。

 第一聖女自らが、指揮をとって魔化兵士なんて物を作ろうとしていたとは。

 組織を調べるもクソもない。

 私が頼れる先輩として考えていたマリアその人が黒幕だったのだから。

 もちろん彼女だけが首謀者とは断定出来ない。

 断定出来ないがしかし……彼女が王都教会の中でも最高権力者であるのは周知の事実。

 そしてそんな彼女がリィル達のことを知っている以上、自ずと彼女はそれを認める立場にある事を証明していた。

 ため息しか出ない事実だった。


 私とケイルは何食わぬ顔で死体を放置して宿を出ると、リィル達の元へ向かった。どうせこの後のことを考えればこの国には居られない。罪状が一つ二つ増えたところで大差はなかった。


「……助けるのが遅くなったからには、ちゃんとリィル達の居場所まで調べてきたんでしょうね?」


「王都を離れたところに、古い監獄があります。十年近く前にマリアの指示によって使用不可となった物です」


「それが?」


「それ以上はなんとも。子供達を連れた馬車の行き先がそうだろうと検討がついた辺りで引き返したので」


「……そもそもどうやって調べたの?」


 いくら王国騎士といえども、こんな短時間でそこまで諜報活動できるものなのだろうか。

 疑問に思って尋ねると、ケイルが歩きながらこちらを見た。少しだけ言葉を選ぶような態度だ。

 けれどもそれも意味がないと首を振ると、私の目を見た。


「――マリアに聞いた、と言ったら信じますか?」


「……では、ケイルはあの子達が連れて行かれるのを黙って見ていたというの?」


「ええ、そうです。あの場で助けることなど不可能だった。そして、マリアは私にそう答えました」


「……なるほど」


 つまりこの展開はマリアとしてもお見通しということか。

 その上で選べと。

 マリアを取るか、子供を取るか。


「ちなみに、王国騎士の中隊から大隊規模が動いていましたよ」


「あら、じゃあ私がどうするかまでお見通しってことじゃない。意味あるのかしら、色々と」


「リリシア様が、あの子達と出会った時点でこうなる運命でした。マリアはその定めに従っているだけ」


 そして私も、その定めに従う。

 定めとはいっても、無論選択までは読めただけで、この先の結論までは見通せない。

 でも勝敗は簡単だ。

 私達が逃げ切るか。

 それとも、私達諸共始末するか。

 分かりやすい。


「急がないと、あの子達が殺されてしまうかしら」


「いえ、殺しはしないでしょう。魔化兵士とは元々、魔物に人を寄せるためのものです」


「……」


「だから、あの子供達も重ねて人体実験の道具になるか……或いは女であれば魔物の子でも孕まされる辺りの使い道はあるでしょう」


「――不愉快な事を口にするわね」


 その言葉を耳にした瞬間、私の呪力が漏れ出た。

 とめどない怒りが湧き起こり、身体から漆黒の呪いがメラメラと立ち昇る。

 ケイルはそんな私を見て自らの言動を悪びれもせず、いつの間にか用意していた馬に飛び乗った。


「ですから、貴方とマリアは最初から袂を分つ運命だったのです――そんな悪趣味な実験、これ以上続けさせる訳にはいきません」


「……そうね、貴方も同じ気持ちなのよね」


 珍しく怒った様子のケイル。その手を借りて馬に同乗すると、私は彼女の肩を軽く叩いた。


「行きましょう。リィル達を取り戻しに」


「距離は半日以上あります。監獄までに追いつくかどうかは微妙ですね。向こうは馬車とはいえ、こちらは二人乗りですし」


「私そんなに重くないわよ、良いから早く」


「……そういう話でもないんですけどね」


 ケイルは何やら物草言いながら、馬の手綱を握った。


 馬に揺られながら少し考える。

 監獄まで半日か。

 ケイルの言い方では、正直追いつくのは無理だろう。

 そうなると、私たちはどれくらいの警備のいるかも分からない敵地に乗り込む事になりそうだ。

 流石にまだ王国騎士全員に第三聖女の私が命令違反をしているなどと通達し切ってはいまい。故にすぐさま敵対的な行動は取られないだろう。

 なので、監獄は助け出すのは、そう難しくないとも考えられる。

 問題はその後だ。

 恐らく程なくして、追っ手が来る。

 私たちと子供を捕らえる――或いは殺そうとするために。


 マリアの息のかかった王国騎士達だ。


 逃げ切れるだろうか。


 いや、逃げ切らなくてはいけない。

 

 リィル達の人生をここで終わらせてはいけないのだ。


 そんな愛のない結末を、私は望んでいない。

 許容できるはずもない。

 子供が絶望のままに死んでいくことなど、あってはならない。


 私に出来ることは考えることだ。戦闘はケイルやリィル達には遠く及ばない。

 だから計画を練る。

 戦闘や脱出。そして、この国から逃げおおせた後の事も。

 取らぬ狸の皮算用と、心のどこかで思ってしまうが、それと同時に、これから先しばらくは落ち着いて考える時間などないと予想がつく。

 だから、事が起こる前に考えられるだけ考えておく。

 そして、事が始まれば、その時その時で最善を打っていく。

 それしかない。


 正直考えたくはないが障害は多い。というか困難だ。


 まず監獄の位置。

 今私たちは王都から南西に向かっているが、その先は地図上では海だ。つまりは行き止まり。そのため、逃げ道の確保が難しい。

 まさか真っ直ぐ王都に戻って来れるはずもなく、となるとリィル達を回収した時点で北か東に進路をとることになる。

 北はいまだ安定した国が存在せず、小国が入り混じり呪いと血を振りかざしあっていると聞く。東の方は少し行くと大きな国が二つ、毎年飽きもせずに戦争をしているらしい。

 東の方は王国とも多少なりとも国交がある。安定しているはずだ。

 だが、それは当然、私たちの情報が王都に伝わるかもしれないというリスクを孕んでいる。

 北しかないと直感が告げている。

 こんな事なら周辺国についてもう少し勉強しておけばよかった。


 障害はこれだけではない。

 最大の課題はやはり王国騎士だ。

 マリアの私兵と化した彼らが、私たちを囲い込もうとしてくるだろう。彼らはどうにか無力化し、逃げ延びる必要がある。


 王国騎士とはいっても、腕前のほどは千差万別というか……ばらつきがある。皆が皆ケイルのように強いわけではない。

 しかし、マリアの下についている騎士達である以上、敵の無能に期待するのは愚かというものだろう。


 最悪、ケイルのような奴らがうじゃうじゃいる線も可能性としてはある。考えたくはないが。


 この問題をどうするかが、最大にして最重要だ。


 ……分かっている。

 やるしかない。


 リィル達を戦わせるしかないのだ。

 他ならぬ、彼女達自身が生きるために。


 子供を死なせたくない、戦わせたくない。

 そう思っているのに、大人達を、子供の手で殺そうとしている私は、とんでもない矛盾の塊だ。

 多分ロクな死に方はしないだろう。


 それでも。

 リィル達をここで見殺しにするくらいなら。

 私は鬼となる。

 鬼となって、子供を指揮する。

 子供達に、騎士達を殺させて。

 そして生き延びさせる。

 例えこの先に、あの子達に更なる苦痛を与え、死よりも酷い結末が待っていようとも。

 私はその全てを受け入れて、それでも自らのあらん限り、守り抜くと誓おう。


 まぁ戦闘は出たとこ勝負というところもある。

 それに、彼らの力うまく使えば、それなりに善戦出来るはずだ。


「……はぁ」


 ただ、懸念点が一つある。


 私は、なんの悪気もなくマリアにリィル達を預けた訳だが。

 それってリィル達からしてみれば、騙されたもの良いところだろう。恐らくあっという間に例の首輪なんかつけられて無力化されたに決まっている。

 彼女達からしてみれば、マリアと私が通じていると考えるのは至って自然だ。


「……謝ったら許してくれるかしら」


「子供は話を聞きませんからね。せいぜい誠心誠意謝ってくださいね」


「ちょっと! 貴方も片棒担いでるんでふけど!! ていうかさっき罪は二人で背負うって――!!」


「あー、はいはい」


 煩わしそうに返事をする女騎士の頭を叩きながら、我ながら緊張感がないなぁと感じた。



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