二十四話
「……結局これかよ」
忌々しげに首元に装着された首輪を見下ろしながら、クロスが吐き棄てる。
私も自然と、自らの首元を指先でなぞる。そこに、私達を長年縛り付けていた首輪があった。
何も出来なかった。
気がつく時モモイを人質に取られて、私達は抵抗の一切を許されなかった。
自分でも間抜けだとは思うが……いや、言い訳は出来ない。私は少々気が緩んでいたように思う。
「だから俺は言ったんだ。リリシアだって結局は教会の人間、信用できるわけがねぇ」
そんな事はない。
そう言葉を返したいが、現状を鑑みると言い返せなかった。
私は視線を逸らし、背後を流れていく街道を眺めた。
この馬車がどこに向かっているのかは分からない。王都から離れていっていることだけは分かる。
リリシア様が何を考えているのか、私は最後までわからなかった。
ただ、あの人は他の大人達とは違う。
自らが汚れるのを厭わない人だった。
だからこそ、私はあの人を信じたし……今も信じている。
あの人は、私達の救いの神なのだ。
「……」
皆は一様に黙りこくっていた。リリシア様に拾われて、少しづつ口数が増えていた私達ですが、また元に戻ったみたい。
「あはは、後で言いつけちゃお」
暗い空気の中、一人だけニコニコとしているのはモモイだ。ゆらゆらと馬車と一緒に身体を揺らしながら、心配いらないとばかりに微笑んでいる。
「誰にだよ?」
「……何の話?」
二人の兄弟が同時に首を傾げる。
「んー? すぐ分かるよ。みんなもリリシアになんて文句を言ってやろうか考えた方がいいよ」
「……今何と?」
私が聞き返すと、モモイはニヤリと口角を上げて私の方を向いた。
「リィルとしては、まだあの人の事を信じられるの? まだ着いていく気がある?」
欲している答えではないが、いつもの事です。モモイは時折人を試すような言動をする。それに付き合ってやらないと、こちらが求める答えを教えてはくれないのです。
腹が立ちます。
腹が立ちますが……この子のこういう聡い所に幾度となく助けられてきた部分もある。
クロスには悪いですが……この子はある意味クロス以上に私達の隊に必要な存在だと思っています。
だから私は、彼女の問いかけに素直に答えることにしました。
「当然です。リリシア様は私達の救い主です」
「ふーん……ま、リィルには何を言っても無駄かな」
想定通りだと頷くモモイ。
何でしょう。
そこはかとなく馬鹿にされている気がします。
予想通り、可もなく不可もなく。そんな答えが返ってきたと言わんばかりの態度です。
ムカつきますが……許しましょう。
だって彼女から発された次の言葉は、私に無限の勇気を与えてくれたからです。
「――もうすぐリリシアが来る」
その一言に、馬車の中の私達の視線がモモイに集まりました。
能力を首輪によって封じられているので、なるべくあの女の手下である御者に聞こえないような声量でしたが、それでも私たち五人の集中を集めるには最善でした。
「だから、私達は私達で答えを出さないといけない。今度こそ、あの人を信じるのかどうか」
「馬鹿な。現にこうして騙されてる以上、誰が信じるっていうんだ?」
クロスは私を見ながらそんな事を言います。
「いい加減馬鹿みたいに盲信するのはやめろ。あいつは神でも聖女でもない。薄汚い教会の女だ」
「違います。リリシア様は間違いなく私達を救ってくれます。今だって、助けに来てくれているとモモイがそう言ったではないですか」
「だから? それが信用出来ないって言ってるだろ? つい今し方、俺達は騙されたばっかりだぞ、冷静になれリィル」
「冷静になるのはクロスの方です、リリシア様が私達にどれだけ――」
思わず言い合いになった所を、モモイは両手で口を塞いできました。
「――あー、待った待った。討論して欲しいわけじゃないんだよね」
それからチラリと御者を務める騎士の方を見るふりを見せる。あまり騒いでもいい事はないというモモイからの注意でした。
私とクロスは睨み合いながらも、揃って頷く。
……もっとも御者をしている金髪の騎士は、私達には興味はなさそうでした。理由は分かりませんが、あまり真面目な騎士ではないのでしょうか。
「私はね、もうそういうの無意味だと思うんだ。私達が出す答えはもう違えてしまっている」
モモイが遠くを見るような顔をします。
「……何を言ってるんだ、モモイ?」
クロスの問いは、その場にいる私達全員の問いでもありました。
いつにも増して彼女の言葉は難解で、私達に伝える気があるのかよく分からない。
答えを違えてしまっている。
意見ではなく、答えが食い違ってしまっていると、彼女はそう言っているのだろうか。
それは、つまり――
「リリシアが無事に私たちを助けてくれる保証はない。けれどもしあの人の助けが間に合うとするなら……みんな自分の立ち位置を決めて欲しい」
「……立ち位置とはなんですか?」
「リィルにはさっき聞いたからどうでも良いけどさ。つまりは、この先もリリシアに着くか、それとも離れるか」
「……」
モモイが何を言おうとしているのか理解して、私達は再び口を閉ざしました。
「いつまでも五人一緒に。そんな選択肢、この期に及んで贅沢だよ。せっかく自由になるんなら、本当の意味で贅沢になるべきなんだよ」
「……自由」
反芻するブルムに、モモイの視線が向きます。
「そう。自由にならないとね。それじゃあ次はブルムね。リリシアについていくか、それとも別れるか選んで」
「……えっ!? ぼ、僕!? えっと、その、あの……く、クリムは――」
急に水を向けられて慌てふためく彼に、モモイは追い打ちをかけた。
「クリムに聞くのはなし。自分の心だけで判断して」
「自分の……心……」
ちょっぴり泣きそうな顔をしているが、それでも誰も口を挟む様子はありませんでした。
ここからの答えは自分で出さないと、意味がないからです。
その選択肢を選んだとして、その後どんな目にあったとしても納得出来るのか。
とても大きな分岐点でした。
ちらとクリムの方を見れば、こちらは弟と比べて落ち着いた様子でした。既に答えは決めているようにも見えます。
「……」
対照的にブルムは未練がましく兄の方に視線を送っていたが、そこに自らの答えはない。
しばらくもじもじしていたが、ブルムもやがて自分の答えを出す決心がついたのか、モモイに頷き返す。
「……僕は、リリシア様についていく」
「馬鹿な」
あまりに予想外の答えだったのか、クロスがポカンと口を開けて突っ込みました。
私としてもブルムの答えは予想外でした。いつも兄のクリムに付き従うような言動が多かったので、初めて意見を言ったと感じたくらいです。
「分かっているのか、俺達は身体を治療するだの何だの言われて、騙されたばっかりなんだぞ」
クロスが納得いかないとばかりに食い下がりました。彼としては、この期に及んでリリシア様側につく気がしれないのでしょう。
彼の言葉自体には同意出来る部分もある。
けれど、答えを出すのはブルムです。
「でも、僕を唯一助けてくれた大人だった……僕にはそれで十分理由になる」
ブルムは自らの唇をなぞりながら、自分の意思を確かめるように頷いた。それが彼の答えだった。
「んじゃあ俺も」
そんな弟の意見に、クリムは間を置かずに相乗りしました。
責めるような視線が、クロスとモモイからの送られます。
「……ま、俺としてはクロスの言う通りあんまりアイツの事は信用ならないんだけどよ。でも弟のブルムがそうしたいってんなら、兄貴としてはついてってやらないとな」
クリムは肩をすくめながら、珍しくまともな事を口にしました。
流石のクロスも、歯噛みするだけで文句を差し込んだりてきません。
むしろ言葉を投げかけたのはモモイでした。
「クリムはそれで良いの? リリシアについて行ったら後悔するかもよ」
「でも、ブルムを放っておいたらもっと後悔する。別にあの女についてくつもりはねーんだよな、弟についてくだけ」
「ふーん……」
モモイは納得したような、していないような顔でした。
それでもクリムはこれ以上は答えないといった様子なので、モモイは頷き、最後にクロスに向き直ります。
「じゃあクロスは?」
「決まってるだろ……俺はあの女を信用出来ない」
私に短く視線を走らせると、迷いを断ち切るように首を振るクロス。
……分かっていた事です。
クロスはリリシア様を敵視しています。私達を使役していたあの神父と同じく王国教会の人だからです。
その点だけで答えを出すなら、確かにその通りでしょう。
私個人としては、何故リリシア様の素晴らしさが理解できないのか不思議でしかないが……事ここに来て説得など無意味だ。
第一、このまま行動を共にしていても、リリシア様の邪魔になる。
そんなの、例えクロスが共に来たいと願っても、『私が許さない』。
「そういうお前はどうなんだよ」
これで全員の答えが出揃った。
そう思っていましたが、クロスはモモイを見つめていました。
……確かに。モモイの口からちゃんと聞いていませんでした。
彼女自身、リリシアに着いていく気があるのかどうか。その答えを。
「私? 私はリリシアに直接質問してから決めようかな」
「「は?」」
私とクロスの声が重なります。なんならブルムも「それはズルくないか?」という顔でした。
「あはは、ここで答えを出してとは言ってないよ。それに、出した答えを変えちゃダメとも言ってない」
ケタケタ笑うモモイを見て、四人とも力の抜けるような思いになります。
全くこの子は、底がしれない。
「寂しくなったらいつでも来て良いよ、クロス」
「……うるせぇ」
そっぽを向きながら返答するクロス。私は歓迎しないが、リリシア様なら喜んで彼の事を抱きしめるだろう。
なんにせよ、全てはリリシア様と再会してからだ。
私はただ、いつでも動けるように準備するだけ。
リリシア様なら救いに来てくれる。そう信じて。




