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二十二話



 聖女として、本格的な仕事が始まってから。

 私は度々自らの屋敷ではなく、王都の宿に寝泊まりすることが多々あった。

 何かと理由をつけることは出来るが、一言でいうなら母を避けての事だった。

 何か母とのエピソードがある訳でもない。むしろない。無さすぎるほどだ。

 時折、本当に娘なのかと思うほどだった。うん、結果本当に血が繋がっていなかった訳なのだけれども……

 反りが合わないという事もない。私が自然と避けているだけ。それだけだ。

 マリアより血が繋がっていない事が明かされてからは、私は家にいない事が増えた。

 ……プチ家出である。

 それでも妹に会いに度々泊まりに行ったりはしていたので、正直自分でも何をしているのか分からなかった。


 そんな訳で、私は王都の宿の常連だった。

 ここで休んでいることを知っているのは、ケイルとマリアくらいのものだ。それ以外の人間には一切告げていない。

 店主とは顔馴染みになってしまったが、本当にその程度だった。


「ふぅ……」


 部屋に通されるなり荷物を置くと、私は窓から外を眺めた。

 遠くには街の中心たる教会が見えて。街の活気に溢れる様子も見下ろせる。

 そのままぼーっと王都の街並みを眺めた。


 考えるのは、もちろんリィル達の事だ。

 今まで、私はあの子達をマリアの前に連れて行く事だけを考えていた。

 あの子達は言ってみれば実験体で、どんな危険があるか分からないし、これからも人として生きていけるかも分からなかったからだ。

 助けようと思った判断自体は今でも別に悪いと思っていないし、何度だってそうするだろう。けれど先の事をあまり考えていなかったのも事実だった。

 甘く見ていた。

 彼らの身体に行われた非道な実験を。

 呪いを生ませ、それすらも糧にするような仕組みになっているのだとしたら。

 ……私は彼らを、殺さなければならないのだろうか。

 聖女にとって、呪いとは敵だ。減らすことはあれども、自ら増やすことはあってはならない。それは絶対だ。

 しかしリィル達が呪いを生み出し、そしてあの子達の被害にあった人間が更に呪いを生むようになってしまえば。

 やはり何かしら手を打つ必要があるのだと思う。

 ……私はここまで考えれていなかった。

 マリアに見せて、リィル達の身体に施されたなにがしかを解いて。

 それで彼等は幸せに暮らせるようになれるのだと、そう思っていた。

 責任。

 皆に言われたその言葉が、今更ながら私の背中に乗ってきた。

 私は無責任だったのだろうか。無責任に、子供助けた……?

 そんなの……そんなの……

 ……世界がおかしいに決まってる。

 子供を助けてはならない、世界がおかしいに決まってる。

 そんな世界、あってはならないのだ。

 この世界こそが、おかしいのだ。


「……?」


 ぼけっと街を眺めていると、不意に人の気配がした。

 一人部屋の室内はベッドと丸テーブルがある程度で、見栄えは良いが広くはない。隠れるところなんてないはずだ。

 なのに近くに気配がする。

 私の近くに何かいる。


「……」


 私は窓から離れると、部屋の隅で壁を背にするように立った。


「――」


 呼応するように、窓の外から、二人の見知らぬ男達が入ってくる。屋根から降りてきたようだった。

 真っ黒い出立ちは、さながら暗殺者だ。

 ……さながらではない。腰に差した短剣が、目の前で抜かれるた瞬間本物だと確信に至る。


「……貴方達、私が聖女だって知ってるの?」


 思わず問いかける。

 聖女は高い再生能力を持っている。

 一説によれば首だけになっても体が生えてくるという。

 それほどまでの力があるのだ、暗殺対象としては不適切極まりない。

 そんな私に、何をしにきたのか。

 聖女を殺すのは、同じく聖女を知り、それに対抗するための装備を用意した者でないと不可能だ。

 恐らく、聖女同士でもなければ、戦いにならない。


「……でも、その感じだと、依頼主から私を殺す手段を聞いているのよね」


 ジリジリと距離を詰めてくる男達。

 そもそも私を狙う動機からして全く予想が付かない。私を殺しても、国の政治が傾いたり、教会が不安定なるなんて事はないはずだ。

 故に、他の理由。

 落ち着いて考えれば分かりそうだが、そういう状況でもなかった。


「……っ!」


「うぉっ!?」


 私は手近にあったテーブルを蹴飛ばし、もう片方へと殴り掛かる。

 テーブルに対処する方はともかく、私が飛び掛かった方の男はかなり冷静だった。


「ぐっ……!?」


「――」


 気がつくと私の手首から先が消失していた。鮮血が飛び散り、身体のバランスが崩れる。

 男は立て続けに私を滅多刺しにしようとした。

 ……右手の感覚に違和感がある。何がおかしい。

 直感であの短剣の危険度をマックスにすると、そのまま使い物にならなくなった右腕を盾にして突進する。


 もつれ込むように付近の壁に二人して激突する。


「……!」

 

 尚も私を刺し殺そうとするそいつの短剣を血まみれの右手で受け止めると、もう一人に視線を向けた。

 この状態。もう一人も似たような武器を持っていたらマズイ。

 なんだか分からないが、呪力が上手く右手に回らない。私の治癒能力が、妨害されている。

 ああ、なんだったか。確か聖女の力を削ぐ武器か何かが教会に保管されていた気がする。

 確か名前は……


「……ああ、そうだ。聖女殺し。そのまんま過ぎて笑った記憶があるわね」


 どうでもいい事を思い出しながら、今まさに私に短剣を振りかぶっているもう一人の男を見る。

 避けられない。

 ダメだっ……!


「――」


 『その時』を感じて身をすくめる。

 思い返すのは子供達。

 それも、今まで関わってきた沢山の子供達ではない。

 ……つい先日出会ったばかりのリィル達の事だ。

 彼らの行く末を見届けられないことが、少しばかり残念だった。

 責任を果たすと、誰に対してでもなく誓ったはずなのに。

 結局私はその責任がなんなのかすら、はっきりと分からないまま死のうとしていた。

 せめて謝りたい。

 リィルに。クロスに。クリムとブルム、そしてモモイに。

 それと、ケイルに。

 一言だけでも良いから謝りたかった。


「――襲われているのなら、次からはもう少し大きな声を出してください」


 恐怖に目を瞑っていると、何故かケイルの声がした。


「……?」


 何が起こったのか分からず、それでも長い付き合いの友人の声を信じて瞼を持ち上げる。

 目の前で、男が死んでいた。

 胸から剣を生やし、どくどくと足元に血溜まりを作って、直立しながら絶命していた。

 ずるりと、背中から貫通した剣が引き抜かれる。

 死体が横たわるのと、私の至近距離にいたもう一人の男が動くのは同時だった。


「……ぐ」


「冒険者上がりですね。なるほど」


 しかしそれすらも予期していたようで、すぐにもう一人の首も刎ねられる。

 秒殺だった。

 私は思わず脱力する。


「――も〜、ケイル〜。来るのが遅いわよ……」


 見上げると、直剣に付着した血を拭う女騎士が、私を見下ろしていた。


「そうは言っても私もいろいろ忙しかったんですよ……立てますか?」


「手を貸してちょうだい――ありがとう」


 無事な方の手を差し出して引っ張り上げられるように立つと、一息つく。

 危なかった。

 普通に死にかけた。

 近頃の暗殺者はなんで物騒なんでしょうか。

 思わず足元に寝転んでいる二人の男達を眺める。


「リリシア様……その手は?」


「え? ああ、これは……呪力の供給を断ち切られているのかしらね……? ちょっとケイル、私の腕切ってくれない?」


「もう少しですね、説明をくれませんか、っ!」


 ケイルは文句を言いながら、私の右腕を更に肘の辺りまで切断する。


「ちょっと、もう少し優しくしてよね」


「部位丸ごと切断しろって言うんだから優しくも何もないでしょう」


「女の子の扱いがなっていないわね……ん、大丈夫そうかしら」


 予想通り、呪力の回路を塞ぐような仕掛けが施されていたようで、そこから更に根元を立つようにして切り落とすと、右手はすんなり指先まで再生出来た。

 とはいえ、自分一人ではどうしようも出来ない。

 私一人なら即座に無力化されて、あっさり殺されるだろう。ちょうど先ほど死にかけたように。


「……それにしても、誰が暗殺者なんて」


 私の呟きに、ケイルは責めるような視線を向けてきた。


「――本当はわかっているのではないですか?」


「……」


「貴方がここに居るのを知っているのは、恐らくそう多くはないですよ」


 ケイルの言わんとしている事はよーく分かっていたので、私は手を振ってその先の言葉を止めた。


 分かっている。


 今私を殺そうとしているのは、マリアだ。



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