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二十話


 夕食はメイドに頼んで一段と豪華にしてもらった。


「うんめぇぇぇっ!!」


 特に喜んでいたのは、当然というかクリムだ。彼は包み隠さず食欲のためについて来たところがあるので、大喜び。パンだのシチューだのをたらふく平らげて、それでもまだ食うかという勢いである。

 私としてはクリムが食べれば食べるほど、ブルムの食の細さが心配になる。ここは一生バランス良くならないのだろうか……


 とはいえ、ブルムを除けば皆ムシャムシャといっぱい食べてくれて私は満足である。モモイは当然として、リィルやクロスまで言葉を発することも無く次から次に手をつけている。

 幸せだ。

 子供達が美味しそうにご飯を食べているところを見ると、こんなに幸せな気分になるのか。

 願わくば、彼らがこのまま飢えることなく幸せに暮らしてほしいと思う。


 食事の後は久々にシェリアと会話をした。

 シェリアは自分で言うのもなんだがかなりのお姉ちゃん子なので、私が留守の間はかなり寂しかったようだ。


「お姉様、もう遠くへ行ったりはなさらないでください……!」


「ふふふ、ごめんなさいね。でもお仕事だし……それに、私の事を待っている人々がいるから」

 

「……うー、それでもだめです!」


 ひしっと私の身体に抱きついてくる妹。

 可愛い。

 シェリアは私にとっての初めての妹……という事で、彼女が幼少期の頃より目一杯可愛がってしまった。妹がというより、私が彼女にベッタリだった。

 

 聖女としての仕事が増えてからはあまり相手にしてやれなかったが、それでも時間がある時は無限に可愛がったものだ。

 そんな風に接していたからか、今となっては逆に妹の方が私にベッタリになってしまった。あまりに可愛くて可愛くて仕方ないので、私の方からもあからさまに距離を取ることも出来ない。


 まぁそんな必要もないのかもしれないが。

 

 しかし聖女として働くとなればいつまでも私と一緒と言うわけにはいかない。そこに少しの不安を覚える。

 もっとも、彼女が本当の聖女になるのは、まだ当分先のことだけれども。


「それでお姉様、あの子達はなんなのですか?」


 話の流れは、当然その話になった。

 お姉ちゃん大好き妹か、してみれば面白くもなんともない存在だろう。今だって顔にそう書いてある。

 シェリアらしいと言えばシェリアらしい。


「あの者達は孤児なのでしょう? お姉様が常日頃孤児達にお心を痛めているのは存じていますが……その、であればすぐにでもお姉様が作り上げた孤児院にでも預けるべきなのでは? 私達の屋敷に上げる必要がありますでしょうか?」


「……あの子達は教会の悪い人に、酷い扱いを受けていたの。だから少しでも助けになってあげたくて」


「まぁ、王国教会に属している人でそんな人が? それは、大変ですわね……」


 適当に誤魔化しながら、妹にまで言われるほど変な事をしているだろうかと不安になる。

 私はそんなにズレた事をしているだろうか。いや、子供に対して全力投球しているだけで、それを変と言われれば仕方がないと諦めもつくのだが。

 何か、そうではない気がしていて、不安になった。


「ねぇシェリア。私があの子達を助けるのはそんなにおかしいことかしら?」


 まだ若く、純粋な妹なら答えに近づくための何かを持っているかもしれない。

 そんな思いからか、気がつけば心のままに幼い彼女に問いかけてしまった。

 言葉にした瞬間、なんて情けない事を聞いているんだろうと羞恥のような気持ちが湧いてくる。


「いえ、お姉様が成す事におかしなことなんてありません。私はただ……お姉様が他の子に取られるのが嫌だっただけですわ」


 しかし、私の想いなどは見抜かれることも無く、シェリアが私に抱きついてくる。

 素直で可愛い子だ。誰に似たんだか。

 頭を撫でながら、そう簡単に答えなんて転がっているものではないなと内心でため息をつく。

 ……なんにせよ、マリアに相談だ。あの子達のことについても、私の今後についても。

 話はそれからだ。


「大丈夫よ。私はいつまでもあなたの姉よ」


 彼女の頭を撫でながら、ゆっくりとベッドに寝かしつける。まだまだ甘えん坊と言ったところで、この様子だと親離れならぬ姉離れは先のことになりそうだ。

 私は我が子をあやすように、妹が眠るまでずっとそばにいてやった。


「……?」


 そうして小一時間は経っただろうか。

 ふと人の視線を感じた。

 いまだ睡魔は顔を見せず、妹の寝顔を見ながら、さてこれからどうするかと思案している頃合いだった。

 私はシェリアの頭の下から静かに腕を引き抜くと、暗殺者のように部屋から抜け出した。


「起こしてしまったかな?」


「そんな事ないわ」


 視線の主は私の夫であるライレオットだった。

 彼は私を見るなり私を抱きしめてくる。


「お疲れ。随分遠くまで行ってきたね」


「ただいま。今度から馬車に乗って行きたいわ」


 夫は頷くと「僕も護衛に着くよ」と頼もしい一言。


「すまない。明日は教会の護衛があるから朝から出ているんだ。顔をあわせられる時間を作るのは今だけだと思ってね」


「気にしていないわ。今度ゆっくり話しましょう」


 彼も忙しい人だ。夫婦揃っての時間など中々取れない。

 お互いにそんなことを理解しているから、特に私からも彼からも文句が出る事はなかった。


「また週末にでもゆっくり聞かせてくれ」


「ええ、分かったわ。じゃあ、おやすみなさい」


「おやすみ」


 最後にもう一度ハグをすると、私はライレオットと別れた。

 リィル達の事を説明したら、彼もさぞ驚く事でしょうね。




 ――――――



 翌朝。

 私達はリィル達を連れてマリアのもとを訪れた。

 ユリウス王国第一聖女マリア。

 今やこの国の顔であり、聖女としても政治家としても活躍するとんでもない人だ。私にとってはただの先輩だが、まぁ個人的に時間を取るのが難しいくらい忙しい人なのは分かっている。

 それでも彼女に頼るしかなかった。


 私達は太陽が真上に位置する時刻、王都の中央にある王都教会に足を運んだ。

 大陸一栄えている国の中枢に備えられているだけあって、教会の規模は巨大だ。小さな村や街ならすっぽり覆ってしまうのではないかと思うほど大きい。

 初代国王を奉るようにあしらえられた装飾の数々を横目に、リィル達を連れて教会の中に入った。


 笑ってしまうくらい長い廊下を幾つか歩き、備えられた客室の一つに向かう。

 広い教会だ。クリムやモモイを辺りが迷子になってもおかしくないと思ったが、なぜだか二人とも大人しい


「リリシア様が私達のために連れて来てくださったのです、邪魔だけはしないように」

 

 ……と思ったらリィルが凄い顔で二人を睨みつけていた。

 それって、ケイルの仕事なんじゃない……?

 そう思って背後を見たら、子供達のことはお前に任せると言わんばかりの顔でそっぽを向いていた。

 もう、お父さんたら。少しは子供に興味を持ってよ。

 私はリィルの頭を撫でながら、立ち並ぶ騎士達の間を抜けて、客室の扉を開けた。


 豪奢な内装の中、丸テーブルの前に一人女性が佇んでいた。まだ三十代と言い張っても誰も疑わない肌艶で、真っ白な髪を束ねた女性だ。

 初めて会った多くの人が、その若い見た目にびっくりする。私の母と言っても、若いと驚かれるくらいだろう。

 実年齢のほどはどうだか知らないが、第一聖女を担うほどの経験者だ。母よりは若いと思うが、それでもそれなりの年齢のはずなのだが、それを僅かも見せはしない。

 ……外見に関しては呪いのせいとは思うが、それにしても凄い人だ。

 部屋の隅を見ると、御付きの騎士達が居た。部屋の外にいる者達といい、マリアの護衛だろう。


「リリシア。やっと顔を見られたわね、今回はお疲れ様」

 

「マリアの方こそ、忙しいのに時間をもらってごめんなさい」


「謝らないで。今回の貴方に下った遠方への視察命令は、本当なら私の方で止めれたはずなのよ。私が不在の隙を突かれたわ……」


 なるほど。やはり他の聖女の手回しでこうなったのか。納得だ。マリアが私にこのような仕事を振ってきたことは今までなかったので、おかしいとは思っていた。

 他の聖女と言うが、まぁ相手はまず確実に第二聖女だ。どこの世界、或いはどこの会社にもあると思うが、組織内の派閥争いというのは往々にして存在する。

 王国教会で表すのであれば、それはつまり第一聖女派と、第二聖女派だ。もちろん、後者が前者の地位を狙っている形である。

 個人的には第一聖女になることになんのメリットがあるのか分かっていないのだが、国王に匹敵する権力が持てるということで一般的には魅力なのだろう。

 更には現第一聖女のマリアと、旧第一聖女の娘の私。ここが結託しているものだから、たった一つの椅子を狙う第二聖女としては第一聖女を弱らせるついでにコチラを蹴落としておきたいという腹づもりなのだろう。今回の私に下された遠方への視察任務はそれらの一環と思われる。

 中々に暇そうな方達である。


「ようやく帰ってこられたんだもの、少し休暇でも取ってゆっくりなさい」


「休みは必要かもね……実家だと母が煩わしいし、宿でも取ってのんびりする事にするわ」


 マリアは苦笑した。彼女も私と母の不仲はとっくに知っているのだ。


「相変わらずね――それでリリシア、この子達がそうなのね?」


 軽く近況を報告した後、マリアがリィル達を見た。

 王都まで彼らを連れてきた理由が、彼らの肉体の状態をマリアに診てもらうためである。私では分からない領域でも、彼女であれば分かる部分もあるはず、という藁にもすがる的な想いだ。


「……!」


「あら?」


 順番に子供達の紹介でもしようかなと思った矢先、何処か様子のおかしいモモイが私の手を掴んだ。

 彼女の視線の先にはマリアがいる。

 ……妙です、母を前にしても物怖じしなかったモモイが怯えています。

 どういう事でしょう?


「リリシア?」


「あ、はい」


 思わず新入社員のような返事をしながら、慌ててリィル達を紹介していく。

 彼らはそれぞれ得意な力を持っていて、魔力を直接扱う事で例えば魔法陣を介さなくても術を発動できる事。

 また、暗殺者として育てられ、戦闘にも長けている事。

 そして、そんな彼らが、教会の手のものによって育てられていたという事実。

 私は全てをマリアに伝えた。

 彼女は口も挟まず、興味深そうにそれらを聞いていた。


「……なるほど。呪いを敵とする教会のものが新たな呪いの種を産み出そうとしているのね――そちらの対処は私がやっておくわ」


「でもマリアが察知できなかったほどのなのよ。それにこんな大掛かりな研究をしているほどの資金や規模の組織だし、私も手伝うわ!」


「――らしくないわよ、リリシア。落ち着いて」


 らしくない。

 そこまで言われる事だろうか。

 いや、らしくないわけが無い。

 事の中心にあるのが子供であるのならば、私は見境がなくなる。自覚すらある。

 そのためなら私はなんでもするのに。

 子供を嗜めるようなマリアの表情に、私は真っ向から立ち向かった。


「私は許せないの。可愛らしい子供達にこんな事をする大人達、そして教会の聖者の顔をした愚か者達が。彼らを地獄に落とすまで、私はゆっくり眠ることすら出来ないわ」


 それは私にとって、原点とも言える原動力だ。

 子供。

 愛してやまないし、全ての子供達はすべからく幸せになってほしい。

 愛おしい子供達のためだからこそ、私は呪いなんていう人が作り出した災害にも立ち向かえる。

 その子供が良いように利用されているとあっては、私は黙っていない。

 そんな組織、完膚なきまでに叩き潰す。


「……はぁ、そう言えばあなた、子供のこととなると聞き分けが悪くなるのよね、忘れていたわ」


 マリアは面倒くさそうな態度を隠そうともせず、眉間の辺りを指で揉んでいた。

 こればっかりはもう性分というか。マリアには私が諦めるのを諦めてほしい。

 無理だから。絶対に許さないから。


「――分かったわよ。貴方にも協力してもらうわ」


 苦笑混じりに頷く彼女。

 わりとすぐに折れてくれたマリアに感謝しつつ、私は憤怒の炎を心に灯らせていた。

 


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