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二話


 夜の森は、暗い。

 深夜の東京が当たり前な人から比べたら、もう信じられないくらいに暗い。

 足元も見えないくらいだ。

 おまけに懐中電灯ないとなると、もはやここが森かどうかすら怪しい。

 暗黒だ。

 目が慣れてきても、暗闇は奥深くまで続いている。

 

「リリシア様、もう少しです」


「分かったわ」


 何歩か私を先行するケイルが、剣を抜きながら教えてくれる。

 時折木々の間から差し込む月明かりが、彼女が見に纏う鋼を照らす。王国騎士には珍しい軽装備の鎧だが、それでもこの物々しさは相変わらず、物騒だ。

 確かにこれなら『チャカ』も関係ない。

 動きの制限はされるが、ケイルはそんなことを一切感じさせない動きで護衛をしてくれている。

 毎度自分のわがままに付き合ってくれる彼女には、感謝しかない。

 いつか彼女にも、幸福が訪れますように。

 例え聖女である私が願おうとも何も起きないが、彼女には幸せになって欲しかった。


「――リリシア様、来ます」


「……」


 何が、とは言わなかった。

 ただ、何かが来る。それをケイルは直感で悟った。

 私は余計な事は言わずに、静かに頷いた。

 こと戦闘において、彼女の判断は間違わない。特に近接戦闘であれば、それは予知に近いレベルだ。


「数は……四……近いッ!」


 ケイルが飛び退る。

 同時に私の身体を抑えて地面に押し付けてくる。

 ひゅんと風が鳴った。

 空気を切り裂く、形の見えない何かが、凄い速度で私の近くを通った。


 ケイルに逆らわず、尻餅をつくような形で、私は背後を見た。

 そこに何か立っている。つい一瞬前までいなかった何かが。

 凄い速さだった。

 見えないとか、そういう次元じゃない。

 瞬間移動してきたようなイメージだ。

 

「……チッ」


 立っていたのは小さな子供だった。

 茶髪で、宝石のように瞳の色を輝かせた、まだ十歳前後の子供。

 それが、怒りに満ちた表情で、私を睨みつけていた。

 どこまでもこの世を憎むその瞳は、いっそ呪いを孕んでいるようにも見える。

 けれど、私とその子が目が合ったのは、ほんの一瞬だった。


「そこかッ……!」


「待って、ケイル!!」


 静止は間に合うはずもない。

 歴戦の騎士から繰り出される斬撃が、その子に吸い込まれる。

 首と胴体が分たれるような、不可避の斬撃。

 目を覆いたくなるような光景が、すぐそこに迫っていた。


「む……!?」


 しかし、ケイルの剣は、振り下ろされる途中で何かに阻まれた。

 その子供の更に背後から伸びた鋼の塊が、ケイルの攻撃を防いでいた。反りのある剣が衝撃を吸収しているようにも見える。

 後ろにもう一人いる。背格好は目の前の子供と大して変わらない子が、もう一人。

 二人組の子供だ。


「子供よ、二人!」


「子供だろうとなんだろうと敵です!」


 ケイルが再び剣を振るうと、二人の子供は掛け声もなく息ぴったりで背後に飛ぶ。

 そして、夜陰の闇に消えるように溶けてしまう。

 気配を消すとは、まさにこのことか。あんなにも姿形があったはずなのに、今は目で追うことも息遣いを耳で感じることもできなかった。


「リリシア様、身を屈めて!」


「……っ」


 息つく暇もなく、ケイルが剣を構えた。

 私は言う通りに身を縮こまらせる。

 視線の端で、赤色と青色の殺意が、濁流のように押し寄せてきていた。


「はぁッ……!」


 氷炎。

 相反する二つが、互いを打ち消し合う事なく絡み合い、津波のような奔流が迫る。

 異常な攻撃だ。まずあり得ない。

 そんな非現実的な攻撃を、ケイルはたった一刀で断割する。

 真っ二つに切り払うようにして、左右にそれらを押し退けると、冷静に辺りを見回す。


「ありえねー!?」


「……剣だけで防がれた」


 攻撃が止んだ。

 私は即座に立ち上がり、ケイルの肩に手を当てながら、闇夜の中で目を凝らして相手を見る。

 今の攻撃を放って来たのも、やはり子供。

 片方は青、片方は赤。

 魔力の残滓を煌めかせながら、双子のような少年たちが、目を丸くしている。

 だが、それも一瞬のことだ。

 次の瞬間には、打ち合わせしていたかのようにすっと闇の中に消えてしまう。

 素早い。手慣れている。

 暗殺者としてそれなりに訓練されているように見えた。

 なんとも度し難い。


「まだ居る。五……六……?」


 ケイルが視線を向ける。

 その先に、こぢんまりとした掘立て小屋があった。木こりが休憩にでも使うような、簡素な木製の小屋。

 アレがケイルの言っていた小屋か。

 おあつらえ向きの隠れ家だ。

 

「やぁ、聖女様。こんな夜更けにどちらまで?」

 

 その小屋と私達の間に、一人の男が立っていた。

 傍らには、五人の子供達を連れている。

 あの男のフォルムには見覚えがある。もちろん子供達もだ。

 昼間、教会にいた者達だ。


「ご機嫌よう神父様。少し仕事をしに来ただけですのでご安心ください」


 太った神父は、手に奇妙な短杖を持っている。その杖からは心をざわつかせる濃紫色を纏い、それらが鎖のように子供らの首元に絡みついていた。

 まるで犬の散歩だ。リードのように子供達を繋いでいる。

 ……仕組みは分からずとも、どのような代物かは容易に想像がついた。

 腹立たしい。

 ああ、腹立たしい。

 愛が足りていない。

 あの男には、愛が足りていない。

 子供達への愛が。


「――神父様、寝る子は育つという言葉はご存知ですか?」


「ですが、この子達がお外で遊びたいと言うものですから。自由にのびのびとさせるのが教育方針でして」


 神父は反省の色なく笑っていた。

 なるほど、放任主義ですか。子供達の自由を尊重するというのは悪くないです。

 もちろん子供達がそれを望んでいるのであれば、私も野暮は言わないのですが。


「ケイル、分かっていますね?」


「神父と子供、どちらを優先しますか?」


「子供!」


「……はぁ」


 隣で聞こえたあからさまなため息を無視する。


「……『アレ』、多分そう簡単に解呪出来ないですよ」


「私が子供に傷をつけるとでも思っているの?」


「いいえ全く。どちらかと言うと貴方の身を案じての言葉です」


「ならその心配は不要です……分かっていますね、子供第一ですよ!」


「子煩悩もほどほどにしてください、リリシア様」


 ケイルが剣を構えると、呼応するように子供達が闇に紛れて、姿を消す。

 消えたのは四人。

 神父のそばには、一人だけ盾のように子供が残っていた。

 やる事なすことが腹立たしいですね、あの神父は。アレで本当に身代わりなんてするようなことがあれば、地獄行きですよ。

 まぁもしそんなことがあったとしても、その時は全力で助けるだけ。

 私のなすべき事は変わりません。


「では、あの子達に愛を伝えましょう!」


「始めて聞きましたよ、その気色悪い決め台詞……!」


 相棒のツッコミを聞き流しながら、まっすぐに歩く。

 途端に暗闇から、子供達が襲い掛かってくる。

 

「やはり先陣はこの二人か」


「なっ……!」


「……この女!?」


 さながら私を餌とする形でしょうか。

 挟み込む形で目の前に現れたのは、最初に私に切り掛かってきた少女と、彼女を守るようにして現れた少年。

 この二人が先制攻撃。それがこの子達のセオリーなのだろう。俗に言うならスピードタイプと言ったところですね。

 並の戦士なら、姿すら視認できずに床を舐めている事でしょう。


「殺意は見事だが……分かりやすくて助かる」


 ですがケイルは優秀です。

 可視化出来るほどの濃密な魔力を纏う二人を前にして、歴戦の騎士は冷静に剣一本で対応する。

 放たれた不可視の風の刃を攻撃を弾くと、返す刀で私の首元に伸びる剣を防ぐ。


「ぐ……っ!?」


「なんだよ、コイツ……っ!?」


 少女の方を蹴っ飛ばすと、まずは少年の方に狙いを定めたらしいケイルが、絡みつくように羽交い締めにする。

 両手から剣を生やしたびっくり人間状態の男の子が、抵抗すら出来ない状態にされる。

 この子の身体の事は気になりますが、まずは首輪が優先ですね。


「痛くしませんからねー、じっとしていてくださいねー」


「や、やめろ……!!」


 ジタバタとする少年の首元に装着された銀色の首輪を、正面から握るように掴む。


 やはり呪われていますが、解呪も聖女の大事な仕事ですからね。慣れていますとも。


「だ、だめっ……!!」


 背後からケイルに蹴り飛ばされた女の子の声がした。

 様子からして、無理やり取ればどうなるか分かっているようだ。


「――安心してください、聖女ですから」


 囁きかけるように答えながら、まっすぐ首輪を引きちぎる。


「――ッ」

 

 視界が爆炎に染まる。

 激しい痛みが右半身を襲った。


 遅れて、どちゃりと肉塊が地面に落ちる音がした。



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