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十九話


 王都は大陸南西に位置していている。

 ユリウス王国内のありとあらゆる人や物がここに集まり、またここから出発していく。

 当たり前だが王国領土内で一番栄えている。活気溢れ、商人たちは切磋琢磨し、町人たちも皆幸せそうに暮らしている。

 

 王国教会の庇護下というのも大きい。それだけで呪いの影響を受けず、平和に暮らせるというものだ。

 他所から見れば、大陸一平和と言っても過言ではないのだ。


 行き交いの多い馬車達を横目に、私達は王都に足を踏み入れた。

 流石に見慣れた街並みが視界に入ってくると落ち着く。


「ここがリリシア様が暮らしていた街、ですか……?」


「おっきいー!」


 リィルとモモイに挟まれながら、私は「そうですよ」と頷く。正直周辺の町々と比べると規模感が段違いだ。

 だからこの規模の街を見たことがない子供達は、皆お上りさんのようにしきりにキョロキョロとしている。

 

 王都はなんというか、入り口からして違う。全体的に建物が密集していて、階層の多い建造物もざらに有る。

 

 それらが大通りに沿ってピシッと並んでおり、その先に大きな大きな王国教会が、ゴール地点のようにでんと聳え立っている。うん、改めてすごく大きな教会だ。

 普通こういう場面ではお城があったりするのがファンタジー的だとは思うが、遠くにあるのは城というよりは煙突の生えた教会だ。うん、まぁ煙突じゃなくて申し訳なさそうに併設されたお城な訳なんだけれども。

 正直、造りの方はよく分かってない。だって教会の方しか入ったことないし……私は言っても第三聖女で、聖女としての位階は低くはないが、主に城の方に用があるのは第一聖女くらいだ。


「リリシアさまー?」


「……ごめんなさい、なんでもないわ」


 ぼうっと教会を眺めていたら、モモイに「どうしたのー?」って感じで見られた。

 微笑みながら私は二人の手を引いて、先頭を行く。

 背後を見ると、男子組三人も興味深く辺りを観察していた。

 突飛な行動をしないようにケイルがそれらを宥めている。


「クリム、ブルム、アレなんだと思う?」


「……分からない」


「見に行ってみようぜ!」


「こら、待て。私の目の届く範囲にいろ!」


 ふふふ、こうしていると、保育園の先生みたいだ。

 ケイルは子供嫌いだと公言しているが、なんだかんだ面倒見は良いのでいい先生になれると思う。少なくとも、私よりよっぽど良い先生になれるだろう。

 それがなんだか、申し訳ない。

 ……いや、騎士になるのは彼女が自ら選んだ道だ。私がとやかく言う話ではないだろう。


「リリシア様……このまま教会に向かうのですか?」


「え? ……あ、そ、そうね、説明してなかったわね。まずは私の実家に向かいます」


「リリシア様の、家……」


 リィルがなんとも言えない顔をしていた。

 自分の家を思い出しているのだろうか。

 

 恐らく彼女達は捨て子か、奴隷商に売られたとか、そういう理由で両親に捨てられたのだろう。

 この世界では、その手の話は多い。この表現はあまり使いたくないが……よく聞く話だ。

 この子達の、この先のこともそろそろ考えないと。

 力の事を抜きにしても、暗殺者として育てられた子供達を孤児院に入れるのはよろしくない気がする。

 一人一人里親を見つけてやりたいが、離れ離れというのも可哀想だ。

 何か良い手はないものか……


 そんな事を考えつつ、子供達に王都を案内した。

 ここ数日でリィル達は私に慣れたのか、やれアレが食べたいだのコレはなんであるのだの、非常に好奇心旺盛だった。

 主にそれを言い出すのはクリムとモモイだ。この二人は特に年相応という感じで、見ていてとても微笑ましい。

 こんな子が、不幸せで良い訳がない。

 なんとかしてやりたいと、切に思った。


 やがて私の屋敷に辿り着く。

 屋敷といってもそこまで大きくはない。現役を退いた元第一聖女が住まう屋敷として、本当に最低限の大きさだ。お手伝いさん……というかメイドも数えるほどしかいない。

 二階建てで、空き部屋ばかりで……なんというかアパートに近い気がしなくもない。造りや宗教的な装飾はこの世界よりだが、アパートという表現が一番近い気がした。

 住んでいるのは私の家族だけだが。


「お姉様……!!?」


 一ヶ月近くも帰っていなかったので、随分と久々な感じがした。

 さて母親にどう説明しようかと思案しながら玄関に足を運んでいると、不意に、高い声が鳴った。

 歳の頃としてはまだモモイと同世代。十歳にも満たない金髪の少女が、私を見て目を丸くしていた。

 妹のシェリアだ……もちろん、血は繋がっていない。


「お姉様、よくぞご無事で……!!」


「ふふふ、心配かけちゃったかしら。久しぶりね、シェリア」


「お姉様ぁぁぁっ……!」


 シェリアは半泣きになりながら私に抱きついてきた。

 私はそんな妹をヨシヨシとあやすように後頭部を撫でる。

 かなりの遠出だった。今までここまで長期間家を空けたことはなかった。

 無論事前には伝えていたが、まだ幼いシェリアにはそれでも寂しかったようだ。

 いつかどこかで穴埋めをしよう。


「……」


 隣で「なんだこいつは」という顔をしたリィルが殺気立つのが分かった。

 目で制しながら、妙なことにならないうちにシェリアに母を呼んでもらうように告げる。


「シェリア、あの人はいる?」


「お母様……? うん、いるよ」


「リリシアが話があるって言ってもらっていい?」


「うん、わかった。」

 

 シェリアはぐずりながらも頷くと屋敷に引っ込んでいく。


「ふぅ……入って良いわ。部屋は自由に使って良いから、みんな気にしないでね……ケイル、案内を頼むわね」


「はい」


 ケイルが頷くのを見てから、屋敷に足を踏み入れる。

 さて、どんなお小言を言われるかしら。



 ――――――



 ようやく着替えられた。

 今回は怪我が多くその多くを呪力で賄っていたので、正直この服はもうダメだったのだ。

 私が脱いだ途端、ぼろっぼろのボロ雑巾になってしまった。

 まぁ、別に思い入れのある修道服とかそういうのではないので、どうでも良いけれど。


「おかえりなさい、リリシア」


「……ただいま、お母様」


 中庭に向かうと、花壇を眺めながら椅子に座る母がいた。

 歳はもう六十を超えているはずだが、そんな老いは一切感じさせなかった。

 

 ……今ならわかる。呪いがそうしているのだ。限りなく元の形に戻そうとして、結果老けていないのだ。


 だからマリアから実年齢を聞いた時はびっくりしたものだ。


「あの子は?」


 目敏い母が顎をしゃくる。彼女の視線の先では、モモイがチラチラと影に隠れてこちらを見ていた。


「保護した子達よ……その、大変な目にあったのよ。だから、少しの間泊めても構わないかしら?」


 尋ねるのと、モモイが母の前に飛び出してくるのは同時だった。


「こんにちは!」


 こっちまで笑顔になりそうな元気の良い挨拶だった。


「はい、こんにちは。私はリリシアの母で、テレサと言います」


「私、モモイ! お邪魔します!!」


 母も少しだけ朗らかな表情になりながら頷き返す。

 モモイは挨拶もそこそこに、母の周りの花々を眺め出した。母は少女を眩しげに見つめながら、それから首を振って私を見た。


「――先ほどの答えの前に一つ訂正。この国で、この世界で、大変ではない人など居ないわ」


「それはそうだけど……でも、この子達は特別よ」


「ふぅん、そうかい……じゃあもう一つ質問。それで、あの子達が抱えている事情が解決したら、そのあとはどうする? 孤児院にでも預けるのかい?」


「分からないわ。でも……放ってはおけなかった」


「――本当に?」


「……何が言いたいの?」


「この子達が、ではなく、お前が、何かの代わりにしようとしたのではなくて? 例えば、自分の息子や娘のように」


 ……相変わらず言いにくいことをずばっと言ってくる人だ。

 

 まぁでも、そう言われるかなとは思っていた。だから答えも用意してある。

 答えというか、本心だけれど。

 

「違うわ。私は聖女として、あの子達を助けたのよ。そしてまだ彼らには助けが必要だわ」


「その助けとやらは、いつまで続くんだい?」


「……それは、その。少なくともあの子達が平和に暮らせるようになるまでよ」


「その見込みはあるのかい?」


「……何が言いたいの?」


 はっきり言ったり言わなかったり。面倒臭い人だ。

 

 いつからだろう、この人の事が苦手になったのは。

 少なくともマリアに子供を産むなと言われたあの日から、意識的に顔を合わせるのを避けるようになった気がする。

 別に血が繋がっていないことを気にしたりはしていないのだが……なんだろう、家族ではなく他人として扱うようになっていった気がする。

 一緒の家に住む他人。

 だから、余計コミュニケーションを取らなくなって。

 結果よく分からない人というイメージになってしまった。


 そんな母は、いつの間にか屋敷に戻ってしまっていたモモイににこやかに手を振っていた。


「……!」


 モモイはブンブンと手を振り返すと、屋敷の中に駆け足で戻っていく。流石モモイ、あの子は物怖じしないタイプだ。私とは違う。


「あの子達は特別。そう言ったね」


「……言ったわ。それが何か?」


「では教えてくれ。特別な子と、そうでない子供の線引きを。お前は言ったね、全ての子供達を救うと。でも今お前が救おうとしているのは、お前の言う特別な子だけだ。他の子はどうでも良いのかい?」


「良いわけないわ! でもそれは、その……あの子達は、教会の手のものによって酷い扱いを受けていたし……だから、私が責任を持って」


 母が首を振った。

 何故だろう。

 私は間違ったことは言っていないはずなのに。

 彼女の前では、自分だけが間違っているような気分になる。


「もう一度聞こう。どこまであの子達を助ける? 里親探しか? それともいい家族が見つかった後も、定期的に会いにいって、無事を確かめるつもりか?」


 それはそうだろう。

 彼らの境遇を考えれば、定期的に問題が起きないか確かめにいくのは、当然の責任と言える。

 それこそが、私が果たす役目なのだ。


「――何故お前はそんな差別をする?」


「……さべつ、ですって?」


 母の目がじっとこちらを見つめていた。

 やましいところなど一つもないのに、身を隠してしまいたくなるような、そんな気持ちになる。

 私は、何故か目を逸らした。

 逸らしてしまった。


「あの子達がどう特別なのか、私は知らない。お前がやっている『特別』の是非も問うているつもりはないよ」


「……」


「――ただ、今のお前は矛盾しているように見えた。だから聞いただけさ」


「……」


「ま、私はお前が何をしようと構わないが、答えを決めないまま生きていくのはお勧めしないよ……さて、屋敷は好きに使いなさい。それと、私が協力できる事があれば言っておくれ」


「……はい。ありがとうございます」


 私はそれだけを口にするのが精一杯だった。

 何故こんな気持ちにさせられたのか。

 母というよりも自分に腹が立った。

 自分でも答えを出せていないことを見抜かれた。

 情けない。


「リリシア。長旅で疲れただろう。今日はよく休みなさい」


「……はい、失礼します」


 私はその場を後にした。

 結局、一度目を逸らしたっきり、二度と母と目を合わせることはなかった。



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