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十八話


 結局、私達は死体を見つかりにくい場所に放置することにした。

 

 いくら襲われたとはいえ、問答無用で命を奪いその場に捨て去る聖女とは如何に、と思わなくもないが、相手は子供を殺そうとするような奴である。ここで放っておいてもいずれ罪は犯すだろう。いや、というか子供に敵意を向けた時点で、私からすれば許すべからざる敵である。はい、死刑。

 

 それに、彼らは呪いをその身に宿しかけていた。

 聖女達の敵である呪いを。

 

 その理由までは分からないが、まぁ借金があるとか殺したい奴がいるとか、よくある話だ。

 

 その程度で呪いは生まれる。

 

 そしてその恨みが大きくて深ければ、それだけ呪いは強大になる。そして、その呪いの影響を受けて、さらに増大する。たとえ今は大した事のない呪いであっても放置するのは危険だ。

 なら聖女は呪いを生みそうなやつ全てを殺すのかと問われれば、私個人としては『そう』だ。これは聖女の総意ではないが、多くの聖女は内心は私と同じスタンスだろう。

 第一聖女であるマリアであればどう答えるか。答えはその時によって上手く答えるであろうが、一つだけ確かなのは今回の件、たとえ下手人が私と判明しても、私にお咎めは特にない。

 聖女とは……否、教会とは、それほどまでの権力をこの国家で握っている。

 呪いのために、人すら殺すことを良しとする教会。それが支配するこの王国は、国としてひどく歪だと思う。

 思うがしかし。

 私達は聖女であって、神ではない。

 私達は王国民が清く正しく生きていけるように、呪いを祓うのが仕事だ。

 そのためならば、国民以外が血を流すのを良しとする。

 ……あ、もちろん子供は問答無用で助けるけどね。

 あの冒険者達は余所者だ。私を見て聖女と判別出来なかったあたり、王国にきたばかりの冒険者だったのだろう。

 そういう者達は、優先的に処理される。

 彼らは私とクロスが始末しなくても、いずれ他の聖女に祓われていたと思われる。

 

 うん、だから私悪くない!

 

 とはいえ、王国教会が呪いを管理していることは一般に知られていない。いくらこの殺人に『正当性』があっても、人殺しは人殺し。すいませーん、仕事なんで殺しましたーと言って大手をふって歩く訳にはいかないのである。

 私達は合流するなりいそいそと教会に戻った。

 そして神父に、死体の処理をお願いする。


「――わかりました、夜の間にその者どもの死体は片しておきます。リリシア様、聖女としてのお役目ご苦労様です」


「ええ、頼みます」

 

 そう、本当に、この王国ではよくある事なのだ。神父が二つ返事でオーケーするくらいには。


 ……故に、私が考えているのは別の事だ。

 クロスに、人を殺させてしまった。

 本人の様子を見るに、恐らく殺しに離れているようで、別段気にした様子は見えない。

 しかし、じゃあ良いか、とならないのが現代日本人の倫理観の面倒臭いところである。

 正直なところ、あの子が傷ついていない素振りを見せないのは今だけを考えればありがたい。

 しかしクロス本人の事を考えるのであれば、間違いなく良くはないだろう。


 どこの世界に、息子を人殺しにしてよしと親がいるか。

 もし喜ぶ親がいるなら、そいつは命というものの価値を理解出来ていない。

 命が……子供が……どんなに尊いものか……

 

 私はベッドの上で無邪気に眠る子供達を見る。

 リィル、クロス、クリム、ブルム、モモイ。五人ともスヤスヤと眠っている。

 私は微笑ましいものを見た気持ちになりながら、教会を出た。


「……」


 唐突に、ケイルに言われた責任という言葉が頭をよぎった。

 私は、あの子達に対して責任を負えているのだろうか。

 ぼんやりとそんなことを考えてしまう。

 月明かりの中、空を見上げて、じっとそのことを考える。

 私は、あの子達の親として――


「リリシア様、まだ起きていますか?」


「……あら、リィル。夜中にどうしたの?」


 思考を遮ったのは、まだ十五にすらなっていない少女だった。

 わざわざ教会を抜け出て私を追ってきたのだろうか。あれは寝たふりだったのかしら。

 まぁ、どうでもいいけれど。

 月光降り注ぐ中、私に向かってどこが覚悟を決めたようなリィルが確かな足取りで私に歩み寄ってくる。


「クロスとは、どうなりましたか?」


 ああ、そのことか。

 私は様子の違うリィルにビビり散らかしていたが、なんて事はない。お友達のことが心配なのだ。

 私は微笑んだ。


「まだ確実に私のことを信用してもらったという訳ではないと思うけれど、ひとまずはリィル達と一緒に行動するのを認めてくれたわ」


 それは冒険者達を殺した後、ケイル達と合流する前のこと。

 どうやらクロスは私が子供達を守り切れるほどの力を保持していると思ったのか、王都まで行くことに賛成してくれた。

 ……或いは、私に恐れをなしたか。

 どちらでも構わない。

 少なくとも教会に属する者として、ここでこの子達を放り出す事はできない。それこそ、責任を放棄するようなものだ。


 リィルは私の言葉に頷く。


「クロスは、私たちの隊長です」


 うんうん。

 私はリィルが自分たちのことを話してくれるのが嬉しくて、にこやかに頷き返した。


「戦闘での私達の動きはクロスによるものが大きく、それ以外でも私たちを守るように動きます」


 やはりリィル達はクロスを信頼しているようだ。

 であれば尚更、仲間外れにはできない。

 今日のような事が起きないように、クロスとも仲を深めておくべきか。


「──だからこそ、たまに何を考えているか分からないことも多く、リリシア様に背くこともあるでしょう」


 リィルは本当に優しい子だ。

 彼女もまた、自分たちにクロスという存在が不可欠なのを理解しているし、失いたくないと思っているのだろう。

 こうして個別にクロスのことを悪く思わないようにと言ってくるあたり、可愛らしい子だ。

 だが、不安にさせてしまったのも事実だろう。これ以上言われずとも、私は当初から子供達を誰一人放るつもりはない。

 リィルを安心させてあげましょう。


「ふふ、そうね、でも――」


 ――大丈夫。

 そう言い掛けて、リィルの言葉が終わっていないことに気がつく。


 

「ですから、これ以上、リリシア様のお手を煩わせる事は許せません――許可さえ頂ければ、私がクロスを殺します」



「……な……え?」


 ぴたりと、私の身体が固まった。

 それこそ氷付けにでもされたみたいに、動けなくなってしまった。

 彼女は今、とんでもないことを口にしなかったか?

 全身が総毛立つ。


「私達はお互いの事を殺すのは禁じられていました。ですが、リリシア様のおかげで首輪がなくなったおかげで、今なら問題なく実行できます」


「ま、待ってリィル……クロスはリィルの大切なお友達でしょう?」


 彼らは苦楽を共にした仲間。

 例え私のような他人を信じられなくても、彼ら五人は大切な絆で結ばれていると、『勝手に』そう思っていた。

 ……違うのか?

 もしかして私の勘違い?


「……確かに、クロスは大切な仲間です。今日この時まで幾度も助けられました」


「……」


「ですが、リリシア様。それが何か?」


「……!」


 リィルの表情は真剣だ。

 嘘をついたり、演技をしているような感じでもない。

 心の底から、私の邪魔になるなら殺しても良い、そう考えているような、そんな面持ちだ。

 これが、彼らの生きてきた世界なのだろうか。

 自らの邪魔をするモノあらば、その全てを排除する。

 それだけの力を無理やり与えられて、生きてきた。

 そして、ついに彼らを縛る鎖が解かれた。

 他ならぬ、私の手によって。

 彼女は私のため……ひいては自らのために、友を殺そうとしている。

 私にはそれが理解できない。

 理解出来ないながらも、彼女であればきっとやるのだろうと直感した。


 ……全く。

 あの神父にはとことん腹が立つ。

 彼に命令していたであろう組織についても同様だ。

 これでは、私が呪いを産みかねない。

 それほどまでに、悪辣な計画だった。


 こんなの……クロスに言えるわけないじゃない。

 リィルのことを大切に思っているのは、あの子なのよ。


 本人の口からもある通り、リィルとて憎からず思っているわけではないのだろう。

 しかし、それはそうと、私の邪魔になりそうだから殺す。リィルはそう判断出来るように育てられてきた。

 それを否定することは彼女を否定することに繋がるし、否定しなければクロスは大好きな女の子に殺されるというわけだ。

 ……何が面白くてこんな事をするのか。


「リィル……クロスは殺さないで」


「……ですが、今後更にリリシア様にとって不都合を招くかと。リリシア様の素晴らしさを理解せず、いまだ反抗的な態度……許せません」


「あら、それはリィルだって同じだったじゃない……もう少し時間をかけて仲良くしてみせるわ」


「リリシア様。そのように我慢するくらいであれば、いっそ私が」


 食い下がるリィルを見て、適切な言葉が見つからない私は黙って首を振った。


「大丈夫だから、もう少し時間をちょうだい?」


「……はい」


 リィルは渋々頷くと、そのままオンボロ宿に戻っていった。

 引き下がってくれたことにホッとしつつ、思わず額に手を当てた。


「はぁ……なるほど、なるほど……」


 子供が力を持つと、こういう事態を引き起こす。

 力は正しく振るわなければならない。

 その力が強大であればあるほど、だ。

 誤ればそれは暴力となり、正しく用いれば力となる。

 私は、あの子達に暴力の化身となって欲しくはない。


 平和に。

 あの子達が平和に暮らしてくれれば良いのに。

 ただそれだけが望みだ。



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