十七話
「はぁ? 誰が頼んだんだよ。俺たちは別にこの力自体は気に入ってる。むかつくのはテメェら教会だよ――だから、好き勝手させろ。もう俺たちに関わるな」
言った。
言い切ってやった。
俺がずっと思っていた事だった。
特に最後の、「もう俺たちに関わるな」は、紛れもない俺の本心だ。
神父だの聖女だの……とにかく教会の奴らのおかげで、俺たちの人生はめちゃくちゃになっちまった。
だからもう、放っておいてほしい。このリリシアとか言う女は俺たちを元の人間に戻そうとしているらしいが、余計なお世話だ。そんなことをするくらいならさっさとどっかに行けってんだ。
そもそも教会の人間なんて、信用できるはずもない。
「……」
リリシアは俺の言葉を聞いて黙り込んでいた。
自らの好意が拒絶されて驚いたような顔。
そういうのもムカつく。
自らのやることなすことの全てがまさか否定されるだろうとは思っていない様子だ。
自分が正しいと、絶対の自信を持っている。
許せない。
こんな奴らがいる教会という組織が、どれだけ傲慢なのかと改めて思う。彼女はそのいい例だ。
俺達はあの神父にいいように使われていた。その神父から解放されたと思ったが、その実、上に立つ人間がこの訳のわからない聖女に変わっただけだ。
この女からは神父は死んだと聞かされたが、それだって本当かどうかはわからない。何せこいつらは仲間なのだから。
首輪こそ外されたものの、依然として大人の言いなりになる現状に変化はない。
だからこそこいつが上っ面ばかりで話すこと全てに腹が立つ。
耳聞こえのいい言葉ばかり。
愛だの何だのと、馬鹿も休み休み言え。
「――」
落ち込んだ様子の自称聖女サマ。
いい気味だ、などと思っていたその時。
リリシアの様子が変わった。
目を細めて、何かを思案するような表情。
それは、聖女とは掛け離れた、戦人の顔。
あまりの変貌ぶりに、言葉すら失う。
別人。
そう思えるくらい顔つきが変わっていた。
気のせいだと思って首を振ると、彼女はいつものムカつく笑顔に戻っていた。
「これから言うことをちゃんと聞いてね」
「……は?」
何であんたの言うことなんか聞かないといけないんだ。
そんなつもりで睨み返すと、リリシアは微笑み、俺の片腕を優しく捕まえた。
あまりに自然な動き。振り解くとか、そういう選択肢が頭の片隅に浮かんだときには、彼女に手を引かれ歩いてる頃だった。
「クロスの術について教えてもらえる?」
「誰が教えるかよ」
「あらそう。じゃあ私の認識が合っているか確認させてもらうわね」
「……」
やれるならやってみろ。
そんな気持ちだった。
だが、彼女の確信に満ちた言い方は、正直言うと嫌な予感がした。
「まずは貴方の術は身体から金属製の刃を出せること。貴方は普段使い慣れているから腕からしか出さないようだけれど、私が見ていないだけで脚や胴体からも発現出来てもおかしくはない。後は刃の形はある程度自由が効いて、長さは……そうね貴方の身長の倍くらい?」
「な……」
何で。
何で俺の出せる刃の長さが、普段出すより伸びる事を知っているのか。
形や速さ、他の部位から出せることはこの際どうでもいい。それは隠してはいないことだ。
だが、射程距離については、リィルにすら話していない、俺の秘密だ。
思わず俺は言葉を失った。
この女に俺の能力を見せたのはほんの二、三回程度。どれもゆっくりと説明して見せたわけでもなく、ほんの一瞬だけ。
それなのに、速度だけでなく、距離まで見抜かれたのはどうしてだ。
「――うん、その反応で大体わかったわ。じゃあ話を続けます」
「ちょっ、ちょっと待てよ……! なんで分かったんだよ!!?」
「貴方達のフォーメーション。リィルが一番槍なのは何故なのか。どう見ても射程が貴方の方が短いはずなのに、リィルのサポートに回るのは何故なのか。少し考えた結果よ」
「馬鹿な……そんな訳……」
俺は化け物を見るような目で見つめた。
この女は俺達の術の詳細を一切知らないはずだ。
であれば、それぞれが魔力を風や火や氷にして飛ばしていると、そうとしか見えないはずだ。
こいつ、いつからそんな所まで考えていたんだ……!?
「うーん、あまり時間がないから、後でゆっくり話しましょうか」
時間?
何の話だ。
馬鹿にされてるのか。
詳しく聞こうにも、その隙がない。彼女は時折耳を澄ますような顔つきで目を細めながら、早足で歩いていく。ついていくのがやっとだ。
「五人ね。確か戦士が三人、弓師が一人……もう一人は……魔術師だったかしら」
「……」
まるで子供の俺に言い聞かせるような台詞だ。
なんのことかと首を傾げて、ふと彼女が何を言っているか分かった。
俺もようやく状況に気がつく。
「さっきの店の奴らか……? 俺達に復讐しに来た……?」
追われている。
遅れて俺はその事に気がついた。
振り返って確認しようとしたが、ぐいと引っ張られて止められる。
「尾行がバレたとあったらすぐ突っ込んでくるわ。私達の戦いやすい場所に行きましょう」
俺よりも早くこの状況を把握していた聖女は、なんて事ないように言った。
ムカつくが、頼りになる雰囲気だった。
俺は反発しそうになる自分を飲み込んだ。
何故だか、彼女に従おうと言う気になった。
別に怖気付いたわけじゃない。
五人組なら……最悪俺一人なら逃げ切れるはずだ。
でもこの女はおよそ戦闘力はない。だって聖女様だからな。
頼りの騎士もいない彼女がどう戦うか見ものだった。それでこの女がどうなっても、俺達はこの女から解放される。
お手並み拝見といこう。
……それにしても、ついてきているのはあの時俺たちにウルセェとか注意してきた男達だろうか。
クリムには腹が立ったが、それ以上に俺達の邪魔をしてくるあの冒険者達にもっとムカついた。
騒ぎを起こしたのは確かにマズかったが、それで別れた少数の方を狙ってくるなんて……なんとも小狡い奴らだ。
大人ってのは、どいつもこいつも……子供とあれば下に見るやつばかりだ。
しかし、この女、俺がいざこざを起こした相手をあの場で一人ずつ覚えていたのか。確かに弓を背負ったやつが一人いた気がするが、正直後は覚えてない。
何故記憶する必要があると思ったのか。
……恐らくこうなる事を見越していたのか。
こいつ普段どんな生活を送ってるんだよ。
「クロス、一緒に戦ってくれる?」
「……なんで俺が」
「だって狙われてるのは貴方だもの。私は貴方から離れるだけで何事もなく帰れるわよ?」
「……ちっ」
言われてみると、確かにあいつらの狙いは俺だろう。
直接あいつらに被害を与えたのは俺とクリムだからだ。俺だってもしあいつらの立場だったら直接刃を向けた俺や、火を放ったクリムを狙うはずだ。
「わかった」
俺は不満を隠さずに頷いた。リリシアはそんな俺を見てニコニコしている。
ムカつくぜ。
「路地裏に誘い込むわ。貴方にやってほしいのは、姿を見せない弓師への攻撃と、手前の戦士達三人の相手。魔術は展開に時間が掛かるから、発動されるまで放置でいいわ」
「……一つ目から無理だろ、だって見えないんだから。隠れてるのはわかるけどよ、仮に弓師を見つけても、前衛が守るだろ」
「だから戦いやすい所に行くのよ。他に懸念点はあるのかしら?」
「それに三人相手だって、正面切って俺一人じゃ……無理だ」
「それも地形で解決する。ようは奴らを一本道に誘い込めば基本は一対一です」
「……」
そんなに魔法のようにうまく行くのだろうかとは思った。彼女に対しての猜疑心は消えない。
だが、彼女の確信に満ちた言動は、もしかしてその通りになるのではと思わされる。
俺の意見なんてまるで聞いていないのに、この人に従おうと言う気にさせる。
こういう人のことをなんと言うのだろうか。
分からない、俺の語彙では正しく言い表せない。
けれど、将となる人は。
皆等しくコレを持っている必要があるのでは。
そう思わされた。
「走りますよ。三つ先の路地裏に入ったら、すぐに戦士達が追いかけてきます。貴方はそれを確認したら、路地裏入り口の壁を攻撃してください」
「……はぁ?」
「後は流れでお願いしますね……ここです」
細かい説明は一切なかった。
俺は手を引かれるまま路地裏に連れ込まれる。
後ろの方で、数人の走るような音がした。
いきなりすぎるだろ……!
「三人目が見えたら、言った通り壁に攻撃を」
入ってすぐのところでリリシアは振り返る。
「貴方への攻撃は私が防ぎます……安心して暴れてね」
「ふ、防ぐってどうやってだよ……!?」
答えを聞く前に、大柄の男達が入ってくる。
先頭は髭面の……俺に文句を言ってきたやつだ。顔を赤くして、俺に狙いを定めているような顔つきだ。
いや、今はそれどころじゃない。
一……二……三人見えた。
「本当に当たんのかよ……!」
半信半疑で、奴らが来た方の路地の入り口に刃を伸ばす。
手のひらから伸びた黒鉄の刃が、ぐんぐんと伸びて壁を貫く。
「がっ……!!?」
俺の刃は壁を貫通し、様子を伺うように壁に張り付いていた男の背中を貫いた。その感覚が腕に伝わってきた。
「当たった……!?」
俺が驚くのと、手前の髭面が踏み込んでくるのは同時だった。
俺は慌てる。
先手を取ったが、相手は3人目の前にいやがる。こんなの……
「落ち着いて一人ずつ相手をして」
簡単そうに言いやがって!
「死ねクソガキッ!!」
「おおおおっ……!!」
俺は肘と手のひらから刃を伸ばすと、片方を地面に突き刺し、なんとか鍔迫り合いに持ち込む。
体格や筋力面では圧倒的不利なのは見れば分かった。
だから俺は、大人と戦う時はいつも支えを使う。
今のところ、地面に刺した支えと丸ごとへし折られた経験はない。
「舐めるなぁ!」
俺は剣筋を逸らすよう傾けると、そのまま胴体から新たに刃を伸ばす。
「この、化け物ッ……!?」
目の前の男が、喉を突かれてごぼごぼと自分の血で溺れながら絶命する。
な、なんとかなった……
「油断しないっ……!」
リリシアの言葉と、二人目の男が持つ戦斧が降り注いでくるのは同時だった。
「やば……」
全身が総毛立つ。
俺の身体なんか簡単にぐしゃぐしゃにしてしまうような鋼の塊が、俺に向かってきていた。
かわせない。
これは喰らう。
死を悟った。
「ぐっ……」
「な、にを……!?」
だが、男の振るう斧は途中に差し込まれた障害物によってその速度を緩める。
リリシアの右手が、ひしゃげていた。手のひらから肘の辺りまでをぐちゃぐちゃにさせられながら、クロスに向かっていたその攻撃を防いでいた。
血飛沫がぴゅーぴゅーと噴出していた。血管のほか、神経や骨が露出し、無惨な肉片が生まれている。
「クロスッ……!」
「……!!」
言われるまでもない!
刃を伸ばして、驚愕に身を固まらせる男の心臓に突き立てる。胸部は一部金属製の防具に守られていたが、俺は隙間を通り抜けるように刺し貫いた。
「が……ふ……」
前のめりに倒れてくる男を足で退けながら、次を見る。
最後の一人は革鎧を身につけたフードの男で、短剣を構えながら顔を引き攣らせていた。
いける。
余裕だ。
なんだよ、俺一人で五人相手なんてめちゃくちゃ無理だと思ってたけど。
現に俺は一太刀も喰らってない。
ははは!!
「なに、逃げようとしてんだよッ!」
引け腰の盗賊相手に、距離を詰める。
こんな奴の首、すぐに刎ねてやる。
片刃の剣を手から作り出すと、大きく振りかぶった。
「……ふ」
勝利を確信したその時、ぬるりと、フードの男が横にずれた。
俺の目の前に、大仰な魔法陣を作り出した魔術師が、こちらに狙いを定めていた。
しまった、魔術師……頭から抜けていた……!!
先ほどリリシアが呟いていた敵の構成を思い出すが、今更遅い。
赤灼の輝きが、今まさに完成間近だった。
「……!」
くそ、言われてたのにな。
意識出来てなかった。
どっかで話半分だった。この女の話すことなんてどうでも良いって思ってた。
ぶわっと後悔が脳裏を駆け抜ける。
時間がゆっくりに感じた。
「クロスッ――!」
「ぐ……ぁ……!?」
魔術が発現するその瞬間。
俺は真後ろから明後日の方向に蹴り飛ばされた。
「――死ねぇ!」
魔術師の魔術が発動する。
俺の真横を通り抜ける大きな火の玉が、真っ直ぐに俺の背後にいた人物に向かって飛んでいった。
「……!!」
爆発と共に聖女の身体が弾けた。
腰の上から上半身の一切が、蒸発するように溶て、飛び散った。
鼻の奥に、焼けこげた猛烈な臭いが飛び込んでくる。
魔術は発動こそ時間が掛かるが、一度発動してしまった魔術の効果は絶大だ。
その恩恵は、普段俺たちがどれだけこれに助けられているか身に染みて分かっているからこそ、余計に脅威に感じる。
人ひとり吹っ飛ばすくらい、訳ないのだ。
「……」
言葉を失う。
あまりの事に、何も言えなくなった。
次は俺が危ないとか、そういう冷静な判断の前に、ただただ驚愕から抜け出せない。
ぼうぼうと燃え盛る聖女の下半身が、まるで死ぬ前に命令した指示を実行しようと、倒れそうになりながら前に歩いていた。
……前に、歩く?
「次はこのガキだぜ。ったく、アイツらには幾らか貸してたのに、殺されちまった」
「ガキなんて放っておけとと言ったのにな……いや、それよりパーティだ。同じ銀級冒険者。探さないと……」
男達は俺を見下ろしながら、この後の行動について思案中のようだ。
その背後を、ちりちりと火の粉を撒き散らして聖女の下半身が歩みを止めないでいる。
俺が、おかしいのか……?
あれは、よくあるのか……?
「――」
リリシアの下半身は、俺が瞬きする間に、ゆるりと正面を男達に向けた。
黒い塊が、上半身を形作るようにゆらりとゆらめいている。
その漆黒の上半身に、炎が燃え移る。
明らかに即死だったその肉体は、不思議な事に炎を纏う事で、焼死するまさにその瞬間に遡っている。
再生している。
再生しながら、火が消えないために燃え続けているのだ。
まるで不死鳥のようだ。
ただ、伝説上で聞くような生物と違うのは、おそらくリリシア自身もあの炎の被害を受けている。
その上で、人体を改めて形成しようとしている。
その燃え盛る身体で、リリシアは無警戒に横並びになっている二人組を、捕まえた。
魔力由来の激しい炎が、瞬く間に二人に燃え移る。
「なに……!?」
「こ、こいつ……!?」
二人の注意が逸れる。
真っ赤な炎に包まれたリリシアが、確かに俺に目配せした気がした。
「らぁ――!」
俺は、二人の首を即座に刎ね飛ばした。
どさりと、頭部のなくなった死体が二つ、その場に倒れ込んだ。
「良くやったわね」
焼死体だったものが喋る。
黒い靄が、意思を持つようにひとまとまりになっていく。
気がつくとそこにいたのは、微笑を浮かべて衣服まで復元した聖女の姿がそこにあった。
人ではない。
その時、心の底から思った。
「さて、死体をどうしましょうか……うーん、ケイルに怒られそうね」
襲われた事実を引きずることはせず、淡々と死体の処理に頭を巡らせる聖女。その表情に、驚きや怒り、ましてや恐怖などという色は存在していなかった。
浮かべている表情は、もちろん微笑。
暗殺者として訓練されてきた俺達より、そこしれない深さを感じる女だった。
俺は改めて、この女の得体の知れなさを恐れた。
……逃げれるなんて、考えないの方が良いのかもしれない。
もし、勝手にこの女の近くを離れたら。
或いは俺たちもこの男達のように。




