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十六話


 日も暮れた街中を、少年と並んで歩く。

 身長は私の胸の辺りしかないが、既に男の子としての骨格が出来つつあるクロス。子供、というよりは男の子の印象だ。リィルの話では年長組であるリィルとクロスは十歳は超えているとの事だが、実際はもう少し上で私の見立てでは中学生ぐらいだろうと見ている。つまり十三〜五歳くらいのイメージだ。私も女性にしては身長が高い方だが、この子達は明らかに栄養失調だ。食べさせればもっと大きく育っていたように思う。よし、いっぱい食べさせよう。

 年齢で言えば、続くクリムとブルムは双子で、彼らは十歳前後。小学校高学年といった具合だ。そして残ったモモイは結構幼く見えるが、クリムやブルムと一、二歳差だろう。

 年齢や性別もあんまり統一感のないリィル達だが、思うにこの集まりは意図したものではなく、生き残りなのではないかと思う。

 つまり、本当はもっと子供達がいて、他の子達は計画途中で死亡した可能性が高い。

 根拠は私……というか聖女だ。

 呪いをその身に宿す過程で、聖女は命を落とすことも少なくない。

 であれば、魔術をその身に宿す彼らもまた、リスクがあるはずなのだ。魔術と呪術は似て非なるものだが、人には出来ない事を可能にするエネルギーとして見るなら、釣り合いは取れているように思う。


 ……まぁ、本題に入るにしても、まずはジャブからか。


「クロス達は、出会ってどれくらい経つの?」


 途端に煩わしそうな視線が私に向いてくる。

 けれど当然、こんな事で私は臆したりしない。子供は何をしていても可愛いのだ。


「……しらねぇよ。知ってるんじゃねぇのか?」


「知らないわ。教えてくれる?」


「……だからしらねぇって」


 なるほど、敵の牙城は硬いようだ。

 では他のことを聞こう。こんな質問、ぶっちゃけてしまえばリィルにでも聞けばすぐ分かる。

 私が知りたいのは、クロスという子のことである。

 なるべくならパーソナルな質問にするべきか。


「好きな食べ物は?」


「ない」


「好きな色は?」


「ない」


「好きな女の子はいるのかしら?」


「……い、いない」


 おや?

 意外な質問がヒットした。

 正直、ノリで聞いただけだけど、まさかこの一見クールそうな子が好きな子いるなんて。

 驚きと同時に、このクロスという男の子が一層愛おしく思えてきた。

 ふふふ、応援しちゃうわよ。


「ねぇねぇ、誰が好きなの? まさかケイルって事はないわよね?」


「そんな訳ないだろ……それにいないって言ってるだろ!」


 当然ケイルではない。そんな事は分かっていた。

 普通に考えるなら、リィルとモモイの二択ということになる。

 モモイは彼らの妹みたいな立ち位置だ。別にクロスが好きな子にするとしてもおかしくはないが……普通に考えるならもう一方だろう。

 あ、そういえば戦闘時もリィルにピッタリくっ付いていた気がする。

 え、そういうこと!? 俺の女は守る的な!?

 きゃー!!!

 どうしよう、すごく聞きたい。

 答えはわかってるのに、クロスの口から聞きたくて仕方ない。

 ……ここは聞くしかない。


「じゃあモモイかしら?」


「ちげぇって。モモイはそんなんじゃねぇ」


 うん、わかってた反応だ。

 そうだよね、そっちじゃないよね。

 本命を聞いてみよう。


「……じゃあ、リィル?」


「な訳ねぇだろ!!?」


 ガバリとこちらを向いて、それから慌てて明後日の方向に目をやるクロス。

 その反応はなんというか……分かりやすすぎるのではないだろうか。

 ニヤニヤが止まらない。

 そうか、そうなんだ。

 クロスはリィルが好きなんだ。

 それなんというか、本当に微笑ましい。

 この子達の境遇は、決してこんなのほほんとした会話が出来るほど穏やかなものではなかったはずだ。

 そんな中でも、この子は自分が守りたい人に出会って、そしてそれを実行に移していた。

 クロスは凄い子だ。

 こんな年齢でませているとか、そんな言い方はとても出来ない。むしろ素晴らしいことだ。


「……凄いわね、クロスは」


「だから好きな奴なんていねぇって言ってるだろ!!」


 おっと、からかいすぎたか。

 あんまりいじめるのも可哀想だ。

 ちょっぴり頬を赤らめている少年に微笑みながら、私は「こほん」と咳払いした。


「ごめんなさい……それで、話は変わるけれど、クロスは呪いについてどれだけ知っているかしら?」


 気になっていた事を尋ねると、彼は「何いってんだこいつ」と言う顔をした。

 私も世間話にする題材にしては妙なチョイスの自覚はしているが、彼らの実情を説明するには私の理解の範疇で説明した方が早いと思ったのだ。

 それに、私の説明をするのにも手間が掛からないし。


「……アンタらの方がよく知ってるだろ?」


「それはそうなんだけれどね。まぁ良いから答えてよ」


「……人の恨みの感情だろ。他人を殺したいほど憎んでいる、人の殺意だ」


 私の質問に答えないと話が進まないと思ったのか、クロスの解釈で呪いの事を説明してくれる。

 本来なら私と会話したくもないだろうが、こういうところで自分を抑えて割り切れるあたり随分と大人だなと思う。

 この辺り、まだ数えるほどしか話したことのないクリムやブルム、そして恐らくモモイはまだまだ年相応と言ったところだ。

 その分、クロスが頑張ってきたのだろう。だから彼がリーダーだとすぐに分かった。

 実際のところは年長組二人でカバーし合っているのかもしれないが そこのところで言うと、リィルの精神性はちょっと判断に困っている。あそこまで敬意の念を持たれるとは思わなかった。

 いや、今はリィルの話ではない。話がそれた。

 私は頷いてみせる。


「概ねそうね。本当のところは殺したくなくても、妬ましかったり憎しみの感情だけでも呪いは発生するのだけれど、この国で生きている以上基本的に殺意以下の呪いはまず見かけないでしょうね」


「……殺意以外でも? どういう意味だ?」


 少し興味を持ったのか、クロスが眉根を寄せながら私を見上げた。

 

「言葉の通りよ。本来の呪いは人間の悪感情の全てから生まれる」


 この世界は、そうなっているのだ。

 人を恨めば、恨んだだけ世界の誰かが傷つく。

 ネガティヴな感情を持ったその時から、見知らぬ誰かに火をつけているような世界だ。


「……けど、呪いなんてそうそう見ないぜ? 別に全く見ないって訳じゃないが」


「それはクロス達が住んでいた場所が一応王国領土内だからね。王国内であれば呪いは教会が管理するから」


 王国は大小問わず呪いを管理下に置いている。もちろん全て管理し切れてはいないが、よほどのモノでない限りまず逃さない。

 先日リィルを襲ったようなものは、呪いとしては大きくない。しかしこのシステムは自らを王国民だと自覚している人間が多いほど効果は強くなり、逆に少ないと大した効果は見込めない。国境付近で呪いがチラチラ出現するのはそういう理屈だろう。


「管理って……どうやって」


 私の説明から、純粋に不思議そうな顔をするクロス。

 呪いは危ない、近づくな。それくらいの認識しかない子供からすると、さぞかし意味の分からない事だろう。

 実際実情を把握している私も、あまりの規模間に眩暈がするほどだ。


「単純に、国民達が産む呪いの全てを、王都の中心にある教会に集めているのよ」


「……だから、どうやってだよ?」


「呪いに餌を与えてるの。それで撒き餌のようにして食いつかせている……多分ね」


「えさ……?」


 私は立ち止まる。

 つられてクロスも、首を傾げながら立ち止まる。


「聖女」


 端的に言った。

 餌とはつまり聖女だ。

 聖女を餌にする事で、呪いを集めている。

 これはそういう呪い。

 初代国王が作り出した、国民を幸せにするための呪い。


「……」

 

 クロスはポカンとして、それからややあってすごーく嫌そうな顔をした。


「あはははっ」


 思わず笑ってしまうような少年の顔だった。

 やはりこの子はわかりやすい。

 分かりやすいし、飲み込みも早い。

 少し頑固な所がたまに傷かもしれないが……将来は賢い男の人になるかもしれない。


 再び歩みを始めると、二、三歩後ろをついてくる。


「つまり……聖女様が犠牲になって、この国を守ってる、って言いたいのかよ?」


「いや、話したいことはそこじゃないわ。つまり聖女は、そんな役割を背負っているから、呪いに対抗する力がある訳なのよ」


 そう言って私は、先ほどクロスに切り落とされた手を見せる。聖女の身体は例え部位が欠損しても、数秒足らずで再生する。

 中身が減る前に、器が割れては話にならないからだ。


「化け物」


 クロスは端的に言い表した。

 思わず頷く。その通り。


「私は化け物。呪いの化け物……じゃあ君達は?」


 矛先を向けると、クロスが押し黙った。

 呪いに対抗するため、呪いにその身を染めた聖女達。

 もちろん、人間とはもはや呼べない。

 では、一方の『魔化兵士』はどうだろうか。

 彼らは人とは違い、魔力をその身から生み出すことが出来る。自らの性質を組み合わせて、魔法陣が無くとも魔術らしきものを発動出来るのだ。

 武器も何も無くても、簡単に人を殺めることができる。

 私が言うのも何だが、恐ろしい存在だと思う。

 呪いと同様に、魔力をその身に宿した彼らもまた、人ではないのだ。


「クロス達の力は、大きなものです。もしかしたらさらに強大になるかもしれない。それを軽く見てはいけませんよと伝えたいのです」


「……」


「人は未知に恐怖する。私を見て恐怖した貴方のように」


「……だから教会の人間は嫌いなんだ」


 クロスは私の視線から逃げるように足を動かした。


「そもそもこんな身体にしたのは、あんた達教会の人間だ。なのにリィル達がなんであんなにあっさりあのクソ神父と同じ組織にいるあんたを信じてるのか理解できない」


「……」


 ううん、おっしゃる通り。そればっかりは全く言い逃れできない。

 そうなのよね、あの神父と私は大枠で見ると普通に同じ教会の人よね。

 はぁ、ほんと、何考えてるんだか。

 さっさと首謀者を見つけないと。

 あんな非人道的な行為をする組織。一体どれだけの呪いを生み出していることか。

 それを教会の人間にやらせているのはつまり、凄まじく重大な背信行為だ。許してはおけない。

 そして、それと同時にこの子達を平和な暮らしを送れるようにしてあげたい。


「だから王都で貴方達を元に戻せるか診断を……」


「はぁ? 誰が頼んだんだよ。俺たちは別にこの力自体は気に入ってる。むかつくのはテメェら教会だよ――だから、好き勝手させろ。もう俺たちに関わるな」


 食い気味で否定されて、ちょっとびっくり。

 なるほど、能力自体は気に入ってる、か。

 その発想はなかった。てっきり「無理やりこんな身体にされたんだから、治せよ!」くらいの心持ちかと思ったが、そうではないようだ。

 では私の考えは少々押し付けがましいものだったかな。とはいえ彼らの身体にどれだけの影響を与えているか分からないので診察は必要だが……もし彼らの身体を一般人に戻せると判明した時、選ばせてあげるくらいはあっても良いのかもしれない。

 そもそも彼らの肉体にどれだけ根深い人体改造が施されているのか分かっていないのが現状だ。取らぬ狸の皮算用かもしれないが……それでもなるべく彼らの希望に沿う展開になったらいいなと思う。


 うーん、頼みましたよ、マリア様……



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