一話
「おお、リリシア様。こんな小さな教会にまで御足労頂き、感謝致します……」
頭を下げる丸いフォルムの神父に対して、『私』はお得意の笑顔を浮かべる。
「構いませんよ。聖女として少しでも教会の力になれるのであれば、例え海の向こうであろうとも私は向かいます」
目を細めて、にこりとほほ笑む。
純粋。
まるで真っ白いキャンパスのような無垢の笑顔を浮かべて見せる。
この表情に感情はいらない。
ただ、この世の白を全て集めたような顔を作ってみせた。
これが私の仕事なのは、ここ数年で慣れ切っていた。
「流石は第三聖女様……私も見習わせていただきます」
体をスッポリと覆い隠すようなローブに身を包んだ禿頭の神父が、太い指の手を重ねて私に尊敬するようなポーズを見せる。
身体つきも顔つきも丸い彼が内心は何を考えているやらと思わなくもないが、さしたる興味もない私は教会の中を見回した。
彼の言う通り、小さな教会だ。こじんまりした広さの中には横に長い礼拝席が二列、左右に設置されており。その中央には崇めるように教会のシンボルたる神が立っていた。
その神こそ、初代国王だ。この国では神の代わりにこの国を興した彼こそを神と崇め、そして祀っている。
長年、無神論者に近い考えの中日本で生きてきた自分からすると、そういうのでも良いんだという感覚になる。そもそも宗教なんて興味はなかったが、海外だと普通だったかなと前世のやふやな記憶を引き出しながら、こじんまりした室内を眺めていると、子供達の視線に気がつく。
奥の個室から、可愛らしい子供達が四人、恐れとも興味とも取れない静かな視線を私に向けていた。
「こんにちは、私は聖女のリリシアです。皆さんはここで暮らしてる子達ですか?」
自然と頬が緩む。演技ではなく、心からの笑みが溢れる。
ああ、本当に可愛い。クリクリしたお目々と、あどけない顔立ち。まだ十歳にもなっていない時分だろうか。私の胸の辺りにも届かない身長の子供達がそこにいた。
私は子供が好きだ。可愛らしくて、愛らしくて、純粋で。何を手放しても手助けしてあげたいという気持ちに駆られる。
一言で表すなら母性だろうか。私はどうもそれが強いらしく、子供を見るだけ無条件に胸の内に愛おしさが込み上げて仕方ない。
一日中、この子達を愛でたい。そうだ、ここに子供達を愛でるだけの楽園としよう。永遠にみんなの笑顔を見守っていたい。ここに住もう、絶対。
子供達は、男の子が三人、女の子が一人だ。元気一杯の男の子達に振り回されてるであろう女の子一人が今から少し不憫だが、そこは私が同性としてフォローしてあげよう。うん。
などと、そんな風に妄想を始めていると、すぐにその子達の異変に気がつく。
包帯。
腕や脚、首元に痛々しい包帯が巻かれ、血が滲んでいた。ボロ布のようなシャツと短パンは貧しさ故と理解できるしどうにかしたいとは思うが、それとは違う別種の"痛み"が混在している。
「――あの子達は?」
「ええ……親に捨てたられた、孤児達です。行き場もないので、私が引き取って育てています」
「そうですか……お優しい神父様に感謝します」
「いえいえ」
丸い顔立ちが、にちゃっと潰れた。
神父の言葉に、確信のない不信感が芽生える。
小綺麗にした神父と比べて、なんとも清潔感のない子供達。身体つきから包帯の巻き方に至るまで、"愛"を感じない。
良くない考えが浮かぶ。
時を同じくして、彼らもまるで何かから逃げるように、部屋の奥へと姿を消していった。
私の隣では、少しだけ険しい顔をした神父が立っている。
「すみません、聖女様に挨拶一つ出来ず……」
「ふふ、構いません。むしろ知らない人には近づいてはいけないという、危機管理の教育が行き届いている賜物かと」
「そう言っていただけると、育てている私としても助かります。何せあの子達は――」
「あら。まぁそうなのですね――」
おほほ、と中身のない会話をしつつ、これ以上ここに用はないなと思う。
元々、中央協会からの雑用――というか、他の聖女の嫌がらせで王都より遠くにある小さな都市に向かわされたのである。仕事である以上別段文句などないが、必要な作業などはなく、ただ単に向かわされただけというのであれば、長居は無用だろう。実際にやる仕事も無いようだし。
その後、十分ほど神父に近況について報告してもらうと、中央からの援助を約束して、私は小さな協会から出る事にした。
教会から外に出ると、また一人、少女がいた。
赤みがかった茶髪の、目つきの鋭い子だった。この子の身体にも包帯が巻き付けてある。
頬に痛々しい青あざを残して、私を見上げる少女。
「……聖女様?」
「ええ、そうですよ。私はリリシア。あなたのお名前は?」
「……」
彼女は私を呼んだだけで、それ以上何も口にすることもなく、そそくさと教会の中に入っていく。
彼女も、教会の中に居た子供達の仲間なのだろう。
あの年代であればもう少し子供らしい反応をしても良いとは思うが……まぁいろんな子供達がいるという事だろうか。勉強になった。
視線の先では、五人の少年少女達が固く抱きしめ合っていた。随分と仲の良い子供達だ。微笑ましい。
「――礼儀のなっていない子供でしたね」
「そんな事ないわよ。可愛らしい子じゃない」
教会の中を眺めていると、隣からよく通る女性の声がした。
見れば黒いボブカットの女性が立っていた。
釣り上がった目が多少気にはなるが、随分と中性的で美しい顔立ちだった。腰からは両刃の剣をぶら下げ、要所に鉄の胴当てや膝当てなんかを身につけている。
私の護衛の騎士のケイルだ。付き合いも長いので、気心の知れた護衛である。
「子供は嫌いです。話を聞かない」
「あなたの子供の頃はどうだったの?」
「……貴方よりは話を聞く子供だったかと」
彼女は目線を逸らしながら言った。
「ふふ、そうだったかしらね……さて、いきましょうか、ケイル」
「はい、リリシア様」
彼女は私を先導するように、道草を雑に切り払われた、或いは踏み鳴らされた小道を進む。
辺りは森……いや、林と表現するべきか。木々が生えており、人が住むにしては少し不便そうだ。
教会というのは普通街中にある。特に我が国では、国王がそのまま信仰の対象ということもあり、その神たる者を奉るために街の中心に大きな教会が敷設されている事も珍しくない。
それがまるで除け者のようにこんな町外れに設置されているとは、首の一つも傾げたくなるものだ。
他の聖女達から鼻つまみ者として扱われている私に対して、本当に嫌がらせの一環でこんな場所に出張させられたのだろうか。全然ありそうなところが、この国の中枢にいる人達の性格というか。
言ってしまえば手放しで褒められる人が極端に少ないのだ。尊敬できるのはほんの一握りだ。
真面目な奴が馬鹿を見ると言うか……いや、決して自分がとてつもなく真面目と言いたい訳ではないが、とにかくズル賢い奴らが甘い汁を吸い、聖女の名に相応しい人ほど遠くに追いやられるのが現状だ。
どうにかしたいという気持ちもなくはないが、そこまでの愛国心を持ち合わせてはいない。
私はただ、子供達が健やかに育っていてくれればそれで良かった。
「ケイル、近くに民家はありましたか? 人の痕跡でも良いです」
「さほど大きくない家が一軒ありました」
護衛として、周囲の地形を把握しておくのは当然だとケイルは頷いた。
私も頷き返し、「では夜にそこへ向かいましょう」と素直に告げた。
「……何用ですか?」
「仕事ですよ」
そう答えると、ケイルはぶすっとした顔になる。
「……趣味では?」
「では両方です……って、なんですか、その顔」
不機嫌を通り越して無の表情になったケイルを見て、私は思わず笑顔になった。




