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ピカレスク  作者: 木こる
2/2

共犯者

   1 『演者』


外面だけはいい男女の間に生まれた私はその遺伝子の設計図に従い、

整った顔立ちと恵まれたプロポーションの持ち主へと成長した。


幼い頃にジュニアアイドルグループに所属していた時期があり、

一部の同性からはよく羨望の眼差しを向けられたものだ。

だがそれは母が叶えられなかった夢の押しつけでしかなく、

私には芸能界への憧れというものが微塵も理解できなかった。



ある日、撮影の仕事が舞い込んできた。

いつもの写真撮影会ではなく、地上波で流される映像作品の撮影だ。

ドラマや映画ではなく10分程度の再現VTRとの事らしいが、

テレビの力を借りれば今より有名になるのは確実だろう。

母がスタッフにどんな手を使ったのかは知りたくもないが、

私はその再現VTRの主役に抜擢された。


私は自分の望みを叶えるため、本気で演技に取り組んだ。

このチャンスを無駄にはしまいと、全力で大根役者を演じたのだ。

その結果、私は見事に主役を降ろされて仕事も減っていった。

やがて完全に商品価値が無いと判断された私は契約を打ち切られ、

あの居心地の悪い業界から抜け出せたのである。


母とは何度も衝突した。

それは売れないジュニアアイドル時代からそうだったのだが、

私が芸能界を干されてからはますます親子仲が険悪になり、

母はストレス解消目的でホストクラブに通うようになった。




   2 『初恋』


伏見という男は、私にとって気持ち悪い存在だった。

彼は水川にしつこく言い寄り、「絶対に幸せにする」と宣言していた。

平凡なスペックの彼が、どうしてそこまで自信を持てるのか不思議だった。

自分をラブコメ漫画の主人公だとでも思っていたのかもしれない。


彼を気持ち悪いと思った理由はそれだけではない。

水川は学年で一番背が低く、もし制服を着ていなければ

小学校低学年と見間違えてしまいそうになるレベルの少女なのだ。

そんな小柄な少女に対して必死にアプローチする彼の姿が、

かつて撮影会に来ていた汚い中年男性たちと重なって見えた。


あのロリコン野郎から水川を守らねばならない。

そんな使命感に駆られ、私は彼女に近づいた。

向こうはこちらの忠告を素直に受け入れ、

伏見とは絶対に付き合わないと約束してくれた。

そしてなぜか私は親友認定されて困惑したものだ。



私と伏見は顔を合わせる度に口論する仲となり、

そのうち同級生たちも彼を排除しようと動いてくれた。

だが、彼は、伏見という男はそれで諦めるような人間ではなかった。

どれだけ罵倒されようが、どれだけ虐げられようが、

決して自分を曲げようとはしなかったのだ。


いつしか私は彼の生き様に惹かれていた。

彼は自分の手で自分の理想を実現させようとしている。

あれほどの情熱を持った人間が他にどれだけいるだろうか。

かつて私もあんなふうに頑張った経験があるのに、

どうして彼の本気を頭ごなしに否定してしまったのだろう。




   3 『友情』


水川が妊娠した。

それはもちろん本人の自己責任ではあるが、

私にも落ち度があったように思えてならない。

私は親友という立場にありながら、

お互いのプライベートに触れる話題は徹底的に避けてきたのだ。

その結果、彼女はろくでもない男たちの性処理玩具となり、

誰の子かもわからない胎児を身籠ったのである。


同級生たちの行動には首を傾げるばかりだった。

堕胎カンパという謎の儀式だ。

どうして性欲に負けたサルの尻拭いをしなければいけないのか。

なぜ無関係な他人から金を搾り取ろうとするのか理解できない。

しかもカンパに応じない者は人でなし扱いされるようで、

それはもう同調圧力による強制徴収以外の何物でもない。

そもそも当事者の親がその費用を支払えば済む話ではないか。

と、正論を口にした者もクズ扱いされる風潮だったので、

私は別の方法で強制徴収を回避しようと試みた。


浪費家の母のせいで、うちに経済的な余裕はない。

よその家の問題を解決するために出せる金なんてどこにもないのだ。

まあ、もし潤沢であっても私自身は1円たりとも出したくはないが。



私は1ヶ月に亘り、親友の立場を利用して水川を説得し続けた。

やれ「お腹の子に罪はない」だの「若いうちに産むべき」だの、

心にもない意見を述べて子供を産ませる方向へと誘導したのである。

さすがに出産ともなれば親が金を出さないわけにはいかないだろう。

私の生物学的な父親も、その費用だけは出してくれたのだ。


泣き続ける水川を前にして、私は段々腹が立っていた。

なぜこうも悲劇のヒロインのように振る舞えるのだろう、と。

彼女は誰に命令されたわけでもなく自らの意思で男たちと逢瀬し、

思う存分に快楽を味わった挙句、お小遣いまで貰ったそうではないか。


ああ、そうだ。

彼女は中学生にとって大金と言える額を受け取っている。

その金で産むなり堕ろすなりすればいいだろう。

きっと男たちもそういう意味で多めに包んでくれたのだ。




   4 『贖罪』


十数年ぶりに再会した伏見は落ちぶれていた。

なんて覇気のない瞳をしているのだろう。

肉体労働の帰りで疲れているだけなのかもしれないが、

これがあの情熱に満ちていた男と同一人物だとはとても思えない。


声を掛けなければ、彼は私に気づかないままだっただろう。

だが、私はどうしても謝りたかった。

あの頃の私は彼を一方的に敵だと認定し、不当な扱いをしたのだ。

若気の至りだったとはいえ、身も心も痛めつけてしまった。

彼は今でも恨んでいるだろう。謝っても私の罪は消えはしない。

だが、それでも私は謝らずにはいられなかった。


彼はすんなりと謝罪を受け入れてくれた。

それどころか「感謝してる」とまで言ってきた。

私は人目も憚らず泣いてしまった。

赦される事の残酷さに耐えられなかったのだ。



それから私たちは良き友人となった。

酒を飲み交わしながら嫌いな上司の悪口を言い合ったり、

社会に対する不平不満をぶち撒ける時間のなんと楽しい事か。

御大層な夢や希望を抱いて生きている連中には理解できないだろうが、

私たちには薄暗い感情を共有できる仲間が必要だったのである。


特に盛り上がったのは性的嗜好に関する話題だ。

私が同性愛者だと自覚したのは中学を卒業してからで、

男子からの告白を断り続けてきたのは選り好みしていたというより、

単純に異性に対して興味がないだけだった。

そして自分自身の性癖と真剣に向き合った結果、

どうやら私は未成熟な少女が大好物なのだと判明した。

要は私もロリコンだったという事だ。


私も彼も、同じ女にサディスティックな劣情を抱いていたのだ。

だからこそ私は、本物の男性器を持っている彼に危機感を覚え、

自分の獲物を横取りさせまいと躍起になっていたのである。

だからこそ私は、他の男性器を受け入れた彼女を嫌悪したのだ。




   5 『終焉』


あの女はよりによって、自分の娘に私と同じ名前を付けやがった。

まあ、周りの誰もが「望まぬ子は堕ろすべきだ」と説得する中、

親友役の私が命の尊さについて熱弁していたのだから、

何かしらの強い思い入れがあったのは確かだろう。

これからその尊い少女を私たちの好きなようにできるのだと思うと、

存在しないはずの男性器が疼くような感覚に襲われる。


逃げる機会や、周囲に助けを求める機会なら何度もあった。

下校中に声を掛けて車まで案内した時、ファミレスで食事を取った時、

ホームセンターで買い物した時、サービスエリアに立ち寄った時……。

なんならこちら側から彼女に「嫌なら帰ってもいい」と提案もしてみた。

だが、彼女は、水川の娘は私たちから逃げなかったのだ。


それどころか彼女はこれから何をされるのかという部分に興味を持ち、

やがてそれは「何をしたいのか」という質問に置き換わっていった。

少し黙らせようと半ば冗談のつもりで粘着テープで口を塞いでみると、

彼女はみるみる頬を真っ赤にして身を捩り始めたではないか。

しかも見せつけるように失禁までして、我々の嗜虐心を煽ってくる始末だ。

さすがはあの売女の娘。需要と供給というものを本能で理解している。


それから私たちは本能の赴くままに欲望の限りを尽くした。

3日後に解放された淫乱娘はまだ物欲しそうな顔をしていたが、

これ以上長引かせればこちらの計画に支障が出ると言い聞かせ、

尿臭い下着姿に着替えさせて最寄りの町まで向かってもらった。

それさえもあのド変態のメスガキにとってはプレイの一貫であるが、

世間の連中は彼女を不幸な被害者だと信じて疑わないのだろう。



私と伏見はこれから命を絶つというのに、心は晴れやかだった。

死への恐怖心はあれど、私たちを救う方法はこれ以外に存在しない。

ただし、世知辛い世の中に絶望して自殺を図るのではない。

人生最良の瞬間にその幕を下ろそうと合意し、その時が来たのだ。


生きてさえいればいい事が……なんて幻想は、私たちには当て嵌まらない。

私たちはただ人を愛するだけで犯罪者予備軍呼ばわりされ、

それを実行に移してしてしまったのだから、もう言い逃れはできない。

性犯罪の前科者に対する世間の反応はとても冷ややかなものであり、

同じ嗜好を持つ者たちでさえ一線を越えた人間には手厳しい。


まあ、それが健全な社会の在り方なのだろうが、

その枠組みの中に適応できない者たちが確かに存在する。

そういう人種は本性を隠して我慢しながら生きるか、

数少ない味方同士で傷の舐め合いをするしかないのである。

だが私たちはそんな生き方を拒み、第3の選択をしたのだ。


なんにせよ、私たちは幸せであった。

この至上の愉悦感のうちに逝けるのだから不満などない。

共に地獄へ落ちてくれる相棒もいるのだから不安などない。


私たちは薄れゆく意識の中で、そっと手を取り合った。

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