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3.予想外の出来事



    ***

    ***



 あれから半年――。


「どういうことだ? また全部返品って……」


 よれよれのシャツを着たハロルドは、伸びっ放しの髪をかきむしった。


「普通のお茶だけじゃない。果物茶も、木の実茶も、ひと包みも売れないなんて。いったいどうなってるんだ?」

「じ、実は、その……」


 隣町に商品を卸しに行っていた男性が、へどもどした口調で言った。


「王都で大人気のお茶があるそうで……。その店が、国中にそのお茶を広めているようで。そちらの味が良く、美容効果もあるらしいと、それはすごい人気だとか。そのため、我が商会のお茶は、今回はいい、と……」

「王都のお茶?」


 そういえば、そんな話を聞いた事があった。

 それに――薬草茶とは。

 忌まわしい名前を耳にして、ハロルドの眉間にしわが寄る。


 その名前は、この店では厳禁だ。想像しただけで吐きそうになる。


 思えば初めにケチがついたのは、薬草茶での失敗だった。

 最初こそ幸先のいい滑り出しだった薬草茶だが、(つまず)きはすぐにやって来た。



 ――変な臭いがするのよ。



 最初にそれを言い出したのは、いつも大量に薬草茶を買っていくお得意様だった。


 半年くらいなら余裕で保つ薬草茶は、すぐに売れてしまう分、買いだめをする客も多かった。しばらくの間苦情がなかったのは、前に買った分を飲んでいたためらしい。


 二週間程度なら、特に問題なく飲用していた。

 けれど、それを過ぎると、だんだん妙な臭いがしてきたという。



 ――それに、あれを飲むとよく眠れたのに、そういうのもなくなったの。



 他にも、美肌や、お通じの改善、その他色々あった効果がさっぱり消えてしまったらしい。


 気のせいではないかと思い、ハロルドは彼女をなだめて帰した。それで終わりかと思ったが、その日を皮切りに、ひっきりなしに苦情が舞い込むようになった。


 曰く、効果がない、体調が悪化した、臭くて飲めたものじゃない――。


 日を追うごとに苦情は増え、とうとう王都から注文を受けた分にも不具合が出た。買い付けたのは貴族だったため、ハロルドの店は貴族ににらまれるはめになった。それで震えあがってしまい、ハロルド達はとんでもない額の賠償金を支払う事になった。


 どういう事だ、とハロルドは混乱した。


 薬草茶の原料は間違っていない。配合も間違いなく合っている。それなのに、どうしてこんな事になるのか。


 原因を探ろうと思い、メイベルの家に足を運んだが、彼らは引っ越した後だった。当然だろう。あんな噂が広まった以上、この町で暮らしていけるはずがない。


 だが、ハロルドは困ってしまった。これでは薬草茶の謎が解けない。


 その後も作り続けてみたものの、どうしても効果が出ず、かつ臭いもひどかったため、薬草茶の販売はあきらめざるを得なかった。

 薬草茶が売り上げの半数近くを担っていたため、ハロルドの店には大きな打撃だった。


 だが、起こってしまったものは仕方ない。

 メイベルとの婚約前、元々行っていた商売を広げればいい。そう思って商売を再開したが、これがさっぱり売れなかった。


 今までのお得意様に話を聞いてみると、なんとも要領を得なかった。



 ――なんていうのかねぇ……。味が違うのよね。



 は? とハロルドは思った。

 作り方なんて変えていない。


 そもそも、これはハロルドの店が考え出した配合だ。味が違うも何も、創業時からまったく変わっていない。

 そう説明したが、相手は納得しなかった。



 ――二年くらい前から、急においしくなったのよね。それが元に戻ったというか……。正直、これなら他の店でも同じだもの。



 値段が高い分、損した気になると彼女は言った。


 どういう事だと思ったが、それからも売り上げは減り続けた。

 買うのをやめた客はみな、彼女と同じような事を口にしていた。


 二年という期間に覚えはない。心当たりがあるとすれば、そのころメイベルと婚約した。

 彼女はあれこれと茶葉について教えてくれて、ついでに調合も手伝ってくれた。


 ドクンと、嫌な具合に心臓が跳ねる。

 ハロルドはその不安に蓋をして、気のせいだと思い込もうとした。


 他にも同じような事を言い出す客がいて、その誰もが「二年前から良くなった」、「それが元に戻ってしまった」と口を揃えた。それはメイベルがいなくなった時期と一致していた。


 これはまずいと思ったが、何がまずいのかは説明できなかった。


 それでも、ハロルドの店が町一番である事には変わりない。あらゆるツテを使い、なんとか商売を続けていたが、売り上げは目に見えて減少した。さらに、評判を聞きつけた人間が王都からお茶を買い付けるようになってから、一段と売り上げが落ち込んだ。


 そのお茶は甘く薫り高く、美容効果まであるらしい。

 種類も豊富で、不眠や肌荒れ、抜け毛にまで効くお茶があるそうだ。

 それが本当なら、とても太刀打ちできない。


 薬草茶に詳しかったメイベルの家族はもういない。薬草に詳しい者はいたが、お茶となると話は別だ。効果と味を両立する事は、どれだけ頑張っても無理だった。たとえできても、長持ちしない。少し経つと悪臭を放つようなお茶、とても商品にはできない。


(厄介なことになったな。まさか、王都にある店がライバルだなんて)


 その店はできたばかりだが、貴族の後ろ盾を得て、手広く商売しているらしい。競合店とも対立せず、快く技術を教えてやっているそうだ。おかげで王都では今、ちょっとしたお茶ブームが起こっているらしい。

 そのため、近隣の町や村にも派生して、(くだん)のお茶が飛ぶように売れているという。


 そうこうしているうちに、ポツポツと新しい店ができてきて、さらに売り上げは落ち込んだ。彼らは示し合わせたように、王都のお茶を販売していた。


 輸送の日数がかかる分、味が落ちると思っていたが、購入者の評判は上々だ。ハロルドも我慢しきれず、一度だけ買って飲んでみたが、確かにとんでもなくおいしかった。


 ――こんなものが流行ったら、ますます商売していけなくなる。


 ハロルドの予感は的中した。


 それからも売り上げは減り続け、支店のいくつかは手放すはめになった。買い取ったのは王都のお茶を販売する店で、すぐに新装開店した。新しい店は明るく、薬草のいい香りにあふれていて、たちまち人が押しかけた。


 その店はお茶に合う砂糖や甘い蜜、香辛料なども販売しており、アマンダの店にも少なからず打撃があったようだ。


 商売を妨害しようにも、後ろにいるのは貴族である。ただの平民である自分達が手出しできる相手ではない。アマンダの父が取り入ろうにも、付け入る隙がないらしい。それはハロルドも同じだった。


 おいしく効果の高い薬草茶に、様々な種類のお茶、砂糖、香辛料。

 彼らの商売は評判を呼び、あっという間に町一番の人気店となった。


 こうして、二年が経つころには、ハロルドの店はすっかり勢いを失っていた。



    ***



 がらんとした店内で、ハロルドは頭を抱えていた。


(どうしてこうなったんだ……)


 ハロルドの店は残すところ、この一店舗になっていた。

 両親はとっくに田舎に引っ込み、今はハロルドが主人である。だが、その実態はなんとも寂しいものだった。


 扱う品はわずかに数種類。それも、儲けがほとんど出ない定番のお茶か、ごくわずかな季節のお茶のみ。それも、知り合いがお情けで買ってくれると言ったありさまで、ほとんど商売としては機能していない。


 新しいお茶を開発しようにも、王都から次々と新作が発売され、そのどれもが素晴らしい出来栄えだ。ハロルドにはとても真似できない。


 それならば、お茶の買い付けをしようと思ったが、とっくに支店ができている。今さら食い込む余地はない。


 そんな状態で、金のかかる従業員を雇っていられるはずがない。彼らをひとりずつ解雇して、工房も閉鎖。その結果、残ったのは老齢の会計係と、店番をしてくれる日雇いだけだ。

 どうしてこうなったと、ハロルドはふたたび頭を抱えた。


 アマンダとも次第に喧嘩が増え、今は結婚話も進んでいない。アマンダの家も商売が落ち込んで、それどころではないようだ。


 そちらの事業が順調ならば、金を貸してもらう事もできたのに――。

 間の悪い事だと舌打ちしたが、しょうがない。


 それにしても、アマンダには幻滅した。あんなに口やかましい女だとは思わなかった。

 口は悪いし、やたら高いものはねだるし、何かといえば金、金、金。

 こんな状態で婚約を続けているのも面倒だし、一度別れてもいいかもしれない。


 そんな事を思っていたハロルドの肘に、何か軽いものが触れた。


「ああ……お茶か」


 先日買ったばかりの薬草茶だ。

 何か盗める技術がないかと思ったが、おいしいと思うだけで終わってしまった。


 それに、確かにこのお茶には効果がある。

 飲み始めてすぐ、しばらく悩まされていた頭痛がなくなった。そのおかげか、久々にぐっすりと朝まで眠った。目覚めもスッキリして、生まれ変わったようだった。


 こんなお茶なら、自分だって欲しい。

 しかも、この技術を気軽に教えているとは。


 細かな製法は秘密だそうだが、ぜひとも知りたい。そう思い、早速手紙で尋ねてみたが、半月後、丁寧な謝罪の言葉とともに、断りの手紙が返ってきた。


 ――王都の競合店と喧嘩したくないから、彼らにだけ特別に教えたのか……。


 いくら貴族が後ろにいても、商売というのは難しい。そう思ったハロルドはあきらめた。

 けれど、店についてはその後も調査を続けていた。


 店主はまだ若い女性で、頼めば気軽に会ってくれるという。

 ハロルドは断られたが、あれは技術を教えてくれという手紙だった。単なる面会ならば話は別だ。


(若い女か……)


 だとすれば、ハロルドの美貌が使えるかもしれない。

 ハロルドは王都の貴族にも引けを取らない、きらびやかな顔立ちだ。

 世間知らずの娘ひとり、垂らし込むのはたやすいだろう。


 早速ハロルドは面会希望の手紙を書いた。


 だが――それにも、断りの手紙が返ってきた。






(どういうことだ……)


 あれから何度頼んでも、彼女は面会に応じなかった。


 頼み方が悪いのかと思い、あれこれ書き方を変えてみたが、それでも返事は変わらなかった。何度目かの申し出の後、丁寧に「これ以上のお手紙はご遠慮ください」と書かれてしまい、連絡を取る術がなくなった。


 どうしてだ。


 ハロルドの店よりもよほど規模の小さな店が相手でも、彼女は快く応じている。実際、近隣の町ではいくらもそんな話があった。さすがに長い時間は無理だが、それでも会ってくれるのだと。


 なのに、なぜ、自分は駄目なのか?


(もしかして……彼女は僕をライバル視している?)


 今は(すた)れてしまったが、ハロルドの店は大きかった。その豊かさを知る者ならば、自分を意識してもおかしくない。もしかして、そのために会ってもらえないのか。だとすれば彼女の態度にも納得がいく。


 やはり女というのは考えが浅い。二人で手を組めば、もっといい商売ができるかもしれないのに。


 それどころか、店主の女は目を見張るほど美しいという。

 おまけに独身。薬草茶を広めた功績により、男爵位まで与えられているそうだ。

 まさに才色兼備。ハロルドの相手としては申し分ない。


 だが、会ってもらえないのでは話にならない。

 やきもきしていたハロルドの耳に、王都から店主の女性がやってくるという話が届いた。

 新しい店の様子が気になるので、視察がてら見に来るらしい。

 今では支店も国中に増え、この町でも三軒営んでいる。


 ――彼女の力があれば、もう一度やり直せるかもしれない。


 うまくいけば、国中の店を丸々手にする事ができる。何せ、結婚すればハロルドのものだ。


 元は平民だという店主の女は、きっと男には不慣れだろう。

 ハロルドのような美形がそばに来ただけで、うっとりしてしまうに違いない。


 そうと決まれば、作戦を練らないと。


 ハロルドは久しぶりにウキウキした気持ちになっていた。

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