三度目の春来たりて~夜の都からの来訪者~
梢が来てから三度目の春が訪れた始祖の森。
色々と畑の準備や聖獣達の世話をしていると、ヴェロニカからアエトス家の元長ベアトリーチェが始祖の森にやって来ると聞き──
『春ですよー!』
『春だよー!』
妖精と精霊達が飛んでいる。
雪が溶け、水がしたたっている。
「ああ、春か。今年で三度目」
夏にこの地へやって来たから、春は三度目。
まだ、三度目か。
それとも、もう三度目なのか。
どちらにせよ、三度目の春。
心地よい春。
私は新鮮な森の空気を胸いっぱいに吸い、吐き出す。
深呼吸を繰り返す。
畑の雪はまだ溶けていないから作物は実らない。
なので雪を退かす。
土が見えてきた。
退かした雪は雪を集めておく場所に運んでいく。
「さて、明日からが楽しみだ」
『愛し子様が楽しみにしてらっしゃるぞ!』
『力を合わせろー!』
妖精と精霊のやる気を出して貰うような言葉を言って、私はそそくさとその場を後にした。
まだ種植えてないけど、果樹の雪とかは落としたからねー。
あと、茶葉。
自宅に戻り、植える作物を選定する。
畑を広げれば良いってもんでも無い。
だが、米と麦は必須。
あとホップも。
酒になりそうな物は必須、大人達が飲むからね。
色々と考えて何処にどう植えるのかメモを取ると、種芋や種をアプリで購入する。
購入した種芋達は外に置いて、紙を貼る。
触らないで、と。
麦やお米は既に準備済みの物だけが購入される。
芽を出す保証もバッチリだ。
そして聖獣達──家畜たちのお世話をして終わるとお月様は高い所まで来ていた」
「いい春になりそう」
と呟いていると、げんなりした表情のヴェロニカさんがやって来た。
「あのヴェロニカさん、どうしたんです?」
「……アエトス家の長が世代交代した為、元長が森に来る」
「え? つまりベアトリーチェさんが?」
ヴェロニカさんは頷いた。
「あのーちなみに来訪されるのは?」
「明日の夜」
「……」
重い沈黙が包む。
「今更、何で?」
「知らない……」
呆然としているヴェロニカさんに聞くのは酷だろう、情報通と言えばこの方!
そうクロウに聞きに行こう!
「何で長の代替わりが起こったか、だと」
「クロウ知ってる?」
「エリザベートに対して甘い対応を全体が取ってきた為、他の迷惑を掛けてきた。だからそれを一新するべく、己にも他人にも厳しく律せる、だが時には飴もやれる輩が必要だということで現当主が選ばれた」
「あー……」
「それでどうなったんですか?」
「元当主は、そこで自分は夜の都から外に出ようと思ったそうだ」
「何でですか?」
「自分を見つめ直したいらしい」
「はぁー⁈」
ヴェロニカさん素っ頓狂な声を上げる。
「他の夜の都行けばいいだろうが! なんでわざわざ始祖の森に⁈」
「あーそれはだな」
「それは?」
「分家の昆孫と仍孫が愛し子の影響で良い道を進んでいるからだそうだ」
ヴェロニカさんはテーブルに突っ伏した。
「私か、私が原因か……!」
「今のヴェロニカさんはアエトスじゃなくてアルマなんですからお気になさらない方がいいですよ」
「だが、一族の長となれば話が変わる。ましてや元夜の都の統治者なら」
「そんなにですか」
ヴェロニカさん頭痛そう。
「まぁ、取りあえず話を聞いて不味そうならお帰り戴きますか」
「それで頼む……」
ヴェロニカさんはテーブルに突っ伏したままそう言った。
そして次の日の夜──
果実が実り、収穫を終えて、種まきなどをしてから森の入り口に馬車が近づいているのを察知し、クロウとシルヴィーナと私で出る。
アルトリウスさん達もくるって言ったんだけど、四人も男性引き連れてると目立つから留守番よろとなんとか言って宥めた。
豪奢な馬車かと思ったらシンプルな黒い馬車で妖精と精霊が御者をしている。
『着きましたよー』
『愛し子様が出迎えてますー』
「そうか、ご苦労」
扉が開き、あの時の豪奢なドレスではなく、シックな黒いドレスを着た、金髪の長い髪に、赤い目の美女が下りてきた。
「愛し子様、そしてエンシェントドラゴン様、お久しゅう」
「お、お久しぶりです」
「久しぶりだな、して何故長を下りた」
「限界を感じたからです」
「限界?」
「若い者達が私の命に従わなくなりつつありました、その例がエリザベートです」
「な、なるほど?」
「ならば、若い者達から優秀な者を選び、そのものに次の長を任せると決め、出て行きました。もはやあの都には私の居場所はないのですよ」
「それで此処に?」
「他の都に行っても待遇は変わらない、それでは意味がないのです。私を特別扱いしない場所が良いのです」
「特別扱いですか……」
「ヴェロニカには悪いですが、今の私は只のベアトリーチェ。夫は既に亡く、身軽な身故。棺桶とわずかな衣類などだけで出て来ました」
「……」
ヴェロニカさんには悪いが、ベアトリーチェさんからは悪い気配は感じない。
どっちかと言うと悲壮感の方が強い。
一人でこちらに来たんだろう。
誰か止めなかったのだろうか。
色々と悶々としていたが、ベアトリーチェさんを森の中に入れる事にした。
そして来賓の館に通す。
「どのような家をお望みですか?」
「一人で住むだけの小さな家で構いませぬ」
「分かりました」
「受け入れていただき有り難き幸せでございます」
「そんなにへりくだらないで下さいよ」
私はそう言う。
が、止めてくれそうな気配はない。
「ご当主、様」
ヴェロニカさんが顔を出してきた。
「今はもう当主ではないよ、ヴェロニカ。私はただのベアトリーチェだ」
「ベアトリーチェ、様」
「様も入らぬ、私はもう当主でもないし、お前はアルマという姓を貰ったのだから」
「……いいえ、ベアトリーチェ様。貴方はいつだって私の憧れでした」
「憧れ、か。お前の悩みを解決できなかったのに」
「アレは直系故でしたから……」
「だから今回は直系を外した、直系以外でも有能な者はいる」
「して、誰ですか?」
「マルファスだ」
「マルファスですか! 確かに彼は有能ですし、誰よりも厳しい」
「反対の意見は封じた、私の最期の仕事だ」
「マルファスは分家筋で、飲まずでもかなり強い男ですが、何故?」
「老害が反対するのだよ、直系筋ではないのは何故かと」
「……」
「直系筋は甘やかされている、だからそれを止めなければならぬと私がいい、奴らは反対できなかった。誰もマルファスには勝てぬからな」
「そうでしたな……」
「……うむ、これ位がちょうど良い」
「べ、ベアトリーチェ様、仮にも当主だった貴方が住むには小さすぎるのでは?」
「これ位でいいのだよ」
会話の後実演で作ったログハウスを見せるとベアトリーチェさんは頷いた、満足そうに。
そしてマジックバックを手に家に入っていった。
少しして家から出て来た。
「すまないがここに来るまで絶食していたのでブラッドワインを頂けないか?」
「あ、どうぞどうぞ」
とブラッドワインの瓶を出す。
「有り難く飲むとしよう、感謝する」
そう言って家の中に戻って行った。
特に問題は無く終わった。
こうして、我が村に新しい住人がやってきたのであった。
春の始まりと共に──
新たな住人ベアトリーチェ登場。
ヴェロニカは問題を解決できなかったけれど長であるベアトリーチェには畏敬の念を抱いています。
だからログハウスみたいな家に住むと聞き信じられないという感情になってます、てっきり自分達と同じ屋敷で住むと思っていたからです。
最初何故ヴェロニカがここに来るのか分からないといったのも、長なら他のところでも重用される存在だから他の夜の都に行くべきと思っていたからです。
ベアトリーチェじゃそれが嫌で始祖の森に来ましたが。
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