音声自動入力
少し前に、音声自動入力アプリをダウンロードした。
自分の喋ったことを文字化してくれるアプリがあれば執筆がはかどると思い、導入を決めたのだ。
……最近、地味にキーボードをたたくのがおっくうになってきてさ。
使ってみると、その利便性に驚いた。
しゃべった言葉が自動的に文章化されるので入力する手間が省けるのはもちろん、口に出すことで勢いが付くのが実に有益だった。口から出まかせとでもいえばいいのか…、思ってもみない表現が飛び出して、驚くことも少なくなかった。
いったん文章化してしまえば、おかしな口語部分を修正するだけでいいので…執筆速度が格段に上がった。
今までは文字を打ち打ち…ああでもないこうでもないと迷う事も珍しくなかった。
一時間で800文字しか書けないという事も少なくなかったというのに、こうも文字数を稼ぐことができるようになろうとは。
ブツブツしゃべりながら道を歩くだけで、1000文字は硬い。
30分の間で二、三本分執筆できてしまうこともあった。
調子に乗ってぺらぺらとしゃべり、すれ違った人に変な目で見られることもあったが、そんなのは些細な事だ。
口が滑りに滑って…信じられない速度で、まくしたてるように物語が紡がれていった。
これはいい執筆ツールを手に入れた…俺はほくそ笑んだのだ。
思いついた端から音声入力をし、コンスタントに執筆活動を続けること、およそ三か月。
連載作品の文字数が増え、短編作品数が三桁になったあたりから、アプリに不具合が出るようになってきた。
最近……、音声自動入力が正常に作動してくれないのだ。
細かいところが聞き取れていないのか、文章が荒れるようになった。
おかしなところで?が入るし、途中で文章が切れるようになった。
明らかに自分の意図とは違う文章が出てきて、イラつくようになってきた。
なぜだ。
なぜなんだ。
なんでこんなに言葉がおかしなことになってしまうんだ。
どうしてこうも物語の姿が霞んでしまうんだ。
……自分の活舌が悪くなったのか?
発声練習をしながら音声入力をするようにしてみたが、一向に改善されない。
イライラしながら誤字脱字を修正し、キーボードを使って物語に仕上げ直すことが増えた。
……おっかしいなあ。
こんな事、しゃべったつもりじゃ、ないのに。
たまに喋ったことがないようなことが入力されていて驚く。
一度も『助けて』なんてしゃべってないのに、どこをどう聞き間違えているんだか。
俺は陽気な異世界コメディしか書かないんだから、『呪う』とか『恨んでやる』とか出てきても困っちゃうんだよな。
アプリを開発したやつがド陰キャなのか?やけにネガティブなワードが出てきて、ドン引きだ。
―――あパーマが悪くてHearになる、そろそろ気づいたらどうだい?
―――書いてやったのに。ONをアガーで返すふとどきもの
……今日はやけに誤字・誤認識が多いな。
直す場所だらけで、物語の本質が見えてこない。
つか、こんな事しゃべったっけな??
しゃべった時は確かに気分良く物語の全貌が口に出せたと思っていたのに、どんな話だったか思い出せないくらい、元の俺の言葉が消失している。
「あーあー、入力テスト中、今日はいい天気です」
―――あーあ、ニューヨークテスト球、凶はひぃー便器DEATH
いよいよこのアプリも……潮時か?
でもなあ、音声入力の便利さを知っちゃったからなあ。
今さら、キーボードで一から文字を入力するのもめんどくさいんだよな……。
ま、もうしばらく、様子を見るかな。
とりま、執筆するか。
俺は、いつものように…自分の物語を、口にしたのだが。
―――今日が苦の方法を重い点いたのだ。亜人どもを轟かせるには飛び入り他品愚問を見つけるしかない
―――たすけて、ココニイル。そう、あかくするじゅもんだ?
―――あなたしか頼れない気付いて。そしゃひどすぎるひょ
―――ね?なんども話しかけてるの。気付くまで
……あーあ、ダメだ、こりゃ!!!
ひどすぎんだろ、これ!!!
俺は使い慣れたアプリを削除し。
新しいアプリを…探し始めたのだった。