第二部 28話 目印
どんどん、という音で目を覚ます。
最近は起こされることが多いと思いながら、扉を開く。
途端にシェリー副団長が飛び込んできた。
「ソフィアは来ていませんか!?」
ただごとではないと判断して、シェリーの肩を掴んで落ち着かせる。
とにかく椅子に座らせて、しばらく経つと呼吸も静かになった。
「どうしたんですか?」
出来る限り落ち着いた声で訊ねる。
「ソフィアがいなくなったんです。
あの子の部屋から物音がしたようで、使用人が様子を見に行ったら……」
シェリーが心配そうに俯いた。
俺はナタリーへと目を向ける。
流石に目を覚ましており、今日は隣にピノもいた。
「ピノは何か知っているか?」
「知らないって言ってる」
俺は一度目を閉じる。可能性としては二つだろう。
一つ目はレイン子爵の残党に誘拐された。
二つ目は最近問題になっていた公爵家の仇討ちに巻き込まれた。
「ちょっとだけ出てくる」
「お兄ちゃん? 探すのは無理があるよ?」
「少しだけ当てがあるんだ」
「?」
俺はナタリーの疑問には答えず、窓から飛び出した。
そのままいつもの要領で鎖を伸ばして、すぐに時計塔の頂上まで上る。
「アッシュ。いくら何でも見えるはずが……」
リックの声も無視して目を凝らす。
まずは王都の中。
一番街から四番街までぐるりと見回す。見つからない。
次に王都の外。
同じように周囲を見回す。見つからない。
二度、三度と繰り返す。
「見つけた。リック、見えるか?」
「? 何も見えないよ?」
「なら、間違いない。あれがソフィアお嬢様だ」
――俺の目には真赤の光点が確かに見えていた。
馬に乗っているのだろうか。
赤い光は一定の速度で進んでいる。
やがて光は唐突に消えて、暗闇だけが残った。
光が消えたのは『ハーフエルフの森』を迂回するように北西へと進む街道だ。
レイン子爵の領地へ向かう方向である。
あるいは、ターナー公爵領へ一度向かったか。
ひとまずの収穫に満足するしかない。
俺は時計塔を降りて自分の安宿へと戻る。
シェリーには馬車の光が見えたとだけ告げた。
つまり、ソフィアが生きていること。
さらに子爵の仕業なら生かしておく理由がないこと。
従って仇討ちに向かったと思われること。
「……そう、ですか」
ここまで伝えると、シェリーが項垂れた。
生きていることを安堵すれば良いのか。
危険に巻き込まれたことを心配すれば良いのか。
「シェリーさん、ヒルダ団長に連絡だけお願いしても良いですか?」
「は、はい」
シェリーが目を白黒とさせた。
「早朝までに準備をして、俺は後を追います。
お嬢様に人殺しをさせたくないんです」
――もちろんソフィアは助けたい。だが、それだけではない。
――もしもレイン子爵が『鍵』だったりしたら目も当てられない。




