幕間1 2話 突撃セシリー
ある日の夕方だった。
ミアは今日も俺の部屋でナタリーとだらだらと過ごしていた。
元々は別の部屋で護衛するはずだったが、最近は俺の部屋にいることが増えていた。何なら泊まっていくことも多い。
いや、ナタリーが喜ぶから良いんだけどさ。
ミアがふと顔を上げた。
「アッシュさん、誰か来ました」
唐突な来客を告げたミアを見て、思わず呟いた。
「ミア。
ちゃんと護衛してたんだな」
「……あんまりでは?」
しばらく待つと、トントンと軽いノックが聞こえた。
ミアが「はい」と答える。
「え!?」という狼狽えた声。
さらに「あの、『アッシュ・クレフ』を探して来たんですけど……」と続ける。
ミアが一瞬だけこちらを見て「どうぞ」と答えた。
声に聞き覚えがあるような?
ミアと俺が警戒する中、扉がゆっくりと開かれる。
そこには銀髪碧眼のハーフエルフ、幼馴染のセシリー・ルイスが立っていた。
「セシリー!?」
「セシリーだっ!」
俺が驚くと同時、ナタリーが飛んでった。
セシリーがナタリーを優しく抱き止める。
「おい、突然どうしたんだ?
色々あって、随分と懐かしいような気が……」
「アッシュ」
「?」
セシリーがナタリーを連れて一歩、後ろへ下がる。
その表情はなんていうか――一言で言えば、ドン引きだった。
「……女の子と一緒に住んでるの?」
俺はミアを見て、ようやく状況を理解する。
王都に向かった幼馴染。
訪ねてみれば女の子と一緒に宿から出て来た。
そうなるよなぁ?
笑うなミア。
説明が難しい。
何を言っても出まかせの嘘にしか聞こえない気がする。
混乱した俺は数秒の硬直の後に、小さく早口で弁明した。
「お、王都にいる間だけだから……」
およそ考える限り、最低の弁明だった。
初めてセシリーに殴られた。
きちんとミアを紹介すると、セシリーは若干恥ずかしそうにしながらも、まだ少し怒っているようだった。
「もう少し、言い方をね?」
「はい。
面目もございません……」
聞けば、俺達が村を出てから音沙汰がないので、代表としてセシリーが俺達を追い掛けたそうだ。村を飛び出した経緯を考えれば、仕方ないだろう。
一応手紙は出したのだが、まだ届いていなかったということか。
俺達の方の経緯も話しておく。
セシリーは最初、冗談の類だと笑っていたが、ミアがB級冒険者であることを確認すると顔を青くした。
「なんでそんなことになってるの?
鬼が好きな匂いでも出してるの?」
「知らねーよ!」
そう言ったものの、俺は少しだけ心配になった。
結局、セシリーはミアの部屋で泊まることになった。
セシリーが俺達の部屋を出て行く時、ナタリーを抱きしめて「無事で良かった」と呟いたのを見て、今更ながら申し訳なく感じた。
次の日からセシリーは俺とナタリーがお世話になった人に顔を出して、お礼を言いたいと言い出した。二つ返事で俺達は頷いて、セシリーと一緒に王都を回ることになった。
まずはブラウン団長とアリス。
二人とも村で顔馴染みというのもあって、再会を喜んでいた。
ただし――
「さて、上達はしたかな?」
「頑張りましたけど、自信はないですね」
――などという、ブラウン団長とセシリーの会話が聞こえて少し気になった。
次にギルド。
ミア主導で王都支部に顔を出すと、一通り挨拶をして回った。
最後は騎士団だ。
騎士団長に挨拶だけ済ませて、俺はそそくさと詰所から退散しようとする。
「? ニナさんには挨拶しないっすか?」
「馬鹿!」
「へえ、ニナさんがいるのね?」
ミアの言葉に俺が思わず声を荒げる。
しかしセシリーの耳に入ってしまったようで、声が鋭くなった。
俺が陰でミアに事情を説明する。
「セシリーとニナさんは致命的に相性が悪いんだよ。
会わせたら駄目だ」
「いや、相性が悪いくらいなら挨拶はしても良くないっすか?」
良く分かっていないミアが首を傾げる。
まあ、普通はそうなるか。
そこにちょうど、ニナが顔を見せた。運が悪い。
いや、ここは騎士団の詰所なんだけどさ。
「! あれ、セシリーさんじゃないですか?
お久しぶりです。随分と遅いお着きで」
「ああ、ニナさん。こちらこそご無沙汰してます。
あはは、短期間で色々とあったようで……見た目通りに喧嘩っ早いんですね」
目が合った瞬間に応酬が始まった。
急いでセシリーを引き摺るように連れて行く。
「ミア! ニナさんは任せた!」
「?? 一体何が起こったっすか?
お二人がこんなに豹変するなんて……スキルっすか?
スキル『挑発特効』みたいな?」
ニナをなだめながら、ミアは恐らく半分本気で言っていただろう。
確かにスキルなら納得できる。
二人は王都で軽い顔合わせだけ済ませると、速やかに隔離されたのだった。
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