第一部 33話 見上げない満月
『あたり』は三つ目の小隊だった。
明らかに警備が厳重であり、部隊の中央に不釣り合いなほどに豪奢なテントがあった。
――そうだよな。
――すぐには城には戻らない。少なくとも俺は。
――一度は被害者になってから戻りたいところだ。
一晩中、森で各個撃破を繰り返した。
残るはこのテントだけであり、王子を守る兵士はすでにどこにもいなかった。
「殿下! 敵襲です!」
レンは白々しくも声を張り上げた。
テントの出入口で待ち構える。
すぐに王子が飛び出して来た。
迷わずにその首を掴む。
「がっ、何が――」
容赦なく殺そうと――
「!?」
――青い影が森から飛び出して、レンへと斬りかかった。
全力で飛び退く。
青い鬼だった。両腰に刀の鞘を提げている。
つい先日、彼の弟が引き分けた鬼である。
「ご無事ですか、王子?」
『青鬼』が丁寧な口調で訊ねる。
「青鬼っ!
た、助けろ。こいつを殺せ」
「ふむ、やってみましょう」
言い終わるより前に、レンは距離を詰めていた。
「!」
右腕を伸ばして掌から氷槍を突き出した。『青鬼』が半身をずらして避ける。続けてレンが左の肘を打ち込む。『青鬼』は刀で防いで見せた。そのままレンは腕を跳ね上げると手の甲を『青鬼』の顔に叩き込んだ。『青鬼』が一歩下がる。手の甲から爆炎が迸る。咄嗟に『青鬼』がしゃがみ込んだ。レンは体を回転させる。右手を裏拳に――いや、右拳はいつの間にか氷剣を握り、横薙ぎの斬撃が代わりに放たれた。
『青鬼』がたまらずに消える。固有スキルの『瞬間移動』である。
――移動系のスキル? なら。
レンは地面の影を広げる。
彼を中心に真っ黒な円が描かれる。
背後を取った『青鬼』は一太刀を浴びせようとする。
レンは振り向きもせずにしゃがんで避けた。
「!?」
驚くのは『青鬼』だ。
恐怖を感じ、急いで『帰る』ことにする。
狙いすましたように『青鬼』の首めがけて右手が飛んでくる。
今度は『青鬼』が全力で飛び退いた。
右掌が空を掴む。レンの舌打ち。
『青鬼』はそのままレンの足元に広がる影を踏まないように距離を取る。
「影を探知しているのか……?」
レンが小さく口元を歪めた。
「恐ろしいな?」
「何をしている!」
王子が喚く声が響いた。
「すみません、王子。これは無理だ」
どこか嬉しそうに『青鬼』は微笑む。
「何だと?」
王子の声に応えることはせず、『青鬼』は闇に溶けて逃げていく。
「おい、待て!」
――やけにあっさりと逃げたな。
――まるで予定通りとでも言うような。
「ま、いいや」
レンは纏っていた影を消して素顔を晒した。
「お、お前、ミーシャの従者だな!
やはり、私を殺すつもりだったのか!」
――ここまで判断力が鈍るということがありえるのか。
――あれほど聡明だったというのにな。
がっと、レンはもう一度王子の首を掴んだ。
今度こそ邪魔者はいない。
王子は聞くに堪えない罵詈雑言をまき散らす。
聞く価値があるとすれば、最期の言葉だけだっただろう。
「……ミーシャ」
レンは空いた方の手でナイフを放ち、王子の首を掻き切った。
なぜか、青い鬼の笑みが見えた気がした。
――ああ、そうか。
――貴方自身も自分が愚かであることは分かっていたのか。
――分かっていても耐えられなかった。
――自分の劣情を抑えられずに人を殺したのだ。
はたと気づく。
「――なんだ。俺と変わらないじゃないか」
綺麗な満月はもう見上げなかった。
……げしげしはなかった。
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