第一部 31話 不殺の報酬
修正(※内容に関するものだけ記載します)
・2024/03/19 挿絵(※自動生成)を追加。
レンが目を開ける。
目の前に砕けた壁の破片があった。
体を起こして、周囲を見回す。辺り一面は廃墟だった。
屋敷は崩れ落ちて跡形もない。動く物は一つも見つからなかった。
「姫」
レンは呟くと、最後に見た姫の場所へと歩き始める。
レンの体には傷一つなかった。
あちこちに事切れた姫の従者や関係者が転がっている。
――助かるはずはない。
無意識に頭を動かしてしまう。
――ああ、レンの知識があるな。
――あいつは魔術が得意だったんだな。
――ずっと欲しかった、この世界の常識も手に入った。
――『影の精霊』は無事だな。
――なるほど、影の中までは焼き払えないか。
――あいつはリサと言うんだな。
――犯人は決まっている。
――自分の妹とその協力者を殺すために、この辺り一帯を焼き払ったんだ。
――地下道の整備で異変?
――テロリストが地下道を使って地上に大魔法を放ったってか?
――自分は阻止するために席を外して助かったと言うんだろう?
――はは、良く出来たシナリオだ。
――だけど俺は知ってるぞ、自作自演なんだろう? バレバレだよ。
――そりゃあそうだ、まさに俺の手口だッ!
姫のいた場所までやってくると、レンは無言で瓦礫を退けていく。
「姫」
姫が見つかった。
心の底から驚く。姫は生きていた。
いや――まだ死んでいなかった。
近くにいた側近が幾重にも身を挺して盾となっている。
魔術師たちが咄嗟に張った盾の名残がいくつもある。
――大したものだ。俺は反応すらできなかった。
――この人たちは全員、守るために動いたのか。
レンは姫の側に座り、その顔を覗き込んだ。
「……ぁ、レンだ。
良かった。無事だったんだね」
レンには信じられなかった。
恐らく姫が分かっているのは、突然自分が瀕死になったことくらいだろう。
その情報を持っているから、レンの顔を見て安心したのだと。
「いえ」
――馬鹿か。もう少し気の利いたことも言えないのか。
――姫が瀕死で俺が無事。それで良いはずがない。
――それが一番悪いはずなのだ。
でも、言葉が出なかった。
時間はあまり残っていない。
「だけどね、レン。おかしいんだ。
何度考えても、おかしいんだ」
ボロボロに微笑んで、姫は首を傾げる。
「何が、ですか?」
「だって『兄様』なのにね。
おかしいよね……?」
思わず息を呑む。何も言えなかった。
どうしても、言えなかった。
「おかしいなぁ……?」
首を傾げるように、姫が息を引き取った。
その頬に涙が伝う。
レンは思う。
聡明な姫だった。自分が兄に殺されたと正確に分かっていたのだ。
ただ、兄が自分を殺す理由が分からなかった。
よく分からない理由で兄を警戒する必要性も感じなかった。
そのまま、最期の最期まで分からなかったのだ。
自分が殺される理由が分からなかった。
当然だ――そんなものはない。ただの猜疑心と嫉妬だ。
レンは何度も姫の亡骸を眺めて、何度も死んでいることを確かめている自分に気付く。
無駄だと分かっていながら、最後にもう一度だけ確かめて、諦めた。
大魔法は屋敷のあった区画をすべて吹き飛ばして、瓦礫の山だけが辺り一面に広がっていた。
苦鳴も尽きた静かな夜。
死が闇に溶けていく様な気がして、美しいけど肌寒かった。
両膝を突き、亡骸に囲まれ天を仰ぐ。
――ああ、本当だ。
――確かに綺麗な満月ですね。
誰よりも優しい笑顔に叱られたとしても。
人であるために必要な枷を引き千切ってでも。
「殺すべきだった……」
元従者が呟いた。
げしげしと彼を蹴りつけた、小さな暴君はもういない。
「……殺せば良かったッ!」
殺人鬼が吠えた。
人でなしの彼を止めてくれた、気高い魂も消え去った。
主も枷も失って、彼は晴れて自由の身となった。
それが何を意味するのか、正確に知る者は――決して多くない。
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このシーンがちょうど『第一部 兄弟』の中間地点になります。
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