第四部 76話 クレフ兄妹と狐と鬼
「…………」
エルの言葉の意味を改めて考える。
アッシュとナタリーが子供の頃に見たということは故郷の村の近くだろう。
二人の故郷は王国東部の辺境だ。
今の白鬼の場所からそう遠くない。真っ直ぐ北上すれば良い。
ある意味では絶好の位置と言える。
だが……気になる点もある。
「鬼が待ち伏せしているんじゃないのか?」
部屋の隅でこそこそとエルに話しかける。
後ろでナタリーとティアナが不思議そうにしている気がするが気にしない。
「可能性はあるわね。
でも、私たちが白鬼の位置を掴んでいることは知られていないはずよ」
そうか。『扉』の場所が知られていても、その『扉』が本拠地に近いということは知られていない……敵はそう考えているはずだ。
「それに、今更という感覚はあるかもしれない」
「……楽観的だけど、否定はしない」
鬼たちから見れば、この『扉』は王国に知られたはずなのに何故か放置されている『扉』だ。不気味ではあるが、そこまで意識は割いていない可能性はある。
「いや、考えるのは俺じゃない方が良いな」
「……そうね」
俺はひとまず思考を止める。
判断はナタリーに任せた方が良いだろう。
「時間を無駄に使って失敗した挙句、何も学習できないで終わるわ」
「…………」
しかし、予想以上に肯定してきやがった。
これ以上ないネガティブな肯定である。
まるで謙遜を足蹴にするような仕打ちだと思う。
流石にあんまりでは?
「いや、今は置いておいて……ナタリーの記憶を戻すことはできるのか?」
「ええ。自分が掛けた幻覚は解くことができるわ」
そうすれば『扉』の場所とそこまでの道も思い出せるだろうな。
あとはナタリー自身に案内してもらえば良い。
「……エルは良いのか?
ナタリーに正体を知られたくなかったんだろ?」
「そもそもの目的はナタリーを守ることよ。
この場合は『扉』の場所を知らない方がよっぽど危険でしょ」
俺の言葉にエルは頷いた。
さらに「ティアナも?」と訊くと、頷きが返ってくる。
よし、二人にはエルについて話すことにしよう。
俺は小さく頷いて、振り返る。
「う……」
すると、ナタリーとティアナは明らかに白い目で俺を見ていた。
流石に心に迫るものがある。
「……もう良い?」
会話の途中で、いきなり狐と話し出した男に対する視線である。
……言葉にすると、相当やべー奴だな。
「エルを返してもらっても良いですか?」
ティアナが手を伸ばす。
待て。これじゃあ、俺がエルを付き合わせてるみたいじゃないか。
「いや、ちょっと待ってくれ。話があるんだ」
「?」
俺が大げさに両手を振ると、二人は少しだけ話を聞く気になったようだ。
しかし、いざ話そうとすると、説明が難しいな。
「……えっと『扉』の場所が分かるかも知れない」
「!?」
二人が目を見開いた。
急に問題が解決しそうになったのだ、無理もないだろう。
「どうやって? キースが『扉』の場所を知っているってこと?」
「いや、俺じゃない」
ナタリーの言葉に返すと、二人はさらに首を傾げた。
えーと、何て言えば良いんだ? えーと……。
「……実を言うと、エルは幻覚を使えるんだ。
それでナタリーに『扉』の場所を思い出してもらう」
「……?」
我ながら要領を得ない説明に二人はさらに混乱していく。
ティアナに至っては俺を心配そうに見ていた。
「はぁ……バカね」
そこで、エルは小さく俺だけに呟くと、俺の頭から床に降りた。
さらにその場で一瞬だけ小さく光を放つ。
「え」
「……嘘でしょ」
ティアナとナタリーの驚いた声。無理もない。
エルの姿は幼い頃のナタリーに変わっていたのだ。
「順を追って話すわ。
まず、私は『アッシュ・クレフ』の最初の使い魔よ。能力は五感の操作。
この能力であの村の住人が見たものを操作したの」
次の瞬間にはナタリーは思考に没頭していた。
それを手助けするようにエルは説明を続けていく。
二人が『扉』を見つけてしまったこと。
そこから離れている途中で鬼に見られたこと。
戦うことも逃げることも勝算がなかったこと。
記憶を消して、見逃されることを期待する他なかったこと。
一通り、話が終わると、ナタリーは「うん」と頷いた。
エル……幼い自分の姿を見て、さらに続ける。
「矛盾はないね」
ナタリーは断言した。
こういった可能性やパターンの総当たりについては、やはり強い。
「……信じてくれるの? 必要があれば証拠くらいは出すけど」
「あはは。その姿が証拠だよ」
エルの言葉にナタリーは笑いかける。
対するエルも「それもそうね」なんて笑っていた。
「痛ッ」
「…………」
突然の痛みに声を上げてしまう。
見れば、ティアナが俺の頬を抓っていた。
「なんだよ!? どうしたんだ!?」
「兄さんだけ、エルとお話しをしてたんですか?」
ティアナが不満げに追及してくる。
怒るところはそこじゃない気がする。
「……キースがいつも連れてるからただの狐じゃないとは思ってたけどね」
「それは……そうですけど……」
ナタリーの言葉にティアナはしぶしぶと俺から手を離した。
え? 俺どうして抓られたの? エルと話していたことが悪いの?
「で、本題よ。私はナタリーに掛けた幻覚を解くことが出来る。
そうすれば『扉』の場所を思い出せるわ……どうする?」
「決まってるじゃない」
エルの言葉にナタリーは即答した。
そりゃそうだ。損があるわけじゃない。
しかし、ナタリーはそこで意地悪そうに笑った。
ちらりと俺を見る。
「え、狐の方が賢いじゃない」
「む。エルをバカにしないでくださいよ。兄さんと比べるなんて失礼です」
ナタリーの言い様にティアナが腹を立てたように言い返す。
……もう、俺は外に出ていても良いかな? 自衛したいんだが。
「始めるわよ」
「うん、良いよ」
エルはそう言って、ナタリーの手に触れた。
幻覚の対象がナタリーである場合、ナタリーに直接触れる必要がある。
特に変化もない。
すぐにナタリーは閉じていた目を開けた。
「……思い出した。久しぶりだね、エル」
「ええ、無事で良かったわ、ナタリー」
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