第四部 38話 頑固者
「ん? 質問に答える?」
「ああ、そうじゃ。儂はお前の質問に一つだけ答える」
グレイが首を傾げると、黒鬼は頷いた。
「何でだよ」
流石にグレイが警戒した声を出す。
「ふん、儂は小細工が嫌いでな。青や白のそういうところは好かん。
そもそも、儂は何か造ってれば文句はないんじゃ」
そう言ってから、顔を歪めて続けた。
「……生前、人間の友人から人間側の情報を教えてもらったことがある。
結局戦いには負けたにも関わらず、意地汚くもまだ戦おうとしている。
せめて、当時の恩くらいは返したいんじゃよ」
理屈に沿わない行動をしている自覚はあるのだろう。
黒鬼はどこか不機嫌そうに言う。その姿に、むしろグレイは親近感を覚えていた。
――その恩を返すために、俺を呼んだということか。
――そうか、他に扉を開けられる奴はいないから。
「うーん、質問ねぇ……」
「……ぴ」
そしてグレイは首を捻った。この質問は重要だろう。
ピノも「良く考えろ」と言うようにグレイを見ていた。
そして悩みに悩んだ挙句、ゆっくりと口を開いたのだった。
「鬼について、話せることを全て教えてくれ」
「くく……それは質問じゃない。まあ、全部は無理じゃな」
黒鬼は小さく笑った。
それでも想定の範囲内といったところだろう。
「まず、今いる鬼は全て儂が造った」
「!? 造った?」
黒鬼の言葉にグレイは声を張り上げる。
彼にとって生き物を造るという感覚は理解しづらいものだった。
「そうじゃ。もっとも、幹部は直しただけじゃがな。
かつて『失敗作』と呼ばれたヒトのなりそこない」
その言葉はグレイも聞き覚えのあるものだった。
確かに『創世記』に書いてあった。
「幹部……正確に言えば、オリジナルは四体。赤、青、白、黒じゃ。
その器に魂を詰め込んだ。入った魂の数を『命数』と呼ぶ。
……黒は儂自身がもらったがな」
「自分で自分の魂を鬼に移したのか?」
「そうだ。入れられる回数が決まっていて、一度入れれば戻ることはない。
しかし、入れずに放っておくならば、いつでも入れることは出来る。
……だから、青の奴はアレを手に入れたんじゃよ」
「? 手に入れた?」
「何でもない。忘れろ。
それぞれの色には特徴がある」
「赤は身体能力が高いとかか?」
「いや、それは本質ではない。
本質は製作時のコンセプトにある」
「???」
「半分だけ教えてやろう。
赤鬼シリーズと青鬼シリーズは魔力に代わるエネルギーを追求した」
四色の内、二色だけ教えてくれるということだろう。
「魔力は万能であるが故に効率が悪い。
用途を限定することで改善しようという考えだ」
「よく分からんが……。
使い勝手が悪いけど安いエネルギーで代用したかった?」
「ああ、その通りじゃ。
ただし、赤と青では代用したエネルギーが違う」
グレイが考え込んだ。魔力について詳しいわけではないが、魔力の代用ができるエネルギーとなれば、その価値は分かる。ましてや、魔力よりも効率が良いと言っているのだ。
「赤鬼シリーズは『生命力』を使用する。
その能力は対象を自身の肉体に限定される」
――赤鬼の『自己再生』には疲労があったと古い報告書にあった。
――再生速度を操作できたとも。それはつまり。
「あれはスキル『治癒術』よりも『治癒魔法』に近い。
魔力の代わりに体力を使用して癒していると考えるべきじゃ」
――待てよ。だとすれば『治癒魔法』だけではない?
――少なくとも『肉体強化』くらいはできるのでは?
――ああ、そうだ。
――赤鬼は肉体が縮んでいたのではなかったか。
「青鬼シリーズは『魂』を使用する。
その能力は対象を存在に限定される」
「魂?」
「ああ、言ってしまえば寿命じゃよ。本来、鬼は命一つで百年ほどは生きる。
その時間を魔力の代わりに使うのじゃ。何せいくつかあるからの」
「……それで、存在を操作する?」
「そうじゃ。存在座標をずらすこともできる。
ただし、ずらしている間は寿命を削り続けてしまう」
――聞いたことがある。
――青鬼の空間転移は『行く』と『帰る』必要があると。
「やっぱり知っとるか、その通り。
元の位置に『帰る』まで寿命が減るんじゃよ。遠ければ遠いほどな」
「そりゃあ『帰る』に決まってるな」
「ちなみに、存在座標は最終的に戻れば良い。
……例えば、正反対の方向に座標をずらせば辻褄は合う。
また、存在そのものを消すこともできる」
「? 存在を消す?」
「ああ、そうじゃよ」
グレイの言葉に応じると、黒鬼が背後の出口を示した。
「さあ、話はここまで。義理は果たした。
その扉から出てゆけば、地上に出れる」
黒鬼は最後に「さっさと戻れ」と言うと、もうグレイには興味がないと言わんばかりに元の作業に戻った。
カーン、カーン、カーン。
規則正しい音を聞きながら、グレイは扉を開けて部屋を出て行くことにした。
ドワーフらしく鍛冶に没頭する背中が振り返ることはなかった。
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