第四部 29話 本物
ティアナが呼ばれる。
緊張しているのか、ぎこちなく前に出てきた。
グレイとは別のグループになっているらしい。
……まあ確かに『王立学院』の生徒同士で戦っても仕方ないか。
相手は大柄な男子だった。
ティアナがやけに小さく見える。
男子は素手だった。何かしらのスキル持ちということか?
ティアナは深呼吸していた。緊張しているのか。
「……ティアナが傷ついても相手に殴りかかったりしないでね?」
俺の隣で同じように控えているフレアが小声で訊いた。
「え? 答えなきゃダメ?」
「その返事がもうダメなのよ」
俺の言葉にフレアがさらに返す。
俺は仕方ないなぁ、と首を振る。
「殴りかかるに決まってるだろ?」
「それをやめろっつってんのよっ」
「分かった分かった、冗談だよ」
「…………」
「正体を隠したまま『ごめんなさい』だけもらって……」
「ずっと手を出すなって言ってるつもりなのに!」
「冗談冗談。大丈夫!」
そう言って、俺は周囲を見回した。
うん、ここまでの訓練を見た限りは大丈夫そうだ。
「? 今更そんなの信用できないけど?」
フレアが小さく笑った。
「いや、多分怪我なんてしないだろ」
ティアナは制服の懐から『カード』を二枚取り出した。
前世で言うタロットカードのようなイメージで、魔法陣が描かれている。
相手は訝しむようにティアナを見る。
しかし、何か言うよりも早くに開始の合図が鳴った。
相手はすぐに踏み込んできた。
ティアナが魔術師なのは予想できたのだろう。
速い。一息で間合いを詰めると、右拳を振り上げた。
見れば、右腕全体が硬化しているようだ。そういうスキルなのだろう。
「!」
男子はティアナへと拳を叩きつける。
身長差があるから打ち下ろすような形になった。
ティアナが『カード』に魔力を流す。
右拳が空を切っていた。
「……どこに」
男子が呆然と呟いて、振り返る。
いつの間にか、ティアナはずっと距離を取っていた。
……『風の移動』を二枚、かな。
魔術の基本分類である『地』『水』『火』『風』。
それに加えてティアナは魔法の体系を独自に分類していた。
例えば『移動系』『防御系』『攻撃系』『妨害系』などだ。
細分化した最小単位の魔法を魔法陣として『カード』に描いている。
そして、それを組み合わせて使うのだ。
話を聞いて、あのアリスが感心していたほどだ。
賢い、とティアナの頭を撫でていた。
――魔法を可能な限りの最小単位で用意する。
――その上で、数と組み合わせの多様性で対応する。
――パパ。いえ『ブラウン・バケット』が有用性を証明した方法よ。
――万能のエネルギーを扱う以上、魔術師の最大の武器は対応力にある。
――『命令』を細分化することで必要な『魔力』は省けることが多い。
――にも拘らず、組み合わせや重ね掛けによって、その汎用性は跳ね上がる。
――小さい頃から何度も言われたよ。
――よく学生の身でここまで突き詰めたものだわ。
――徹底的に『無駄』を削ぎ落した、効率的な魔術理論よ。
――交流会に選ばれるわけね。
――ほんと、兄とは大違い。
ティアナは嬉しそうに笑っていた。
……なあ、最後の一言は『無駄』じゃないのか?
男子は体勢を立て直し、ティアナへと向かおうとする。
しかし、それよりも先にティアナは『カード』に魔力を流す。
『風の妨害』と『火の妨害』かな。
途端に強烈な光が演習場の中心で爆ぜた。
「わわ!」
隣のフレアが声を上げた。
俺とエル。あとは当然ながらティアナは気が付いて目を閉じている。
他は例外なく、光を見て視界を奪われた。
ティアナはすでに次の『カード』を出している。
『水の攻撃』『風の移動』『地の防御』だな。
やがて、男子が目を開く。
周りも目が慣れたらしい。
「うお!」
いつの間にか迫っていた氷剣を、男子は両手を硬化して弾く。
あれに反応できる時点でやはり優秀なのだろう。
「……あそこか」
男子はティアナが立っていた位置を睨んだ。
そこには地面から作られた壁が立っている。
――男子の背後に着地する音。
「っ!?」
男子が恐る恐る後ろを見た。
ティアナが緊張した様子で立っている。
その手には『カード』が三枚。おそらくは『攻撃系』だ。
男子の背中に突き付けられている。
「……まいった」
男子生徒は声を絞り出すように言った。
目くらましから陽動の攻撃。
さらに壁のブラフを使って上空からの奇襲。
ティアナがへにゃっと破顔した。
フレアが目を見開いていた。見た目に騙されてはいけない。
これでも王立学院の首席だ。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
総合評価が100を超えました! 一つの目標にしてたので嬉しいです。
評価、ブックマークを下さった方、本当にありがとうございます!
一つもらう度に大喜びです(※大マジです。本当に嬉しいものなのです)。
今は全四部構成の第四部なので、全体としては終盤です。
あまり先は長くないですが、ぜひ最後まで目を通して頂ければと思います。
逆に言えば、流石にここからエタる心配はない……はず。
死ぬ気で頑張りますので、よろしければお付き合いください。




