第四部 28話 本職
さらにいくつかの授業を終えた後、俺たちは宿へと戻ることになった。
交流会の一日目が終わったのだ。
「ティアナさん、また明日ねー」
「はい。また明日ですっ」
ティアナが楽しそうに手を振り返す。
流石だな。もう完全に馴染んでいるようだ。
「グレイ君、ありがとうございました。また」
「……ああ」
グレイも挨拶を受けて、小さく微笑みながら頷いた。
一見すると、知的に見えるかも知れないがそうではない。
『その二、話しかけられたら、笑って頷け』である。
ナタリーの教えに忠実なグレイだった。
そして、無事に宿まで帰って来た。日が落ち始めている。
留守番メンバーも含めた全員が一室に集まり、扉が閉じた瞬間。
「死ぬかと思ったぁ……!」
「いや、よくやった」
グレイが崩れ落ちた。俺が肩を叩いてやる。
ここまで弱った姿は初めて見た気がする。
無理もない。何を訊かれているのかも良く分からない状態で、笑みを浮かべてそれっぽい質問をした後、丸暗記させられた良く分からないそれっぽい台詞を喋るのだ。
良く分からないまま、それっぽい行動を取っているだけだ。
力づくでそれっぽい行動に関する知識だけ詰め込まれている。
相手の反応を見る限り、間違った対応はしていない。
それどころか、かなりの高評価を受けているほど。
そりゃそうだ。内容が薄いわけではない。
元学院次席の想定模範解答だ。言っている本人が理解していないだけである。
……ナタリー。
……流石にこれは罪深いのでは?
「あ、良かった良かった。
メンテナンスするから、後でグレイはあたしのところに来てね」
ナタリーが軽い調子で言った。
……台詞の覚え直しを「メンテナンス」って言うな。
「すみません。交流会の様子を聞いても良いですか?」
「……あ、じゃあ私から」
ジークが耐えかねたように口を開いた。フレアが応じる。
多少はサンデル家に精通しているからだろう。
フレアの口から一通りの説明がされる。
やはりジークは叔父の様子が気になっているようだった。
それでも確認するように何度も頷いていた。
どうやら想定外の状況はなかったらしい。
「こっちは大丈夫だったか?」
「ええ。今日一日軽く調べてもみたけど、仕掛ける気はなさそうね」
俺が訊くと、ナタリーは笑って返す。
さらに「明日からはピノで連絡も取れそう」と続けた。
そこまで出来れば最善だな。
アリスで護衛が足りるなら、かなり動きやすくなる。
……強いて言えば、鬼の動きが消極的か?
……俺たちに何もちょっかいを掛けてこないのは違和感がある。
翌日。交流会の二日目だ。
昨日とは別の塔で授業を受ける。
「連合と王国の関係はどうあるべきだと思います?」
授業の合間に、生徒がグレイに質問した。
……また小難しいことを。
「うーん、質問が曖昧だな。
……それは『王立学院』と『統一学舎』の理想的な関係とは、と読み替えても問題ないか?」
グレイが訊き返す。
『その三、質問されたら、質問で返せ』である。
「もちろん」
生徒が頷く。
「今日まで『王立学院』と『統一学舎』は互いを意識しながら高め合ってきた。
この良好な関係を継続するべきだ。異なる価値観は別の視点だと考えれば良い」
グレイが笑みと一緒にすらすら答える。ま、昨日あれだけ暗記してたからな。
……ただし、すでに台詞の意味を考えることすら止めているかもしれない。
それにしても立派なことを言う。ただ、何が『良好な関係』だろうか。
……今まさにペテンに掛けているようなものだが?
「…………」
その様子を眺めながら、俺はグレイへの質問回数を気にしていた。
グレイへの質問は二十回までなのだ。それ以上質問されては困る。
理由は簡単。
それ以上は台詞を覚えられないだけだ。
一日二十回限定のハリボテ回答システムなのである。
まあ、今日のところは大丈夫か。
……午後の授業は演習だ。
午後になると、野外の演習が始まった。
昨日はなかったが、今日からは実際に手合わせもするということだ。
個人戦らしい。一対一の勝ち抜き戦のようだ。
交流戦ということで、ある程度の実力者が集められているのだろう。
当然、すぐに『王立学院』側の生徒は呼び出された。
グレイが演習場の前に出た。右手には戦斧。左手には盾を構えている。
相手は魔術師のように見える。他の生徒たちは興味深そうに眺めていた。
すぐに合図が鳴って、試合が開始された。
「……よっ」
グレイは盾を押し出して、単純に距離を詰めていく。
相手は右腕を伸ばす。いくつもの魔術が編まれていった。
勘違いしてはいけないのは、座学が苦手と言うだけで、グレイは騎士団員としては非常に優秀だということだ。それは騎士団長のニナさんに選ばれてこの任務に就いていることからも分かる。
ハーフドワーフの割に高い身長。
巨大な戦斧と盾を軽く振り回す膂力。
前衛として一歩も退かない度胸と大局を判断して後退する駆け引き。
どちらも高いレベルで併せ持っている。
学生の頃も卒業する頃には単純な戦士職としては同級生よりも頭一つも二つも飛び抜けていたほどだ。何故卒業できたのか、という質問に真面目に答えるとすれば……騎士団の即戦力だったからに他ならない。
まず相手は後退しながらグレイの目の前に氷の壁を作り上げた。
グレイは意にも介さず、戦斧で氷の壁を切り崩す。
さらに盾を前面に押し出して突撃する。
無数の魔弾が襲い掛かるが、全て盾で弾いていく。
「……っ」
相手の動揺した声。
今度はグレイの背後に氷剣を作り出す。
盾裏のグレイ目掛けて撃ち出した。
「お……らあ!」
しかしグレイは戦斧を巧みに操って、氷剣を叩き落していく。
「こ……この!」
足を止めないグレイに焦れて、相手は声を荒げた。
今度はグレイの足元の地面から石剣が突き出した。
グレイは戦斧の刃の腹をもう一つの盾代わりに使って、あくまで足を止めない。
さらに相手が魔法を続けようとしたところに――グレイは強く踏み込んだ。
一息で間合いを詰めると、そのまま盾を強く打ち付けた。
「ぐ……!?」
相手は吹き飛んで、そのまま立ち上がらない。
「……次!」
グレイがにっと笑った。
先の帝国との争いでも多くの戦果を上げている。
学生が簡単に止められる相手ではなかった。
いやぁ、実に活き活きとしている。
よほど鬱憤が溜まっていたようだ。
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