第一部 18話 魔術
早朝の訓練は続けていた。
今日も『錬金』と体力の向上を目的に体を動かす。
「熱心だな」
誰もいないはずの広場に良く通る声が響いた。
目を向けると、ブラウン団長が微笑みながらこちらを見ていた。
慌てて頭を下げる。
「おはようございます」
「おはよう。
ふむ、もし良ければ稽古をつけてあげようか?」
「え?」
魔術師団長に稽古をつけてもらうなんて、かなりの贅沢なのではないだろうか?
変わらずにこやかに微笑んでいたが、やがて小さく首を傾げてブラウン団長は答えを促した。
「お、お願いします」
恐縮しながら、慌てて答える。
対するブラウン団長は「うむ」と頷いて、
「では始めよう。
いつでも仕掛けてきなさい」
素手のまま、手の平を俺へと向けて止まった。
距離は十メートルと少し。
リックを強く握りしめて、緊張の中で数秒待つ。
小さく息を吸って少しだけ吐く、その瞬間に踏み込んだ。
「魔弾よ、貫け」
即座に声が響き、無数の光弾が襲い掛かった。
――一言でここまで?
俺は左右に跳びながら、少しずつ距離を詰めていく。
避けられないものはリックをナイフに変えて弾いた。
「ほう。
では次だ――魔弾よ、爆ぜろ」
咄嗟に避ける。
地面に当たった魔弾は小さく爆発した。
先ほどと同じく、多数の魔弾が迫ってくる。
「ぐ」
魔弾の速度は落ちた。
だが、爆発するので影響範囲が広い。
弾くことも出来ず、大きく避けるしかない。
近づくための難易度は桁違いだ。
「魔術とは魔法を行使する技術と理論を指す。
すなわち万能のエネルギー『魔力』を以て、対象への『命令』を実行する手段である」
まさしく講義の要領で、淀みなくブラウン団長が語り始めた。
「くそっ」
相手の余裕に毒づいて、俺はリックに『錬金』を使う。作るのは盾。
「第一魔法則【等価性】とは『命令』を実現するためのコストと流す『魔力』の量は一致しなければならないことを指す。これこそ魔術の基礎であり、魔法の大原則である」
神鋼の盾を構えて突撃する。
盾の向こうから爆撃音がいくつも聞こえた。
ブラウン団長の目の前までやってくると、武器を刃のないナイフに変える。
超至近距離で斬りかかった。
上下左右に突き払い。順手に逆手に上段下段。
今の俺が出せる最高速度を叩き込む。
「この法則は無限の『魔力』と完璧な『命令』さえあれば不可能はないということも意味している。しかし『魔力』は万能のエネルギーであるが故に変換は不可逆であり、生物が生命活動の中で無意識に生成する以外には存在を確認できない。また、無変換での保存は不可能であり体外に出た瞬間に霧散する。加えて、他者の『魔力』を使用して『命令』することはできず、自己の『魔力』を他者の『魔力』へ変換することも不可能である。よって個人が持つ『魔力』以上のことは『命令』できない――」
――嘘だろう?
ブラウン団長は声を止めることなく、全てを躱してみせた。
――当たらねぇッ!
「――話が長くてすまない。
要するに魔法とは『魔力』と『命令』を必要とする個人の能力なのだ。
繰り返す。例外なく『魔力』と『命令』が必要である」
ブラウン団長が右手を伸ばす。
「魔弾よ、貫け」
俺は慌てて右に跳んだ。
射線を外す必要がある。
「大地よ、持ち上げろ」
「な」
着地点の地面が盛り上がって、俺は空中に弾き飛ばされた。
「このように『命令』は口頭でも良いし――」
「そんな」
十メートルほど空中から下を見て、やっと気づく。
「――図形や文字でも良い」
地面に踵を引いて描いた魔法陣という『命令』に『魔力』を流して、ブラウン団長は魔法を起動させる。
――躱してる間に描いたってのか!?
それは風の魔法だったのだろう。
一瞬後にブラウン団長は目の前にいた。
すでにリックを握る右手は押さえられ、もう一方の手の平は俺の腹に当てられていた。
「さて、言うべきことは?」
「……まいりました」
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