第一部 11話 殺人鬼の弟
翌日 、俺とナタリーはセシリーに家に呼び出された。
「今日はどうしたんだ?」
居間の椅子に腰掛けると、俺は切り出した。
「何言ってるの!?
昨日あれだけのことをしておいて!」
セシリーが声を荒げて答える。
記憶が戻ったと伝えてから、明らかに遠慮がなくなっていた。
「? あれで良かったじゃないか」
隣に座るナタリーに「なー?」と笑いかけると「ねー?」と返してくれた。
大騒ぎにはなったが、最悪の事態は避けられたと思っている。
ほぼ最良の結果だった。
しかし、セシリーはこめかみを押さえていた。
「アッシュが倒したのはA級ユニークモンスター『赤鬼』よ。
すぐに高い懸賞金が払われる」
「良いことじゃないか」
「王国がアッシュを戦力だと見なす。
今後は討伐隊に呼ばれるようになるよ?」
「辞退すれば良いんじゃない?」
「王命に決まってるでしょ!」
「……でも『赤鬼』を一体倒しただけだぞ?」
「十六歳のハーフドワーフが!
単独で! 武器も持たずに! 使い魔だけで! 倒したのよ?」
「……」
つまり――今後は国に使われるようになる、と。
「すぐに騎士団からのスカウトが来るでしょうね。
そっちは断れるけど……」
「……ごめん」
セシリーが何を気にしているのか、やっと理解した。
「状況を分かってくれれば良いよ。
結果としては最善だったのは事実だしね。ただ、対策を考えないと」
俺は素直に頷いた。
同時に二階から下りてくる影があった。
ナタリーよりもさらに年下のハーフエルフで、セシリーの妹、セシルだ。
セシリーを一回り小さくしたような少女は眠そうに目を擦っている。
ちなみに昼過ぎである。
「おはよう」
「セシルちゃんだ!」
俺が声を掛けると同時に、ナタリーがセシルの元へと走っていった。
ナタリーは自分よりも年下のセシルのことを気に入っている。
「ひとまずは騎士団に入るかどうかを決めないと駄目ね。
入団できるのは名誉なことだけど……」
「うーん」
セシリーが話を戻してくれたので、俺は腕を組んで考えてみる。
兄さんを探す上では有利に働くかもしれないけど、時間は取られるよなぁ。
「うん、騎士団が来るまでに決めておいてね」
そこまで言って、セシリーはわざとらしく咳払いをして見せた。
「ん?」
「で、昨日の戦いは何だったの?」
声を小さくして、訊いてきた。
「見てただろう?」
「見ても意味が分からないの」
「リックを錬金して戦っただけだよ」
そこで、セシリーは驚愕した顔で固まった。
こんなに絶句している人を初めて見た。
「嘘でしょ? 気になるのはそこじゃない。
メタルスライムの錬金なんて前例はないだろうけど、理論上有り得ないことではないから」
「? なら、何が?」
「まずはアッシュが生きていること。
あの金棒で殴られて生きているって何? 実は不死の呪いでも受けた?」
「いや、違うと思うけど……多分、次はないよ」
「まあいいか。
ラッキーだった、ということね」
セシリーはあまり納得していなさそうだが、言葉を続けた。
「二つ目の疑問点は、錬金したナイフの切れ味が良すぎる。
神鋼を使って錬金しても、それだけであれ程の切れ味は出ない。
アッシュの技術ではあのナイフを錬金できない」
「……確かに」
「あ、それは僕だ」
テーブルの上に乗っていたリックが唐突に声を上げた。
俺とセシリーは驚いて目を向ける。
「アッシュのやりたいことはすぐに分かったから、造形の細部は僕が整えたんだ。
自分の体だからね、錬金される時に調整することは難しくなかったよ」
「なるほど……それならアッシュの錬金でも質は跳ね上がるか」
そう呟いて、セシリーは今までと異なる真剣な顔で俺を見た。
「最後の疑問は、アッシュの動きよ。
あんな戦闘技術、いつの間に身に着けたの?」
「それは……」
俺は咄嗟に言葉を続けられなかった。
俺自身も身に着けた覚えがなかったからだ。
でも、心当たりならある。
俺は殺人鬼の弟だから。
でも、そんなことは言えるはずもない。
「……体が勝手に動いた、としか」
セシリーは数秒間だけ俺を見て、頷いた。
「分かった。
ひとまずはそれで良しとしてあげる」
含みのある笑みを浮かべている。
一瞬、背筋に寒気を感じた。
ひょっとして、この幼馴染のハーフエルフは結構な大物になるのではないだろうか?
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