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偉大な王がいた国

8.偉大な王がいた国


アルムの管理官


 闘技会での激闘から2週間ほど過ぎたが、リュウの療養のため、ハルタミの王都に留まっていた。特に何もすることがなく、毎日街中をふらふら歩きながら、たまには都市の外に出て、何もない砂漠を歩いて回ったりもした。

 砂漠を歩くと、分かったことがある。不思議なもので、こんな乾燥した大地にも、多様な生き物が暮らしている。虫やトカゲ、それらを食べる鳥、一体どうやって水分を確保しているのか分からないが、生き物の逞しさを見せつけられた。


 リュウの左腕は折れていた。幸いなことに、後遺症もなく順調に回復していた。未だ添え木で固定はしているが、リュウは早く体を動かしたいと、宿の部屋の中でじっとはしていなかった。それでもカイの監視があるので、部屋の外には出ず、それなりに大人しくはしていた。

 ザラスは教義の体系化に集中し、いずれ訪れるであろう、アルムの管理官との面談の準備に余念が無かった。

 さらに2週間、管理官からは何も連絡がなかった。リュウの傷もほとんど癒え、添え木は着けているものの、回復していると言っても良い状態だ。


 あの、化け物のような強さを持つ男、アルムの国の騎士団長と、次に闘うとしたらどんな戦略を取るのか、リュウに聞いてみた。答えは、闘わない、逃げる、と笑いながら言っていた。さすがのリュウもあの強さは予想を越えていたようで、もう二度と相手にはしたくないそうだ。

 その気持ちも分かるし、そうして欲しいと思うが、闘技場の舞台でリュウに膝をやられ、崩れ落ちた時、団長のリュウを見つめる瞳、その恍惚の輝きを思い出すと、再戦は避けられないのではないだろうかと思う。

 それからさらに2週間が経ち、リュウの左腕は、万全ではないものの、動かす事に支障がない程度は治っていた。そのタイミングを見計らったかのように、管理官から連絡がきた。指定した日時に、ハルタミの王宮にある、管理官の執務室まで訪ねてきて欲しいとのことだった。

 

 指定された日時に4人で王宮へ向かった。アルムの衛兵に用件を伝え、取り次いでもらう。やがて秘書らしき男が出迎え、執務室まで案内してくれた。王宮は黄金の装飾品や煌びやかな宝石で飾られ、とても豪華な造りをしていた。

 ザラスは何度も入ったことがあるらしく、執務室に着く間、これはどこの国の珍しい土器だとか、飾られている宝石の種類や曰くなどを、熱心にカイに説明していた。

 執務室では管理官が待っていた。管理官に招き入れられ、豪華な部屋に入る。4人掛けの椅子があり、小さなテーブルを挟んで、管理官と向かい合わせで座った。カイは真ん中に座り、その後ろにリュウが立つ、入り口側にザラスが座ったので、奥へ腰かける。

 笑顔で管理官が話し始めた。

「ようこそおいでくださいました、皆様。あらためまして、アルム国から派遣され、ハルタミの王都を管理しておりますシンと申します。以後よろしくお願いいたします。」

 こちらもカイが代表して挨拶に応えた。

「こちらこそ本日はお招きを頂戴し、ありがとうございます。私は東の国から来たカイと申します。私の左が同じく東から来た召喚人、右はハルタミ人のザラスと申します。そして、私の後ろに控えているのが、ご存じリュウです。よろしくお願いします。」

 シンは満足そうに頷き、話しを続けた。

「ご足労頂いたのは他でもありません、先日行われた闘技会でのリュウさんの活躍を讃え、わが国王が、是非ともアルムへ皆さまをご招待したいと申しております。先ずは私からその内容をお伝えし、皆さまのご希望をお聞かせいただきたいと思い、お時間を頂戴しました。いかがでしょう、我が国、アルムへお越し頂けますでしょうか。」

 カイは話しを頷きながら聞き、答えた。

「東から来た我々三人は西に向かって旅をしている単なる旅人です。特にお断りする理由はありません。このザラスも異論はないと思います。」

 ザラスは頷き、異論がないことを伝える。シンはほっとしたような顔で話しを続けた。

「いや、大変助かります。王より是非ともお連れするようにと言われていまして、断られたらどうしようかと思っていたところです。」

 カイは安心した顔のシンに問いかけた。

「一つ教えていただきたいのですが、闘技会で活躍したリュウが招かれるのは分かりますが、何故我々までご招待いただけるのでしょうか。」

 シンは笑顔のまま、口調を変えずに答える。

「城塞都市でのあなた方の活躍は我々も注目しているのです。たった3人で30人の兵士を手玉に取った知恵と力を。その実力を是非ともこの目で見たいと、王が希望しているのです。」

 カイは険しい表情に変わり、厳しい声でシンに問う。

「それは我々を危険視し、アルムに従わなければ、危害を加える。その為にアルムへ来いと言っている様に聞こえますが。」

 シンは尚も表情、声を変えずに、弁明する。

「とんでもない、それは誤解です。アルムは皆さまに危害を加えるつもりはありません。これはハルタミの管理官である私が保証します。ですから是非、アルムで王とご面談していただきたいのです。」

 カイは険しい表情を崩さず、答える。

「わかりました、アルムにお伺いしましょう。但し、我々の身の安全は保障していただきたい。よろしいですか。」

 シンは頷き、もちろんですとも、と答え、王が署名した招待状を手渡してきた。巻いてある紐を解き、カイが内容を確認する。念のためザラスにも見せ、正式な王の招待状であることを確認した。この招待状の通り、王は危害を加えるつもりはない、安心して欲しいとシンは言った。

 

 カイは招待状をしまうと、ザラスの要件をお話ししたいが良いでしょうか、と許可を求めた。シンは首を横に振りながら、ザラスに向かって話しだした。

「ザラスさん、実はあなたのお父上から、あなたには会わないで欲しい。会っても耳を貸さないで欲しいと頼まれているのです。

 お父上はハルタミでは実力者だ、私もこの都市の実力者を敵に回すようなことはしたくないのです。分かってください。」

 先程とは打って変わって、神妙な面持ちで話すシンに、ザラスはか細い声で言った。

「そうですか、すでに父の手は回っていましたか、予想通りではあります。」

 シンは分かっていただけましたか、と話しを終わらせようとしたが、ザラスが今度は力強い声でこう続けた。

「私は、生まれや身分によって差別されない姿こそが、本来人のあるべき姿だと思っています。この思想はアルムの先代の国王も同じであったはずです。

 今、ハルタミで私の考えは受け入れられないのかもしれません。でもアルムであれば、ハルタミではなくアルムであれば、私の考えを受け入れてくれるのではないでしょうか。」

 シンは困った表情で、優しく諭すようにザラスに答えた。

「ザラスさん、あなたの言っていることは理解できる。こう見えても私は奴隷出身です。先代の王のおかげで機会をいただき、実力を認められ、今の地位まで上り詰めました。それでも、あなたの父上の存在を抜きにしても、あなたの意見には同意しかねるのです。

 私が今の地位を得たのは、とてつもない幸運と、恵まれたこの体のおかげです。身分が低くとも、この体があったから、運に恵まれたからこそ、ここにいるのです。

 私の奴隷時代の仲間たちは、体が弱い者、頭の回転が遅い者、何をやらせてもうまく出来ない者、そんな仲間たちが大勢いました。皆それでも明るく、気さくで、親切で、とても優しい者達でした。

 そんな気の良い仲間たちは、奴隷という最下層の身分で、しかも、競争を原理原則としたこの社会で、必要とされていない能力しか持たされず、生まれてきているのです。例え、身分によって差別がされなくとも、実力において評価される社会では、彼らはどんなに努力を重ねても、持って生まれた能力以上の力は発揮できず、奴隷の生活からは抜け出せるわけがないのです。少なくとも、男なら力を、女なら容姿を、人並み以上に持って生まれない限り、奴隷は生きて行くのが困難なのです。

 この現実を目の前にして、生まれや身分によって差別されない世界と言われても困るのです。それを言うのであれば、先ずは誰もが働かずとも衣食住が保証される世界を作った上で、語って欲しいのです。」

 その話しを聞いても、ザラスは諦めきれないのか、もごもご小さな声で何かを言っていた。その様子を見たシンは、さらにこう続けた。

「アルムの先代の王はとても偉大な方でした。その偉業の一つに、法の制定があります。今までは、罪に対する罰を王がその時の気分で決めていましたが、罪には相当の罰を等しく与えることにしたのです。腕を折られれば、折った相手の腕を折っても構わない、といったものです。

 但し、これは身分において罰の重さが変わるのです。貴族が奴隷の腕を折っても、咎めはありません。逆に奴隷が貴族の腕を折れば、死罪となります。

 先代の王は、この法を定めるときに、皆等しく平等に、を目指しましたが、実現することが出来ませんでした。今の社会構造で取り入れるには問題が大きく、諦めざるを得なかったのです。

 当然これは貴族や、あなたのお父上や一族のように既得権益にしがみついている者たちの反対があるからです。

 あなたの理想を実現する為には、そういった人たちがいない世界を作らなければなりません。あなたにそれが出来ますか。」

 今度こそザラスは黙ってしまい、シンは面談を打ち切った。


 王宮からの帰り道、カイはザラスを慰めていた。そしてザラスに、シンに言われた通り、皆が平等を保証される国を私が作ろう、とザラスに約束していた。

 そんな国があれば良い、でも、そんな国はあり得ないことを知っている。人が人である以上、欲望が尽きない以上、それはあり得ない。欲望を無くしてしまった人類は亡ぶだけだ。価値観が大きく変化し、そんな時代が訪れるかも知れない、でもそれには後、数千年はかかるだろう。


 リュウは団長との再戦の話しが出なかったことをとても喜んでいた。実際アルムを訪れた時には、再戦を望まれるかもしれないが。

 シンは信用が出来そうだが、アルムの国を訪れるのは非常に高いリスクが潜んでいる。アルムに入れば敵だらけで逃げ場もない。カイを守って脱出することは不可能だろう。アルムの国王からの招待状も何のあてにもならない。殺した後に、奪って処分してしまえば良いのだから。

 カイもリスクは十分承知の上だが、アルムの国を見てみたい、好奇心が勝ってしまっているようだ。特にアルムの国にあるという巨大な塔、それをどうしても見てみたいと言っていた。


アルムの国


 それから1週間ほどで、アルムの国から迎えがきた。豪華な馬車に揺られ、2日間の工程を旅する。カイたっての希望で、アルムの王都へ入る前に、巨大な塔の見学に寄らせてもらうことになった。

 その塔は巨大であった。日干し煉瓦を積み上げ、階層構造を持っている点ではハルタミの神殿と同じだが、高さがまるで違った。100m近くはありそうだ。階層も7層と、ハルタミの3層と倍以上だ。

 塔の中は階層毎に部屋があり、神官たちがそれぞれの仕事をしている。最上階の7層は神殿になっていて、神事を執り行う、神の啓示を受ける場所だ。

 ザラスが言うには、先代のアルムの王が公共事業を目的に、貧民層へ仕事を与えるために建設されたそうだ。ただ、結果的には王の偉大さを表すものとして、その役割を果たしている建造物であり、必要のない物だと言った。

 ここでもザラスは熱心にカイへ説明をしていた。カイもそれに応え、ザラスに質問を繰り返していた。その話しを横で聞いていると、いかにアルムの先王は偉大であり、皆に尊敬をされているのかが分かる。

 先王は、この塔の建設目的や、シンの話しにあった法の制定など、国民のことを考え、政治を行っていたことが分かる。ただ、いかに偉大な王であったとしても、力ある貴族たちの顔色を伺わなければ、国を動かしていくことが難しかったのであろう。

 その偉大な王も今は亡く、その息子、サムス王が国を治めているそうだ。残念ながら、サムス王は凡庸な才能で、国民の人気も高くなく、有力な貴族たちの中には、別な王をたてるべきだと声高に訴えるものもいるらしい。

 内政が不安定な国に入るのは危険が伴う。リュウとカイの警護だけは抜かりが無いようにしようと確認をした。

 一通り、見学が終わり、カイは満足したようだった。しばらくはアルムの用意された宿で休み、王の謁見準備が整い次第、王宮に伺う予定だ。10日ほど待たされるようなので、アルムの王都を偵察がてら、歩いて回ってみようと思う。

 

 比較的のんびりした日々を過ごしていた。身の危険を感じるような気配もなく、市街地を歩いていると、中心にある広場で、アルムの騎士団長に出会った。

 あの闘技場での雰囲気とは違い、あまりにオーラがなく、やけに体が大きい男がいるなぁと思っていて、近づくまでは、全く気付けなかった。団長は、気さくに話しかけてきた。

「おぉ、仮面の人よ、先日は世話になった。戦士リュウは元気か。」

 闘技場でのイメージとあまりにギャップがあり、少し戸惑いながら答える。

「騎士団長殿もお元気そうで何よりです。リュウも怪我が回復し、元気です。今はアルムの国王にご手配いただいた宿に宿泊しております。」

「そうか、この都市に来ているとは聞いていたが、どこに泊まっているまでは分からなくてな。実は一度、戦士リュウと話しをしてみたいと思っていたのだが、取り次いでもらえるだろうか。」

 団長は丁寧な態度で依頼をしてきた。無下に断る訳にもいかず、とりあえず、リュウに確認させて欲しいと言って、宿まで同行することにした。宿に着くまでの間、団長は話を続けた。よほど国を愛しているのだろう、アルムの名産品や、名所などを自慢げに、細かく説明してくれた。

 宿屋に到着し、中にある酒場で待ってもらうよう団長に告げ、リュウを呼びに行く。リュウに団長が話しをしたいと訪ねてきていることを告げると、あっさり、そうかと一言だけ残し、団長の待つ酒場まで向かって行った。リュウはこの地方の言語に明るくないので、同行し通訳をすることにした。

 団長は酒場の一番奥、4人掛けの席で待っていた。リュウを見つけると嬉しそうに大きく手を振って、こっちだと大きな声で呼んでいた。リュウは、団長の向かいの席に座ると、先日はありがとうございました、と頭を下げ、団長も黙って頷いてそれに応えた。

 リュウと団長の会話は、試合の時の体の動きや、考え方で、思った以上に熱心に意見を交換し合っていた。話の途中で、団長に、気になっていたリュウとの再戦を望むのかを聞いてみた。

 すると団長は予想に反し、とてもじゃないがお断りだと言った。戦場で敵同士として、会ってしまったら仕方がないが、リュウのような強敵とは戦いたくないと言った。てっきり再戦を望んでいるのかと思ったが、最後にリュウを見た瞳はどうやら尊敬の眼差しだったらしい。

 弛まぬ努力をしてきたであろうその技術、そして何より、体が小さく不利であるにも関わらず、折れない心で敵に立ち向かう姿は尊敬に値すると言っていた。さすがにリュウも照れていたが、確かにリュウは強くて尊敬できる男であることは間違いがない。

 話しが出来て良かった、と団長は言い、帰路に着こうと立ち上がった。最後に一つだけ忠告をしよう、と、真面目な顔で、今のアルムの王は良い君主とは言い難い。決して油断せず、謁見に臨むように、と言われた。王の側近である騎士団長が、忠告してくれたのだ。それなりの根拠があるのだろう、嫌な感じがする。

 だが、今、勝手に都市を出て、逃げてしまえば、アルムの国全体を敵にまわすことにもなりかねない。ザラスの目的の為にもそれは避けるべきだろう。ある意味もう逃げ場は無いのだ、立ち向かうしかないのだと、何があっても仲間たちを守ろう、そうあらためて思った。

 カイに騎士団長との会話の内容を伝えると、カイはリュウが尊敬されたことを、自分のことのように喜んでいた。


謁見


 王からの使いがやってきた。準備が整ったので、いよいよ謁見となる。珍しく緊張している。どうやらリュウも緊張しているようだ。謁見にはザラスを除いた3名でと指定があった。ザラスはアルムの神官たちと協議をして欲しいとのことだ。

 王と直接話しが出来ないのは不満だが、神官と意見を交わすことが出来るのであれば、良しとしましょう。と、ザラスはふてくされ気味に言っていた。

 王の使いに導かれ、王宮へ向かう。王宮の門を潜ると、庭園には花が咲き乱れ、とても砂漠の中にある都市とは思えなかった。王宮の中も金や宝石、美術品が、所狭しと飾られていて、アルムの国力を、豊かさを象徴していた。


 予定通り、ザラスは別室へ案内され、3人で王の間へと通された。装飾が立派な金属製の扉を衛兵が開けると、そこには、10m四方はあるか思われる大きな部屋があった。部屋の奥、段を上がった場所には玉座があり、その両脇には剣を佩いた騎士が立ち、さらにその後ろには正装し、着飾った騎士団長の姿が見えた。部屋には調度品や飾りがなく、玉座だけが際立つようになっている。

 部屋の両脇には騎士団員達が5名ずつ等間隔で並んでいる。その頭上には、人が一人立てる程度の幅の狭い2階部分があり、弓兵が2名ずつ配置され、いつでも王の間に居る者を射抜ける、万全の警備体制を敷いていた。

 リュウは部屋のちょうど中心に、うつむき、跪く形で座らされた。その2m後ろ、間隔をやはり2m程離され、正三角形の形で右にカイが座らされ、左に同じように座らされた。その座った後方には、槍を持った衛兵が、それぞれ一人ずつ立ち、こちらの動きを監視している。


 やがて王が部屋に入り、扉は閉じられた。顔を上げることが許されていないので、気配でしか、その様子はうかがい知れない。王が玉座に座ったと同時に顔を上げることを許された。王は玉座に右肘をつき、頬杖をついていた。神経質な顔立ちで、こちらを見ているだけで、何も言葉は発しない。すると不意に顎を上げて、何かの合図をした。

 その合図とともに、座らされた位置の後方にいた衛兵達は、持っている槍を3人に向かって、同時に突き出した。前方のリュウはそれを何とかかわし、衛兵から槍を奪おうとしている。慌てて右を見てカイを確認する。が、カイは背中から胸へ槍で貫かれていた。

 槍はカイの体を完全に貫通している。大量の血液が床を濡らし、カイの口からも血が溢れていた。カイの目はすでに光を失い、もう絶命していることが分かる。本当に一瞬の出来事で、何が今起きているのか理解が追い付かない。

 リュウが何かを叫んでいる。こちらに向け何かを必死に叫んでいる。召喚人、逃げてください、捕まってしまっては、いくらあなたでも、とか何とか言っている気がする。近くで衛兵が、何故槍が刺さらない、とこちらも叫んでいる。

 あぁ、なんてことだ、カイが死んでしまった。前途有望な若者が死んでしまった。とてつもない才能で、ひょっとしたら世界を変えてしまうかも知れなかった若者が、目の前で命を奪われてしまった。

 世界を平和にする旅に出たはいいが、またしても手が届く範囲に居ながら、若者の命を救うことが出来なかった。何とも情けない、結局何も成せずに、この旅も終わってしまったのだ。もう全てがどうでも良くなった。


 頭の中で声が聞こえる、どこか懐かしい。妻の声か、いや息子、娘の声か。

「何やってんの、しっかりしなよ。まだ救える命はあるじゃない。大事な仲間はまだいるじゃない。」

 確かにそう聞こえた。あぁそうだ、まだリュウは生きている。リュウだけでも救わなければ、ザラスも窮地に追い込まれているに違いない。ゆっくり意識が覚醒していく。


 攻撃を受けてから、2、3秒思考停止に陥っていた。その間にリュウがやられなくて良かった。

 槍を突き出し攻撃している衛兵の顎に、こぶしを繰り出す。衛兵は脳震盪を起こし、倒れた。再び起き上がって来た時に、抵抗出来ないよう、右ひじの関節を無造作に曲げて折る。次にリュウと挌闘している衛兵に近づき、同じように意識を奪ってから腕を折る。

 カイを襲った衛兵にも近づき、同じように抵抗力を奪う。脚力、腕力ともにこの世界の住人の約3倍だ、本気を出した動きについて来られる人間はいない。一人1秒もかからず倒していった。

 リュウも何が起きているのか分からず、唖然としている。そのリュウに向かって叫ぶ。

「リュウさん、とにかく王をおさえます。弓矢に気を付けて私の後ろに付いてきて下さい。」

 リュウは頷き、背後を見ながら後ずさりでついて来る。王の横に立っていた騎士が剣を抜き近づいてくる。一瞬で間合いを詰め、気絶させる。二人を転がすのに1秒もかかってはいない。

 王は恐怖の表情を浮かべている。その前にゆっくりと騎士団長が立ちはだかった。その眼は悲しみで溢れていた。騎士団長もこんな結末になることは望んでいなかっただろう。素早く剣を抜き切り掛かってくるが、同じように、顎にこぶしを当て、気絶させた。ただ、腕を折ったりはしなかった。

 王は何が起こっているのか、どうして自慢の騎士団長までもが簡単に倒されるのか理解は出来ないだろう。まだ玉座に座り、右肘を付き、頬杖をしたままだった。リュウに王を拘束するように伝える。リュウは王が着ていた衣服を破り、紐として後ろ手に縛った。そして首元にはナイフを構え、騎士たちに抵抗しないよう伝える。弓兵は弓矢を捨て、騎士たちも手に持っている武器を捨てた。

 

 王は恐怖で喉が渇いているのだろう、絞り出すような声でこう言った。

「私はアルムの王サムスである。私にこんな真似をして、無事にこの国から出られると思っているのか。無駄なことは止めて私を解放しろ。」

 怒りで、手を出してしまいそうになる気持ちを何とかおさえ、返答する。

「我々が無事にこの国を出られないなら、あなたは死ぬだけだ。今見たように、あなたの騎士団は私の前では無力だ、例え1000人束になっても敵わないと思え。あまり好きではないが、力を見せよう。」

 そう言って、5人並んでいた騎士団員に全力で近づき、次々に気絶させた。そして、次に金属製の扉に勢いをつけて近づき、扉を殴り、外に向けて跳ね飛ばした。金属の扉は鈍い音を立て、外のかべをぶち破り、庭園に落ちて行った。

 部屋にいた全員が恐怖に包まれるのが分かる。この化け物じみた力を見れば、人は恐れを抱き、忌み嫌うだろう。だから人には見せたくなかった。


 残った騎士団員も弓兵も完全に抵抗する気がなくなっていた。騎士団の一人にザラスを連れてきて欲しいと頼んだ。

 王のもとに戻ると、案の定、嫌悪感たっぷりの顔でこちらを睨んでいる。それでも抵抗は諦めたようだ。今更聞いたところで仕方がないが、何故いきなり襲ったのかを聞いてみる。すると王はこう答えた。

「アルムの敵になりそうな者を排除するのは当たり前だ。お前たち3人は危険だと判断した、だから殺した。あのハルタミの神官も、奴隷解放だとか平等だとか下らんことを吹聴しているらしいではないか、そんな危険思想を持った奴は排除されるべきだ。

 お前たちのような下民は王族が会いたいと言ったら、何も考えずにやってくる。人を使って探したり、暗殺者を雇ったりすることを考えれば、呼び出して無抵抗の状態で始末するのが、一番効率的ではないか。」

 王自らの発案なのだろう、この期に及んで自慢げに話すその姿に哀れみを感じた。


 しばらくすると騎士団員に連れられザラスが現れた。ザラスは神官達に異端者として拷問にあっていたと言い、顔は腫れ、体は傷だらけで、歩くのもやっとの状態だった。やがて気が付いたのか、カイの姿を探しだした。

 そして床に無残に転がるカイの遺体を見て、ふらつく体に鞭を打ち、カイの元まで駆け寄り、泣きすがった。そして、ザラスの瞳の奥には、今まではこの青年に無縁であった憎悪の炎が宿り、サムス王を睨みつけていた。


 この場で、まともに話しが出来そうなのは、団長だけだろう、目覚めるのを待つ。

 程なくして、目を覚ました団長は、拘束された王の姿と、倒れている騎士団員達、破壊された扉を見て、状況を把握したようだった。

 団長は、我々の身の安全を保証する代わりに、王の解放を要求してきた。当然、そんな口約束を信用するわけにはいかないが、約束を破ったら、あなたがこの国の兵士全員を殺せばいいではないか、と半ば諦めたような口調で言った。

 王も何か言おうとしたが、サムス王、あなたはこの国を亡ぼす気か、と団長に一喝され、黙ってしまった。確かに団長の言う通り、この悪魔のような力を見せられては、この国を人質に取られているようなものだ。

 団長の提案を飲み、団長の責任において、リュウとザラスの身の安全を約束してもらった。そして、王を解放した。


 カイとそれにすがるザラスに歩み寄る。カイさん待たせたね、さぁ帰ろうか、と声を掛け、カイを抱きかかえる。ザラスはリュウに肩を借りながら、王宮を後にした。

 王が手配した宿に戻る訳にも行かず、困っていたところ、団長の使いが現れ、王宮に近い大きな屋敷に案内された。通された部屋には執事がおり、団長から要求に応えるよう、指示が出ているので、何でもお申しつけくださいと言った。

 あの雰囲気からは想像できないが、どうやらそこは団長の屋敷で、団長は王家に繋がる名門貴族のようだ。

 取り急ぎ、ザラスの傷の手当と、カイを奇麗にして安置する場所の提供を要求した。ザラスは手当してもらうために別室へ通された。カイを用意してもらったベッドに寝かせ、運ばれてきた水や奇麗な布で、体をリュウとともに丁寧に拭いた。

 カイの顔は傷一つついておらず、生前と変わらずイケメンのままだ。血の気が無く顔が白いのは仕方がない。リュウは終始黙っていたが、絶え間なく涙が頬を濡らし、着ている服で何度も顔をぬぐっては、カイを奇麗にしていた。この旅ではじめて見たリュウの涙だった。

 カイも汚れていない服に着替えさせる。いつの間にか手当を終えたザラスがカイの横に立ち、涙を浮かべながらじっと佇んでいた。


 夜になると団長が屋敷に帰ってきた。団長は沈鬱な表情で、若者の命を奪うことになってしまい申し訳ないと、謝罪をしてくれた。団長から忠告を受けていたにも関わらず、守れなかったのは、こちらの落ち度で、団長に謝罪の必要はないと返した。

 それから団長は、しばらくはこの屋敷に留まっても構わないが、一度アルムの国を出てからは、二度とこの地には入らないでくれ、それがお互いの為だと言われた。

 今後のことをリュウと話しをしなければならないが、しばらくは団長の好意に甘えてここで過ごそう。これから先のことは、お互い気持ちの整理がついてから、話しをすることにした。


 カイの遺体については、ザラスから、カイが生前望んだ通り、鳥葬にするべきではと意見を出したが、故郷に帰して上げたい気持ちもあり、火葬にして骨と灰をカの国に持って帰り、弔うことにした。その晩はカイの遺体と共に4人で最後の夜を過ごした。

 今にも、いつもの調子で、厳しく意見を言ったり、時には幼く興奮した口調で話したり、動き出しそうなカイを囲み、思い思い皆でカイに語り掛けた。この6年あまり、カイは随分と大人へと成長した。初めは純真な、線の細い感じであったが、時が経つに連れ、持ち前の機転と胆力で、いつしか3人の中心となり、旅を引っ張っていた。

 チャンドラ商会との駆け引きや、貫通力を高めた矢の開発、石弓の改良では、その才能に恐ろしさを感じたが、その根本には、弱き人々を救いたい、貧しい子供達を救いたいとの願いが、いつも込められていた。

 享年26歳、あまりにも若い。この世界はこの才能優れた若者の死によって、文明が100年は後退するだろうと思った。


 翌日、団長に敷地の一部を借り、カイを火葬にすることにした。準備は、団長の執事が手配してくれ、滞りなく、組んだ木の上にカイの遺体は乗せられた。

 ザラスはいつまでもカイにすがりついて泣いていたが、優しく諭し、何とかカイから引き離し火をつけた。激しく燃える炎の中で、肉体は地に還り、魂は天に上り還っていった。

 ザラスはカイを燃やした炎をランプに移し、この炎にはカイの魂が含まれている、決して消さないように崇めると言った。そして、カイが、兄と慕った男が、成し遂げたかった世界を造るため、これからも教えを広める旅に出ると言った。

 リュウは燃え盛る炎を黙って見つめているだけだった。どことなく、気力が抜けたような、生気のない立ち姿だった。


 それから3日ほどは無気力に過ごした。三人とも特に会話をすることもなく、顔を合わせても挨拶する程度で、それぞれが、気持ちの整理を着けるため、自分の心と向き合って過ごしていた。4日目の朝、リュウが今後について話しをしましょうと言ってきたので、了承した。

 リュウは唐突に、そして伏し目がちに、話しを始めた。

「召喚人、今まであなたに伝えていなかったことがあります。どうか怒らず、最後まで聞いて欲しい。

 カイはカの国の王子です。あなたがこの世界に来た時、カの国は内政に大きな問題を抱え、存亡の危機にありました。時の王は政治を顧みず、享楽にかまけ、多分ですが、私が知る国王は、国なぞ滅んでしまえばいい、そうすれば、面倒なことを考えなくて済む、と極端な考えに行きついていたように見えました。そして、国の中に多くの敵を作ってしまいました。

 その敵の一人が、国民の支持を得たことを根拠に謀反を企てたのです。敵は、王宮に住む者を全員抹殺し、王宮を焼き払うことを計画していました。そして、その実行の日が、我々がカの国を離れた日です。

 カの国を離れる際、王があなたを狙っていると、エン様から説明しましたが、あれは嘘です。狙われていたのは、カイ王子なのです。

 私はエン様からの密命を受けました。あなたを利用し、カイ王子を西へ逃がし、そして王子が成長し、カの国を再興出来る能力が身に着いた時、王子と共に国へ戻り、再興に尽力するように指示を受けていたのです。

 今まで騙していて、申し訳なかった。許してくれとは言えません。私をいたぶるなり、殺すなり、どうかあなたの好きなようにして下さい。」

 そういうとリュウは頭を下げた。今更驚きは無かったし、意外でもなかった。頭を下げたリュウに対して、笑いながら話しかけた。

「リュウさん、私があなたをいたぶりもしないし、殺しもしないことを分かっていて、そういう言い方をするのはずるいですよ。

 リュウさんの話しは分かりました。ただ、私にとってはどうでも良い話しです。カイさんやリュウさんが何者であっても、何か事情があっても、苦労して旅をした仲間じゃないですか。」

 本心からそう思ったことを口にした。それを聞いたリュウは少し安心した顔をしたが、続けてこう言った。

「それと、これも申し上げにくいのですが、召喚人が西へ向かえば目的が見つかる、と説明したことも嘘になります。

 エン様も召喚人の目的がどこに行けばわかるのか、知りませんでした。天からのお告げにはなかったのです。」

 さすがにそれはひどいと思った。が、それも済んだことだ、仕方がない。成さねばならぬことはまた探せばいい。それよりも気になるのは、王宮が焼かれたのであれば、あの、この世界に来た時に、世話をしてくれた少女はどうなったのだろうか。

 天に仕えるものであれば、殺されず、次の王にも仕えることが出来るのではないだろうか。リュウに確認してみると、リュウは、暗い顔でこう話した。

「リンシン様ですね、残念ながら生きてはいないでしょう。カイ王子の妹君、王族に繋がる者ですから。」

 あの少女は自分には名前がないと言っていた、それは身分を隠すためだろうか、今となっては分からない。ただ今は、少女が殺されてしまっているという事実、それを6年間も知らなかったこと、またいつの日か少女と話しをすることが出来るかと思っていたことが、とても心を苦しくさせた。

 その苦しさを隠すように、話しを続けた。

「それで、リュウさんはこの先どうしたいと思っていますか。」

 リュウはこちらを真っすぐに見つめ、強い意思を持ってこう答えた。

「カの国に帰りたいと思います。カイ王子をカの国に連れて戻りたいと思います。」

「そうだね、カイさんを2人で故郷に帰して上げよう。」

 今後の方針は決まった。心配なのはザラスだが、ザラスには成さねばならぬことが明確にあるだろう。これ以上の手助けは出来ない。ザラスのことは、ダメもとで団長に相談してみようかと思う。


 ところで召喚人、あなたの強さには驚きました。そしてあの技は何なのですか。とリュウが聞いてきたので、少しふざけながら、答える。

「びっくりしたでしょう。相手の顎を掌底や拳で素早く打ち抜き、脳を揺らして気絶させるんです。若いころは拳を使った格闘技で、負けたことが無かったんですよ、これでも。」

 そういうと、無理に笑顔を作った。


 団長が在宅時に、ザラスの件を相談してみた。正直迷惑だと言っていたが、ハルタミの管理官、シンに手紙を書いてくれると言う。シンを鍛え、戦士にしたのは団長だと言っていた。黙って頷いていると、シンの能力の高さや格闘センスについて、長いこと話しを聞かされてしまった。

 シンへの手紙も入手し、出発の準備は整った。リュウとザラスに相談し、翌日の朝には発つことにした。団長にはあらためて、礼を言い、別れを惜しんだ。だが、もう二度と会うことはないだろう。


 3人での旅は終わってしまった。しかし、この世界で成すべきことは見つけられてはいない。今までは西に進めば、何かがあるかもしれないと思っていたが、そうでは無かった。

 手がかりが全く無くなってしまったが、これからも、目的を探して旅をしよう。そして、行く先々で、出来る限りの人助けをしていこう。出来るだけ多くの子供達を救おう。きっとそれがカイの望みだと思うから。

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