乾いた海を越えて
7.乾いた海を越えて
乾いた海へ
城塞都市で盗賊団員37名を捕縛し、貧民層の子供達15名を引き上げ、マハーナ氏が取り仕切る交易都市に入った。交易都市は、城塞都市ほど建物も多くなく、これからまだまだ発展の余地が残されている都市だった。
盗賊団員達はここで強制労働、建物の建築や道路の整備などを担ってもらう。元兵士の30名は、体力には自信があるだろうから、都市の発展に寄与してくれるに違いない。
子供たちはこれから教育を受ける。今は、都市の倉庫を一つ借り、そこに住み、そこで学んでもらう。教育については、カイが港湾都市で採用した体系を流用する。先ずは、子供達個人の適正を調べ、それぞれが得意な部分を伸ばし、大人になったら、自立出来るようにしていく。
子供達の教育については、安心して子供達が暮らし、学ぶことが出来る環境を提供し、今後も発展、継続をしてもらう組織の立ち上げを、改めてマハーナ氏に確認、約束をしてもらった。このプロジェクトが軌道に乗るまでは、ここに滞在し、マハーナ氏に協力することにした。
交易都市は砂漠の入り口として、色々な物や情報が飛び交う。カイはこれから向かう西の情勢について、時間があれば、商隊から話しを聞いたり、都市の有力者と話しをしたり、情報収集に余念がない。リュウは弓兵隊と訓練に明け暮れていた。
ふとした瞬間、アイナの笑顔が思い出され、無気力なまま時間を過ごした。そんな生活を半年ほど続け、季節は夏を過ぎ、秋が深まってきた。教育組織の立ち上げも落ち着いてきたので、一旦、山麓の村へ戻ることにした。
マハーナ氏の計らいで、馬車を用意してもらった。カイは移動が楽だと言っていたが、それほど乗り心地も良くなく、乗り物酔いに悩まされているようだった。4日かけて、山麓の村へ着いた。
村を発ってから1年近くになるが、相変わらずのどかで、何の問題も起きておらず、とても安心出来た。ハオもリンもさらに成長し、とても頼もしくなっていた。子供達の輪の中に、アイナの姿を思い浮かべる。本当であれば、あの子もこの輪の中で楽しく暮らせたに違いない。
カイ、リュウと共に、村に問題がないか見て回り、弓兵隊に村の警備について説明をした。ひと月ほど滞在し、冬になったらまた旅にでる。今度は砂漠を越えて。
楽しい時間はあっという間で、子供達と勉強して、遊んで、農作業で体を動かして過ごし、気が付けば出発の前日になっていた。子供達を中心に村を上げて旅の無事を願い、壮行会を開いてくれた。次はいつ戻れるのかも分からないが、必ず戻ってきて欲しいと口々に言われ、うれしい反面、村を去るのが辛くなった。
その夜、カイに真面目な顔で問われた。
「召喚人、あなたが辛いなら、アイナのことが辛いなら、出発を延ばしても構わないと思っています。あなたはどうしたいと思っていますか。」
皆に心配をかけているのは申し訳なく思う。城塞都市を出てから半年以上、そろそろ前を向いて進まないとならない。多分村の子供達も心配しているのだろう。何となく気を使われているのはわかる。うまく笑えてない気もするが、カイに出来るだけ元気に答える。
「カイさん、ありがとう、心配かけました。もう大丈夫です。西に向かって旅を続けましょう、あたしが何を成さなければならないのか、それを探しに。」
カイも、心配を隠し、笑顔で、元気な声で答える。
「えぇ、行きましょう、西へ。私は見たことのない世界を見に。」
翌朝、出発の準備が整うと、早速、砂漠の入り口、交易都市へ向かって旅立つ。村の入り口では、子供達、村の人々、弓兵隊が見送ってくれている。今までの旅では、旅立ちの時、いつも誰かが見送ってくれたように思う。そしてこれからも旅先で、人々を助け、旅立つ時には、笑顔で見送ってもらえるようにしたいと思った。
馬車には相変わらず慣れないらしく、カイは苦労していたようだが、何とか交易都市まで着いた。ここからは砂漠になるので、馬車を返却し、ラクダを2頭買い、1頭にはカイを、もう一頭には水を積み出発する。
物資の手配はマハーナ氏が協力してくれたので、とてもスムーズだった。次の大きな街は、ハルタミの国だ。アルムに敗れ、内政が乱れていたが、アルムからの統治で治安は回復しているとの情報が入ってきている。また、交易都市が、大規模な盗賊団を捕縛したとの情報も流れているようで、他の盗賊団も目立った活動はしておらず、安全に旅が出来そうだ。
ハルタミの王都へたどり着くためには、いくつもの砂漠の中にある緑地を経由しなければならない。地図はマハーナ氏からもらってはいるが、砂漠で目印もないだろうに、どうやって行くのか心配だ。カイが心配ないですよ、と笑って言うので信用することにする。
出発の準備が出来たので、いよいよ出発となった。マハーナ氏は城塞都市での御礼を口にしたが、教育機関の設立や、旅の援助を考えれば、マハーナ氏が損をしている気もする。それでもマハーナ氏は笑顔で、子供達の行く末を約束してくれた。
子供達もそれぞれの特性を活かし、知識を深めたり、技術を習得したり、日々目的を持って頑張っている。その姿を確認し、交易都市を後にした。
ザラスという名の青年
砂漠の旅は思っていた以上に過酷なようだ。カイは日差しと乾燥に肌を焼かれ、慣れないラクダに酔い、最初の緑地にたどり着いた時には、長い休息が必要なほど消耗していた。密林の高温多湿にも苦しめられていたが、乾燥の方がより体には堪えるようだった。
リュウは飄々として、乾燥も意に介さない様だったが、食べ物が美味しくないと、常に愚痴をこぼしていた。以前のリュウであれば、そんなことを口にすることもなかったが、旅を始めて5年以上が経ち、打ち解けてきたのかとうれしく思う。ひょっとしたら、この5年で様々な地域で美味しい物を食べ、口が肥えてしまったのかも知れないが。
カイの体調と相談しながら、ゆっくりと旅を進め、いくつかの緑地を越えた先、一つの緑地で、その青年と出会った。
緑地の実力者の元へ、情報収取を兼ねて挨拶に出向いた際、青年は先に来客として訪れていた。青年と実力者との会話を待っていると、青年が警備の男につまみ出された。何か大声で訴えかけている様だが、取り合ってもらえず、建物の外へ投げ出されていた。
とても悪い青年には見えなかったので、助けに行こうとしたが、関わるとろくなことにならないと、カイとリュウに止められた。青年は投げ出された先で、日陰を探し、うずくまっていた。気にはなるが、関わる訳にも行かず、黙って青年を見ているしかなかった。
緑地の実力者は普通の男で、価値のあるものを渡せば、何でも自由にしていいと、他の緑地と変わらない対応だった。あの青年は金もないのに実力者に何かの依頼をしたのだろうか。少し気にはなったが、カイやリュウに怒られると思ったので、実力者に、青年をつまみ出した理由を聞くのは止めた。
実力者の家を出ると、青年は変わらず日陰でうずくまっている。どうしても気になり、体は大丈夫かと声を掛けた。すると青年は突如として立ち上がり、両手を握ってきた。そして、あぁなんて親切な人よ、これも神の思し召しか、どうか哀れな私をお助け下さい、と潤んだ瞳で言ってきた。
カイとリュウを見ると、だから言わんこっちゃない、と態度で表してきた。多分この青年は人の親切心を逆手に取り、無茶な要求をするつもりだろう。それでもこの青年が悪い人間には思えなかった。
とにかく、食事をしながら話しを聞こうと思い、店へ誘う。仕方なく、カイやリュウもついて来る。店に入り、4人掛けのテーブル席へ座る。青年の正面に座り、その横にはカイ、青年の隣にはリュウが座った。
青年はハルタミ人の特徴を備え、180cmと背が高く、堀の深い顔立ちをしていた。その瞳には理知的な光を感じ、雰囲気がどことなくカイに似ていた。その雰囲気が悪いようにはどうしても思えなかった。
青年は自己紹介をし始めた。
「私の名はザラスと言います。出身はハルタミの王都で、年齢は22歳になります。都市で代々神官を務める家に生まれました。」
それを聞いて、こちらからも適当に、東の国から西へ向かい旅をしていると説明をした。
ザラスは熱心な口調で話しを続けた。
「私は神官の家で生まれましたが、仕える神、その教えに疑問を持ち、20歳の時に家を出ました。そして、自分の主張に共感して頂ける同士を探し、砂漠を旅しています。
この緑地でも、実力者に会い、私の教えを広めたいと、協力して欲しいと伝えたのですが、全く相手にしてもらえず困っているのです。どうも私は行く先々で嫌われてしまうようで、話しをまともに聞いてもらえないことが多いのです。」
そう言うとザラスはとても悲しそうな顔をした。見かねたカイがそれで我々にどうして欲しいとのですか、と優しく聞いた。ザラスは嬉しそうに笑みを浮かべながら、こう切り出した。
「あなた方は親切そうで、緑地の実力者達とも話が出来そうです、どうか一緒に私の教えを広めて欲しいのです。
あなた方は旅の途中とお見受けします。あなた方の旅に同行させていただき、行った先々の緑地で、一緒に私の教えを実力者に説いて欲しいのです。」
なかなか想像以上に無茶な要求をしてきたなと思う。半ば呆れながら、この話しをどう終わらせるか悩んでいたが、カイがザラスに更に問いかけた。
「それでザラスさん、あなたの教えとはどのような内容でしょうか。」
ザラスは喜んで内容を語り出した。神は自然そのもので、我々人間も神の一部である。神には人格はなく、我々とともにあるが、悪い行いには報いが訪れる。だから人は良い意思を持ち、良い言葉を言い、良い行いをしなければならない。
また、自然の中では全てのものが平等であり、生まれによっての差別はあってはならない。先程も実力者に、人は生まれながらに平等であり、奴隷制度を止めるべき。緑地にいる奴隷を無条件で解放するように言ったとのことだった。
なるほど、主張は間違ってはいない。しかし、この世界では先進的すぎる。いきなり奴隷を解放するように話しをしては、つまみ出されて当然だ。
それを聞いてカイは、少し考えた後、ザラスの考えに興味があるので、旅は同行しよう、しかし、信徒になるわけではないので、実力者達を説得することは出来ない。但し、話に同席し、少しでも話を聞いてもらえるように努力しようと言った。それと、我々はハルタミの王都に向かっているので、いずれはザラスが来た場所まで戻ることになる、それでも良いかとザラスに確認を取った。
ザラスはとても喜んで、それで構いません、是非旅に同行させてください、と言った。それにしても驚いた、いつものカイならば断わると思っていたからだ。カイが仕える天と、ザラスが考える神は教えが近い、その点でカイがザラスに感心を持ったのだろうと思う。リュウは反対も賛成もしなかったが、旅の同行には問題ないと言った。
しかし、ザラスは何故我々に声を掛けたのか。実は誰でも良く、たまたま声を掛けた相手が我々だったのか、疑問に思ったので、ザラスに聞いてみた。すると、カイを見た時、同じ考えを持つ同士だと直感で分かったのだと笑顔で言っていた。
これで、砂漠を旅する間はザラスを入れた4人で旅をすることとなった。
ハルタミの王都
ザラスを含め4人での旅は、新鮮でもあり楽しくもあった。ザラスはとても社交的だし、博識だった。単に思想が時代の先を行き過ぎて、人から疎まれることになっているだけで、思想以外はいたって普通の頭の切れる若者だった。
カイにとって、ザラスの持っている知識は知らないものばかりだった。特に興味を示していたのは、今いる地より遥か西にあると言う、砂漠の国や、海の国の話しだった。それらの国には、見たこともないような大きな石造りの宮殿や神殿が建っていて、とても文明が発達しているそうだ。
カイはこの旅でそれらの国にも訪れたいと言いていた。目的が見つかるまでは、西へ進むだけだ、いずれそれらの国々へも3人で、ひょっとしたらザラスを加えた4人で訪れることになるだろうか。
リュウはこの地方の言葉は慣れていないので、ザラスとあまり話しをしていないようだ。それでも食事中には、簡単な単語で料理の味や種類について、話しをしていた。ザラスはハルタミの王都にもお美味しいものはたくさんあるので、訪れた際は、実家で是非ごちそうさせて欲しいと話しをしていた。
4人で旅を始めてから、いくつかの緑地を訪れたが、ザラスの話しに耳を傾けてくれる者は現れなかった。当然と言えば当然だが、実力者達はあからさまに嫌な顔をして、ザラスを無下に追い払おうとした。
ザラスはそれでも全く諦めていなかった。いつの日か、自分の話しを聞き、教えを広めてくれる同士が見つかると信じていた。カイはそんなザラスの思いを叶えてあげたいようだった。一緒に旅をするうちに、ザラスのことを弟のように感じていたのかもしれない。
カイとザラスは度々、自らの教えを語り合い、また、知識を交換し、お互いの理解を深めていった。二人の会話を聞けば聞くほど、よく似ていることが分かる。顔も、体型も、肌の色も見た目は異なるが、本当の兄弟のように見えた。
その後の緑地でも、ザラスの希望は叶えられることなく、とうとうハルタミの王都が近づいてきた。王都はザラスの故郷であり、2年前、意見が合わず飛び出した実家がある場所だ。いつになく、ザラスは落ち着かない風であったが、王都の門をくぐる頃には、諦めたのか、いつものザラスに戻っていた。
ハルタミの王都は、高い城壁に囲まれ、その中に市街地がある。さらに中心に城壁が築かれ、その中に王宮があった。建物の表面は焼いたレンガを使用しており、とても重厚な印象を与えていた。
王都の近くの丘には、高さ20mほどはあるかと思われる巨大な建造物があり、ザラスの説明では神を祭る神殿だそうだ。ただ、神殿とは名ばかりで王の権威をあらわすためだけの建物だと、少し嫌悪感をにじませて話しをしていた。
いずれにしても、とても立派な都市であった。城塞都市も先進的で、巨大ではあったが、ここはそれを遥かに凌ぐ巨大さと、建築物群だった。
感心しながら、あちこち眺め歩いていると、建物の上に鳥が群れをなして集っている光景がいくつか見える。カイがその疑問をザラスに問うと、あれは鳥葬だと言う。死んだ人間は鳥の餌となり、天高く帰るそうだ。
カイは何と素晴らしい方法だと言って絶賛していた。カの国でも取り入れたいと言っていたが、この乾燥地帯だからこそ出来ることで、湿度が高ければ、微生物が繁殖し、強烈な腐敗臭を放ちとても耐えられないだろう。
王都の中心部に近い、大きな屋敷の前でザラスは歩みを止め、ここが私の生まれた家ですと言った。なるほど、育ちが良いところもカイと同じなのだと思った。ザラスが門を潜り、敷地に入ろうとしたら、慌てて使用人らしき男が駆け寄ってきた。
男はこの家に仕える者で、ザラスも良く知っている様だが、話しの内容からすると、一族から追われたあなたを屋敷に入れるわけにはいかないと、強硬な姿勢で言われている。ザラスは泣き落としにかかるが、最後には一族まとめて地獄に落とす気なのか、とまで言われていた。
今まで聞いたザラスの話では、今の神官一族は王族のために存在し、本来の教えである、民衆を救う、より多くの人々を救うことに何も役立ってはいない、だからこそ家を出て間違いを正し、本来の教えを広めたいのだと言っていた。そうであるならば、権力者に逆らう行動となり、一族にとっては邪魔な存在なのだろう。
いくら話しをしても屋敷には入れない様で、ザラスは暗い顔をして門まで戻ってきた。カイはそんなザラスに、あまり気にするな、私はお前の味方だ、とだけ言って、宿を探し歩き始めた。
ザラスはカイに味方と言ってもらえたのが、よほど嬉しかったのか、先ほどとは打って変わって、笑顔でカイの後を歩き出した。そして、宿はこちらにあります、と案内を始めた。それをリュウも苦笑しながら見つめていた。
宿に落ち着き、夕食を済ませると、ザラスが皆さんにお願いがあります。と、言い出した。またしても無茶な相談だろうと思うのだが、この青年の諦めない心、自分の信念を決して曲げない姿勢は、賞賛に値するものだ。並みの人間には出来はしない、その力を見ていると、いつかは本当に成し遂げるのではないかと思えてくる。そして出来ることは協力してあげたいと思う。
先ずザラスはこの国、ハルタミの現状について説明を始めた。ハルタミは王族が支配する国だが、4年程前にアルムに敗れ、現在は王族が国外逃亡中で不在。変わってアルムの支配下に置かれ、この都市にはアルムから管理官が派遣されているそうだ。
ハルタミやアルムをはじめ、この地域では少ない豊かな耕作地をめぐり、常に争いが起きていて、支配者が変わる事は珍しくないと言う。支配者が変わっても、庶民の生活にはあまり変わりがないので、この都市の中間層は、争い、戦争に関心がほとんどないそうだ。
神官の一族は、その支配者が変わる度に主君を変え、顔色を伺いながら、その地位、その権力にしがみついているそうだ。ま、生き残るためには当然の選択だと思うのだが、この青年にはそれがどうしても許せないらしい。
とは言っても、その時の権力者に支援をもらえなければ、到底ザラスの教えを広めることは出来ない。そこで、今、この地にいるアルムの管理官と話しをしたい。そして、管理官にこの王都で、ザラスの教えを教義として採用してもらいたい。更にはアルムでも教えを広めて欲しいと思っている。それを成し遂げるための知恵と力を貸して欲しいとのことだった。
話している内容は理解出来るのだが、この国では何の力もない、異国の、一人は異世界だが、3人組に頼る話ではない。ただ、カイに秘策があればその限りではないが、カイも難しい顔をして黙っている。さすがにこれは難易度が高すぎる。
細かい話が伝わっていないだろうと思うリュウに、通訳をして意見を求めた。リュウは話しを聞くと苦笑して、無理だな、と一言だけ言って、寝ているのか目を閉じてしまった。
しばらく無言が続き、リュウやカイの顔を見比べるが、二人とも一向に動かない。これでは話しが進まないだろう。何とかザラスを説得してみる。
「ザラスさん、あなたの言っていることは正しいと、あたしも思う。でも、権力者に媚びるのが嫌で、家を出たあなたが、結局権力者に頼らざるを得ないのは矛盾ではないですか。」
するとザラスは真っ直ぐこちらを見据え、答えた。
「召喚人のおっしゃっていることはわかります。確かに矛盾している部分もあります。しかし、私は権力者に媚びを売るつもりはありません。
私の考え、人々は生まれた家や身分で位が決まるのではなく、誰もが平等に権利を与えられ、差別なく暮らしていける、誰もがそれを望む世界になって欲しいのです。
この話しを管理者に伝え、理解し、共感して頂いて、一緒にこの考え方を広めて欲しいだけなのです。」
この熱量に水を差す訳ではないが、なるべく冷静に話しを続ける。
「えぇ、ザラスさんの言いたいこともわかります。ただ、現実を見てください。あなたは、家族にさえ、その考えを理解されず、あまつさえ、一族全員に嫌われてしまっているのですよ。
生まれ持って権力がある人間達が、自分の地位を脅かすような、考えを受け入れるとはとても思えません。」
少し、きつい言い方になってしまったが、それでもザラスは目を背けず、怒りの感情も見せず、淡々と言い返した。
「きっと、召喚人の言う通りでしょう。まず、話しを聞いてくれないと思います。でもそれは、確かめたことではないです。ひょっとしたら、今の管理官は私の話に共感をしてくれるかもしれないのです。
これは間違っていないと思いますが、いかがでしょうか。」
管理官本人に確認した訳ではないし、人物像も全く知らない。そういう意味では、可能性は零ではない。だが、零ではないだけであって、可能性は極めて低いと思う。だからと言ってチャレンジしないのは、確かにおかしいとも思う。難易度が高いことを成し遂げるためには諦めない気持ちが大事だ。こちらが説得するつもりだったが、何となく説得されてしまったようなってしまった。
見かねたのか、カイが助け舟を出してくれた。
「ザラス、あなたの気持ちは良く理解出来ます。私もその考えを実現したいと思っている。しかし、良く作戦を考え、ことに当たらなければ、行動が無駄に終わるだけでなく、悪い方向に進んでしまう。今は、作戦をじっくり考え、時が訪れる、好機が訪れる時期を見定めましょう。
それで良いですね、ザラス。」
ザラスはカイに念を押されて、少し拗ねたような顔つきになったが、わかりましたと素直に答えていた。本当にカイ兄貴の言う事だけは素直に聞く。
闘技会
ザラスから出た宿題は簡単に解決できるものでもなく、日々頭を悩ませていた。カイは好機を待てと言っていたが、それはいつになるだろうか。この先にあるアルムの国や、ザラスが言っていた砂漠の国や海の国、そこに旅立つ日はいつになるのだろうか。
カイはリュウを護衛に日々どこかに出かけていた。王都の実力者や商人達と情報交換をしているのだろう。ザラスは自分の考えを教義にまとめ、体系化させようと、一日中机に向かって、文字を書いていた。
何の動きもなく一週間ほど経ったある日、珍しくザラスが外出したと思ったら、ものの1時間ほどで、慌てて戻ってきた。
ザラスが言うには、近く、アルムの管理官主催の闘技会が催されるらしい。特に参加資格はなく、腕に自信がある者であれば誰でも参加が可能で、優勝者には管理官から特別な栄誉を与えられるそうだ。
この大会に出て優勝すれば、管理官に会うことが出来る。召喚人、大会に出てくれないかと言われた。まぁ出る分にも、優勝する分にも構わないが、この能力が広まるのは、今後旅を続ける上でも良くない。とりあえず、リュウとカイに相談してからにしようとザラスに言った。
夕方、カイとリュウが宿に戻ってきた。ザラスが慌てて、闘技会のことを伝えた。カイも耳にしていたらしく、そっけなくその話しは聞いていると言った。そして、闘技会に出るのは反対だと言った。
理由は、召喚人の能力が広まるのは不可、リュウの参加も認められない。この闘技会は生死をかけるものだからだ。いくら可愛い弟の頼みでも、リュウに危険が及ぶことは避けたいと言った。カイの言う事はもっともだとザラスも納得した。
するとリュウが闘技会に出ようと言い出した。これはザラスのためではなく、自分の力を試したい、名誉のためだと言った。そして、万が一にも優勝を逃すこともないと断言した。
確かにリュウは強い、今までの旅でもリュウに勝てるのは、巨人の集落の族長くらいだった。ハルタミの兵士も、隊長と呼ばれていた、あの体の大きい男もリュウの敵ではなかった。隊長と呼ばれていた男が、ハルタミの中でも強い戦士であれば、問題ないだろうが、それは全く分からない、未知な話しだ。
腕力や武術の強さに、全く興味関心がないだろうと思われるザラスにハルタミの戦士について情報を教えて欲しいと言っても無駄だろう。考えあぐねていると、カイがわかりました、リュウさん、必ず優勝してくださいと言った。その声にリュウは黙って、力強く頷いた。
案の定、ザラスは闘技会の出場予定戦士や、この都市で有名な戦士の情報を何一つ持っていなかった。ザラスに、何とかその情報を入手するよう依頼をし、それとは別に、酒場などで情報収集をするようにした。
会は一月後、王都内の闘技場にて行われ、観覧有料でチケットはもう販売されていた。リュウはその一月の間、特に鍛えたり、訓練を重ねたりはしないそうだ。ただいつも通りの生活を送り、闘技に臨むだけだと言った。
闘技会出場の話しを持ってきたザラスは、リュウに何かあっては、カイに顔向けが出来ないと、出来るだけ情報を集めようと、都市内を駆けずり回っていたが、神官一族のはみ出し者として、面が割れているのか、話しかけても無視されることが多いようだった。
それでも集めてきた情報と、酒場の情報をもとに、闘技会出場戦士の中で、要注意者は2名であることが分かった。
1名はハルタミの国の兵士長で、2年前のアルムとの闘いで、アルムの兵士達を圧倒し、その名を轟かせたらしい。本来であれば負けた兵士はアルムの軍門に下り、アルムの兵士として生きていかねばならないが、ハルタミの英雄となった彼は、その存在を統治のために利用され、未だハルタミの兵士長として立場を持っているとのことだった。
戦いのスタイルとしては、剣と盾を使ったスタンダードな闘士スタイルで、派手さはないが、確かな実力を備えているようだ。
もう1名はハルタミの国、随一の剣豪として名を馳せた男だ。長い片刃の薄い剣を自在に操り、敵を圧倒する。その変化に富んだ技は、今まで誰にも防がれたことはないと言う。今回の会にも参加を表明していて、下馬評では兵士長も危ういのでは、と賭けの比率が拮抗しているとのことだった。
リュウには怒られてしまうだろうが、この2名の実力を確かめるべく、偵察に行ってみた。兵士長は部下たちと訓練を行っていて、その様子を観察することが出来た。訓練の様子からも、確かにその強さがうかがい知れた。
年は30歳前後か、体力的にも強さの全盛期だろう。力強い足さばきは重心がブレることなく、兵士二人束になってかかっても、その体勢を崩すことが出来ていなかった。振るう剣も速く、盾で防御されては、中々厳しい戦いになるだろうと予想出来た。確実に言えるのは、城塞都市で出会った、ハルタミの元兵士、隊長と呼ばれていた男よりも、はるかに強いということだけだった。
剣豪は、子供達相手に剣を教えていた。子供達相手では実力が分からないが、白髪で年は、50歳は越えているか。細身な体と年齢でとても強そうには見えないが、変則的な動きは、相手を翻弄し、隙をつくのだろう。正面からの正攻法では分が悪そうだ。
二人を見る限り、確実ではないが、リュウであれば勝てるだろうと思う。今日見たことをリュウに話すかどうか迷ったが、話しをしたところで聞いてももらえそうにない。今はリュウを信じることしか出来ない。
色々心配は尽きなかったが、あっという間に闘技会当日を迎え、4人で闘技場へ向かった。リュウは出場戦士としての門を潜り、3人は観客席へと向かった。
リュウに何かあっても、観客席から闘技の舞台は距離があり、すぐに駆け付けることは出来ない。それでも、もしもの時は飛び出せるように一番前の席をおさえた。
今回の出場戦士は8名、トーナメント戦だ。武器の使用は問題ないが、武器、防具とも、主催者が用意したものを使うこと。制限時間は無く、相手が降参するか、死ぬことで決着がつく。
開始の時間となり、舞台にアルムの管理官が現れた。管理官は男で精悍な顔つきをしている。兵士上がりなのだろう、鍛えられ、引き締まった体をしていた。管理官は大きな声でこう言った。
「ハルタミの民たちよ、今日は闘技会観覧のために良く集まってくれた。ハルタミを代表する戦士たちの雄姿をしかとその眼に焼き付けてくれ。今日はハルタミの戦士だけでなく、遠い東の国から来た戦士とアルムからも戦士が一人参加する。是非楽しんで欲しい。」
観客席からは歓声が起きた。それに手を振り応え、管理官は舞台を降りた。代わって進行役の男が進み出て、ルールを説明する。その後、早速第一試合が始まった。
リュウは1回戦を余裕で勝利した。相手の戦士は多少人気があったのか、ひどいヤジが飛んでいたが、そんなことをリュウが気にするわけもなく静かに控室に戻って行った。
予想通り、兵士長と剣豪がリュウに続き余裕の勝利をおさめた。ここでアルムの戦士がはじめて登場した。体が大きい、2m近くはありそうな長身で、腕や足が丸太のように太い。体に刻まれている傷跡は歴戦の勇士である証だろう。その体つきよりも気になるのが、冷たい目だった。感情が宿っていない、いや、氷のように冷たい何かが瞳の奥に見える。見ているだけで寒気がする大男だった。
アルムの戦士は、アルム騎士団の団長と紹介されていた。武器は右手にこん棒だけを握り、防具も着けていなかった。その実力は直ぐにわかった。試合開始の合図とともに、相手の戦士が崩れ落ちたからだ。
相手の戦士は何が起こったのかも分からず絶命したに違いない。団長はとてつもない早い速度でこん棒を横に振り、相手戦士の頭を粉砕したのだ。歓声に沸いていた闘技場は一気に静まり返った。
カイもザラスも真っ青な顔で、崩れ落ちた戦士の姿を見ていた。団長とリュウが対戦してしまえば、リュウがあの姿になってしまうかもしれない。その恐怖がカイとザラスを包んでいる。今更リュウに棄権をお願いしたところで、聞くわけがない。とにかく命が奪われそうになったら、間に合うか分からないが、飛び出して救うしかない。
闘技場を包んでいた動揺も、幾分収まったころ、2回戦、準決勝が始まった。第一試合はリュウ対剣豪だ。
舞台に上がったリュウは剣豪と同じ、剣を持っていた。相手と同じ武器で戦うことで、公平性を保ちたいのだろう、いかにもリュウらしい考え方だが、命のやり取りをする闘技会では必要のない考え方だと思う。
試合開始の合図がされ、リュウと剣豪が対峙する。剣豪は、体を不思議な揺れ方で横に振っている。ゆったりとした服を身に着けており、動きも読みにくい。リュウは身じろぎもせず、自らは仕掛けないようだ。
ふいに剣豪が、ゆっくり、しかし、無駄な動きなく、真っすぐにリュウに剣を突き出す。リュウは避けきれず、左腕の上腕部分が切れ、血が出ている。はたから見ている分には、剣豪の動きは掴めるが、対峙しているリュウには、不思議な揺れ方をしている剣豪の動きが読めないようだ。
剣豪は次々にリュウに剣を突き出す、何とかリュウは避けているが、両腕が切り傷で鮮血に染まってきた。剣豪の突きがさらにスピードを増す、その突きがリュウの体を貫いたかに見えた。が、剣豪の右腕は、剣を握ったまま、リュウの左脇に捕らえられていた。組み合ったリュウは右手に持った剣の柄で、剣豪の顔面を強烈に殴打した。
剣豪は顔面の中心を打たれ、気絶していた。気絶した剣豪の体をゆっくりと舞台に寝かせ、大きな歓声とともに、リュウが一人控室に戻っていく。観客席からは、あの異国人やるなぁと声があちこちから上がり、なんだかこちらまで誇らしい気持ちになった。カイもザラスもほっとした顔をしていた。
第二試合、ハルタミの英雄、兵士長とアルムの騎士団長の闘いが始まる。兵士長は右手に剣を、左手に丸盾を持ち、金属プレートの鎧を着けている。対して団長は1回戦と同じく、右手にこん棒だけを持っている。兵士長も体は大きいが、団長の方が一回りは大きい。
兵士長も1回戦を見ていたのか、なかなか団長の間合いには入らない。団長は構えている兵士長が見えていないかのように、無造作に兵士長に近づく。すかさず兵士長は剣を突き出すが、こん棒で簡単に払いのけられてしまう。
じりじりと後に下がってしまった兵士長は逃げ場を失っていた。団長の氷の瞳が光り、こん棒が兵士長へ振り下ろされる。兵士長は盾で受ける。さらにこん棒が、何度も何度も兵士長を襲い、とうとう兵士長の左腕は、力が入らなくなり、だらしなく垂れさがるだけになっていた。盾の下の左腕は、骨が砕け、肉は裂けているだろう。
兵士長の目に恐怖が宿った瞬間、団長はこん棒を振り下ろすのを止めた。兵士長はその場にうずくまり、身動き一つしなくなった。進行役が団長の勝利を宣言し、団長は何事もなかったかのように、控室に戻って行った。兵士長は、部下と思われる兵士たちに抱きかかえられ、舞台を後にした。
観客席からは悲鳴が漏れ聞こえ、恐怖が闘技場全体を包んで行った。今回の闘技会の目的は、この試合だったのだろう。ハルタミの英雄がアルムの戦士によって、圧倒的な力でねじ伏せられ、それを見たハルタミの民はアルムに逆らう気力は無くなる。そうなれば統治は、よりやり易くなる。
ザラスも恐怖に怯えている。カイは顔色が悪いが、しっかりと前を向き舞台を見ている。リュウの心配をする間もなく、決勝戦が始まった。
舞台にリュウと団長があがる。リュウは右手にこん棒を握っていた。あくまでも相手と同じ武器で挑むらしい。両腕は先ほどの試合で受けた傷口が塞ぎきっておらず、止血用で巻いた布から血がにじみ出していた。
対峙した二人の体格差はまるで大人と子供のようだった。リュウはゆっくりとこん棒を構える。試合開始の合図がされた。団長は変わらずこん棒を構えもしない。そして無造作にリュウに近づいていく。そしてこん棒をすさまじい勢いで振り下ろす。リュウはそれを、体を傾け、避ける。団長は続けてこん棒を横に振る、リュウは少し後に下がり上体を反らし、避ける。
団長はこん棒を振る速度を上げ、リュウに襲い掛かるが、リュウはそれを避けていた。目で団長の動きが追えているようだ。今度はリュウが仕掛ける。こん棒を避け、その体格差を活かし、こん棒の届かない間合いに入り、団長にこん棒を繰り出す。
何度か団長にこん棒を打ち込んでいるが、団長はほとんどダメージを受けていないようだ。リュウは最小限の動きで何とかこん棒を避けているが、出血のせいか動きが鈍くなりつつある。体からも汗が噴き出していた。
対して団長は余裕の表情だ。手ごたえのある相手と分かったのか、笑みさえ浮かべている。先程までの冷たい瞳とは打って変わって、その瞳には歓喜の色が見えている。リュウは諦めず、対峙しているが、もう降参して欲しいと願った。
団長の猛攻は止まることなく、ついにはリュウの左腕を捉えた。リュウは咄嗟に体に力を入れガードし、力を逃すべく右に飛んだ。さすがの戦闘センスだが、立ち上がったリュウの左腕は、骨が折れているようで、だらしなく垂れさがっていた。
それを見た団長は、にやりと笑い、追い打ちをかけるべくリュウに近づいた。リュウは何とかその一撃を避け、残った右腕でこん棒を振る。もう流石に限界か、止めに入ろうと思った瞬間、団長が舞台に右ひざを着き、動かなくなった。
団長自身も何が起こったのか分からないようだ。団長の右膝が大きく腫れているのがわかる。どうやらリュウは膝の関節に狙いを定め、何度も何度も打ち込んでいたらしい。団長は右だけでなく、左ひざも腫らしていて、とても立てるような状態には見えなかった。
事態を察した団長は、その瞳に、今度は恍惚の色を浮かべリュウをじっと見つめていた。
このままリュウの勝利かと思われたが、突然、管理官の声が闘技場に響き渡った。
「この勝負引き分けとする。この試合で、勇敢な2名の戦士、どちらとも失うことがあってはならない。アルムにとって大きな損失となる。決着は後日、別な形で着けることとする。」
そう言って、管理官が強引に闘技会を終わらせてしまった。こちらとしても助かったが、アルムとしても、面目上、このまま団長に敗北してもらっては困っただろう。慌ててリュウを迎えに行き、応急手当をして宿に戻った。
ザラスは安心して涙を流しながら、リュウの活躍を喜んだ。カイも喜んでいたが、アルムに対して目を着けられてしまった事が気になり、素直には喜べない様だった。その懸念は同感で、嫌な予感しかしないが、今はリュウの活躍と、無事を祝い、疲労困憊で起き上がる事さえ出来ないリュウを囲んで大いに盛り上がった。
リュウの活躍によって、管理官との接点は持つことが出来る。これでザラスの目的達成の為、最初の課題はクリアできた。だが、これから先、アルムの国を敵に回すことは無いように、注意していかねばならない。
今はリュウの活躍を讃えよう。きっと問題が起こっても、カイが良い作戦を考えてくれるだろう。今までもそれで困難を乗り越えてきたのだから。